他人から見たらすっごく脆い関係って言われてしまいました。えっ? こんなにも上手くいってるのになにを言ってるのかさっぱりです
「おはよう、生徒諸君。夏休み明けて早々生徒全員の顔を見ることができて先生は満足だよ」
「はぁ~、もうちょっと遊びたかったな~、なんなら夏休みこのまま2ヶ月続いたらまじ楽しいんだけどなぁ」
「おい、浅倉」
「んあ?」
「水を差すのはやめろ。折角のムードを台無しにするな」
「え~、本音ぐらい言わせてくれよ先公」
「先公呼びはやめろ」
「言いたいことも言えないのかよ……辛すぎ」
「お前に限っては自由に謳歌しまくってくるから辛いも糞もないだろ」
「はいはい、そうでしたそうでした」
「…………」
夏休みが明けました。今日から始業式が執り行われ授業は再会です。
いつも通り出席するクラスメイト。ここの人達は欠席もせず始業式が始まる前から全員和気あいあいとしています……約一名を除いて。
愚痴が止まらない由美さん。どうにも、夏休みの期間中は中学から結成して集まったメンバーで仲良く音楽に明け暮れていたとか。
俗に言う軽音活動ってことかな。その時からこれまた悠長にべらべらと口を開くものだから私はただただ黙って聞くことしかできなかったけど。
とても楽しそうでした。自分とは異なる活発な動き。夏休みって人によって過ごし方が色々と違うのは少し面白い。
梨奈も梨奈でお姉ちゃんや家族と旅行なりなんなりしたそうでちょっと羨ましくもなりました。
私は……家族がいない。いるけど、いないのと同然……でも陽子さんがいたから自分の情緒が落ち着く。
先公と呼ばれる担任と由美さんのやり取りを眺めながら、楽しむ。
心に余裕がある。それだけでとっても素敵なことです。
「先生!」
「おっ、なんだ!? 急にどうした?」
「先生と浅倉って付き合っているんですか??」
「はぁ~!? なんで? どこを見たら、そうなんの?」
「そうだぞ、いくらなんでも今の質問は目が腐っていると言わざるを得ん」
「でもでも、完全に二人の世界でしたよね? 私達入る隙間ないんですけど」
ある生徒が気になってしかたがないのか人のプライバシーの領域に土足で入り込む。
到底真似できない手法……見習いたくはない。
「いやいや、あのな? 先生は今年で30歳の良い年したおっさんだぞ? 教師としてこれ言うのもあれだが16歳の小娘なんぞに情なんか湧くわけないだろうが! 天地がひっくり返ったとしてもありえん!」
「とか言っているけどさ……実のところ、私が好きなんだろ? 先公」
「先公呼びやめろっつてんだろ。呼ぶなら先生だ! 先公呼び断固反対!!」
「あはははっ、卒業まで無理!!」
「浅倉~」
不意に僅かな時間、私はその隙間を見た。手を大袈裟に叩いて笑いながらも少しだけ照れている由美さんの表情を。
思えば……先公呼びって5月から始まったような気がする。それから担任と目を合わせるときはやたらと連呼していたような。
もしかして……構って欲しかったからわざとふざけて呼んでいる?
