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26/61

打ち上げ花火を眺めて楽しもうとする夏祭り。あの人は今どうしているのかな……なんて

 気分が晴れるはずもなく、気分が元通りになることない。けれども……私は努めて冷静に夏祭りを楽しむことにした。


 今日はその花火大会の当日。クラスメイトの梨奈とは何度か遊んだことはあるけれどこういったメインイベントは初めてかもしれない。

 そもそも陽子さんと出会ってからは誘われてもこちらから断ったりしている日が数回ある。

   

 申し訳ないと思いながら断っても梨奈が怒るような素振りを見せることはあまりない。

 

 だからこそ、余計に難しい。これも全部……あの人と積極的に関わってしまったせいで梨奈とは上手く立ち回れていないような気がして。


「こんばんは、はっちゃん。待たせちゃった?」


「ううん、今来たところだから全然大丈夫だよ」


 ほどよく笑えているかな? とか折角の誘いに思ってはいけないあるまじき言動。


 けれど、この日は多分違う。薄々気づいている私……ある昼食時に見つめてきた梨奈のくっきりとした顔立ち。

 少なくとも皆に見せてきた元気はつらつとした表情ではない。あれはむしろ……乙女でした。


 まるで私が押し倒されなければそのままやってしまうような本気の目付き。今日の花火大会で確実に何かがある……そう思わせる夏休み中盤に差し掛かった土曜日の夜7時頃。

 梨奈と待ち合わせをした場所は学校の校門前。この地点から河川敷に到着する時間はそう長くはない。


 自宅から出るときも何人かは浴衣を来ていたり家族連れの人達が花火大会の会場に向かう中、梨奈と直接会うときは何にしようか迷った結果いつもの服装で出掛けることにした。

 そもそも無理をして着物を着る必要もないから、あとは風を通しやすい短袖のシャツとハーフズボンとラフなスニーカーの組み合わせでいけば無難に済むのではないかと思ったからこうなりました。


 別に気乗りするとか気乗りしないとかそういう話ではありません。ただの気持ちの問題です。赤いブーゲンビリアの髪飾りはなにがあっても付けさせてもらいますが。


「ごめん、待った?」


「ううん、今来た所だよ……ところで、梨奈が着ているのってもしかして」


「夏の風物詩の浴衣。どう、似合ってる?」


「よく似合っているよ」


「よかったぁ~、似合わないって言われたらどうしようかと思ったよ~」


 一本にまとめられた髪にキリッとした瞳でやや紅潮する梨奈の頬。

 蝶が何匹もひらひらと飛んでいるかのような艶やか紫色の浴衣に赤い帯とこっちに来る前からカランカランとリズムよく鳴る下駄。

 それだけでいかにも夏を満喫していると言わんばかりの服装。

 だけど肩にちょっと大きめの鞄が目に留まった。不思議に思ったので質問をしようとした瞬間に手首を掴まれる。


「ほぇ?」


「行こう、はっちゃん! 花火が打ち上がる前にたっぷり遊びまくろう!!」


 元気にぶんぶん左右に揺らす梨奈となすがままに連れ去れる私。

 驚きのあまり反応が遅れてしまったけど……もう、いいや。夏祭りを楽しもうとしている梨奈の邪魔をしてはいけない。

 私も……私も今日は一緒に楽しまなくちゃ。


「うわっ、凄い! 大盛況だね」


「人の数おかしい……普段私達の町ってこんなにも人がいたんだ」


 あれもこれも人の影。騒がしく喋り散らすおじさんとお酒を飲んで勝手に酔っぱらう男達。

 それと祭りで何かやらかしたのか町内の人達に連行される若者。


 歩いて15分以上。その間目立った会話を控えた私と会ってくれる梨奈は色んな人が集まるこの河川敷のスポットで派手な照明をした屋台とどこもかしこもいい臭いが漂う食べ物の屋台に目を奪われていた。


