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可愛いお人形ちゃんにされてしまった私。脅されているのに恐怖よりもどきどきしているのはどうしてでしょう?  作者: 明日のリアル
それでも伝えたい。なにがあっても……私の頭の中にはあなたがいるから
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想いを踏みにじって、絆なんてもうとっくに壊れていて、私と父の関係は既に形もろとも破綻していて

 暗い。なにもかもが見えない。目は両目共に開いているはずなのに先がない。

 ついでにいうと振り返っても辺りを見回してもこれっぽっちも光が見当たらない。


 死んだのかな? 折角勇気を振り絞って告白したのに……伝えたいことだけ伝えて終わりだなんて嫌だよ。


 叶うなら……陽子さんの口から好きだよって直接言われたかったなぁ。

 せめて、それが最悪幻聴だったとしても心は幸せに満たされる。 


「陽子さん……陽子さん……どこですか? いるならせめて返事をください! 無視しないでください! 置いていかないで、もう一人にしないで!」


 走る、駆ける、猛烈に腕を振って両足を交互にがむしゃらに。全然これっぽっちも出口がない。

 僅かな希望を掛けてひたすら走り倒そうが見えないものは見えない。

 空腹とか疲れとかこの空間には一切なかった。ある意味現実よりも体調は整っているけど……こんな場所には居られないし、居たくもない。


「……る…………か」


「……っ!?」


小さな、小さな、研ぎ澄まさなければ聞き取れない声。けれど、耳がピクリと反応した。

 聞こえる、わずかに聞き取れる。この優しい音色は……忘れやしない。


「は……る……」


「遥はここにいます……」


「遥」


 誰一人いない空間の中で私は連れ出される。見えないけど……掴まれたといい感触もないけれど。

 私を連れ出してください、この暗闇から。


「…………ん?」

 

 ぼやぼやしていた視界が次第に鮮明に彩る。とは言っても瞳に映るそれはなんの変哲もない真っ白な壁で。

 あれ、違いますね。これは壁じゃなくて天井かもしれません。よく見たら照明とか窓とか……そもそも、ここはどこでしょうか?


 あとは何時間、この清潔感の白いベッドで寝ていたのでしょうか? 

 この窓側から見える景色、少なくとも朝方から昼間の間のようにも見えますが。


「遥……置いていかないで」


 大切な人、私に無償の愛をくれた人、人生を丸ごと変えてくれた人。初めて心の底から好きだと言いたくなるほどに魅力的で自分には勿体ないくらいの美女が私の手を両手で包み込んでいました。

 うつらうつら、でも寝ることに抗っているのか時々首をカクンと傾けて。


 私の視線には全く気づいていないようです。


「遥、遥……私、まだあなたに伝えていない。伝えられずにお別れしたらもう生きていけない。だから目覚めて……お願いだから」


 不覚にも心臓の鼓動が高まる。最後の最後に振り絞った二文字から始まる素敵な言葉は陽子さんの耳にしっかりと届いていたんですね。


 嬉しい。とっても、嬉しい。告白するにはムードなんてものは全くこれっぽっちもなかったけれど、届いていたのならこれ以上に幸せなものなんてありません。

 

「陽……子さん」


「~~~っ!? 遥ぁぁぁ!」


「わひゃ!?」


 起き上がった直前に抱きつかれてしまいました。なんだかすっごく恥ずかしいのですが……自然と両手が陽子さんの背中に回ってしまいました。


 ふふっ、久しぶりにお会いした陽子さんはいつもと違ってとても可愛らしいですね。


 美女というより美少女です。だって、目を合わせただけで両目からポロポロ涙が出てきてなんだか泣きじゃくってますから。


 いつもの余裕あるたたずまいで毎回会うたびに激しいキスを求めてくるあなたはどこに行ったんですかってくらい別人になってますよ? 


 まぁ、これはこれでそそられるので私としては大歓迎なんですけどね。


「もう! 無茶しないでよ!! なんで、そんな無理してまで自分を追い込むのよ!! バカバカバカバカ!」


「あはは。ひどい言われようですねぇ」


「ずっとずっと心配していたのよ? あなたがこのまま目覚めなかったらどうしよう……とか、このまま起きなかったらこれから私はどうすればいいのかなとか」


「不安にさせてしまいましたね」


「ほんと……身勝手なんだから」


「ごめんなさい。知らない間に心配させちゃって」


「目を閉じて…………ちゅっ」


「んふぅ」


 目を閉じてすぐに当たる唇の感触。これまでと違って軽いキス。まだ目を開けてと言われてもいないのに目を開く。


 女神のように微笑む陽子さんがそこにいた。私も同様に微笑む。上手く笑えているかな? もしくは笑えていないかな?


