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盛り上がれ! 熱くなれ! ボーカルHARU、1日限りのライブ……いざ開幕!! そして、望まない終演へと

「ね、熱でもあるの?」


「ほぇ? 別に熱なんてないよ。むしろ調子いいくらいだけど」


「そうなの? 顔が赤いからてっきり勘違いしちゃったのも……ごめん変に勘違いさせちゃって」


「全然気にしてないよ。それよりも今日は悔いのないように精一杯楽しみましょうね、静江さん!!」


「うん、一緒に……頑張ろう」


 危うくバレるかなと思いましたが、どうにか間一髪逃れられたようです。


 休憩の時間にのめりにのめり込んでしまった陽子さんとのキスを思いだすだけで頭が簡単に沸騰してしまいます。


 またしてもらいたいなぁ……でも、そろそろいい加減にお人形ちゃんとしてではなく女の子として見てもらいたいのでキスをされるにも感情は思っていたよりも複雑なのです。


「ふっ、ハル。ようやく待ちに待ったライブだ。ここまで随分と長かったよなぁ」


「そうですね。今日まで振り返ってみれば私の人生って壮大だったのかもしれません」


 いよいよバンドが始まる一時間前。メイド喫茶も大盛況で名残惜しくも立ち去る際には熱い声援を送られ、体育館裏で先に到着していた由美さんとその他のバンドメンバーであるどらどらさん・弾くちゃん・静枝さんと一通り打ち合わせをしたのちに制服はさすがに場がそぐわないと代表の由美さんに言われて服を支給してくれました……が。


「こんな派手な服装を着て歌うのも前の私なら想像がつかなかったでしょうね。未来の私が言ったとしても信じてもらえないかもしれません」


 黒いシャツにとんでもなく短いフリフリとしたピンクのスカート。服なんてHARUとか大きくぷりんとされている上にキラキラした装飾品が散りばめられていて、スカートに至っては下から覗かれたら完全にパンツ丸出しの変質者です。


 当然対策として半ズボンを着用しているので見られるという心配はいっさいなくなりましたが。


 しかし、この服自体現在演劇部の方を優先しているギターの子の手作りということらしいので無闇に文句は言えません。

 デザインと生地については素晴らしいのでこの点については感謝しましょう!


「だろうな。前のハルは目が沈んでいたし、表情も読めないし、なにかと消極的な感じがしたりでとにかく話し掛けづらかった印象しかねえし。あの頃は健気に話し掛けている平井スゲーな的な感じでしか見てなかったぜ」


「あはは」


「まぁ、でも今のハルはどっかの近くにいる誰かさんのおかげで目もきらきら輝いている上に表情も前に出すようになって面白くなったしある意味こっちは感謝を述べたいくらいだぜ。ハルを変えてくれてありがとうってな」


「もしかして……由美さん」


「ん? あぁ、ハルにいい影響をもたらしてくれた人には心当たりがあるけどこういうのは心に留めておくつもりだから安心しな。他人のプライバシーを土足で踏み込むような野暮な真似はしねえよ」


 ギターを撫でつつ、おもむろに立ち上がりストレッチをこなしてから改めてスマホの画面を見つめる由美さん。

 ニカッと笑い、私を含めたバンドメンバーに合図を送る。会話している間に順番が回ってきたようだ。


 ふぅ~、かなり緊張してきましたよ。始まる前にこっそり発声練習とかにやってみましたがついに迫り始める本番に変な汗が出てしまいそうで。

 けれど、由美さんはすっごく笑っていてこんな状況でも物怖じ一つたりともしていません。

 他のメンバーも等しく同じで、20分間の休憩を利用して楽器の搬入やらチューニングの確認をしたり。

 私はボーカルの立場としてマイクが最優先なので音が飛んでいたりしないか軽くテストしたり、とにかく始まってもいないのに心臓の鼓動か落ち着かなくて。


 静江さんに対して一緒に頑張りましょうと言った手前、本番に限って足を引っ張らないか心配になってきました。

 うひゃあああ、ドジ踏まないでくださいよ! 本当に本当に! 変なところでかまないでくださぁぁい!


「ハル、心配はご無用! 過度な緊張は逆効果だぜぇい!」


「そうそう、それそれ~!」


「何事にもリラックスだよ、ハル。不安要素は全部可能限り払ってあげるから遠慮せずドーンと歌えばいい」


「一発限りの本番。泣いても笑ってもこれで出来が決まる……と同時に」


 仲間からのエール。不安定な私をこんなにも思いやってくれるんだなぁと思うと自然に強張っていた身体が芯から軽くなって。


 ドラムのどらどらさんにキーボードの(はじ)くちゃんにベースの静江さんのそれぞれのありがたい言葉のあとに由美さんが肩を寄せると耳を貸せとジェスチャーを送る。

 あれ、なんでしょうか? 皆さんには伝えたいづらいことなのでしょうか?


