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そつなくこなせるからこそ辛い苦しみ。けど、それでもあなたに出会えたことがこんなにも嬉しいんです。夢じゃなかったことがどれだけ幸せか分かっていないんです

 私の部屋の広さはそこまで大きいというわけでもなく、一人で籠るには充分なスペースで基本部屋に置いてあるのは自分で必要かもって判断した物のみ。

 窓の近くに設置されたベッド・勉強机・リビングより小さいテレビ・本棚・スタンドミラー・押し入れなどなど他は一人用にゲーム機もちょっとした暇潰しの遊び道具もちらほら。


 自分一人だけならのびのびと思いっきり出来るけど、よりによって陽子さんがこの部屋に入ってきてしまったのでどう足掻いても心臓の高鳴りがどくどくと早まってしまいます。


 風呂場であんなことをしたら余計に意識が……そわそわして落ち着かない。

 やっぱり押し入れから出そうと思ったと同時に行動に移す。ささっ、そー、ぱたぱたっと……ふぅー、設置完了。


「なんで布団用意してるの?」

 

「こ、ここで寝ます! 陽子さんはそちらのベッドでのびのびと疲れを癒してください」


「罰ゲーム断るつもり?」


「一緒に寝るのは狭すぎるといいますか」


「私と寝るのがそんなに嫌?」


「いえ、どっちかというと一緒に寝るのは難易度が高いのかもしれません」


「飼い主の命令、ほんとに聞かないつもり?」


「うぅぅぅ、こればっかり心の準備が」


 命令から徹底的に抗おうとする駄目な私に対してベッドの上で溜め息を漏らす陽子さん。

 我慢ならず布団を用意していた私との距離を縮め、気付いた時には自分の目の前にまつげが長く、うっすらと顔が赤い陽子さんの顔が視界にあった。

 

「遥、お願い……私と一緒に寝てよ」


「陽子さん……」


 両目の瞳はうるうるしている。命令を拒否したから、一緒に寝ることを拒絶したからお姉さんは怒っているのだろう……と思いたいのだけどこれは泣きそうな顔だと思う。

 指摘したら、それこそ強く否定されそうだけどそれで間違いない。


 真っ直ぐ伸びてきた手は私の片方の頬にひんやりと触れる。誘われている。

 断ったら陽子さんを深く傷つけるかもしれない。なにせ、こんな状況で人形ちゃんの画像をばらまくだのなんだの口にしていない。


 するのなら、今ここでスマホのネットに私の画像が目にも止まらぬ速さで広まっている。

 よっぽど求められているんだろう。だったら、私は求めに応えなければ。


「今から寝てもいいですか?」


「えぇ、大丈夫よ」


「じゃあ、まずは布団片付けますね。あったところで埃が被るだけですから」


 ささっ、そーれ。ふぃー、用意した布団出番なし。けどあんな顔されたら……誰だって片付けたくなるものです。特に私とかは余計にそうなっちゃいますから一言フォローだけはしておきましょうか。


「ごめんなさい、不安にさせましたね」


「な、なんの話? 私、別に不安になっていないけれど」


「はいはい、ならそういうことにしておきますね」


 顔を赤くして誤魔化す陽子さんにちょっと笑いつつ、さてはてベッドに入ろう……としたら止められた。

 えっ、これもうあとは寝るだけですよ? なぜ、腕を掴まれてるのかが分からない。


「腕離してくださいよ」


「遥、寝る前にバスト図りましょうよ。私、すっごく気になるの」


 髪を乾かしてからずっとバストの話題が出ていなかったら忘れていたと思っていたのに……また、妙な場面で蒸し返してくるという。

 逃げ道を作ろう。それで忘れてくれないようなら観念してサイズを図ってくれればいい。

 本音を言えば昨日何を言ったのか忘れたくらいには持っていきたい。


「バストを計るのは明日にしませんか? 今日はもうへとへとで今すぐにでも寝たいんです」


「カラオケで疲れたものね。そういう理由なら一秒でも早く寝るべきよ」


「えぇ、そうさせてもらいます」


 疲れたという理由でどうにか振りきれたのでひとまずは安心して眠れそうです。

 素直になった陽子さんはベッドの中へ。私はすかさず手前側の方に誘導して予備用の枕を渡します。

 新品同然の枕に陽子さんの髪の毛が……あぁぁぁ、ダメダメ考えちゃ駄目。



 就寝時は明かりを付けるか明かりを付けないかでいうと付けない方なので電源は落としましょう。

 一応消す前に陽子さんに明かりはいつもどうしていますかと聞いたら迷わず消すと答えたのでそこは安堵しました。

 

