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ボーカルHARUは苦難もありましたが本番前までばっちり順調。さてはて、たまには休業してクラスの皆に着てみてって言われたので試しに衣装を着替えてみたら……あれ、どうしてスマホを構えているの??

 ボーカルとしての役目を全うして三週間が経過。平日の夕方はミスを繰り返しながらも歌そのものを形にしていき、休日として与えられている土曜日も当然軽音部専用の部屋で思いきり声に出してそして心身共に疲れきった日曜日は優しく接してくれる陽子さんにキスしたりハグしたり膝枕したり。 

 そこまで回想に浸れば色々あったなとは思いますが同時に着々と終わりが見えているような気がしました。


 文化祭当日は9月の最終日辺り、雲はぽつぽつと太陽が優しく照らす晴天。

 この日は学校の生徒や多くの一般人が来られるようで体育館にもしもたくさんお客様として集まったりでもすれば私はそのプレッシャーの中で歌わないといけません。


 あぁ、想像するだけで心臓バクバクです! 本番大事なところでミスしたりしないでしょうか? 曲の中には英語が交じっていたり、ほぼ英語の曲もあるので発音ミスにも注意したいところです……って考えるだけであばばばば!


「おいおい、身体ぶるってるぞ!? 急に風邪でも引いたのか?」


「ひ、引いてませんよ。ただ、本番当日のことを考えただけで震えが止まらなくなって」


「あー、俗にいう緊張って奴か。そういうのは初心者にはありがちだよな」


「由美さんってライブ本番の時っていつもどうしているんですか?」


「そうだな……これはアドバイスになるかどうかは分からねえけど、一番は緊張を楽しむことだな」


「緊張を楽しむ?」


「何回もやってたらさ……ふと思うのさ。この止まらぬ心臓の鼓動! されど私達の曲を聞きに集まるファンの皆! 一人で十人でも歌の魂を強く刻ませてやろうと考えているだけで自然とプレッシャーなんーー」


