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可愛いお人形ちゃんにされてしまった私。脅されているのに恐怖よりもどきどきしているのはどうしてでしょう?  作者: 明日のリアル
それでも伝えたい。なにがあっても……私の頭の中にはあなたがいるから
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何度何日何回繰り返したとしても……よぎるのはやっぱりあなた。伝えます、私の想いを。二文字から伝える素敵な言葉を添えて

 一日目、日曜日。


 陽子さんの笑う顔が目に浮かぶ。とっても可愛くてとっても綺麗で。


 服装は上下脱ぎ捨てて下着オンリー。自室を出て、一階の洗面台で鏡の向こう側の私に嘲笑う。


 適当な衣類に着替えてから歯を磨いて意味もなく二つの歯ブラシをじっと見つめる。


 いつまでも……いつまでも。去り際にまた意味もなく陽子さんが使っている歯ブラシの先を舌でねぶって部屋に戻った。


 なにをするにも気力が湧かない。さながら蝉の抜け殻……雨は昨日から降り続けている。

 

 スマホの通知が鳴った。送り主は……梨奈。なにか書いているけど、私は一切見なかった。

 そしてベッドの上で天井を見続けた。





 二日目、月曜日。

 

 陽子さんの楽しそうな顔が目に浮かぶ。こっちも楽しくなって、愉快になって。

 

 倦怠感が日曜日よりもひどくて起き上がれそうにない。空はこんなにも快晴なのに。

 昨日はなにもしてない。ご飯もおかずも朝・昼・晩抜いている。

 あの光景をふと思い出すだけで食欲が一切湧かない。だから水しか口にしてない。


 家の電話機が鳴り響く。心が不安定で学校に行こうにも……いや、別にいいや。

 あそこに行ったとして、私はこれからどうすればいいのか分からなくなるだけ。

 

 ならば……行かないほうがずっとましだ。


 通知が鳴り響く。音量をミュートにして意味もなくベッドの上で天井を眺める。 


 インターフォンが鳴った。聞こえないフリでお帰り願おう。


 手元に陽子さんの髪の毛が入った瓶を握り締めて目を閉じた。





 三日目。火曜日


 陽子さんの悲しそうな顔が目に浮かぶ。やめてください、こっちももらい泣きしてしまいそうですから。


 家の電話機が鳴り響く。立て続けに鳴り響く。


 なにも考えられない……カンガエタクモナイ。


 スマホが震える。インターフォンも鳴っている……


 身体が痒い……シャワー浴びようかな。





 四日目。水曜日


 陽子さん……の……物欲し……げな表情が……目に。うふふっ、あはははっ。


 家……の電話……機。また鳴って……


 あ~、好き好き。スキスキスキスキ。


 スマホが……容赦なく……震える。なんなの……イライラするから……やめてよ。

 

 ……っ! お父さ……ん。


「は……い」


「遥……お前、今何してる?」


「部屋に……います」


「何故学校に登校していない? 月曜日から無断欠席が続いていると担当の教師から連絡が入っているんだぞ。この忙しい時期に迷惑を掛けさせるとはどういう心境をしているんだ? なぁ?」


「ご……めん……なさい。行きます。行きますから」


「明日の朝、教師に事情を説明して謝罪しろ。もう、こんな軽はずみなことはするなよ。はっきり言って迷惑以外の何物でもないからな」


「はい……すみ、ません」


 スマホをベッドの上に放り投げる。


 また意味もなく天井を見上げて桜色の髪の毛が入った瓶を見つめる。


 陽子さん……陽子さん。私、やっぱりあなたがそばにいてくれないと。

 自分が分からない。なんのために産まれてきたのかちっとも分かりません。





 五日目。木曜日……だったかな?


 制服に着替えて、ふらふらとした足取りでお風呂場へ行って臭いを落とすために入念に汚れを落としてまた洗面所へ。


 目の下の隈は日に日に酷くなっていてそれでいて頬もごっそりと痩せている。

 

 顔もどことなく生気がない。食べ物が口に入らず水しか喉に受けつていないから当然と言えば当然かもしれない。


 陽子さんの歯ブラシに手をつけて歯を磨く。


 鞄は……あー、自分の部屋か。


 家の鍵は閉めた……閉めたよね?


