想いは誰よりも強くて、繋がりは誰よりも深くて、私と陽子さんの関係は誰よりも誰よりも
「黙りか。それとも答えられないか?」
「…………」
「このまま黙秘を続けるようなら証拠を揃えて、警察に通報する。未成年に手を出した愚かな犯罪者としてな」
「くっ!」
「ふんっ、いい年した社会人が情けない。お前の両親はさぞどういう教育方針をされていたらこんな間違った育て方になるんだろうな?」
「お父さん!!」
「なんだ? 父に対して楯突くつもりか?」
「陽子さんはなにも悪くない……悪いのは私で」
「まさか……お前から家に上げたんじゃないだろうな?」
「ご、ごめんなさい。私から誘ったんです……陽子さんはなにも悪くないから許して」
「俺が家を出る前に約束したのをもう忘れたか? 決して家を空けている間におかしな真似はするなと!」
「ひぃ、ごめんなさいごめんなさい! 許してください許してください許してください!」
「言いつけすら守れないとは。遥を一人にしたのは失敗だったか。こうなるならもっと力ずくにでも転勤先に縛りつけておくべきだったな」
いつもクールで強気に立ち向かっていた陽子さんもお父さんが相手では一切歯向かえない。
私もその一人でお父さんに怒鳴られたら身体が嫌にでも拒絶反応を起こす。
お母さんが亡くなってから上手くいかないことがあると荒れに荒れるのがこの人の特徴。
やっと、関わらずに済むと思っていたのに。最低限の挨拶だけで終わりだと思っていたのに。
これから、私はどうなってしまうのだろう? せめて全部を失ったとしても陽子さんにひどいことをしないで。
償えるのものなら私が全部受け入れる。大切な人を傷つけないでよ!
「それで……春野さんはうちの娘とどこまで関わったのですか?」
「家に上がって、一通りの生活を」
「一緒に歯を磨いたり、一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝たりする生活が一通りだと仰りたいのですか?」
「うっ」
「なんで、そこまで」
「洗面所に顔を洗うついでに歯ブラシを二つ見つけた。最初は男でも連れ込んでいるのかと家を丸ごと調査していたら遥の部屋に身内とは一切関係のない髪の毛が入った瓶が一本。それとシングルベッドに不自然に置かれた枕が二つ。あとは机の上にあったアルバムのなかに見覚えのない女性と遥とのツーショットが何点かあって……そして一番に俺が驚いたのは」
お父さんのスマホを眺めた瞬間陽子さんの表情が一気に青ざめていく。
一体なにを見せたの? そう思っていたらお父さんは振り向きざまにスマホに撮られてある写真をズームにして近づけました。
これ以上になくもはや私達の関係を裏付ける決定的な証拠……いつぞやプリクラで重ねあった熱いキスの写真を。
「最低! 人のアルバムを勝手に見るなんて!!」
「自分の名義で家を建てている以上あれは俺の家であり、あくまでも理由があれば調べることは必然的だ。遥……お前の逆ギレは間違っているぞ」
「うっ! そ、そんなことは!」
「しかし驚いたよ。同性愛だなんだのネットやら講義で聞かされたことはあったが……まさか、本当に実在するなんてな。普通は男女でようやく成り立つ感情だというのに……世間は恐ろしく狭いものだ。俺の娘がその同性愛者の一人だなんて、写真を見るまでは信じたくなかったよ」
鼻で笑わないでよ。なんで、そんな馬鹿にするの? 私と陽子さんの間には愛があったし、血は繋がっていないけど会うたびに私のことを大切にしてくれた。
