食べ終わるまでずっと食べさせられるのって同性同士でもすっごく恥ずかしくなりませんか? むしろ、そうなりますよね?
「これがあの噂に聞くパンケーキ!? しゅごい……本当に実在していたんだ!!」
「えっ? 遥、もしかしてパンケーキ生まれてから一度も食べたことがないの?」
「ネットで見たことはありますが食べたことは一度もありませんよ。今日陽子さんとお出かけする予定がなかったら最悪一生食べれていないかもしれません」
「嘘でしょ……信じられない」
「私の反応を見てもまだ冗談を言っていると思います?」
「思わない」
「ですよね。じゃあ早速……うーん」
小麦粉・卵・牛乳・砂糖・ベーキングパウダーの5つの要素を元に平たい鍋膨らませたものをパンケーキと巷では呼ばれ、過去から現在に掛けて多くの子供達や大人達に愛されている。
だが、私は冗談抜きでこういったよく分からないものに自らそれもきっかけがなければ手を出すつもりは決してないので今日までずっとパンケーキとこの目で直接確認するということなかったというのが紛れもない事実なのである。
パンケーキの上にやや多めに乗っているソフトクリームのような物と悪意を持ってパンケーキの外に置いたのかはさておき皿の周囲にはいちご・キウイ・オレンジ・桃と色が忙しいくらいに置かれてあって。
どこから手をつけるべきなの? こういうのは大体フォークで真ん中突き刺してダイレクトに肉を食らうかのように豪快に噛みちぎれば良いのかな?
もしくはハンバーガーみたいに直接手でかぶりつく……のはなんか違う気もするし。
「あら、食べないの?」
好奇心で注文したお陰で食べ方が全く分からないという痛恨のミス。折角頼んだパンケーキの食べ方がよく分からなくて食べる前に苦労しそうです。
もう、思考放棄して私のやり方で食べてみよう。こういうのは注文した人が好きに食べるもんでしょ。
「いえいえ、食べますよ。じゃあ、いただきます!」
円形のテーブルに置かれてある長方形の箱からフォークを取り出し、パンケーキの中心をロックオン。
で、私はすかさずこの生クリームのついた中心点からかぶり――
「ちょっとなにやってんの!? 遥、あなた正気じゃない。そんな食べ方普通あり得ないから」
「えっ? パンケーキってかぶりつくものでは?」
「ひょっとして受け狙いでやってる?」
「大真面目にやっているつもりなんですけど……」
「よもや、ここまで重症だったとは。私の可愛いお人形ちゃんは頭のネジまで緩んでいたのね」
フォークを持った利き手を捕まれているため動かそうにも身動きが取れない。いつになったら食べさせてくれるのだろうか?
「頭のネジが緩んでいるのはどちらかというと陽子さんだと思います」
「は? なんでそんなことが言えるの?」
「だって、陽子さん……私を部屋に閉じ込めてあろうことか高校生にいか――」
「あらあら、私の神経を逆撫でにしてまで何を企んでいるのかしら? うん?」
「す、すすすすみません。さっきの言葉のあやでした、申し訳ございません」
懇切丁寧に謝り倒す私。呆れてものが言えないのか言葉は返ってないのでどうしたのだろうと下げた頭を見上げると陽子さんはおもむろにナイフとフォークの両方を使って適度なサイズにバランスよく切り出した。
ただ、しばらく無言が続く店内。今ここで響いているのは喫茶店に入店してきた女子達の会話。
「ほら、パンケーキは基本こうやってカットしてから一口ずつ食べるの。分かったかしら、可愛いお人形ちゃん?」
ともすれば小馬鹿にしながらも陽子さんは頭のネジが緩くなっている私に対して嫌な顔を一つも浮かべず、穏やかな声と表情でカットしたパンケーキの一欠片をフォークで差し込み私の口に……えっ? なにしてるですか?
「あの、それくらい自分で食べれますので」
「一度やってみたかったのよねぇ」
「ははっ、気持ちだけ受け取っておきます」
「カットさせておいて褒美すらなしとは……遥、あなたって子は」
「うっ」
口角がつり上がった陽子さんに逆らえるのでしょうか? 否、逆らえない!
うぅぅぅぅ、恥ずかしいなぁ。だって自分からパンケーキに近づかないと食べられないんでしょ?
でも、頼んでおいて食べられないのもそれは嫌なので。
「た、食べます」
「はい、あーん」
しかもあーんが付属!? やめて、私達と接点のないお客さんが何人かチラッと見てるから!!
