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摩耶さん、あなただけが不幸になる必要はありません。こんなことで救いになれるか分かりませんが……どうかお幸せに

「うーちゃん」


「……」


「そろそろ両手離してよ。もう行かないと遅刻しちゃう」


「イヤイヤ! ダメダメ! お願いお願い! 傍にいてよぉぉ!」


「摩耶さんと待ち合わせしてるんだから、わがまま言っちゃ駄目です。うーちゃんは行かないって言ったんだからお家でお座りするかどっか適当にぶらぶらしていてください!」


 今日は待ちに待った私のお誕生日! の前に祝日を利用して摩耶さんと梨奈で喫茶店に集まるというお約束をしているのですが……ご覧の通りすっかり幼児退行してしまったうーちゃんと絶賛ああだこうだと格闘をしております。


 念には念を入れて前日にお風呂でちょっと触れ合ったり、就寝時に私から舌を入れてがっつり絡ませたりとか起床時にうーちゃんからの求愛も余すことなく受け入れてたつもりなのですが。


「そんな約束ボイコットして、私と遊ぼ? 他の女の子とイチャコラなんて死んでも死にきれないよぉ」


 リビングで寝転んでいるうーちゃんに行ってきますって告げた瞬間から膝をついて私の腰をがっつり両手で掴まれて完全にうだうだ言っちゃう子供になってしまいました。


 頑張って玄関前まで引きずってはみたものの、そもそもうーちゃんは運動部の経験者だけあって力では圧倒的に不利です。


 このままでは力負けしてしまいそうです。さてはて、どうすれば。 


「大事なお話で呼ばれているのにイチャコラとかまずありえないと思う……というか、離してくれないと約束すっぽかすことになっちゃう」


「私よりあの子達のほうが大事?」


 そんなうるうる目で見つめないで。ぎゅって力強く掴まないで。

 はぁ、なんだか聞き分けの効かない子供を相手に四苦八苦しているような気分になりますね。

 

 致し方ありません……ここは心を鬼にしてわがままうーちゃんを引き剥がしてやりましょう。

 心痛んじゃうから進んでやりたくなかったのになぁ。


「あんまりしつこすぎると私嫌いになっちゃうよ……うーちゃんのこと」


「え?」


「それでも反抗するつもりなら良いよ。今日からキスしてあげないし、されてもしないから」


「いやぁぁぁ! キスしてくれないと生きられないよぉぉ! わがまま言わないから、許してぇぇぇ!」


 皆様、ご覧ください。こちらが私の脅しに対して瞬時に態度を変えるうーちゃんです。


 なんて、チョロい……キスしないかするかだけで悲鳴とか。今後がますます心配になってきました。


 あのしっかり者のうーちゃんはもはや時空の彼方へと消え去ってしまったのかと不安になるくらい。


 ほんと、最初に女子更衣室と出会った頃が懐かしくなりそうです。


「両手離してくれたら許してあげるよ」


「はい、離した!! これでいい?」


「うん、いいよ~」


 といってから、ミディアムのきらきら光る桜色の髪を頭の中心に掛けてなでなでします。

 うーちゃんが嬉しそうな表情で口元をだらしなくする姿はなんだかゾクッとしますねぇ。


 約束の時間を無視するのは人として常識に欠けていると頭の中では理解しているのですが……少しくらいなら。


「ほわぁぁぁ~」


「うーちゃん」


「う~ん?」


「思わず嫌いとか言ったけど……あれは嘘。本当は世界で一番誰よりもうーちゃんのこと好きを通り越して大大大好きだから。これだけは一生揺るがないから……だから落ち込まないでね」


「落ち込んでないよ」


「泣いているけど?」


「泣いてない! けど、るーちゃんに負けないくらい私も大好きだから! 一生離してあげないんだから!」


 わぁ、今度はうーちゃんとお喋りしたいが為に同じ姿勢で会話していたら突然抱き締められてしまいました。

 はぁ~、相変わらずいい匂いが漂いますね。私も反射的に抱き締めてしまいましたよ。

 

「うーちゃん。じゃあ、そろそろ行ってくるね」


「行ってらっしゃい、るーちゃん。早く帰ってきてね! 今日はバイト入れてないから!」


「分かった。早く帰ってくるね……ちゅっ」


「んふぅ」 


 すいません、やっぱりキスしたくなってきました。今からだと軽いキスを通りすぎてディープが始まると思います。

 だって、少し口を重ねただけでうーちゃんすっごくエロい顔になってるんだもん。 

 