「好きな人に対してどれだけの気持ちが籠ってるかこれで良くも悪くも全部伝わる。だから、手抜かずに真剣に歌ってみな」


「……っ!? 分かりました。私にできる精一杯を歌に込めてみせます!!」


「その意気だぜ、ハル!」


「なになに~、内緒話?」


「けっ! お前らには聞かせらねえ話をしてただけだ……」

 

 皆に聞こえないようにフォローしてくれた由美さんに感謝の意を示しながらマイクを強く握りしめて段々と左右それぞれ自動で開かれてゆくカーテンを見つめる。

 曲は全部で四曲。そのうちの一曲目は最初から最後までノリノリjpopで二曲目と三曲目は英語オンリーと英語と日本語のハイブリット……そして四曲目は。


「お待たせしました。次は軽音部によるコンサートです! ……皆さん盛り上がって参りましょう!! では、どうぞ!」


 ぱちぱちと拍子のよい拍手と共に盛大に迎えらながら、どらどらさんのバチ叩きの合図からギターとベースとキーボードのサウンドが鳴り響く。

 上手く歌いきれるかは自分次第。されど私は歌いきってみせる! ここまで来たからにいつでも全力で……歌よ、皆に届け!


「~~♪」


 一曲目。始まりは何事も肝心で私は可能な限り自分で動ける範囲内で身体フレキシブルに動かす。

 盛り下がるかなと思ったけど、それは全くの杞憂でむしろうるさいくらいに盛り上がってしまった。


 原因はすぐそこにある。私の名前を呼ぶ声援……はるちゃんってそれ完全にメイドの名前の時につけた愛称ですよね?

 ギターのソロパートの時にちらりと客層の流れを確認。男女問わず高校生が多いけどやたらとお姉さん層が多いような。

 

「よう、お前ら! 今年の文化祭盛り上がってっか!?」


「おぉぉぉぉ!」


「だ、そうだ! 良かったな、ハル!」


「えっ、え? わ、私?」


「お前以外に誰がいるんだよ? こんなに盛り上がってるのは6割型、ハルの声の力なんだぜ?」


「いやいや、私なんて大したことないですから。この舞台に立たせてもらっているのも皆さんの支えがあったからこそです!」


「ははっ、嬉しいこといってくれるなぁ! じゃあ、次もその次も支えになるように一暴れしますか!」


 会場の流れを支配するのがほんとにお上手で、緊張なんてものはすっかりと抜け落ちいつものように自然体でいられるようになった私はマイクを片手に声を届ける。


 二曲目も三曲目も英語だらけで日本人が歌うにはたどたどしい場面もあって。スペル間違えはないかなとかそもそもこんな発音で合っているのかとか頭の片隅でよぎることもあった。


 けれど、結局のところ体育館で盛大に声を上げて合いの手ををしているお客さんを見てたらそんな些細な悩みはどうにでもなってしまい曲の終わりごろにはもう自分らしく歌ってしまいました。

 

 鳴りやまぬ拍手と声援。はるちゃんという掛け声とばっぢゃ~~んという嗚咽の混じった叫び声。

 あはははっと乾いた笑いをしながらもマイクに向かって思いを伝える。


 四曲目は……リーダーと自称する由美さんに希望を出してOKをもらった曲であり本来であればこの曲は存在しなかった。

 

「皆さん、私達のライブは残すところ一曲となりました。名残惜しくもありますが最後の一曲で終わりにしたいと思います。曲名は~~です。では、お聞きください」


 どらどらさんのドラムが静かに叩かれ、その間にしんみりとした雰囲気でギターとベースが音を鳴らす。キーボードはあくまでも補助という形で表には大きく主張しない。


 締めの四曲目は極めて個人的な理由で選んだ曲。好きな人に……春野陽子さんに対してもどかしい思いに苦しめながらも、一世一代の告白によって自分達の見える景色はこんなにも素敵なんだというメッセージが強く出た作詞と徐々に盛り上がっていくメロディー。けれど、なんだか切なさも感じるような……そんな一曲。


 伝えられる分は伝えられたと思う。勿論曲を歌って終わりにするつもりはないけど。


 体育館の方でわんわん号泣しそうな梨奈に対してハンカチを差し出すツインテールの少女。


 そして一番に歌を伝えたい思い人は真剣な眼差しで私を見ていた。


 一曲目から目を逸らすことなくずっと。


「聞いてくれてありがとうございました! この後も文化祭盛り上がってくださいね! 以上、ボーカルのHARUでした! 他にもどらどらさん・静江さん・弾くちゃん・由美さんに盛大な拍手をお願いします!!」