「はっちゃん!? 今までなにしてたの……っ!?」


「おい、ハル!? どうしたんだよ! 顔色いくらなんでもやべえぞ!?」

 

 いつの間に学校に到着したのだろう? どうやってたどり着いたのだろう? 駄目だ、考える力が私には残っていない。


「平気……ダカラ。心配……カケテゴメン」


「いやいや、もうやべえって。家帰る以前に病院に行くレベルだから……なぁ、これそういうレベルだよな?」


「えぇ、私がはっちゃんの親なら即刻連れていってあげるほどの案件よ。もう……なんでこんな……ことになってまで」


「ゴメン、自分、行くね……担任に……謝らないと」


「その足取りで歩くつもりかよ!」


「ウン。謝らない……と。お父さ……ん、怖い……から」


「まじかよ、全然笑えねえわ」


「はっちゃん……」


 一人で歩こうとしたけど結局は誰かの肩に支えられて歩く。視界がぼやけにぼやけて周辺の状況がよく分からない。

 なにやら制服を着ている人達がこっちを見ているような気もするけど……どうでもいい。

  

 しばらくして職員室に着いたようなので担任の顔を見ながら喋りたかったけどその気力は全くといっていいほど湧かない。湧き上がらない。


「旭川……っ! なんて無茶を」


「先公、さすがにまずいと思うぜ。これはもう保健室で休ませるべきだろ! いや、そもそも病院に行かせた方が絶対いいって」


「お前の意見については珍しく賛成だ。こんな状態で授業なんか受けさせられるか!」


「ダメです。そ、そんな……ことしたら……コワイコワイコワイコワイコワイ」


「……先公」


「先生だ」


「今日は大人しくハルを早退させてくれ。なんか……もう色々とほっとけねえよ」


「同感だな……さすがにこれでは旭川が不憫ふびんすぎる。まさか、ここまで怖がらせる親だったとは……世の中には恐ろしい奴もいたもんだ。浅倉、面倒掛けて悪いが旭川を宜しく頼む」


「あいよ、すまねえな……先公」


 引きずられているような気がする。うぅぅぅ、気持ち悪い。目がぐるぐる回って気分が悪い……外の空気を吸いたくない。

 でも、社会に溶け込めないとお父さんは怒り狂う。あぁ、うぅぅぅ。


「コワイコワイコワイコワイ……助け……て、陽子さん」


「陽子さん?」


「浅倉……」


「あー、その、連れて帰るわ。平井、悪いけど知っているのならハルの住所教えてくれねえか? 家がどこか全く見当がつかねぇ」


「わ、私も行く。こうなったのは全部身内に関係していることだからなおさらほっとけないし」


「関係って……一体なんの?」


「帰り道で説明するね。多分だけど、これが原因としか考えられないような気がするから」


 あ……れ? どうして、私はさっき来た道を引き返しているのだろう? 自分で歩いているのかなとかそんな風に思っていたけど事実は全く異なっていて。


 片方に黒髪のポニーテールでもう片方に一瞬男子と見違えそうなほどの薄茶色の短髪の少女がいて。


 ぶつくさぶつくさと近くにいるのに全く会話の内容が入ってこない。

 

 あぁ、なんでもいいや。別に私にはもうなにを聞こうが聞かれまいが全部どうなったっていい。


 なんなら……この世から消えたとしても。


「お前の姉貴が!?」


「えぇ、多分ね……はっちゃんが階段から急いで走っているように見えたから気になって階段を上がっていったら途中で陽子さ……もとい春野とぶつかったから訳を聞いてみたら早口で答えていたから。まぁ、確実かも」


「それで、そのあとは?」


「お姉ちゃんがいる部屋に突撃して、今回の一件について問い詰めた。そのあとは個人的にはっちゃんを傷つけたことが許せなくなって思いっきりビンタしてやったけどね」


「おふっ、果敢な妹だねぇ」


「他にもビンタじゃなくて数発殴ってやろうかなと思ったけどさすがにやめた。なんていうか……えっと、ビンタとかパンチよりもひどい傷跡を見たから」


「傷跡?」


「これ以上はごめん……答えられない」


「……分かった。もう、答えたくないならそれでいい。話は充分聞けたからな」


「浅倉」


「あ?」


「はっちゃんの家に着いたら二人だけで話をさせてくれないかな? きっと、これは私にしかできないやり方だから」


「了解、あんたに任せる」


「ありがとう」


 家のリビングに座らせているのだろうか、精神的な負担が和らいだような気がした。

 手のひらにコップが見える。けれど、視界がぼやけてそれどころではない。

 

 梨奈の表情が全く見えない。ごめんね、自分で飲めないやって謝ったらゆっくりと飲ませてくれた。

 

