お客様困りますぅぅ!! 喫茶店の場でそんなに争わないでくださぁぁい!!
「いつ見ても可愛いね、はっちゃん」
「う、うん……ありがとう。でもさ、ちょっと言いたいことがあるんだけど」
「なになに?」
「どうして私だけ衣装が違うの? なんか周りから浮いているような気がしてならないんだけど」
「あははっ、そりゃあクラスメイト同意の元で作成された特別のメイド服だからね。全然衣装が違うのは逆に個性を出すためなんだよ!!」
…………目立つの嫌なんだけど。ただでさえ表に出るの罰ゲームでしかないのに。
嫌々しかたなく、絶望の縁に絶賛立たされている一年A組女子高生旭川遥は土曜日の文化祭当日、バンドを始める前にクラスメイトの出し物であるメイド喫茶の代表服に等しいメイド服に着替えて参加する運びとなりました。
きらびやかな装飾品とクラスメイトのつてで運び込まれた特別な丸いテーブルとそれを覆う白いテーブルクロス。
一時間の時間制で交代していくメインの3人と裏側の厨房に当たるサブの5人で他案内役に2人とか呼び込みとか急な買い出しとか色々。
この体制でメイド喫茶を1日中に回していくそうです(ただし、私だけは休憩と夕方に始まるバンド以外メインに回されるようです。どうして……どうして)
「あはぁ~、今日まで生きてて良かったよぉ」
「それは良かったね……けど、写真撮影はそこまでにしようよ? いい加減にしないとお客……ご主人様が来るよ?」
「はい、はっちゃん! 笑顔でピース!!」
「あはは」
土曜日になる前の数日前にも撮ってたよね? そんなにパシャパシャ撮る意味あるの?
そして、ついには連写まで始めてしまいました。クラスメイトとして力ずくで止めるべきでしょうか?
「そこまでにしとけよ、平井」
「あ? 折角の貴重な時間を邪魔しないでくれる?」
「いやいや邪魔はあんただよ。いつまでも妨害されてたらご主人様を店の中に案内できないだろうが」
「ぷっ。その身なりでそんな台詞を吐く浅倉……似合わなさすぎて逆に笑えちゃうわ」
「失礼すぎるだろ。着たくもない衣装頑張って着てたんだから少しくらいは褒めろや! 文化祭実行委員さんよ!」
「うーん、褒めるとこないね。ごめん」
「はぁ、もういいや。なんか……平井と相手してたら疲れるから仕事戻りまーす」
手をひらひらと軽く振りながらちょっとした厨房に戻る浅倉さん。
ご主人様何人来ているんだろうなと思って裏のドアから顔を出してみると……うひゃあ!? 思わず変な声が出そうになった所で手のひらで口を塞ぐ。
こ、これは予想していたよりもかなりの人数。あれれぇ~、チラシなんてご近所に配った覚えはないんだけれどなぁ。
「はっちゃん、落ち着いて最後までリラックスだよ!! 私、見回りに回されちゃったけど影で応援しているから!!」
「うん、ありがとう」
「あと、バンドだけはなんとしても行ってやるから! だから、だからぁぁ~! 私の為に愛をごめでうだっでねぇぇぇ~」
まだバンド始まってもいないのにえらく泣き崩れてしまった梨奈を介抱しつつ、どうにか宥めたあとはホールもサブも全員集合して意気揚々とした雰囲気になったところで身嗜みを軽く再確認。
胸についた黒リボンと白いエプロンに黒と白がそれぞれ混じったワンピース。頭の上は黒のカチューシャをつけてできあがり。
ちなみ寝ているときとか激しい運動をしているとき以外頭につけている赤いブーゲンビリアは外そうか外すまいか最後まで悩んだけど最終的には付けたまま過ごすことに。
今日、陽子さんはバイトの休みを取ってまでこちらの学校に遊びに来てくれるそうなので出迎えるのなら毎日付けている髪飾りを外さない方がいいのかなと思いました。
メイド服に付けるものではありませんが、こういった出し物は本格的ではないので別に気にする必要はないでしょう!
