お出掛け初日からドキドキさせられるなんてズルくないですか?
「えっと、髪はこれくらいにして……服はああ私服とか全然興味なかったからこれしかないや。陽子さん、私の絶望的なコーディネートに失望しないかな? うぅぅぅ」
6月半ば天晴れ模様。消極的で同姓の友達も多くない私に大ピンチが訪れました。
突然告げられた約束の土曜日。猶予は1日あったけど、そもそも服選びすら関心の疎い自分にはハードルが高いのなんの。
結局睡眠はほどほどに出来たけど肝心の準備とやら万全じゃなくて。
「あっ、ぐずぐずしてたらライン来ちゃった」
もうすぐ到着するから家の鍵開けたまま正座して待ってなさいって……私は犬かなにかだと思われているのだろうか?
この文面、大変遺憾であるが当然ながら弱みを握られている以上逆らう立場にないので大変丁寧な文章で送り返す。
ぐっ、陽子さんめ! 最初からアクセル飛ばしすぎでしょ。そんなに私をいじめるのが楽しいんですか!!
「はぁ~、なんで土曜の朝っぱらから正座して待たなきゃいけないんだろう」
私には家族なんてものはないから玄関前で正座をしながら待機してても問題ないけど普通なら頭おかしいのかと言われかねないと思う。
いや、まあ……やっぱり両親がいてもいなくてもこれは明らかにおかしいよね。
「もうすぐ到着って言ってたけど実際いつになったら来るんだろ?」
さすがに10分超えるようなら姿勢を崩したいところだ。じゃないと、次立ち上がる時足がピリピリ痺れて上手に動かせない自信がある。
普段高校でやっている座り方は体育で、食べるときやのんびりするときは決まってテーブル席の椅子に座っているかソファーで寝転んでいるかのどっちかだから正座なんて座り方は苦行そのものだ。
まるで滝修行を受けている……というのはあくまでもイメージでしないのだけど。
玄関前先にある正面扉。話しかける人もいないので陽子さんの命令を忠実に待っていた。
やや時間が経過してからコツコツと歩く度にリズム感のある足。
曇りガラスの向こう側で扉の方に立ち止まった人物は上品に笑う。
ノックして空いた扉の先には行儀よく正座で待機する私……結局文面に書かれた通り、素直に待ってしまった。
いくら飼い主命令だからって毒され過ぎ……あぁ、でも!
逆らって機嫌を損なったら春野さんが私にことごとくぶちぎれるに違いないから下手に喧嘩を売るような真似はしてはいけないような。
「はーい、お・ま・た・せ。ちゃんと命令通りお座りして偉いじゃない」
「それは、どうも」
「まさか、言われた通りじっと待っていたなんて。ふふっ、家族とかに変な目で見られなかったのかしら?」
「家族は元からいませんよ。基本この家は私一人で賄っていますので」
小さい頃から私を産み落として病気で亡くなったお母さんはまだしも、お父さんは大企業の役職付のサラリーマンに属しており夜遅く家に帰ってくるので私と会話を交わす時間は極端に少なかった。
仕事が大事なことは当然分かっていた。けど、小さい頃の私にとって会えない時間は段々と心の距離を突き放して……最終的に都心部に異動扱いの命令を食らっていた際には私は父の背中を押した。
ただ、その頃には親子の絆なんてこれっぽっちもなく単純に父と今後どう接していけばいいのか分からなくなかったからという理由を含めて母さんが生前暮らしていたこの家に留まることを決意した。
父は反対しなかった。むしろ、丁度いい機会だと思ったのだろう……心の距離が空いた分どう接していいか分からなかったら私を平然と置いていった。
愛想のない娘だから愛されなかったのかな? もっと自分から積極的に関わっていけば……無理だよね。
こんな意気地無し、どう足掻いても無意味でしかない。
「その歳で一人暮らし? ふ~ん、若い頃から苦労してるのねぇ」
「あっ」
頭の上に手が乗っかる。私の髪を撫でる手のひら凄く優しい上に暖かくて陽子さんが浮かべるの笑みの表情にちょっとドキッとして……あぁ、やめてよ。勘違いしちゃうじゃん。
そんな風に優しくされたら理性が時々持たない。父に愛されていなくても陽子さんには愛されているんだなぁってこんな状況で平然と撫でられたら。
「ふぁぁぁぁぁ~」
「あらあら、朝っぱらから発情?」
「ち、ちちち違います」
「図星か。ふ~ん、まあ私からすれば朝からそんな顔を浮かべられたらさ段々理性が効かなくなるからここまでにしときましょうか。今からブースト掛けたら夕方まで止まれなくなっちゃうし」
撫でるのもう終わり? えっ、もうちょっとして欲しかったのに。
「あ、あの……陽子さん」
「ん? どうかした?」
人形扱いされている私が偉そうにお願いしても怒られないだろうか?