「夏は花火ってイメージだからね! やっぱりそうなると人は自然と集まるんだよ」


「ふーん」


「で、はっちゃんはこれからどうしたい? 私は先にお腹を満たそうかなぁとか思ってたりするんだけど」


「いいよ、自分も丁度お腹が空いていたから一緒に腹ごしらえでもしようよ」


「じゃあ、賛成ってことね。よーし、そうと決まったらまず最初はあれからだ! ぴゅーん!」


「走るのやめて梨奈!! 迷子になっちゃうから!」


「えー、はっちゃんが迷子? ちょっとそれは困るなぁ」


「そう思うなら勝手にどっか行かないで。はぐれてしまったら安易に連絡もできないから……ね?」


「うん、分かった」


 同意を得られたところで活動再開。屋台に色付く料理という名の料理を図々しくも全て梨奈が代金を請け負い、私は完全な紐と化していく。

 確かにあの日あの場所で奢ってあげるとか言われたけど……少しどころかそれをはるかに超越している。


「あのさ、梨奈」


「うん? どうかした?」


「代金無理して奢らなくていいから。やっぱり、ほら……こういうのって二人で均等に楽しむもので、決して一人だけ負担を掛けさせるものじゃないというか」


「え~、でもこれ私が好きでやっていることだし」


「ここからは私も払うよ。梨奈にずっと無理させるのは見ていて辛いし」


「いや……けど」

 

 香ばしいソースの匂い。そして鉄板で混ざり合う太麺とキャベツと人参が入った野菜の数々。

 うはぁ~、祭りと言えば定番だけど食べ物は焼きそばに限るよね!!  


 さっきまでたこ焼きとリンゴ飴と綿菓子とか堪能していたけど。


 幸いにも焼きそばと書かれた屋台にお客様が待っているようすはない。

 早足で近づき、お財布から1000円札をピラピラと見せつける。 

 おーい、調理するのも大事だけど早く注文しようとしている私の存在に気づいてくださーい。


「あの……店員さん!!」


「うえっ!? あぁ、すみませんね……ちょいと色々と手慣れてなくて反応が遅れてしまいやした……ぜ?」


「あ、れ?」


 頭にタオルを巻いた店員さんとバッチリ目が合う。そして、この場所だけは空気が凍りつく。

 意外にも意外。まさか夏休みが明けてから目を合わせるだろうなと思っていた人がこんな場所で偶然にも会ってしまうだなんて。


「えーと、あぁ、お前ら……遊びで来たの?」


「うん、そうだけど」


「はぁぁ~、羨ましいね。私なんでこんな罰ゲーム受けてたんだろうなぁ。くそっ、花火でたまや~って叫びたかったのに!!」


 鉄板の上にあるあっつあっつの焼きそばをコテで返しながら大量の熱気に包まれている由美さんの額に汗でぎっしりと詰まっている。

 うわぁ、大変そうだなぁと思いながらも財布からお金を取り出す。


 焼きそば一個で300円となると二個で600円という計算になるので100円玉と500円玉をトレーに乗せておく。

 これで少しは売り上げの足しになってくれればいいなぁと思いながら。


「もう、はっちゃんってば。私を置いていくなんてひど……えっ、浅倉? なんで焼きそばなんか焼いてるわけ?」


「お好み焼き屋を経営しているばあちゃんが当日ぎっくり腰で倒れたんだよ。んで代わりにピンチヒッターってことで私がやって来たってわけ」


「じいちゃんは?」


「死んだ。今あの世でポックリと逝ってる」


「そんな、あっさり……」


「いや、実際会ってないから情なんて湧かないんだよね……っと、はいお待ち!!」


 プラスチック素材の器に包まれた焼きそば。二つに分けられたそれは手で持っていても容器からほかほか感じられて。

 由美さんは気前のいい挨拶と共に1000円を取り上げて700円を私の手に落とす……うん? あれれ?

