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いきなり顔を合わせてお姉さんもびっくり、ついでに私もびっくり

「こちらでお待ち願いますでしょうか?」


「はい」


「春野さん! ちょっと出てきてもらえますか?」


「なーに? もう交代の時間?」


 おしゃれなBGMが広まる店内。客はまばらまばらに出入りている中で従業員の専用入口で律儀に待たされる。

 あの日、あの時、私の人生を塗り替えた女性の声。顔も見ていないのにすぐに分かった。

 

「お客様があなたに直接渡したい物があるそうで」


「はっ? 一体何を?」


「えっと……置き傘を」


「えぇ!? うそうそうそ!? なんでなんで!! どどどどどど、どういうことなのぉぉ!?」


 ははっ、廊下の前で大きな声出したら私に丸聞こえですよ。


「いちいち僕が知るわけないでしょ。あと春野さん無駄に()が多すぎです。さすがにテンパりすぎですってば」


「佐藤さん! あなたはレジに戻って接客対応! 私、今からあの子とお話ししてくるから」


「休憩前までには戻ってきて下さいね」


「過ぎたらお楽しみの酒好きなだけ奢ってあげる……という条件は?」


「ありよりのありっすね!!」

 

 バタンと勢いよく開かれた扉。昨日と変わらない端正な顔立ちに桜色の髪を持つミディアムのお姉さんこと春野陽子さんは私を見るや否やみるみると顔中が赤く染まっていくではないか。

 

「遥……」


「陽子さん」


 えっと、なんですかこの無言の間は? 後ろに控えていた若手の男性店員さんも空気を読むことにしたのか静かに退場していったし。

 気まずっ!! 陽子さん全然喋ってくれない! 折角だからこっちから勇気だして喋ってみようかな。


「ついてきて、ここだと変に目立つから」


 と、決意した瞬間に陽子さんは冷たい表情で店内専用入口とは別の方に歩き始める。

 物静かな態度で誤魔化そうとしているようだけど聞き耳をこっそり立てていた私は知っている。

 直接目を合わすまで酷く狼狽しきっていたことを。


「はぁ、なんで勝手に来たのよ」


「傘を返し来ただけです。迷惑でしたか?」


「昨日あんなことされておいてひょこひょこやって来るなんて」


「返せるものはすぐに返しておきたかったので。今度会うにしてもやっぱり早く返しておきたかったというかなんというか」


「今度会いましょうとか言っていたけど別に頻度も多くするつもりなんて更々なかったの。だから、変に気を遣わなくてもいいのにあなたって子は本当にもう」


「会う会わないはさておき貸し借りはなしにしておきたいので今回のことは気にしないでください」


 ドラッグストア専用のエプロンを外しており店の裏側の夜外で白のカッターシャツに黒のズボンとブーツを履いているだけの陽子さん。

 誰よりも大人びていて少しそよいだ風に当たる髪がなんと上品なことこの上ない。

 容姿端麗とはこの人のことを指すのだ。もうこれ以上なくピッタリに。


 反対に私の容姿は陽子さんとはやはり浮いている。だから、笑って誤魔化すことしか。


「じゃあ、これからは心置きなく命令できるってことよね?」


「えっ、今の話でそうなっちゃいます?」


「貸し借りなくなったんだからもう後腐れないでしょ。それにあなた勝手に許可なくこのお店に忍び込んできたのだから飼い主である私が罰を与えないと気が済まないのよね」


「そ、そんなぁ~」


 ケラケラと笑う陽子さん実に楽しそう。落ちぶれている私を眺めてご満悦なんですかそうですか。


「今日が木曜日だから二日後に日を改めて少しお出かけをしましょう」


「土曜日ですか?」


「えぇ、あなたの都合とか一切聞かない……何故なら私にはこれがあるから、ねぇ?」


 ひぃぃぃ、あのときのだらしない顔が陽子さんのスマホに未だ残されているなんて。

 どうしよ……抵抗して取り上げてみようかな。画像を消して私の痴態を抹消せねば!!


「あらら、必死ね。ぴょんぴょん跳ねても私からスマホを奪い取るには百億年早いんじゃないかしら」 

  

「だったら姿勢低くしてくれてもいいじゃないですか!」


「だーめ。おねだりしても絶対に差し上げません」  


「ひどい……鬼だ、悪魔だ」


 これが年の差による圧倒的なまでの壁。スタイルも負けてるし、おっぱいも負けてるし、顔も負けてるし、身長も150と160以上だと10センチの差で負けているし全然勝てる要素がない。

 唯一勝ててるの若さだけじゃん!