無責任なお父さんよりよっぽど必要でなくてはならない存在で。
選べるのであれば、お父さんじゃなくて陽子さんの方がずっといい。
「春野さん、遥とはどういった形で接点を持たれたのですか?」
「そ、それは……」
「出会い系サイト?」
「ち、違います」
「なら直接?」
「…………」
「遥が倒れた場所はドラッグストアだということを看護師から既に聞いています。あなたはその店員さんに間違いありませんか?」
「はい、間違いありません」
「遥」
「……はい」
言葉で問い詰めるお父さんはさながら尋問のように。陽子さんと二人っきりの空間で事情聴取されている状況とは全く異なり、もはや言葉を慎重に選ばないと取り返しがつかなくなることは明白で。
けれど、父は陽子さんより甘くはない。決して優しさはみせない。
話すしかないのでしょうか? 洗いざらいに。
「春野さんとは具体的にどういう風に知り合った?」
「お店で買い物していて、たまたま挨拶とかしてそれから世間話とかで会話が広がーー」
「同年代もないのに? それで接点など持つはずがないだろ」
「そ、それは……でも実際にあったことなのです。きっかけは遥からではなく私から話し掛けたのが事の始まりで」
「ほう……あなたから?」
「はい、最初は軽い挨拶のつもりではしたがちょっとそこからまあ色々と深入りしてしまいました」
「親の同意なしで未成年に手を出すことが犯罪になるとご理解された上でうちの娘にちょっかいを掛けた……そういう解釈でお間違いないですか?」
「なにも間違っておりません。全ての責任は私にあります」
違うのに。本当は私がしょうもない万引きを繰り返して、罪を隠蔽するという条件で関わり始めたのに。
陽子さんは店員としての自分を守ると同時に私も守ろうとしている。
万引き自体は陽子さんに見つかってから、盗んだものは全てちゃんと返却しています。
ただし……それも店員の立場を利用した陽子さんが店長がいない間を狙ったりなど工夫しながら商品をおおよそ16点棚に戻すという裏技を使ってのこと。
バレたら即刻解雇&逮捕という危ない橋を渡ってでも私の罪を帳消しにしてしまうなんてほんとこの人はなんでこんなにも私のことを必死で守ってくれるのだろうと思ってます。
その理由が飼い主とお人形ちゃんとの関係を保つということなら残念でなりませんけど。
「あなたの犯した過ちは到底世間では許されるものではない……というのは頭の中で理解されていると?」
「はい、許されるものではないという点については最初から自覚しています」
「なら、春野さんには今から俺達の前でこれを書いていただきたい」
スーツの胸ポケットから無造作に床へと放り投げるB5サイズの封筒と黒のボールペン。
拾えとばかりの重圧。陽子さんは張り詰めた表情で姿勢を屈めました。
一方でお父さんも同時に膝を曲げると同時に私にも聞こえるような声量で。
「この封筒の用紙に契約書として金輪際旭川遥との接触を行わない。仮にもし接触した場合には厳重な処罰を望みますと記載した上で名前とセットで拇印していただこうか」
「そ、そんな」
「ふっ、安心してください。拇印のために必要な朱肉もセットで持ってきています。さあ、これで心置きなく書いてもらいましょうか?」
金輪際……会えない? そんなのイヤだ、耐えられない……心が潰れる。
やっと、やっとの想いで告白という行為に踏み切れたのにこんなところで未来永劫引き離されるの?