 焼きそば一個300円だから二個で600円のはずなんだけど。


「お釣、間違えてるよ」


「ブラザーサービスだ。ありがたく受け取れ!」


 ブラザー? 兄弟でもなんでもないのに? 突っ込んだら負けって雰囲気なのでサービスでもらった焼きそばは感謝して食べよう。

 うん、由美さんは第一印象気が強そうでちょっとぐれてそうだなと思ったけど本当の根っこの部分は優しいんだろうなと思う。

 気を効かせて私達に自然と無料の分を渡してくれるのだから。


「大丈夫なの? 浅倉?」


「どうせ売り上げが下がろうが上がろうが3000円貰えるんだから適当にやりゃいいんだよ。こんなのにマジになってたらまともに戦えやしないぜ」


「ありがとう、由美さん。気を使わせてごめんね」


「おうよ。私の居ない分も含めて夏祭り精一杯楽んでこいや」


「言われなくても、そうさせてもらうから。行こっ? はっちゃん」


「う、うん」


「くそっ、リアルに充実したかったなぁぁ……あっ、まいどいらっしゃい!!」


 焼きそばをひたすら混ぜ込み愚痴を漏らす焼きそば屋さんから去ったあと金魚すくいや輪っか投げなど軽く遊んだあとに屋台スペースから離れた観賞スポットへ。


 この周辺ではレジャーシートを広げて家族仲良くまだかまだかと雑談を交わしていたり、男子高校生の集団が仲良く和気あいあいとしていたりなどそれぞれがなんだかんだ本番の花火を待ち構えている様子で。


 河川敷で運良く空いていたスペースを見るや否や梨奈は目を輝かせすぐさま鞄からシートを取り出し、無駄のない動きで広げる。


 まさかのレジャーシート完成。今日は立ったまま眺めるんだろうなと思っていたからこの展開は驚きだ。


「はっちゃん! 楽しみだね~花火」


「ははっ、そうだね。どんなのが打ち上がるかな?」


 不自然な顔になってないかな? きちんと相槌打ててるかなって思いながら数分間。

 自分から会話を繰り広げられるような性格を持ち合わせていないので必然的に私達の空間は無となる。


 普段向こうから喋りかけてくる梨奈も本日に至っては落ち着きが見られない。

 前の時よりも更に身体がくねくねとしていた。これが終わる頃にはきっと……分かっている。うじうじしてはいけない。

 決して答えは安易に口にするべきではないけど。ここまで精一杯心の準備をしているであろう梨奈に失礼ではないか。

 

「……皆様、大変ながらくお待たせしました。今年の花火大会、満を持してご覧ください!!」

 

 アナウンスが流れ、川の向こう側から微かに見えてきた一本の線と夜空を一気に色づかせる広大な花火。

 パンっとパンっと紫色や赤色や黄色。たくさんの色が空を支配する。

 この光景は今年の夏の期間だけ。だから、脳裏に深く刻みつけなくては、そして楽しまなければ。


 なのに違う言葉が自然と浮かび上がる切ないという感情。一度出てしまえば止めどなく溢れる。

 切ない、切ないよ……私やっぱり後悔が消えていない。そんな簡単に振りきれるわけがなかったんだ。


「はっちゃん、見てみて!! あれ、滅茶苦茶凄くない!? 特に音が鳴った後に花火がシュワ~……って」


「滅茶苦茶だね。あはっ、ほんと……うん。あぁ、凄い」


 朝も昼も夜もどれだって浮かぶあなたの顔。陽子さん……今この時間、私がいない場所で何をしていますか? 

 離れていても一緒に花火を見ていたらとってもロマンチックですよね……なんて、ははっ。


 馬鹿だ、愚か者だ。これだけ落ち込むなら最初から本気で断ればよかったのに。

 私の気持ちは放課後に梨奈と目を合わせながらしっかりと真剣な眼差しで伝えればそれで済んだはずだ。

 

 でも、そうしなかったのは意気地無しで引っ込み思案な私が招いたことで。

 だから……こんな曖昧な感情に終止符を打とうと思う。


 この気持ちの答えはもう自分の中で見つかり始めていた。

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