「こらこら、飼い主に逆らったら駄目でしょ。可愛いお人形ちゃん♪」


「可愛くなんてないですよ、私根暗だし内気だしでいいとこ全然ありませんから」


「そんなことない……っていくら言い聞かせても言葉だけで説得して自信を持てるわけないか」


「ははっ、無理して言わなくいいですから。私なんて可愛げとか全くこれっぽっちも存在しませんし」


「じゃああなたの全体的な見直しは来週の日曜日にしておきましょう。もう、この日に遥の全てを変えてやるから覚悟なさい」


 す、凄い。私まだ行くって決めてないのにめちゃくちゃ闘志燃やしている。

 都合が空いてないのでキャンセル……は無理そう。この雰囲気断ったら地獄の果てまで追いかけられそうだ。


「はい、是非お手柔らかにお願いします」


「えぇ! こちらこそお願いするね」


 今週の土曜日にお出掛けで来週の日曜もお出掛けか。

 

 多分大体空いているだろうけど。


 いや、それよりもまず機嫌を損ねて逆上した陽子さんが私の卑猥な写真をばら蒔かれないに阻止しないと。でなければ画像が瞬く間に全世界へと広まって。


 あばばばばばばば!! ぶくぶくぶく!


「おっと、そろそろいい加減に戻らないと。佐藤さんをずっと放置するのもバイトとしてまずいだろうし」


「あ、あの!」


「ごめん、もう私行かなきゃ……おっと、せめて大人として最低限のことはしないとね」


 店の方に足を向けるも、すぐに振り返る陽子さんは私の方に近づいてくる。

 えっ、えっ!? なんで急に屈むの? さっきまでスマホを奪い取ろうとしたら頑なに屈もうとしてなかったのに。


「陽子さん……あの、近いです」


「礼を言おうと思ったの。今日は私の大切な置き傘をすぐに返してくれてありがとう」


「いえ、どういたしまして……んっ!?」


「ん……ちゅ……あむっ……ちゅる」


「んっ……んん……はぁ」


 油断していた。もう陽子さんからされたらそれも完全に買い主のターン。

 言いなりの人形風情である私がすべきことは彼女が心行くまで満足するその時まで。


 軽いキスから濃厚なディープキスまで攻められ、よだれがだらしなく出始めそうになったところでキスが止む。

 

「ふふっ、じゃあね。私だけの可愛いお人形ちゃん♪」


 眩しいほどに尊い微笑みを浮かべ陽子さんは私の口から出たよだれを舌でがっつり舐めとり店の方へと颯爽と戻っていかれてしまった。

 一人その場で残された私はあまりの恥ずかしさにまたしても悶絶する。


 あぁぁぁぁ、女性にキスされて舞い上がっているとか普通じゃないのに。

 頭は冷やさないと、熱さまシート買わないと……待って、陽子さんとまた顔合わせたら湯気が出てきそうだからここは大人しく帰らなくちゃ。


「ひぇ~、まだ熱いよぉ」


 不意打ちのキスを交わしてから私の身体がことごとくおかしい。

 陽子さんのペースに乗せられて、それで顔とか仕草とか思い出してまた勝手に熱くなっちゃったりして。

 本番の夏はまだ始まってもいないのになんという暑さなんだ。残暑どころの話じゃないですよ、これは。


「ただいま~、相変わらず誰もいないけど」


 暑い季節じゃない。クーラーを付けるにはまだ早すぎる。でも手荒いを済ませシャワーのみ浴び終え、冷蔵を開けた私の手には予め買っていた豆腐に手が伸びていた。


「今日は身体冷やそう。そうでもしないとやってられない」


 豆腐は細かく砕いて解凍したご飯に乗せちゃって、それからあとはほうれん草をおひたしにしておいて最後の一品は……味噌汁にしよう。

 身体ばっかり冷やしたら今度は逆にお腹を壊しちゃうからね。たまには湯気も大事!!


「うぅぅぅ」


 長らく時間を掛けて作り上げた最高の一品。どれも上手く調理できてはいるけれど私の火照りは消えてくれない。

 シャワーの湯気はもう取れているし、料理は味噌汁以外冷たいものにしているから大体熱さは取れると思っていた……なのに取れない。


「……寝よう。いつまでうじうじしていもしょうがないし」


 思い詰めていたいちじてきな悩みとやらは時間が経過していくうち自然と解決へと導いていくものらしい。

 なんと軽々しいと思うに違いない。けれど、これで私は幾分楽になってきた。 

 外壁に白と黒が塗られた駐車場付きの一軒家。二階の自室に半分だけ開けたロック付きの網戸から夜特有に聞こえてくる生物の鳴き声と共に段々とポカポカした暖かさに包まれた私は来る日に備えるべく両目をゆっくりと閉じる。


 西に沈んだお日様が東から昇っていくその時までいい夢が見れるよう微かに見える月に願って眠りにつこうではないか。

 

「むにゃむにゃ……すぅぅぅ」  


 ちなみに翌朝よく眠れたことを引き換えに私は大きな過ちを犯しました。

 朝食抜き、陸上選手顔負けであろうと思いたい程の熱烈な猛ダッシュ。 


 結果間に合わず五分超えの遅刻。ちくしょう、頑張ったのにあんまりだよ。

 教師に軽口叩かれながらも授業内容を一応ノートに収める私。


 次こそはいい快眠を取ってやろうとは思いました。とほほほっ、家帰ったら早くベッドに飛び込みたいよぉ。

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