 豆電球にしたら眠れそうにないのでとりあえずこの問題は解決……と言いたいところですが今日の夜は隣にほんと冗談なく隣には陽子さんが寝転んでいます。

 ベッドは一人用を想定しているのでもう私と陽子さんの間の距離やばいです。


 見つめられるのは恥ずかしいのでわざと顔を壁際に。背中にほんのりなぞられていく指。

 この瞬間に思いました。陽子さん、あなた人が頑張って寝ようとしているときに何をやっているんですか?


「あの~」


「ん~?」


「やめてもらえませんか? それ」


「振り向いたらやめてあげる」


 そうなると……逆に目がばっちり合うんでしょうね。


「もう好きにしてください」


「じゃあ、背中に飼い主のマークをつけよっかな。こういう機会って中々ないから今ここでしとかないと。うふっ、そうと決まれば早速」


 マーク? はて、何を言っておられるのやら? どういう意味かよく分からない上に背中なぞりをやめたのでそのまま狸寝入りを続行。


「はあはあ……夜でもよく見えるね、あなたのう・な・じ」

 

 無断で私の黒髪を捲って首もとですーはーすーはーしている人が現実に存在しました。

 身の危険を感じたので即刻振り変える。試しにちょっと怒っているぞと示すために顔を膨らませる。

 陽子さん、二ヤッと笑う。うん、全然効果ないや。


「やっと目を合わせてくれたね」


「あまりにもしつこいからです。本当なら反省して欲しいのですが」


「飼い主に歯向かうの?」


「歯向かう気持ちは失せました。まだ、いたずらするようならこの向きで寝た方が身の危険は感じませんのでしばらくはこっちでいきます」


「ふ~ん」


 とか強気で言ってみたけどお姉さんにはばっちりバレていると思います。

 目を合わせた瞬間に陽子さんの服の首もとから見える素肌。そして、至近距離で夜でさえもよく見える耳・目・鼻・口・まつげの全て。


 窓の向こう、月が隠れた外の世界では時折車のエンジン音や虫の声が聞こえたりするけど。


 ここでは二人っきり。今更ながらやっぱり一緒に寝るのは迂闊だったかも。

 さっきからドキドキが止まらなくて目の瞳孔がギラギラして全然落ち着けません。

 

 な、なにか話題を振って雑念を誤魔化そう。羊なんか数えても逆に寝つき悪化しそうだし。


「陽子さんって……高校生の時、どんな感じだったんですか?」


「私が高校生の時の頃なんてつまらないものだけど……それでもいいのなら話してあげる」


「別に構いませんよ。むしろ、こういうときぐらいしかプライベートな話を聞き出す勇気なんてありませんし」


 少し躊躇って、少しだけ勇気を出して、振り絞って出した質問に陽子さんは私の髪を片手で撫でながら答える。

 それは、なんというか、高校生の頃の自分をあまり思い出したくないかのような。

 

「高校生の頃はそうね……小・中学の時も含めてそつなくこなせる子だった。テストは大体90点代、頭の回転も柔軟もあるから人間関係もそつなく回せて部活も入れる頃には柔道・バドミントン・剣道・バスケ・バレー・テニスとか色々習って大体市内の大会で成績残してたりしたかな……あの頃は」


「凄いじゃないですか。私には到底真似できませんよ」


 大体部活はやるにしても文化部を選ぶ自分とは大きく異なり、陽子さんは活発的に動く運動部。

 そりゃあ、それだけの部活の数をこなしていたら今の陽子さんは私よりも性格がアグレッシブなんだ。

 話を聞いてストンと落ちましたよ、えぇ。


「でも、そつなくこなせるからこそ人生がつまらなかった。上手くなったとしてもその先に何があるんだって常日頃考えちゃうから部活も一年だけで全然続かないし、試しにほんの興味本位で入った副生徒会長も一年で終了。おかげでこんなつまらない生き方をしているからか大学を決める時期になってそれでね……また、思っちゃったの。その先に何があるのかって」