陽子さんは唯一とっていいほど永遠の味方でありこの世になくてはならない存在。
接触が取れなくなったら……私、生きられない。この世に留まる意味がないよ。
「お父さん、やめて!! 私の大切な人を奪わないで!」
「奪うだと? 守るの間違いだろ? 俺は大切な娘を守るために心を鬼にして、この犯罪者を特別に温情という形で助けてあげているんだ。むしろ警察を呼ばないだけありがたいと思って欲しいくらいだよ」
「そんなこと誰も頼んでない!」
「遥……お前が退院したら、この街から離れて俺の家に来てもらう。今後二度と犯罪に巻き込まれないようにな」
「イヤ」
「同意も求めていないし、拒否も許さない。俺の娘として生まれたからには恥ずかしくない立派な子として育て上げる。最後まで責任もって一人立ちするまでは」
「イヤだ! イヤだ! 陽子さん、やめて! 書かないで! もう二度と会えなくなっちゃう!」
「…………っ! 遥……」
「なにを躊躇っている? 早くしろ。書かなければ……春野さん、あなたを未成年に対して手を出した性犯罪者として警察に突き出す。自分の人生が大事なら……後はこれ以上言わなくても分かるよな?」
「ごめん……ごめんね、遥」
「あっ、やめてよ……イヤだよ、イヤだよ!!」
「叫ぶな、静かにしろ」
「お父さんは私から大切な人を奪って満足なの?」
「……静かにしろと言ったはずだぞ」
「嫌い、大嫌い。そうやって上から目線でいっつも都合よく縛りつけて私の幸せなんてろくに考えていない人なんてお父さんでもなんでもない!」
「なんだと?」
このまま全てを失うくらいならいっそのこと。
いっそのこと……ウマレカワルシカナイノカナ?
「おい!? な、なにをしている!? やめろ!! さっさとベッドに戻れ!」
涼しい風が顔にひらりと当たる。窓に足を乗せて視線を下ろした先に見えるのは人がまばらまばらに通行している道路で。
ここ何階だろ? でも、見る限りけっこうな高さがあるから頭から突っ込めば運良く死ねるかも。
そしたら来世では別の子として生まれ変わって陽子さんを愛することができます。
だから……泣かないで。期待して待っていてください…いつか、私から迎えに行きますから。
「遥!」
「陽子さん、ごめんなさい。私に抗える力は残ってなかった……お父さんの前では全部が無力です。だから、もうこの世から消えるしか希望は残されていないのです」
「遥、戻ってきて! 窓から飛び降りようとしないで! せめて飛び降りるのなら私も道連れにしてよ!!」
「お前! 自分がなにを言っているのか分かっているのか!?」
「分かっています。少なくともあなたよりは」
「ふざけるな!! 自分の命が大事じゃないのか!?」
「自分の人生は全て遥優先です。あの子が死を望むのであれば私も死にたい。遥と一生関われないのなら死んだほうがずっとマシですから」
「イカれてやがる」
「…………」
「……遥、おふざけはここまでだ。さっさと窓から身を離してこちら側に戻れ」
「イヤ」
「いつも引っ込み思案でうじうじしていてそのくせマイナス思考。窓から飛び降りれるものならやってみろ……どうせ大した度胸もないくせに言うだけ言って俺を困らせ――」
「……っ!!」
空気を張り裂く音。外にも聞こえているのではないかと思ってしまうくらいに強力でお父さんの頬を容赦なく平手で叩いてしまいました。
あぁ、なんと勇敢なんでしょう。臆病者の私には到底真似できません。だからこそとてもかっこよくて。
「は?」
尻込みをして呆然とする父から通り過ぎて、私の身体を抱き締める。背中に回した震えた手のひらと何度も何度も掛かる吐息。
暖かい。すっごく暖かいです。
「これ以上遥を傷つけるのなら、私はお父様であろうと戦います!」
「ぐっ、このぉぉ」
「育児放棄の生半可者に渡すくらいなら! 遥を……遥を可愛い恋人にして私が一生を掛けて幸せにしてみせます!!」
「陽……子さん?」
「ごめんね、返事遅くなっちゃって。これが今の私にとっての答え……どう? 駄目かしら?」
恋人。あぁ、やっと私の求めていた答えが出ました。ありがとう、陽子さん……大好きです!