 陽子さんなら口移しとかで飲ませてくれるに違いない。またこんな時にあの人だけが鮮明に思い浮かんでしまうなんて。


「はっちゃん……うちのバカ姉が迷惑を掛けてごめん。色々とまあ言いたいこと山程あるけど……お姉ちゃん反省しているから。決して必ず口外しないってボイレコ使って言質取ったからさ。だから、もう自分を責める必要はないんだよ?」


「うん」


「春野とはっちゃんの間になにがあったとかこの際聞かないことにするけど……友人としてそして好きだった人に対して、これだけは言わせて」


「………」


「はっちゃん、お願いだから幸せになって。自分で殻に閉じ籠らないで悔いのない選択をして。あとは……その、悩んでいることがあったらいつでも相談すること。24時間365日いつでも対応するから」


「……ふふっ」


「えっ!? 今のところ笑うところあった!?」


「ううん、なんでも、ないよ……」


「ほっ」


「ありが、とう……これ、からも友人として仲良くして、ね」


「えぇ! こちらこそ!」


 悔いのない選択……か。好きな人の前でさようならとか言ってしまった手前、今さらよりを戻せるのでしょうか?


 もしかしたら、それは選択次第で変えられるのかもしれません。

 けれど、今度こそ二度とよりを戻せなくなってしまったらと考えるだけで……震えが止まらない。

 

 叶わないのであれば、自分の部屋でせめて潔く散ろう。

 梨奈と由美さん……それにクラスメイトや担任にも多大な迷惑を掛けてしまうことは明白ですが、陽子さんと仲良くお話しできない世界に未練なんてものは存在しませんから。


 せめて……そのときは陽子さんに覚えていて欲しいものです。


 こんなにも愛していて、こんなにもあなたのことしか見えていないってことに。


「行かなくちゃ………伝えなくちゃ」

 

 夜。窓を眺めて、時計を眺めて家を出る。服を着替える余力は残っておらず制服のまま夜道へ。

 補導されないかな? 飛び止められないかな? 声を掛けられたら逃げられるかどうか自信がありません。

 

 梨奈の手料理を断って、最後の最後までご飯を食べずじまい病院行きも拒否したせいか視界はいよいよ極限の世界へ。


 陽子さんに会って、それから前に進まないと食欲なんて回復しない。


 あのショックから立ち直るには自ら鞭を打ってでも進まなければならないのです。


「はぁ……はぁ……はぁ」


 よろよろとぐらぐらと時々他人の家の壁に手を付けて。おぼつかない足取りで見えてきた目的地は私と陽子さんの始まりの場所であるドラッグストア。


 あぁ、やっとです。ここまで来るのに随分と遠回りしてしまいました。


 なんだかんだ私ってまどろっこしい女です。もっと早くこうしていれば良かったのに。


「遥? ……えっ、遥!?」


「陽……子さ……ん」


 一目見ただけで脳裏に焼き付けるボディーライン。カッターシャツとジーンズにエプロンを装着していたって、陽子さんならいつでも美しい。


 端正な顔立ちをした美女はいつの間にか倒れていた私を支えていて。

 肝心なときに倒れたら元も子もないのになにやっているんだろう……私は。


 頬に伝う無数の滴。陽子さんが涙を流している……泣き顔なんてほとんど見たことがなかったのに。


 この涙は私の為に? 私を想って? 理由がなんだとしても嬉しい……こんなに綺麗で思いやりも優しさも慈しみもお母さんに負けないくらい魅力がある人と接することができて。


 まぶたがいい加減に重たくなってきた。ま……だ、言えていないのに。

 伝えないと……伝えなくちゃ。心の中にしまっていた想いを全部さらけ出さなくちゃ。


「遥! 遥ぁぁぁ! しっかりして! 目を開けてぇぇ! お願い!! お願いだから、気をしっかり持って!!」


 なにも……見えない。けれど、意識だけは僅かにあって……それは陽子さんに握られた手によって繋がれていて。

 

 たくさんたくさん、伝えたい言葉がある。でも、限界が近づいてきました。

 喋るにしても限られた中で最低限誰でも伝わる言葉で理解してもらわないといけません。


 受け入れてもらえるかは自信がないけど伝えます。二文字から始まる……ありのままの言葉を。


「……好き、好きです。誰よりも……深く……あなたを愛して……いま……す」


「あっ……あぁぁぁ、いやぁぁぁ!」

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