うーん、まあからかっているだけってことも考えられるから今はなんとも断言できないけど。
気になるなら本人に確認する……のは極めて無礼だ。人の気持ちに土足で入り込むような真似はしてはならない。
心はすっごく繊細だ。場合によっては言葉が刃物になることだってなりうる。
だから……静かに見守ろう。卒業式の日まで担任と由美さんがどうなるかは本人次第だ。
「…………ん? チャイム鳴ったからホームルーム終了な。次の時間から通常通り授業進むから皆教科書机の上に置いてしっかりお話を聞くんだぞ」
「先生~、課題テストはいつぐらいですか?」
「来週の月曜日から水曜日の計三日間な。夏休み明けてしんどいとは思うがここを乗りきればしばらくは楽になるだろうから体調管理整えながら頑張ってくれ」
キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴り終わると同時に解散するホームルーム。
教室のやや後方の席で頭を後ろにもたげている由美さんは死んだような目付きで天井を見上げていた。
まるで、これからの学校生活が地獄であるかのような。と、思いきや急に椅子を引いてぐいっと私の方へと迫ってきた。
うわっ……いきなりどうしたの? ビックリするからやめて欲しいよぉ。
「ハル……やべぇよ、今世紀初めての大ピンチなんだ」
「だ、大ピンチ?」
「あぁ、返答次第ならまだ挽回できる。この戦……ハルに掛かっているんだ!」
「へ、へぇ」
両手を重ねて真剣な眼差し。何を言うんだろうと思った瞬間に今度は両手と頭を床につけてクラスメイト一同誰もが注目するような体勢を披露する。
これがあの日本特有の土下座。まさか、私の前でこんな光景を目にしてしまうとは。
「いや、あの、なにやってるんですか! 由美さん! こんな馬鹿なことはしないでくださいよ! 私達注目されてますから!!」
頭に床をつけるなんて汚すぎる。椅子から立ち上がり急いで頭をあげようとする。
クラスメイトとお話をしている梨奈もいち早く気付きこれまた駆けつける。
まだ、授業すら始まっていないんだけど……初日からこんなに目立ちたくなかったんだけど。
「浅倉、あんたなに土下座なんかしてんのよ」
「止めてくれるな、平井よ。これはもう私の生存権を掛けた戦いなのだ。邪魔をするなら拳で殴りあうしかなくなる」
「はあ?」
「ハルよ、お願いします! 私に夏休みの宿題の解答貸してください! 用が終われば絶対確実に必ずやお返ししますから! 頼むぅぅぅ! ここは友人のよしみとしてぇぇ!」
「宿題終わらせてないの?」
「バンドに明け暮れていました。他にもビーチ行ったり、レジャー施設行ったりして後半になったらすっかり宿題の存在なんて頭から綺麗さっぱりなくなってしまいました……すみません」
夏休みを満喫しすぎて宿題に手をつけなかったタイプか。なら、もういっそのこと空白になってしまうのは分からなくもない気がする。
私の場合は成績不振だったり、生活態度に難があったり、些細なトラブルを招けば父親に連絡が行ったり、最終的には呼び出されたりするからなるべく問題を起こさないように生きてきたのだけれど。
由美さんの場合は全く逆。親の顔色なんて気にするどころか自分の娯楽に明け暮れ気付いた時には手遅れになってしまいましたとかそういう根本的な所から駄目なタイプ。
クラスメイトとして頼られるのは悪くないけど今回の一件はあからさまに由美さん自身に問題がある。
だから、本来クラスメイトの将来を想うなら手を貸さずあえて突き放すというのが理想なのかもしれないけど。
「はっちゃん、駄目だよ。浅倉に隙なんかみせたら」
「おい」
「なに?」
「今ハルと話してるの私だから、平井が入る隙間はないから。しっしっ」
「そうやって押せば押すほどチョロくなるはっちゃんを丸め込まないで。元はといえばあなたが夏休みの期間中サボったのが原因なんだから人に頼らず、まずは教師にどう詫びるか真剣に考えたら?」
「えっ、梨奈! チョロいってどういうこと!?」
「どういうことって言われても……ん? もしかして今まで気づかなかったの?」
「平井! お前、もう黙ってろ! 余計なことばっか口に挟むな!」
「あ?」
「あ?」
目力バチバチ。梨奈と由美さんとの謎の喧嘩に挟まれる私。なんて不憫な……勝手に喧嘩しあうのはやめてぇぇ。
「はははっ、一旦落ち着こうよ? こ、ここでいがみ合うのはよくないって」
「うっ、はっちゃんがそう言うなら」
「たくっ、ハルには敵わんな」
喧嘩されても困るのでひとまず由美さんに宿題の一部を貸しておくことに。
でも、渡しているときの梨奈の視線やたらと突き刺さって怖いです。
なんで……私、助けようとしているだけですよ?