まだ自分が納得するまで優しく撫でてくださいって言ったら機嫌損ねるかな?
どうしよ、心の中で言いたいのにいざ口にするってなると全然喉から言葉が出てきてくれないや。
「やっぱり何でもーーひゃう!?」
「大丈夫。あなたがこれから何を言おうとしているのかは私には充分伝わってるから」
「えっと、あの」
「ふふっ、遥って大人しいくせして実は甘えん坊なのかぁ。お姉ちゃんギャップ燃えしちゃいそう」
「あぅ」
おねだりしておいてあれだけど、言葉にならないくらい凄く恥ずかしいです。
こんなに朝から過剰に優しくされたらお出かけする前に満足しちゃう。
でも、なでなでを求めた。珍しくお人形風情の私が良いって口にするまで。
だから、外に出るまで随分と時間を消費してしまった。陽子さんに対して頭を素直に下げたけど怒っている様子もなくむしろお出かけする前から充実した時間になったと満足げな表情で語ってくれた。
付近の駅に乗り込み、電車に揺られ20分。その間休日もあってかホームにも車内にも人がちらほらといて立ちっぱなしが多かったけど、電車が揺れて足元を取られそうになった時は肩を引き寄せられたりはたまた席がようやく空いた時には私に席を譲ったり。
上は白のトップスに下は腰より上の黒に染まったロングスカート。上品なブーツとお洒落な肩掛け鞄というお洒落経験値0の私には真似できない美しい仕上がりで。
普段のドラッグストアの服装とはガラリと印象が異なっていて。あぁ、これこそが余裕のある大人って感じ。
ちなみに私は上は普通のシャツで下はスカートとタイツを組み合わせて靴はまあそれなりの物で誤魔化していますので陽子さんと比べてみると遥かに劣ります、遥だけに。
うぅぅ、パジャマなら予備で何着かあるのになぁ。
「陽子さん」
「なーに?」
「今日の服装、すっごく似合ってますね。私には勿体ないくらいに素敵です」
「うぇ!? こ、ここで言わないでよぉ!」
あまりにも陽子さんの私服のコーディネートが新鮮だったからつい口にポロッと出ちゃった。
よくよく考えれば、こんな場所で言うには相応しくないのは確か。
「ご、ごめんなさい」
「あぁ、もうそういう不意打ちはやめて。嬉しいけど心臓に悪いから」
おかげさまでしっかりと私の言葉が伝わってしまったのか顔中赤く染まって、それからは視線も合わせてくれなくなっちゃった。
車内の空気が若干気まずい……というか、何人か電車に乗っている人達からの視線があいたたっ。
うぅぅぅぅ、勢いで言うべきじゃなかったかも。今更になって猛省したところで時遅し。
電車は力強く走り抜け、気づけば目的地の駅に到着したようで。
「ほら、いつまでも座ってないでさっさと付いてきて!!」
「は、はい!」
「尻に敷かれてるわねぇ」
「いいなぁ~。あのお姉さん、うちの出来損ないの妹と交換して欲しい」
「くっ、ドSとか最高か。あぁ、今からMになってあの人に罵言とか味わいてぇ」
「いやいや、お姉さんもいいけど私なら絶対あの子がいいわ。なんかいじめがいがありそうだし。試しに一回泣かせてからよしよししてあげたーい」
「それ分かるぅ」
…………駅に足を踏み入れた瞬間、ふいに後ろから聞こえてきた何人かの声。
きっと私の耳が勘違いしているだけだ。多分慣れない移動で身体が少しばかり堪えただけだろう。