では早速! 教室の前の扉を開けて元気よく挨拶しましょう! 初めの挨拶は何事も肝心ですからね!
「お待たせしました、ご主人様♡ 中にお入りくださぁぁい♡」
「……なにあの子」
「えっ、えっ、うそ」
ありゃ? 自分では可愛く言ってみたつもりなのですが皆さんのお気に障ったのでしょうか? や、やっぱりまずかったかなぁ。
初めの挨拶クラスメイトの人達に押し付けられちゃったけど断るべきだったんだ。
あぁぁぁ、最初から失敗だなんてどうすればぁぁ!
「「レベル高すぎ!!」」
「はぇ?」
「うぉぉぉ、天使キタァァァ!」
「「男子は黙れ」」
「あっ、はい調子乗ってすみませんでした」
今年の海原女子高等学校の文化祭は一筋縄ではいかなさそうとだとこの時点で悟りました。
一声掛けた時点できゃっきゃっと騒ぐ他校の女子生徒らしき人達や共学かなんなんのか分かりませんが男子らしき人達も揃っておいでです。
中には陽子さんのような大人の出で立ちをしている人も来店されています。
こんな曇天の天候の中でよくお越しくださいましたと感謝を告げたい他ありません。
わざわざ女子高まで足を運んできてくださったのですから失礼のないようにしないと。
「はるちゃーん!」
「はーい、ご注文はどうなさいますかご主人様♡」
「はるちゃ~ん!」
「えっと……ごめんなさい。もうちょっと待ってもらっても」
「はるちゃーーん!!」
「うわぁぁん、そんないっぺんに言われても無理ですぅぅ!」
「「可愛い~~」」
他にもメインのメイドさんいるのにどうして私だけスポットライトが当たっているんですか!?
手が空いてませんって! まだ注文を取っていないメイドさんの方を呼んでくださいよ!
ほらほら、あんな端っこに立ったまま親指を立てて……グッジョブ?? えっ、そこはフォローに回ってくれないの?
目線で助けてくれアピールを促す。とにかくクラスメイトの子達に分かりやすく目で訴える作戦に出た。
すると、首を頷いてそれぞれ事情を説明して注文を取っていく。
ふぅ~、命からがら脱出しました。危うくワンオペになるところでしたよ。
さっさとバックヤードに避難です! ここなら仕切り板で一切ご主人様の目に触れませんから安心して楽にしましょう。
ほへぇ~、疲れましたぁぁぁ。
「はははっ! 裏で見てたぜ、ハル! ありゃぁぁ、お前さんだけにゾッコンレベルだなぁぁ」
「笑い事じゃないよ、由美さん。これからずっとあの状態が続くとなるとさすがに笑えないかも」
「その忙しさすら笑顔に変えて、ご主人様を心の底から喜ばせるのがメイドの本懐なんだろ? だったらここは正念場として踏ん張れよ。私もできる限り全力でサポートしてやるからさ」
「うん!!」
由美さんに励まされ、やる気がみなぎってからはトントン拍子で進んで。引っ切り無しに入店されるご主人様に対して精一杯お出迎えして、チョコパフェやイチゴパフェなどなにかしらソースを掛けたりコーンフレークをまぶしたりするときは欠かさず魔法の言葉を唱えていたりしていました。
美味しくな~れ! 萌え萌えキュン♡ や愛情たっぷり♡ マジカル注入♡ などなどひどいとかそういう次元をはるかに超えて拷問レベルに等しい言葉を連発しまくります。
誰が考えたんですか、これ? と言いたくなるほど頭が痛い台詞でしたが何回も何回もやっていくうちに慣れてしまい、なんだか挨拶のような感覚に陥った頃にはご主人様が何人か鼻血を出して倒れたりなどのトラブルが出たりと思うように順調とはいえない事態もしばしばありました。
魔法の言葉って、唐突に血を吐き出したりあるいは鼻血を出したりする効果でもあるのでしょうか? なんだか私にはよく分かりませんね。
あぁ、それよりも数時間こなしていく内にとあるトラブルが発生しました。
いや、あの決して物騒なことではないんですけども。
「はるちゃ~ん♪」
「はーい、ご注文ですか?」
「ううん。お持ち帰りでお願いしたいのだけど」
「ご主人様……誠に申し訳ないのですが、衛生上の関係で食べ物のお持ち帰りは――」
「別に食べ物のお持ち帰りは考えていないのよねぇ」
「えっと、でしたら……何を持ち帰りで?」
「はるちゃんで♪」
「え?」
「無理ならメアドとラインIDでもいいよ」
「あはは、それはちょっと個人情報に繋がりますので」
困りました、かなり困りました。現在接客中にて陽子さんと同じくらいの年をした女性二人に迫られています。
素直に教え……るべきではないですよね。それはなんか違うかも。
「君と放課後に遊んでみたいなぁ」
「どこでも好きなだけ連れていってあげるからさ。ほら、一緒に交換しましょうよ♪」
わわわっ、これピンチ! ヘルプヘルプ! って忙しすぎてメインもサブも手が空いてませ~ん!