 でも、口元は自然と緩るんでいく。陽子さんの顔を眺めるだけで今はとても満足てす。


「これで終わりですか?」


「病人にこれ以上やったら悪化してしまうから……その、今は我慢して欲しい」


「お預けプレイですか? あーあ、ひどいなぁ」


「でも……あの、えっと、その、あー、これ……くらいなら伝えてもバチは当たらないかもしれないから先に言っておくね」


「はい」


 あれだけ抱きついてきてなおかつキスもしてきた陽子さんはパイプ椅子に座ると俯きながらもじもじとし始めました。


 可愛いなぁ~、なんかゾクゾクしてきちゃいましたよ。叶うならこのまま押し倒して分からせてやりたいですね。


 あなたのことをどれだけ愛してやまないかってことを……一から十まで手取り足取り腰とりがっつりと。


「私、春野陽子は旭川遥さんを心から――」


「失礼する」


 ドッと寒気が押し寄せる。この声……あぁ、イヤ。イヤイヤイヤイヤ、コワイコワイコワイ。


「あっ。え、えっと、私……ちょっとお医者さん呼んできますね!」


「……」


 陽子さんは慌てて部屋を出る。無言でその人を見つめる視線が怖くて、身体が嫌になく震える。

 見ないで、近づかないで、どこかに消えてよ。コワイコワイコワイ。


「久しぶりに会ったのに挨拶もなしか?」


「お久しぶりです」


「相変わらず敬語か。いつまで、そうしているつもりだ?」


「ごめんなさい」


「質問の答えになっていないぞ」


「ごめんなさい」


「……ちっ、イライラする。お前はほんと中学生の頃からなにも変わらないなぁ……高校生になったら少しはマシになるじゃないかと期待していていた俺が浅はかだったよ」


「ごめんなさい」


 全身黒のスーツに張り付いた鉄の仮面。メガネ越しからでも伝わる苛立ちの表情。

 お母さんを失くしてから、ずっと私にはこんな調子で家に帰ってきたとしても空気が凍りついて。


 厳格な性格を兼ね備え、声も一言発するだけで場を震撼させてしまうほどのトーンで。


 黒髪と白髪混じりの中年で痩せ細り。お母さんが生きていた頃は少なくともこんな感じではなく当時は爽やか黒髪で性格も真逆で。


 あの頃のお父さんは死んでしまいました。もう二度と願っても戻ってはこないでしょう。


「すいません、お待たせしました」


「……」


「容態の方を調べさせてもらいますね」


「お願いします」


 検査は淡々と済まされた。目を開いたり、脈を調べたりとか根掘り葉掘り。

 粛々とした雰囲気とした雰囲気に呑み込まれながら検査は終わりました。

 

「過度なストレスと極度の栄養失調並びが見られます。念のため明日にはPCR検査等頭部に支障がないか調べさせてもらいますがこの調子ならまず心配はないかと。ひとまずは様子見で検査入院ということでよろしいでしょうか?」


「問題ありません。検査に掛かる全ての費用についてはこちらでしっかりお支払させていただきます」


「では、私はこれで。どうかお大事に」


 高齢のお医者さんが立ち去り同時に看護師も去っていく。入院患者は私だけしかいない個人部屋。

 半分開いた窓から見える曇り空から心地よい風が流れて頬をひんやりと伝い、壁際で不安そうな表情で見つめる陽子さんが唯一の救いで。

 ただ、全身スーツ着用のお父さんは医者が去ってからどことなく不気味で。

 

「あなたが遥を病院まで連れていってきた本人で間違いありませんか」


「はい、そうですが」


「初めまして。私、旭川修三(あさひがわしゅうぞう)と申します。この度は娘を助けていただきありがとうございます。あなたの必死な人命救助のおかげで命が救われました。あともう少し遅ければ……恐らく重症になっていたことは間違いないかと」


「いえいえ、そんな頭を下げないでください。私はただ必死でこの子の命を守ろうとしただけですから」


「ふっ、そうでしたか」


「では、自分はこれで失礼しますね」


「おやおや……帰るのですか?」


「えぇ、まあ……私はその、この子が目覚めてくれただけで充分救われましたし」


「昨晩からずっと付きっきりで看病されていた方がもうお帰りで?」


 出口のドアに手を掛けようとする陽子さんを制止するお父さんの表情といい雲行きが段々と怪しさを増す。


 あの眼鏡越しに鼻の下にある唇からニヤリと緩む口元。


「どうして、それを?」


「看護師さんから話は聞いているので、これくらいのことは知ってて当然ですよ」


「あっ、あぁぁ」


「随分と私の娘に情があるようですね?」


 やめて……やめて、私の陽子さんを追い込まないで! 


「なにを言っておられるのやらさっぱり」


「しらばっくれても無駄だぞ。洗いざらい……ここで全部話してもらおうか? なぁ?」


「…………っ!」


「幸いにもここは個人部屋。プライバシーは少なく済むだろうし隠し事をさらけ出すには……丁度いいと思いませんか? 春野陽子さん」

 

「私の名前……なんで?」


「遥が病院に運び込まれてから色々と調べていたんですよ。もしかしたら学校でいじめでもあったのではないかと……そしたら、まあ私の自宅で少しばかりとんでもないものを目にしまして」


「そ……れは!?」


 ベッドの横に置かれたそれは確かに言葉通りとんでもない物だった。

 私と陽子さんが深い関係にあることを示唆するには充分な証拠。


 失敗した……もっと注意していればこんなことにはならなかったのに。

 お父さんは病院に訪れる前に入念に家を調べた。そうなれば、この品は絶対に見つかる。


 自分の部屋の机の上に置いてあったら誰だって手に取るはずだ。

 しかも、それは滅多にない特別な色だからこそ。


「さぁ、言い訳はあるか? この瓶の中にある桃色のような髪をした毛が入っている件について……釈明とやらを聞かせてもらえるなら聞かせてほしいものだなぁ」


「ぐっ!」


 私の過ちで陽子さんを巻き込んでしまった。こうなってはもう二度とあの生活には戻れない。

 

 厳格なお父さんが許すはずもない。ここまできたら徹底的に問い詰めるだろう、自分が納得するまで。


 どうしたら、どうしたらいいの? どうやったら、一体どうやったら。


 この状況から逃れられるの?

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