特に後半に関しては疲労がピークを迎えたとしか思えない。泣かせてやりたいとか発言してる女の子は異常性癖過ぎる。
願わくば、今日のあの光景は幻聴もしくは幻であって欲しいかも。
「ふぅ~、こっからあと10分歩けばお目当ての場所に着くから今日はそこで満足するまでくつろぎましょ」
「どこに行かれようとしているのですか?」
「うーん、それは着いてからのお楽しみということで」
鼻歌交じりに機嫌よく歩く陽子さん。私はその人の迷惑にならないように後ろで控えめに歩こっと。
「は~る~か?」
ひぃ、邪魔にならないように歩いてただけでどうして睨むの? 鬼の形相で詰め寄る陽子さん……もはや恐怖です。
とりあえず機嫌が悪いから謝罪? いやいや、釈明? じゃなくて説明で納得してもらおう。
「私、何も悪いことはしてません。ムシロヨウコサンノツウコウノジャマ二ナラナイヨウニシタダケデアッテ」
「ちょっと大丈夫? なんかあなたロボットみたいになってるけど?」
「ははっ、気のせいですよ。そういうのは気にしたら負けです」
「……遥」
鬼の形相から一変して真剣な眼差しで私は不覚にも照れてしまった。
「うぅぅぅぅぅ」
「ふふっ、ほんと遥は手間が掛かるお人形ちゃんね」
うわぁぁ、なんで手を繋いできたの!? まだ心の準備とから色々出来てないしいきなりはまずいってぇぇぇ!
あぁぁぁ、汗とか出てないかな? 急にやられるなんて鬼畜すぎるよぉ。
「あばばばば!?」
「もう手を繋がれたくらいで赤くなっちゃ駄目よ。女の子同士ならこれくらい普通なんだから」
「普通? これ普通なの?」
日本のスキンシップって日々成長しているんですね。
基本外より中の滞在時間が圧倒的に長いのですがこればかりはほんの少し勉強になりました。
「じゃ、気を取り直してさっさと歩きましょ。あの子をずっと待たせるわけにもいかないからね」
行き交う通行人がチラチラと。相当な都会エリアなのかずっしりとそびえ立つビルの街並みによく凝らしめてみれば向こう側に見えるのは中々混雑しているお洒落な飲食店。
私の手は未だ掴まれたまま、近付いてきた店員さんにじろじろ見られているから早くやめて欲しいのに。
「いらっしゃい、陽子。予約の時間をすっぽかしてお楽しみだったみたいね」
「綾乃、そういう冷やかしはいいから。予約の時間はだいぶ過ぎちゃったけど私達を席にご案内って出来る?」
「大丈夫。予約の席は友人名義で死守しといたからいつでもご案内可能だよ」
「じゃあお願いします」
淡々と進んでいく会話。なにやら親しげに交わす綾乃さんと陽子さんに罪悪感が募る。
こうなったのは多分自分のわがまま。時間が長引いてしまったのは明らかに。
「はーい、それでは2名様ご案内ー!」
店員さんの声で私の雑念が途切れる。はぁ、いつまでぐちぐち心の中で言っているんだろう。
折角のお出かけなんだからここでは楽しまなくちゃ。じゃないと誘ってくれた陽子さんにあまりにも失礼ではないか。
「遥、どれでも好きなもの食べて。今日は飼い主である私が大盤振る舞いでご馳走してあげる」
「わ、わーい……ありがとうございます」
時刻は3時過ぎ。昼食を取るにはもう遅い気もするからデザートでも食べてみよう。
こういうカラフルな見た目をした食べ物は人生で一度も食べたことがないので今からすっごく楽しみだ。
ふむふむ、どーれにしようかなぁぁ?