「ぐすっ、うぅぅぅ、うわぁぁん!」
「あらあら、なんで泣いているのかなぁ? よしよし~」
「……俺は間違っていたのか? 知らず知らずの内に遥の幸せを壊そうとしていたのか? だとしたら、俺はとんでもないことを……」
「お父さん……」
あれほど攻撃的だった姿勢がすっかりと抜け落ちてしまいました。まるで魂をごっそり抜かれたかのように。
見るも恐怖する視線は綺麗さっぱりとなくなり、今のお父さんはなんだかもう別人です。
「春野さん」
「なんでしょうか?」
「娘を幸せにしてやってください。生半可な俺の代わりに」
「えっ、いいのですか? 私が幸せにしても?」
「遥がここまで感情的になったのは久々です。よほど、あなたは信頼されているのでしょう……だったら、今後はあなたに預けていた方がよっぽどいい子に育つかもしれない。まぁ、赤の他人に娘の人生を託す愚かな親ですが……これからもお願いできますか?」
「はい!! 任せてください、お父様!!」
「遥」
「……はい」
「好きなように生きろ。人生これから、色々と苦難はあるだろうが必要があれば援助もするし応援もする。家庭を捨てた身でこんなことを言うのはおこがましいが、俺の分も含めて幸せになってくれ」
眼鏡を外して顔を隠すお父さんの声には苦しみが混じっていて。それは私が覚えているなかで二回だけ。
怒ったり、笑ったり、喜んだり。ほとんどと言っていいほど泣き顔を見たことはなかったけれどお母さんが病気で亡くなったときは眼鏡を外して必死に顔を隠していた。
つまりは……そういうことなのでしょう。誰にも見せたくないんだ、お父さんにとっては。
「お父さん、私は……」
「ふっ、お邪魔虫はもう退散するとしよう」
「待ってください、お父様!」
ドアに手を掛ける父を呼び止める陽子さんの声は誰よりも大きく。そして振り返ったお父さんの顔は肩の荷が下りたのか表情が柔らかいようにも見えて。
「なにか?」
「遥が高校を卒業したときに改めて挨拶させてください! 旭川遥の恋人として!!」
「せめて、会いにくるときはアポを取ってくれ。正式な挨拶をするなら俺としてもきちんとした挨拶をさせてほしいからな」
「はい! よろしくお願いします!!」
「色々とベッドから機械が外れているだろうし、医者を呼んでからそのまま仕事に戻る。それまでご自由に」
封筒をゴミ箱の上でビリビリに引き裂いてから病室を去ったあと、革のブーツの音は次第に遠ざかっていって。
足音が完全に消えて部屋に残ったのは私と陽子さんだけ。
障害は取り除かれました。もう私達を邪魔するものはなにもありません。では、どうしましょうか? 答えは……簡単!
「よ~うこさん♪」
「な~に?」
「これからは幸せにしてくださいね、恋人として♪」
「任せなさい! 一生を掛けてでも私が幸せにしてあげる!」
それと……今日からは陽子さんからではなく自分から積極的にキスします! 満足するまでずっと……たくさんたくさん愛し合いましょうね♪
「ん……んむっ」
「んっ!? んふぅ……んんっ……ちゅぱ……くちゅ」
「れりゅ……んちゅ、ちゅ、ちゅ……んんっ」
「あふぅ……ぁ……んむっ……んくっ」
「じゅるるる……ちゅぱ……んぅ……んんっ、んー」
「はむっ……れろ……ちゅる……んふぅ」
「ふぁぁぁ……ん、んー、んちゅ」
「んんっ、れろ、ちゅぱ……んっ……ぷはぁ」
舌がどろどろ。キスを交わすたびに私と陽子さんの愛が無限に増えて口はさらに重ねて重ねまくり、ぐちょぐちょに仕上がった唾液同士の橋は床に垂れて……もったいないなあとは思いながらも見つめます。
陽子さんが息を切らして、吐息が伝わるほどのエロすぎる顔……あぁ、興奮する。堪らなく興奮する!
「はぁ、はぁ、はぁ」
「はぁ……はぁ」
「好き、好きです」
「私も……好きよ。大好き」
「えへへ、やっと叶ったぁぁ♡」
「うふふっ、良かったね……遥♡」
「はい!!」