「よせやい。照れるだろうが」


「うむ。感無量」


「そうそう、それそれ~」


「うぉぉぉ」


 終わりよければすべて良し。本番では大きなミスもなく小さなミスも最小限に済んだのでバンドとしてはそれなりの成果が出せたはず。


 でも、私の目的はもっとその先……体育館裏に再び楽器を運び込み、一足先に服装を制服に戻す。


 これから陽子さんを呼び出して人生で一度きりの想いを真正面から伝えます。


 今度は逃げない、へたれない。ここが自分にとっての正念場なんだ。


「ハル!」


 私の名前を呼ぶ声に振り返る。当初会った頃とはがらりと変わり果て隠れた前髪はバッサリ抜け落ち心なしか顔色がとても  静枝さんに呼び止められました。

 ですが、なにか落ち着かない様子でどこかあたふたしていて、いつもクールな静枝さんにしては珍しく顔が赤いような。

  

「はい、なんですか?」


「文化祭終わったら打ち上げにでーー」 


「静江……」


「ユ、ユミユミ」


「由美さん?」


「ハル……お前には用事があるんじゃねえか? それもこんなバンドの打ち上げよりももっと重要なことがさ」


「それは……でも、本当にいいんですか?」


「気にするな。うちらはうちらで楽しくやってるからハルにはハルしかできないことをしてこい。せめて、悔いが残らないように願っておいてやるよ!」


「すいません、静枝さん! わ、私……打ち上げよりもすべきことがあって、それが無事に終わるまではーー」


「ううん、いいよ……気にしないで。それよりも早く行くべき。あとで後悔する前に」


「はい! この埋め合わせはきっといつか!!」


 さぁ、行きましょう。由美さんが背中を押してくれたこの恩は必ず返すことにしてまずは陽子さんに会って二人きりになれるように約束を取りつけましょう。


 と意気込んだものの、既に体育館に陽子さんの姿はあらず。


 代わりに押し寄せてきたファン? と名乗る人達にもみくちゃにされながらも目を凝らして探してもあの人の姿は全く見当たらない。

 こうなったらスマホで呼び出そう。幸いにも文化祭の最中はスマホの使用を一時的に許可されている。

 電話は……迷惑だろうからラインにメッセージを飛ばそうとスマホの画面にあるラインアプリを人差し指で触れようとした瞬間。


『突然のメッセージごめんなさい。平井梨奈の姉に当たる平井摩耶です。いきなりで申し訳ないのですが本日私はあなたに大切なお話があります』


『お手数をお掛けしますが、四階の生徒室にお越し願えないでしょうか?』


『部屋に関しては恩師の許可を得て入室を許されていますのでノックせずにお入りください。それと、入室する際にあとどれくらいで到着するか教えてもらえば幸いです』 


 開いてみると合計三つに分けられたショートメッセージ。一番上に記載された電話番号はどうやら摩耶さんに当たるようです……けど、どうやって自分の電話番号を知ったのでしょうか?


 もしかして梨奈に私の電話番号を教えてほしいとお願いしたのでしょうか? 

 

 うーん、とにもかくにも話があるというのであれば行ってみましょう。


 陽子さんと早くお会いしたかったのですが……こうなってしまっては無視しようにも無視できませんから。

 

 メッセージにあと何分ぐらいで到着するかおおよその感覚で書き込み、体育館から四階の生徒会室へと移動する。

 この部屋の周辺に限って人の気配が全くない。ここだけ奥ばった配置でなんだかちょっとした特異な部屋のようにも思えて。

 

「ふぅ~」


 本来なら入室する際にはノックが基本だ。そうしないと職員室では真っ先に教師の口から注意が入る。


 だけど、メッセージにはノックせずにお入りくださいとの内容があった。


 となれば、いきなり開けても問題はないはず。息をごくりと飲み込み扉の取っ手に手を掛ける。

 

 ゆっくりと……そろっと、じんわりと。


「んはぁ……んちゅ……じゅるるる……はぁ……ぁ」


「んむっ!? あぁ、このっ! やめなさ……あっ、遥!?」


「陽……子……さん?」


「待っていたよ……遥ちゃん♪」


 その先に見える景色は深い悲しみと果てしない絶望。
























 これは嘘? それとも夢? はたまた妄想? いやだ、いやだ、いやだ……違う違う違う違う違う違う!! 


 なんで、そこにいるですか? なんで、ナンデナンデ……


 私だけの唇なのに。どうして……どうして、そんな簡単にキスを受け入れているんですか? 

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