「随分とはしゃいでいるようだけど……お昼休みのあとは移動教室があるってこと忘れてはいないでしょうね、浅倉?」


「完全に失念しておりました。今から準備します……って、あれ次なんだっけ?」


「家庭科」


「あぁ、あれかよ……裁縫かよ。手が不器用だから適正がなさすぎるあれとかまじで運ねえだろ」


「さっ、行こうはっちゃん。あんな落ちこぼれは放置しておきましょうね」


「誰が落ちこぼれだ! このやろう!」


「ん? 目と鼻の先」


「前々から思ってたけど、私には性格悪いよなお前」


 がみがみと口喧嘩を繰り広げながらも梨奈と由美さんが本気で喧嘩をしている場面は一度もみたことがない。

 お互いああは言っているけど、内心では冗談交じりでふざけ合っているだけなのでしょう。


 その証拠に移動している間に梨奈が由美さんに対して縫い方のコツをレクチャーしたり、家庭科室で縫い物とかで格闘している最中に横から丁寧に教えていたりと。

 端からみれば凄く親切。だからこそ、周りの女子生徒から羨ましそうな目線がちらほらと。


 苦手な教科にぶつくさと垂れる由美さんに辟易(へきえき)しながらも寄り添おうとする梨奈を見守りつつも視線を戻して課題に取り組む。


 作るものは別になんでもいいらしいので、とりあえず手軽なハンカチで。これならミシンはおろか糸とか針とか必要最低限の道具で済むので気が楽です。


「あぎゃぁぁ! くそっ、いってえ!!!」


「馬鹿、騒がないの! そのままじっとしていなさい……絆創膏(ばんそうこう)張ってあげるから」


「おっ、悪いな!」


「たくっ……本当ならこれ、はっちゃんがドジを踏むかもと思って買ってた奴なのに。よりによってどうしてあんたなんかに」


「なんか言った?」


「なんも言ってませーん」


勿論ちゃんと物として完成したら今度陽子さんに手作りの品として渡すつもりですが……喜んでくれたらいいなぁ。


 針と糸をチクチクと縫っていく内に仕上がるハンカチ。春野さんにしか渡すつもりはないのでカラーは桜色の髪に寄せてピンク色にしてみました。

 会ったときに帰り際に渡してみましょう……出来はとってもいいとは思えませんが。


 周りのクラスメイトの集中が途切れたところでチャイムが鳴りました。この後は教室に戻りますがメイド喫茶を開くための準備期間として授業が珍しくありません。

 ついでにいうとその間に担任の教師も用事で教室を開けるそうなのでこの場に先生は誰一人としていません。


 今日に関しては最終日なので私も由美さんもメイド喫茶の方に力を入れることにしました。ということで軽音部の活動自体は水曜日で終わらせておきました。


 これで思う存分手伝えますね! 良かった、良かった。


「はっちゃん、放課後はどうするの? やっぱり軽音部の皆で最終確認とかしたりするのかな?」


「ううん。今日は皆と一緒に手伝うよ。飾りつけとか人手あった方がなにかといいと思うから。それにバンド自体は水曜日に最終で終わらせておいたから心配はいらないよ」


「自分も手伝うぜ! 今までずっと訳在ったとはいえわがままに付き合ってもらっていたからな」


「気にしなくていいってそれくらい。文化祭実行委員として最低限のことをしたまでよ」


「まっ、そのおかげでハルの歌唱力も軒並み成長したんだぜ!」


「ほうほう」


「そ、そんな大したことないよ。むしろ、上達するまでずっと迷惑かけっぱなしだったし」


「いや、つってもハルがバンドに仮加入とはいえ雰囲気も以前と変わらず良くなってる。特に静江とか人が変わったような感じで……なーんか前と比べて笑うようになったしなによりもすげぇ変貌したしなぁ」


「……はっちゃん」

 

 のほほんと会話する由美さんとは裏腹に私の背後で燃え盛っているかのような気配。

 ふ、振り向いてはいけない。こ、これは殺意に似たなにかです。


「ど、どうしたの?」


「今度さ……軽音部に行くとき私も連れていってよ。一度くらい静江さんの顔を拝みにいきたいしさぁ」


「また今度にしようよ。この時期は忙しいだろうし」


「そうね。暇な時期にお話をしましょう。タップリトジックリ」


 梨奈と静江さんとは顔を合わせない方がいいかも。余計なトラブルだけは回避しないと……回避しないと。


「遥ちゃん!!」


「わひゃ!?」


「うわっ、びっくりしたよ! 急に驚かれるなんて」


「ごめん……なにか用事でも?」


「うん、実はね……折角だから着てほしいの私達の試作品を」


 紙袋。素直に受け取って覗いてみたらそこには見覚えのある服がありました。そう、それは陽子さんに渡された服とは少し装飾が違う……メイド服です。

 やはりどこからどう眺めてもメイド服に変わりはありません。メイド喫茶にはこれから形には入らないと成立しませんからねぇ。

 

 とはいえ陽子さんだけに飽きたらず生徒や多くの方々にメイド服を披露しなければなりません。

 うわっ、地獄です。私を辱しめるなんてほとんど罰ゲームと変わりないじゃないですか! うわぁぁぁん!


「はははっ、上手にできたんだね。じゃあこれは文化祭当日に着替えて出勤するね」


「今、試着してよ」


「いや~、それはちょっと」


「私達は既に最終確認ができているんだよ? 他は遥ちゃんと浅倉さんだけなんだから、今日くらいは協力して欲しいなぁ」


 上目で覗き込むのやめて。あとそんなにグイグイ迫ってこないでよ。

 あわわわっ、梨奈はなんで助けてくれないのぉ。


「はっちゃん、抜けた分もあるんだから埋め合わせとしてそのメイド服着てあげてよ。皆頑張って丹誠込めて手作りで作り上げたんだよ?」


「わ、分かった……梨奈にそこまで言われたら断るもあれだろうし」


「やった!」


「わーい、さすがは梨奈ちゃん! 押せば押すほどチョロくなるのは本当だったんだね!!」


「ちょっと、それ言うのやめて。はっちゃんにその手が通用しなくなったらどうするのよ!?」


「「あっ、ごめん」」


 梨奈、もうばっちり聞こえているよ。やっぱり前にも言っていたけど私って相当チョロかったんだね……なんかへこみそう。


「さぁー、はっちゃん!! 観念したからには着替えてもらうよ、今ここで!」


「おい、私の分は」


「はい、これもう家で着替えておいて。なんか不備あったら……まあその時その時で対応してあげるから」


「なんでこんなに扱いが適当なんだ」 


 紙袋から中身を取り出して机の上に広げる。ワンピース・エプロン・リボン・カチューシャの四点セット。 

 中でもワンピースの出来映えに驚かされるばかりで白のスカートの部分の作り込みとかどう考えてもプロ並みに仕上がっているし、エプロンに至ってはほぼ店に売られているような仕様。


 そもそも全体的に高校生が作ったと思えないような出来映えでこれはさぞ気合いを入れて作ったんだろうなぁと。


 けど、私のためにここまで入念に仕上げる必要なんてあったの? と心の中で思いながらも制服を全部自分の椅子の上に置いておいてメイド服のありとあらゆる物に袖を通して仕上げにカチューシャを頭の上に乗せて。


 その間じろじろと眺めてくるクラスメイトの視線がこれでもかって突き刺さります。


 気にしないようにしてます……が、しかしあんまり見られていると恥ずかしいのですが。


「えっと……はい、着替えてみたけど。これ似合っているかな?」


 服のサイズはこれまたぴったりでした。誰かにウエスト計られているのかってくらいに。

 この際、言及するのはあれなので口を閉じておくことにしましょう。


「「~~~~っ!!」」


 クルッと一回転して身だしなみを確認。自分からあまりよく見えないのですが家のメイド服よりも非常に装飾が多いように見受けられますね。

 あぁ、悶えそう。一人だけメイド服なんて教室の中で浮いていると思いませんか? 