「……ごめん、ちょっとだけこのまま続けさせて。なんだか舌入れたくなっちゃった」


「……いいよ。気が済むまで愛し合いましょ?」


 スイッチオン。そこで私は完全にうーちゃんを押し倒して舌を入れまくる。


 べろんべろんに歯茎のありとあらゆるものを全部舐めとり、舌も絡めるだけ絡めとってうーちゃんの喘ぎ声も楽しみつつまだまだ続行。


「ちゅる……ちゅ、ちゅ、じゅるるる……れろ」


「あふん♡ あぁ♡ はぁ……ぁ」


「んんんッ……んぁ……んむっ」


 ふふっ、堪りませんねぇ。うーちゃんって呼んでいいのは私だけっていう特権が更に興奮しちゃうんですよねぇ。

 

「るーちゃん♡ ……んちゅううう」

 

「あっ♡ いやぁぁん♡ やめてぇぇ♡」


 興奮冷めやらぬ舌の接戦。しかし、あまりにもやり過ぎたということに気づいたのは終わりのあとで。

 そして、その後悔がどう結果に結びついたかというと。


「はっちゃん……」


「はい、ごめんなさい。30分も遅刻してごめんなさい」


 やらかしました……しかも盛大にド派手に。うーちゃんのキスってなんだかすぐにやめられないんですよね。

 病みつきになる効果でもあるのでしょうか? って呆れ果てた表情をしている梨奈に主張したいくらい頭のネジが馬鹿になっちゃってます。


 今日のお空は昼が過ぎても天候が変わらず恵まれていて更に心地よい風が吹いていたので決して暑さとかで馬鹿になったわけではなく自分から馬鹿になってしまったようですね。

 

「遅刻した理由はもしかして……それ?」


「こ、ここれは蚊に刺されたの。飛びきりデカイサイズの蚊に」


「ふーん。じゃあ一回そのでっかい絆創膏取ってよ。実際に見てみたいから」


「いや、えっと……ごめん。ここでは……とてもじゃないけど見せられません」


 冗談なのか本気なのかじっくりと顔を近づけてくる梨奈の追及をどうにか回避。

 ジト目が気になるけど乾いた笑いで場を凌ぐことにします。


「はぁ……まさか、私の預かり知らぬところで盛り上がっていたとは。あの女……マジ許すまじ!!」


「あはは」


 上はベージュ色のニットで下はアイボリーのロングスカート。茶色のブーツを履いた上でいつものお気に入りと化した赤いブーゲンビリアの髪飾り。

 服装の選定は変わらずうーちゃん。ファッションについては今でもあまり分からないのでほぼうーちゃん頼りの私は電車に乗って20分先にある喫茶店へと入っていました。

 

 ここはうーちゃんとの初デートの場所。あのときは優雅に振る舞ううーちゃんにあーんとか恥ずかしいことされたんだっけ?


「というか、いつまでお姉ちゃん黙っているつもりなの!? これじゃあ、話を本格的に進められないよ?」


「……ごめん。なんか、喋ろうと思っても実際に会ったら上手く喋れなくて」


 他のお客様からよく見られるテーブル席とは違いドア有りの完全個室のテーブル席の隅っこ側に座っている全身黒だらけの服装をしている摩耶さんは以前の時とは雰囲気がかなり異なり萎縮しています。


 こうなったのもあの出来事が全て発端になったからでしょう。なんというか負い目を感じているのか花屋の時と摩耶さんがどこかへ消えていったのかと思えるくらい覇気がありません。

 

 私の髪と同じく真っ黒な髪。腰までたなびた長い毛先をまとわせ、顔が若干やつれているようにも思えてしまう。

  

 摩耶さんはコーヒを一口飲んでしばらく目を閉じて……それから深々と頭を下げた。

 それはそれはテーブルに顔をつけてしまうのではないかというくらいに。


「遥ちゃん……ごめんなさい!! 文化祭の時、人の気持ち考えずに好き勝手暴れてあなたの心を傷つけてしまったことを深く反省しています。ほんとにほんとにごめんなさい……申し訳ありませんでした」