「大学は……行かなかったんですか?」


「両親には猛反発喰らっちゃったけどね。でも、まあ結局優秀であろうがなんだろうが大学行ってもその先の将来なんて考えられないから高校を卒業したと同時に家を出て夜のバイトなりなんなり一人で生計を立てる道に出た。ここまで来るのにかなり苦労したけどね。今はおかげさまでなんとか一人暮らしが充実しているってところかしら」


 思い詰めていた。そして、今もどこか思い悩んでいるのか酷く顔を歪ませている。


 余裕のある人だなって常々思っていたからこんな表情は大変貴重だ。

 けれど、それ以上悲しまないで欲しいし悩んで欲しくもない。そう思った時には手が自然と陽子さんの頬に添えていた。

 ピクリと身体が震えている。珍しく驚いているようでいつも綺麗なお姉さんが今は可愛くみえてしまった。


「遥?」


「陽子さん……私、あなたに最初に出会った時はこれからどうなっちゃうんだろうなとかビクビクしていました。けど、それから顔を合わすようになってからたくさんお話ししたりたくさん笑ったりたくさん襲われたりして……魔が差して達成感しのぎに万引きを繰り返していた愚かな自分の人生の価値観がガラッと変わったり、今の生活も楽しいって心の底でよぎったのは全部全部あなたのおかげなんです。だから、自分を責めないでください」


「……あぁぁ、うそっ、なんでこんな時に私を泣かせるの!? 可愛いお人形ちゃんのくせに生意気よ!」


「くせにとはなんですか? 陽子さんが辛そうにしていたからただ単にあなたの人生を肯定しただけですよ。むしろ、ありがたいと思ってください!」


「ふふっ、もう……最後の一言は余計よ」


「ぷっ、あははは」


「うふふ、はははっ」


 思い悩んでいた表情は段々と夜でさえもよく窺えるほど陽子さんの顔は輝く。

 本当ならもう一つ勇気を出してブーゲンビリアをプレゼントに送った理由を聞きたかったけど……それは聞かなくてもいいのかもしれない。


 花言葉がどうであれ、私に尽くす想いは多分特別に違う。あくまでもお人形ちゃんだからこそっていうのもあるかもしれないけど。


「……ねぇ、私だけの可愛いお人形ちゃん。寝る前に一つだけ叶えさせてもらっていい?」


「はい、なんでもどうぞ」


 聞かなくても大体分かる。でも、聞かれたら私は素直に言葉を返した。


 だって目線をずっと合わせられたら誰でも想像できる。陽子さんと口を重ねた。


 それからは攻めに攻められた。ちょっとほんのちょっと軽く触れるキスを軽く超越して口の中に舌が入り込む。

 ねちょねちょと絡み合う舌。くっついて離れて、またくっついて離れて。

 

 上の歯も下の歯も全部歯ブラシで磨いたのに、陽子さんの舌に入念に上下ともに舐められている感覚。


「んふ……んぁ……ぁ……んんっ」


「んぷっ……んはぁ……ちゅ、ちゅるるる」


「んっ、んううううう……ぷぁっ! あ、熱いです……これ以上されたら、わたし……おかしくなっちゃいます……んんっ!」


「ちゅ、ちゅ、じゅるり……んはぁ……ごめんね、遥、んんっ……あなたが可愛すぎて、ついつい止まれなくなっちゃって♪ じゅるるる」


「んはぁ……はぁ、はぁ……んっ」


「れろ……ちゅぱ……んちゅる……ちゅ……んぅ……」


「んくっ……んむっ……ふぁぁぁ」

 

「ちゅる……んんッ……んっ……ちゅぱ……じゅるるる」


 私が下で陽子さんが上。まるで飼い主とお人形の関係を連想させるかのような構図。

 馬乗りされようがとことんキスを受け入れる。求められること嫌いではないのでずっとずっと重ね合わせた。


 その頃には音もきこえないし、自分が今やどうなっているのかもあやふやで。


 一つだけ確かに明言できることは。


 この気持ちの答えを見つけたい、掴まなくちゃいけないってことくらいだ。

 

「んんぁ……あふ……ぁ……はあ……んむっ」


「はぁ……んんっ、ちゅ、ちゅるる……んぷっ」

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