 

「可愛い~~!!」


「写真撮っていい? いえ、もう撮らせて!!」


「こ、これが真のメイド服……」  


「ぶはぁ、堪らん」


「へ? あわわわわ!?」


 スマホを構えて、続々とシャッターを切る音が。この状況にどうしたらいいのか分からなくておろおろしていたらなんだか更に黄色い歓声が。

 オーマイガー。ただいま現在を持ちまして教室はカオスに満ちております。もはや混沌を極めていて収集がつきません。


「ねぇねぇ、遥ちゃん。ここでお帰りなさいませご主人様って恥じらいながら言ってみてよ」


 注文のレパートリーが無茶です。恥じらうってどうすればよいのか分からないので詳しく聞いてみるとポーズはこうだよと教えてくれました……はっきり言ってやる必要ないと思うけど。


 言う通りにしないとクラスメイトの皆さんがあの手この手で迫られそうなのでひらひらのスカートの裾を片手で掴みつつ、もう片方の手は拳を作って首にぶら下げた黒のリボンの方に。


 それから首を少しだけ傾けて。


「お帰りなさいませ、ご主人様♡」


「「きゅんかわ!!」」


「うひゃあ!?」


「はっちゃん!! あ~、なんでこんなにあなたは可愛いの!? もう、ドールとして家に飾りたいよぉ」

 

 きゃあきゃあ騒いだり、わあわあ騒いだり。多分教室の中で一番声がでかいんじゃないかなってふと思ってしまうほどのボリューム。

 そんな中で全力で背後から襲い掛かる梨奈の手つき。なんか抱きつかれているんですけど……これ、剥がさない方がいいんだろうなぁ。


「あはははっ、大げさだなぁ」


「本気だから、嘘じゃないから」


「うぅぅぅ」


「ふふん♪ やはり私の見立てに狂いなし!! 当日はあなたがナンバーワンで間違いなしよ!!」


「そ、そんなことはないんじゃない? 私なんてクラスメイトの皆と比べて背もそこまで高くないし、顔もどちらかと言えばーー」  


「遥ちゃん! ツーショット! ツーショットさせて!!」


「な、抜け駆けは駄目だよ。それ終わったら私もやるんだから!」


「私も!!」


「私も私も!」


「…………」


「こんな風になっているのに人気ないとかあり得ないから。素直に観念して可愛らしくしてよ。はっちゃんは正真正銘押せば押すほどチョロくてゆるゆるの美少女なんだから!」


「わぷっ!?」


 梨奈が離れた直後に今度は別のクラスメイトから抱きつかれ、肖像権どこに行ってしまったんだと言わんばかりにパシャパシャと撮られ、終わってもまた同じように撮られて。

 ほとぼり冷めるのはだいぶ長らく時間が掛かりそうです。とほほほ、しばらくは皆さんにご奉仕しないといけません。


 身体へとへと……チャイム鳴り終わるまで頑張らないと。はぁ、温もりが欲しいよぉ~、陽子さん陽子さん陽子さん。


「はい、チーズ!」


「はい、両手を上に持って首辺りで肘を曲げてみて!」


「「あはっ、可愛すぎ」」


 写真全然終わらない……解放もしてくれない。手伝いの内容が完全に地獄その物でした。

 いつまで私は羞恥の目に晒されなけばならないのでしょう。

 嘆きは聞こえることなく響くシャッター音。


 そしたら隣のクラスの子も教室に顔を出してきて…………あっ、あの表情やばいかも。

 

「もうやだぁ~~」


 結局どうなったのか? 答えは地獄すら生温い地獄絵図でした。

 あと、しばらく家に帰れるまでこの歓声はやまないでしょう。だって滅茶苦茶要求しますから。


「お疲れのご主人様に愛情注入♡ 萌え萌えキューン♡」


「「キューン♡♡」」


 この学校果たして大丈夫なのでしょうか? いよいよ他のクラスメイトの子も何人か集まったりして落ち着く暇もありません。  

 しかし、チャイムが鳴るまではメイド服続行です。こうなったらやけです。

 終わるまでとことん奉仕しますから! 皆が飽きたって言うまでぇぇぇ! 

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