どうしよ…どうしよ。思い切って強く出る? でも、こんな身なりで断っても説得力がないような。
うぅぅぅぅ、もう詰みました。観念してスマホを出した方がいいのかもしれません。
「は~るか」
「えっ?」
ふわっと身体が引き寄せられる。気づいたときには横からぎゅっと抱き締められていていつになく剣幕な表情を浮かべる陽子さんがいました。
か、かっこいい……けど、誰もが見ている状況でこんなことされたら恥ずかしさのあまり頭が沸騰しそうです。
「ちょっと、なんなの? 部外者は私達の間に入らないでくれる?」
「部外者はあなた達の方よ。私の可愛い遥に手を出すとはとんだ外道。お姉ちゃんの誇り掛けて成敗してやるから覚悟しなさい!!」
「お姉ちゃん?」
女性の方達が疑問符を浮かべている今がチャンスかもしれません
この機械に乗じて私は陽子さんのことをお姉さ……じゃなかった。
お姉ちゃんにしがみついて助けを求めましょう!
「はい、この人は私のお姉ちゃんです!」
「遥。お姉ちゃんはお姉ちゃんでも親戚って言葉がないと勘違いしちゃうわよ」
「あはは、そうでしたね……えへへ、ごめんなさい」
「「天使がデレた!?」」
「あの人……何者なの?」
「というか、さっきから……滅茶苦茶目がキラキラしてるような」
私の頭をよしよししてからの陽子さんは凄く頼りがいがあって、女性二人の態度に一切怯むことなく言葉だけで追い返す姿はまさしく正義のヒーローそのもので。
永遠の味方って言葉は嘘で言ったじゃないんだなぁと思うと嬉しくて嬉しくて。
誰も見てなかったらメイド服のままで抱きつきたかったくらいです。
やっぱり好き! とても嫌いにはなれません!!
黒のロングスカートと赤のブラウスにかっこよすぎる茶色のロングブーツのファッションも陽子さんの魅力を更に引き立たせてます! なにもいうことなし! 今日も最高に素敵です!!
「さて、これでやっと遥のメイド服姿を上から下まで眺められそうね」
「ど、どうですか? 似合ってませんか?」
「いいえ。あなたのメイド服はどんなメイドも差し置いて宇宙一お似合いよ。とっても……とっても綺麗。ほんと惚れ惚れするくらいに」
「あ、ありがとうございます……ご主人様」
うひゃあぁぁ、顔熱い。まともに陽子さんの顔が見れない。あばばば、どうしてそんな恥ずかしい台詞を平然としれっと皆の前で喋れるんですか?
そんな言葉聞いてしまったら、心臓がドクンドクンと高鳴って自分が自分でいられなくなってしまいますよ!
「うふふっ、じゃあ……そろそろ席をご案内してくれないかしら? はるちゃん」
「はい!! ご案内しますね! ご主人様!!」
「ほうほう……なるほどな。あの人がハルを変えた最大のきっかけって奴か。ふっ、こいつはちと面白いものが見れたぜ」