「別に気にしていませんよ? もう、それはとっくの前に終わったことですし」


「栄養不足とかで病院に運びまれたというのはりぃちゃんから聞いている。だから、余計に私は責任を感じているの。こんな馬鹿なことをしなければあなたの人生を滅茶苦茶にせずに済んだのにって」


「本当に気にしないでください。結果的に陽子さんと仲直りできましたし、それにお父さんとも和解できたりして自分としては逆に良かったと思っています。だから、そんなに必要以上に責めないでください」


「遥ちゃん……」


 確かに思い起こせば、あの出来事が楽しいということは全く持ってなかったけど晴れてうーちゃんと恋人になれたり自分自身の問題も少しは兆しが見えたりとか全部が全部が苦しみしか残らなかった……ということではありません。


 だから、実を言うと感謝しているんです。摩耶さんとしては責任を感じておられるようなので口に出したりはしませんが。


 ありがとうというのはなんだか場にそぐわないような気がしますから。


「ところで、摩耶さんに一点だけお聞きしたいことがあるのですが」


「えぇ、なんでも聞いて」


 やっと聞けますね。入店して、うーちゃんの知り合いでもある綾乃さん(勇気をだして関係を聞いてみたら高校では会計を二年間やっていたようです)にオーダーをしてそれからずっと密かに気になっていました。

 これで……ようやく気を悪くしてしまうでしょうが疑問を口にすることができそうです。


「その首に巻かれた布……なにかあったんですか?」


「気になる?」


「はい」


「……見ても驚かないでね」


 疑問に思ったとしても聞いてしまったのは失敗だったのかもしれません。

 摩耶さんが恐る恐る手を首元に伸ばして取り払った布からあらわになった首にはあの出来事から1週間以上が過ぎたとしても深い深いアザが残されていて。


 首を絞められた跡のようなものでしょうか。思わず口を塞いでしまいます。

 分かっているから余計に辛いのです。この傷跡を残したのは誰かって……そんなの私が一番よく知っているではありませんか。


「そ、そんな……」


「お、お姉ちゃん……は、早くその傷隠して。痛々しくて見ていられないよ」


「うん。ごめんね、皆には少しグロテスクだったよね」


 ネックウォーマーを手際よく取り付ける摩耶さん。その表情に怒りとかそんなものはなくむしろ穏やかな表情でコーヒーを見つめていました。

 ど、どうして首を絞められたというのにそこまで穏やかにいられるのか私には理解できそうにありません。


「摩耶さん……ごめんなさい。私のせいで一生消えない傷跡を残してしまって」


「ううん、気にしないで。これは……今まで散々のんちゃんの気持ちを考えもせず、個人の感情だけを優先させてしまった罰としてちょうど良かったの。あの子、私の首を締めたあと教室を出る前に全身凄く震るわせて走っていった……多分遥ちゃんを追って。生徒会室で一人取り残された私はある意味そこで悟ったの……人の気持ちはどうあがいたとしても決して自由に動かせないって」


 震えた手つきでコーヒーカップに手を伸ばす摩耶さんを隣の席に座っていた梨奈が素早く食い止める。


 段々と落ち着いてきたのか摩耶さんは梨奈の手を優しく除けてコーヒを口にする。


 なんだか憑き物が取れた表情を浮かべる摩耶さんが不憫でなりません。


 事件を起こしたのは彼女自身。けれど、私が幸せになる一方でここまで不幸な人生を歩もうとしている摩耶さんを見ると余計に辛い。


「摩耶さん……陽子さんから謝罪の言葉は受けましたか?」


「ううん、なにも聞いていない。どうせ、近いうちに花屋をやめてどこか遠くに……のんちゃんと会わないようにするつもりだから別に受ける必要なんてないと思ってる。今さら会ったところで気まずくなるのは目に見えているから」


「謝罪させます……頭下げさせます。なにがともあれ、私は許しません……だから私は!」


 幸いにも綾乃さんに案内された部屋は密閉空間の個室。わざわざ外に出て掛ける必要性も感じられません。

 ならば、ここは一つ! 行動に移らせてもらいます!


