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喫茶店ってこんなにギスギスするような場所なのでしょうか? 皆さんはどう思われますか?

 珈琲豆の臭いとゆったりとしたBGMが流れる素敵な空間。店内に入り、三人でも座れるようにソファーの席へと誘導された私は……陽子さんに手を掴まれ容赦なく隣へ。

 いつも浮かべている柔らかい笑みにクラっとなりそうになるけど頑張って耐えます。


 だって、正面の向かい側に梨奈のお姉さんがじっとこちらを見つめているんですよ? 


 気まずいってレベルなんてものではありません。


 なるべくなら陽子さんの手を強引に繋いでも知り合いの見られない素敵なスポットで二人っきりになりたかったなぁ。


「お客様、ご注文は?」 


「ホットのカフェモカ」


「ホットのカフェ……ラテで」


「店員さん、私もこの子と同じラテで」


「かしこまりました。他にご注文はございませんか?」


 あるにはあるんだけど……こんな状況で呑気に食べていられるほど無神経になれないよねという判断に基づきこれ以上の追加は避ける。

 注文を聞き終えた店員はゆったりとした赴きで厨房の方へと去っていった。


 ここからが地獄だった。とにかく空気が重い……そして腰まで伸ばした黒髪をお上品に揃えている摩耶さんの視線が若干怖い。

 でも心の支えになってくれるのは隣に座っている陽子さんらソファーの上に置いていた震える左手をそっと片手で包み込む。


 視線は摩耶さんの方に向いていた。けれど、気づいてくれたのだろう。

 私がすっごく怯えているということに。


「遥ちゃん……最近、お花の調子はどう?」


「どうって?」


「ほら、この頃お店に来てくれないでしょ? だから、どんな風に育っているのかなぁって」


「えっと、どのお花も元気よく育ちましたよ。ほら……こんな風に」


 スマホを上手く操作できてるかな? 時々油断していたら震えが止まらなくなる右手。

 片方は陽子さんの手で防がれていているから両手で操作できないけど……今はこれが私の癒しだ。


 こうでもしてもらわないとこの状況に耐えられなくなりそうだから。

 つい先日撮影しておいた花の画像を摩耶さんにお披露目する。覗き込むように眺めていた摩耶さんの表情は笑顔に溢れていた。

 

「よく育っているね! 大切に育ててくれてありがとう!」


「あはは、いえいえ。私が好きで育てているだけですから」


「また機会があったらお店に来てね。その時はたくさん知識を仕入れておすすめのお花をたくさん紹介してあげるから」


「はい」

  

「遥……もしかして摩耶と何回か喋ったことがあるの?」


「えぇ、最初に課題作りの時に相談してからは色々とお世話になっているんですよ。お花のことならなんでも詳しいのでそれからは何回かお話していたりしていました」


「ふ~ん、なるほどねぇ」


 ここで解散! とかだったら、どれほどよかったでしょうか? 

 残念なことに現実はそう上手くは回りません。柔らかく微笑んでいた摩耶さんの顔は徐々に固くなる。まるで、仮面のように。


 さっきまでの演技で作り出したかのような表情なのかと考えさせられてしまうほどに。

 眼孔が鋭い、その視線の先はもう私にはあらず標的はなんだか機嫌が悪くなりつつある陽子さんへと変わっていた。


「のんちゃん、元気にしてた? 今まで連絡しても返事してくれなかったから私、心配してたんだよ?」


「心配? 別に心配なんてしてもらわなくてけっこう。私は私で元気にやってるから」


「なんで私に対しては冷たいの?」


「冷たい? これでも普通にしているけれど」


「嘘だよね、それ。遥ちゃんにはすっごく優しくしてるよね? 私にはそんな扱いしてくれなかったじゃん」


「遥は年下だから。同じ年の子にそこまでする必要ないでしょ」


「ふ~ん」


「なに?」


「なにもないよ。ただ、遥ちゃんには特別扱いするんだなぁって思うと妬けちゃうんだよねぇ」


 店内、ギスギス。陽子さんも摩耶さんも両者ともに微笑んでるけど、よく見たら店員さんも若干ビクビクしているのか小声でカップを置いていきそそくさと逃げるように退散している始末。


 やばい……これ相当やばいです。


「あ、あの」


「なにかな?」


「お、お砂糖入れます?」


「ん? あぁ、私はいらないよ。このまま飲むから」


「遥、砂糖入れてくれない? スプーン一杯でいいから」


「はい、任せてください!」


 会話を遮って陽子さん用のカフェラテに砂糖を一杯だけまぶす。

 ゆっくり馴染ませてそろっと渡す。それから陽子さんは女神のような慈愛に満ちた表情でそっと髪の毛を撫でてくれました。


「あっ」


「ありがとう~、遥が入れてくれたおかげでもっと美味しくなったよ」


 はにゃあ~、なにもこんな場所でしなくてもいいのにぃ。


「ねぇ、遥ちゃん?」


「は、はい?」


「のんちゃんとはいつ頃出会ったのかな?」


「え、えっと」


「あと具体的にどういう風に知り合ったのかも知りたいんだけど」


「遥とは遠い親戚の妹でね。中学の頃にお父さんからしばらくの間一人暮らしになるだろうから毎日じゃなくてもいいので様子を見て欲しいって言われて。だから、正確には4月頃からお互い顔を合わせているの。そうよね、遥?」


 目を見つめて、私だけしか分からないようにウインクをした。


 会話に合わせて欲しいという合図なのだろう。断る意味もないので心の中で首を縦に振る。

 摩耶さんの追撃から逃れるにはこうする他ないのです!