「陽子さん……やめましょうよ。そういうのは別の機会に」
「はい、あーん」
「あの、私の話聞いてます?」
「はい、あーん」
「…………あーん」
折れました。無駄に長引かせても陽子さんは絶対に折れてくれないので早々に戦略的撤退を敷きました。
一口食べた感想は外はカリッと中はフワッとしているようなしていないような……多分この味は美味しいという分類に入るのでしょうが些かあーんの衝撃に耐えられていないので味が結局よく分からないという。
「どう、私が切ってあげたパンケーキは美味しい?」
「美味しいと思います……ので、ここからは一人でーー」
「じゃあ、食べ終わるまでずっと食べさせてあげるから好きなタイミングで食べてね」
パンケーキの中央に乗ったクリームを満遍に平等となるように広げて、皿の横にある色とりどりのフルーツを乗っける陽子さん。
私をいじめることに快感を覚えているのかはたまた気持ちが高ぶっているからか鼻歌交じりですっごくご機嫌だ。
もし、これで逆らおうものなら……ひぇ、観念して食べよう。滅茶苦茶注目されているような気もするけど。
若年層のお客様に今時の女子高校生。そして、あれ? 店員さんはなんでパフェ持ったまま話し掛けてくれないの?
「あれ……もしかして持ってくるタイミング間違っちゃったかなぁ?」
「大丈夫よ、綾乃。そこに置いといてくれたらいいから」
「うん、まあその……ごゆっくりどうぞ」
気まずそうな表情で厨房の方へと去っていく店員さん。私はニヤニヤしている陽子さんに背筋がゾッと震え上がる。
企んでる、間違いなく企んでる。
「さぁ、もたもたしてないで早く食べて。私のパフェが溶けない内に」
「もう恥ずかしいからやめてください」
「買い主に逆らっちゃうんだ。ふ~ん」
「冗談ですよ。逆らうわけないじゃないですか」
「あーん」
「あ、あーん」
脅されたので素直にあーんの餌食に掛かる。全部食べ終わるまで何回も何十回も。
その度にどこからか歓声があったような気もするが気にしてはいけない。
あくまで自分のペースで陽子さんが差したフォークの先にあるパンケーキをゆっくりと口にいれる。
何分経過したのか定まってない全部のパンケーキを平らげる。味はもうそこまでいくと全然分かっていない。ごめんなさい……調理師の皆さん。
恥ずかしさのあまり味なんて語れるものではありません。主に体力精神両方ともに削られてしまってそれどころではないのです。
私をいじめにいじめた陽子さんはやや溶けてるアイスクリームとホイップクリームを気にせず呑気に食べていますが。
「ほぅ、中々良い味してるじゃない。新作パフェも伊達じゃないってことか」
嬉しそうな顔をしてパフェを一口ずつ食べていく陽子さんは見ていて飽きるものではなかった。
むしろ絵になっていて暇あればずっと見ていられる。特にホットの紅茶を嗜む姿はどこかのお嬢様のように見えてしまって。
でも、この場で正直に口に出すのはなんかおこがましいよね。飼い主と人形の関係とはいっても私って誰よりも劣っているから。
「はぁ」
「ため息ついたら幸せが一つ逃げちゃうよ」
「誰のせいか少しは考えてください」
「ふふっ」
「なんで笑ってるですか?」
「ごめんね。遥の怒ってる顔可愛いからつい」
「~~~っ!」
「遥って、表情一つ一つがどれも分かりやすくていじめがいがあるのよねぇ。下手に癖がないから私としてはとても接しやすいの」
「そ、それは違います。陽子さんと違って私は引っ込み思案だし心の中でいつも完結していてしっかり意見を口に出さないときもありますしなにより自分って皆と比べてブサイクなんです」
「……本当に言っているのそれ?」
心なしか声のトーンが低く聞こえた気がした。けれども、構わず立て続けに口はつらつら一文字一文字言葉となって吐き出す。
アクセルを踏んだら、ブレーキなんて物は安易に起動せず。どうしてか私は陽子さんを前にしたら自分の弱い部分がほつれていく。
「周りから浮いてるんですよ、私って。その証拠に世の中の道理に反していることに平然と手を出していますし……実際こんなマイナス思考だらけの自分が生きてる価値って」
「ばーか」
「へ?」
「あーほ」
「なっ……えぇ!?」
頬をペロッと舐められた。理解を要するにはしばらく時間が掛かったと同時に店内中に聞こえていた人の話し声も心なしか聞こえなくなったような気がした。
「でも、そんなあなたも全部引っくるめて私は……」
「よ、よよよ陽子さん!?」
「ほーら、いつまで座っているつもりなの? 可愛いお人形ちゃん?」
レシートをひらりと拾い、スマートに会計を済ませ恥ずかしげもなく去っていく陽子さんと後ろでついていくので精一杯な私。
あの店内の空気……最後、怖かったな。私達ってお店側からしたら相当やばい客だと思う。
特に陽子さんの知り合いと思われる綾乃さんとか目が点になっていたし。
「あの、そんなに急いでどこへ?」
「二人きりで落ち着ける場所。それ以外に何があるというの?」
「ははっ、ですよね~」
ビルとマンションが立ち並ぶエリアを抜けて、どこへ目指そうというのか足早に歩いていく陽子さん。
無自覚な発言で怒らせちゃったかも。一回謝った方がいいかなと一度隣に立ってみて顔色を覗く。
けれど、謝ることはできなかった。陽子さんの真剣な眼差しが私の心を昂らせる。
あまりにもその横顔はかっこよすぎるから。