「はっちゃん!?」


 肩掛けの鞄からスマホを取り出して電源を入れる。うーちゃんがすやすや寝ている待ち受け画面を通り越して電話帳に記載されている名前と電話番号をタップ。


 1コールーー


『るーちゃん!? どうしたの!? 事故それとも事件!?』


 早い、早すぎませんか? しかも電話の対応の仕方もどことなく警察に似ています。


 ただ、まあある意味この応対は間違ってはいないのかもしれません。

 

「事件だよ……もはや、これは」 


『誰? どこの誰がるーちゃんを傷つけたの? いや、待って……その前にるーちゃんは大丈夫なの!?』


「私はなにも問題ないよ。それよりも傷つけたのはうーちゃんの方だと思う」


「「うーちゃん??」」


『えっ、私? 傷つけた……もしかして知らない間にるーちゃんに嫌なことしちゃった?』


「あのね、うーちゃん。今から何十分掛けてでもいいから私と初めて訪れた喫茶店に直行して。それで摩耶さんとお会いしたら首を絞めたことについて精一杯の謝罪をしてください」


『……』


「返事は?」


『行かなきゃ駄目?』


「はい、行ってください」


『こ、心の準備が』


「もたついていたら摩耶さんと一生会えなくなりますよ。それでもいいんですか?」


『うーん』


「うじうじしないでくださいよ」


『じゃあ……一つだけ、るーちゃんが魔法を掛けてくれたら前向きに検討する』


「魔法?」


 ほうほう。魔法とやらはよく分かりませんが、これで行ってくれるのなら私としては願ったり叶ったりですね。


 せめて難しい要求が来ないように祈っておきーー


『うん! あのね、るーちゃんが“愛してる、大好きだよ! うーちゃん!” って魔法を掛けてくれたらすぐにそっちに向かうよ!』


「えっと……」


 まずくないですか? こんな所で口にしたら公開処刑ですよ? 

 断ろうかな……あっ、いや外に出てかけ直せば。


『カウント5秒前!』


「えぇ!?」

 

 いつぞやのカウント脅しですか!? くっ、今から外に出ようと思っても個室のドアを開く動作に1秒。店内を走……るのは常識がありません。

 となると……ごめん、梨奈。ごめんなさい、摩耶さん。


『5・4・3ーー』


「あ、愛してる……大好きだよ、うーちゃん! ……うぅぅぅ」


「「……!?!?」」


『うん、私も愛してる! 大好き! るーちゃん! すぐ行くからねぇぇ!』


「言っておくけど私と梨奈は先に帰るから。うーちゃんはちゃんと摩耶さんと何時間掛けてでもいいから仲直りするんだよ……分かった?」


『えっ、そんなぁぁ。ひ、ひどい』


「ひどいのはうーちゃんの方です。それじゃあ、私達は先に店出るね」


『せ、せめてるーちゃんも傍にーー』


 おっと、手が滑って通話を終了させてしまいました。ですが、これならうーちゃんもおとなしく行かざるをえないでしょう。

 はい、ほら簡単に解決しましたね。一部犠牲が付きましたが、こうでもしてないと自分が後悔しますから。


「摩耶さん」


「えっ。あ、あっ、はい!」


「陽子さん、こちらに向かってくれるそうなので私帰ります。あとは……気まずいでしょうがお二人だけで時間を掛けて話し合ってくださいね」


「なんか……色々とごめんね、遥ちゃん」


「気にしないでくださいよ。せめて、最後にこれぐらいのことはさせてください」


「ハッチャン、ハッチャンガアノオンナニアイシテルッテイッタ。アァッ、コレカライキテイケルジシンガナイヨ」


「り、梨奈……ほんと、ごめん」


「アハハ、アハハハハ」


「梨奈? お店……出よ? ここに私達がいたら返って邪魔になるから」


「ウン、ソダネ……ウン、ソダネ」


 魂抜けて真っ白になっちゃった梨奈の肩を担いで、扉の前へ。


 きっと、もうこれからは会おうと思っても会うことはできないのでしょう。

 それは摩耶さん自身が望んだこと。だから、最後に伝えられるとしたら。


「摩耶さん、これからは素敵な人生を歩んでください。私達の知らない場所でもっともっと幸せになってくださいね!」


「う、うん……ありがとう」


 邪魔はしない、介入もしない。あとは摩耶さんとうーちゃんだけで真剣にお互いが納得するまで話し合ってくれたらいい。 

 

 それが結果的にどう転ぶかは分からない。けれど、私にとってこの方法が最良なのです。

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