夏の初日はこんないざこざがあってスタートからひやひや。けれど、授業が始まってからは順調で。
8月の始まりだからといって、何も大きなイベントはないけれど……思い出せば陽子さんのことばっかりで。
今年の夏休みはすっごく思い出に残りました。多分一生忘れることはないでしょうね、えへへ。
「はっちゃん! はっちゃんってばぁぁぁ!」
「あひゃ!? 揺らすのやめて~、酔うから~」
「二人っきりの昼食で無視するのが駄目なんだよ? 折角なんだから一緒に楽しもう! はい、あーん」
そういえば、授業が終わってから屋上前の階段で私と梨奈の二人だけで久々の昼食を過ごしていたのでした。
思い出ばっかり振り返っていたらいつの間にやら時間が速く過ぎ去ったようです。
あはははっ、うっかりしていました。
「うっ、いや、それはちょっと」
「えぇ!? あーんも駄目なの!?」
「あー、えっと」
「ちぃ! あの女ほんと目障りねぇぇ、ぐぬぬぬ!」
ひぇ!? だ、誰かこの子の怒りを沈めてくださる方はいらっしゃいませんか? 大至急お願いしまーす。
「はぁ~、とはいえ無理にやったらあとで報復とかされても恐ろしいし……」
今度はガタガタし始めた!? あの女ってもしかしたら陽子さんのこと? 私が知らない間に梨奈と何があったんですか!?
「梨奈、顔色悪そうだけど……大丈夫?」
「顔色も悪くもなるよ。不安の種が尽きないからね」
箸を置いて弁当を半分残す梨奈。その眼差しはどこか躊躇っているような表情で。
けれど不安というのがよく分からない。こんなにも4月以降から全部が全部上手く回っている。
なのに、なんでそんな顔を浮かべるの?
「はっちゃん。振られた身でこんなことを言うのもあれだけど……今でも本当に春野のことが好きなの?」
「うん、好きだよ」
「どれくらい?」
えっ、なんでそんなこと聞くんだろ? とは思った。けど聞かれた瞬間からどれくらいって言われたら自然と口が開く。
即答にも等しい早さで、満面の笑みで。
「陽子さんがいなくなったら自分を見失っちゃうくらい好き。世界で誰よりも……この想いは誰にも譲れないってくらいには愛しているかも」
「あー、ほんと、それ私に言ってくれたら最高だったのになぁ」
「ご、ごめん。いくらなんでも無神経だったよね?」
「ううん。私から聞いたんだから気にしないで」
まだ半分もおかずを残しているにも関わらず階段から立ち上がる。
私との昼食が気まずくなったのだろう。私が梨奈だったらその立場も痛いほど分かるかもしれない。
振られたというショックは尋常になく思いはず。なのに、質問されたからといって何も考えずに口に出すのは……残酷だ。
「はっちゃん」
「ん?」
階段を一歩一歩下りていく最中に途中で振り返る。私はさすがにこんな状況では呑気に食べられるはずもないので箸を止めて梨奈が視界から途絶えるまで待っていた。
でも伝えたいことがあるなら……いくらでも待ち続けるよ。
「今のはっちゃんはとても幸せそうで私からすれば春野には本当に羨ましいなあって思うくらい嫉妬してる。けど……」
「けど?」
「気をつけてね。その関係……多分どこかで拗れたらきっと一気に脆くなるよ。下手すれば修復も難しくなるほどに」
「えっ」
「じゃあ、私行くね。なんだか、もうお腹一杯だし」
「う、うん」
去り際に残した印象ある言葉。こんなにも上手くいっているのになにを言っているだろう?
どこかなんとも拭えない不安の中で弁当箱の中身を全部平らげる。
軽く片付けて、スカートを手ではたき落として教室に戻ろうとした時雨の音で視界が外側へと入った。
強くなる雨足。窓に水滴がちらほらと付着する。通り雨だろうか……陽子さんは今頃何しているだろう?
こんなときでもどんなときでも……私、頭の中あの人のことばっかり。
緩みそうになった口を片手で誤魔化して教室に入る。そこから見える窓の向こう側では大量の雨がこれでも降り寄せた。
これでもかと。大きな音をアスファルトに撒き散らして。