「はい、そうです!」


「へぇ~、遥ちゃんって一人で暮らしていたんだ。毎日大変でしょ? 掃除とか洗濯とか買い物とか色々するのって」


「最初の頃はやっぱりやること多くて大変でしたね……ただ慣れてくるとそれが日常的にもなるので最終的には一人暮らしの方が楽かなと思ってます」


「あ~、そうなんだ」


 罰が悪くなったのか摩耶さんはこれ以上は野暮と悟ったのか黙々とカフェオレをたしなむ。

 私も一口フーフーと息を吹き込んでからカップを口の方へ傾ける。


 …………少し、苦いかも。


「お砂糖入れてあげようか?」


「いえ、これは自分で入れますから」


「駄目よ。お姉ちゃんが代わりにやってあげるからそっちのカップ渡して」


「うぅぅぅぅ」


 湯気が立ち込め、ほどよい香りを引き立たせるカフェラテを陽子さんへ。

 素早く入れられる砂糖。くるくると混ぜられて再び戻ってきたカフェラテを一口。

 

 …………不思議。とても、美味しくなりました♪


「仲いいね」


「あら、私達ってそう見える?」


「うん……なんというか、のんちゃんがそこまで人に入れ込むのって初めてかも」


「それはそれはもう可愛くて仕方がないからね。ずっとどれだけ一緒にいても飽きることなんてないし、遥の顔見てたらとても幸せなの……他人のプライベートにずけずけと踏み込もうとする元生徒会長さんと違ってね」

 

 幸せだなんてそんな照れるじゃないですか、えへへへ……ってデレデレになっている場合じゃなかった!!


 えっ、えっ、えぇぇ!? お花屋で働いている摩耶さんが元生徒会長!?

 しかも、確か初めてお会いしたときに海原女子高等学校が母校だとか言ってた記憶があります。


 そうなると、必然的に陽子さんも……海原女子高等学校の元生徒さんということになりますよね!?

 あれ、でも前に初めて家に泊めた際に副生徒会長を一年経験していたという話を聞いたような聞いていないような。


「よ、陽子さん……もしかして、摩耶さんと陽子さんって以前生徒会関連で働いていらっしゃったのですか」


「そうだよ。私は海原女子高等学校の元生徒会長であちらでふてくされてるのんちゃんが元副生徒会長。当時は凄く仲が良かったんだよ仕事もプライベートでも……そうだよね、のんちゃん?」


 こ、これは衝撃のニュースです。あ、いやいや……速報かもしれません。

 摩耶さんは元から私の大先輩ってことは知っていました。が、しかしドラッグストアの店員さんである陽子さんも私の大先輩に当たる人だなんて。


「ふんっ、10年前のことでしょ。摩耶との思い出なんて……これっぽっちもないから」


 陽子さんの反応は限りなく冷たい。ここまで摩耶さんとの距離を拒絶する理由はどこにあるのだろう? 

 私は陽子さんの全てを可能であるなら全部赤裸々に教えてほしい。

 きっと受け止められる自信があるなら。けれど、答えたくないのであれば、必要以上に求めない……本音を言えば寂しいけれど。


「氷のように冷たいね……」


「はぁ~、これからもあなたとは馴れ合うつもりはないから。じゃあ、あとは一人でご自由にどうぞ……行きましょ、遥」


「えぇぇぇ!? 陽子さん!?」


「あっ、摩耶と話があるなら短めにね。私もそこまで待っていられないから、それじゃあお先に」


 テーブル席から立ち上がりレシートの紙をレジへと持っていく陽子さん。

 なにがなんだかよく分からず混乱する。摩耶さんと陽子さんってここまで仲が悪いの? 


 生徒会同士なら普通仲間意識も湧いて仲良くなるのが自然だと思ったんだけど。   

 

「摩耶さん」


「ん?」


「陽子さんと……昔、なにかあったんですか?」


「………………」


 視線を落としたまま、カップも動かさない。まるで屍のようにじっとそのままの姿勢で。

 元から大声を出すというのは不得意だけど、手を伸ばせば反対側のテーブルに届きそうな距離で聞こえないのはなんとも不自然だ。


 黙秘を貫いているのかもしれません。あるいは他人の私には答えたくないという拒絶。

 だったら無理に強引に過去を聞き出そうとするのは無礼極まりないことです。

 こうなると、素直に帰る他ありません。


「す、すみません。じゃあ、私はこれで失礼します」


 一礼して喫茶店から外に出る。穏やか空気とどこからか葉っぱが舞い散る澄んだ青空。

 私よりも背が高くとてもスレンダーな体型を維持する陽子さんは綺麗な美貌で手を伸ばす。

 

「遥」


「はい」


「お家に帰らない?」


「はい! 帰りましょう!!」


 そうして自分も伸ばしてきた手を自然と繋ぐ。自宅までどこまでも暖かい温もりに包まれて。

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