勇気を出して会ってみたら、なんと!
「ふぁ~~駄目だ。全然眠れないや……コンディション最悪かも」
昨日人生が終わるかもしれない危機的な状況から一転してお咎めなしとして釈放されたけど、ご飯を適当に済ませてお風呂も入っててきぱきとやること済ませてベットに籠る。
ここまでの流れは良かったのに……目がギラギラして不思議なことに眠ろうと思っているのに全く眠れない。
原因は考えずとも把握している。100%、いや突き抜けて1000%の確率であの人しかいない!!
たった10秒女子更衣室で起きてしまった流れを思い返すだけで一気に顔から火が吹き出す。
悶々とされられるこのどうしようもない気持ち……どこで発散させたらいいの!?
考えてもみて欲しい。可もなく不可もない顔立ちをしている私がそれよりも上に君臨する顔立ちを備えた美女に迫られたら男女関係なく震えるに決まっている!!
特に女性の立場である自分ですらもあの出来事をきっかけに頭の中が陽子さんでいっぱいいっぱいなのだ。
でも、次っていつ会えるのかな? 今度顔を合わせたら傘も返しておきたいなぁ。
「はっちゃん、おはよう!」
あっ、けど私ってその前に物を盗んだ常習犯で陽子さんは店員というのはあまりにも釣り合いが取れていないような。
前に友人から愛嬌のある顔立ちだねとか言われた記憶があるけれど、陽子さんのあの端正な顔と引き締まった身体を比べられたら全然駄目だ。
「あれ、聞こえてないのかい? おーい」
スタートの位置すら立ててるのかな? もう誰にも見つからずに盗み取ったあの達成感とかよりも陽子さんが気になる。
年上のお姉さんがあの人だとしたら、私の人生変わっているのではと妄想もしてしまう。
「もうっ、はっちゃんってば」
感情の起伏が乏しい私にしては本当珍しい。やっぱりあのお姉さんのせいで今日を始まりにおかしくなっているじゃないか。
てかさっきから身体がぐらんぐらん揺れて落ち着いて意見をまとめられない。ぐぇぇ、頭が回りゅううう。
「梨奈……許して。苦しいよぉ」
「あっ、やっと反応した! はっちゃん、おっはー!!」
「おはよう、梨奈……今日も一段とハイテンションだね。あと、もう二段階くらい下げれないかな?」
容赦なく肩を揺らし、悪びれる様子もなく大きくはっきりとした声でクラスメイトから元気な子として定評のある平井梨奈。
髪が邪魔なのか普段からポニーテールをしていて、前にも思い切って一思いにばっさり切ったらどうかと提案したにも関わらず梨奈は断固として依然ポニーテールというヘアースタイルを崩さない。
一応理由を聞いてみたらはっちゃんと被るからとか言っていたけど……私と被るのそんなに嫌なの? まぁ、本人がそうしたいならこれ以上は言いませんが。
校門前ではしゃぐ梨奈。いつも毎朝か元気のいい挨拶を私以外にも交わしている影響もあってかAクラス以外の女子生徒にも幾分好かれているらしい。
他人と距離を図ること覚えた私が唯一語り合えるのは例に及ばず梨奈であり、友人となったきっかけも彼女から喋り始めたことが今の関係に繋がっているのだ。
「うーん……無理!!」
「だよね、期待してなかった」
内気で引っ込み思案な私と勝ち気ででしゃばりな梨奈とではどうみても釣り合わないのは一目瞭然……って、陽子さんのときも同じこと言っていたような気がする。
うわぁ、私の周りの人達スペック高すぎるよぉぉ!!
「ねぇねぇ、はっちゃん」
「なに?」
「今日話しかけてもずっと上の空だったけど……なにか悩みがあるなら聞いてあげようか?」
あぁ、クラスメイトであり友人でもある梨奈にこうもあっさり見破られるとは。
家を出て徒歩20分間ずっと昨日のことばっか振り返っていたら校舎にいつの間にか到着するくらいだからだいぶ上の空だったに違いない。
よくも、まあ通行人や壁にぶつからなかったものである。これって運が良かったりするのかな?
ちなみに自転車で通勤すれば10分も短縮出来るのに使っていないのはこの学校ではなんと自転車通勤を禁止しているらしくでなんでも事故防止の為だとかなんとか。
そんなことは私にとっても皆にとってもどうでもいいだろうし願わくば規律改正を求む所存である。
というか1日でも早く頼みます。夏になったらこの道のり完全に地獄になりそうなんで。
「聞いたところでどうしようもないと思うよ」
「言葉にしなきゃ分からない時だってあるじゃん!」
「梨奈、ごめん。こればっかりは話せないの……私の悩みって普通に解決できるものじゃないから」
「はぁ、もう分かったよ。でも! 悩み言いたくなったらいつでもどこでも話してね!!」
「ありがとう、梨奈。心配掛けてごめんね」
「こ、これくらい友人として当然!! 気にしない気にしない!!」
「うん、背中バンバン叩かないで痛いから」
「あははっ! ごめんよ!」
追及されないように言葉巧みに誤魔化し、校舎二階の端っこにある教室に移動したあとは梨奈と一端別れを告げて残りの空いた時間は後ろ側の席でただゆっくりと流れる雲を観察する。
今日は昨日の通り雨とは打って変わってお日様ポカポカ快晴日和。
放課後どっか気晴らしに適当にぶらぶらするのもありかもしれない。
もう、空いた時間に盗みを働こうとする思いは綺麗さっぱり取れてしまった。
きっかけがあまりにも単純だろとかお前の罪はそんなもので消えると思うなとか色々と思われるかもしれない。
でも……しょうがないじゃん。思春期なんだもん。自分の意識は陽子さんの手にいとも容易く崩壊されるくらいチョロい女の子なんです。
私だけを見る情熱的な瞳。耳を舐める前に吹き掛ける甘い吐息と身体中が痺れちゃう反則的な舌。
どれもずるい、いやお姉さんの存在自体がずるい! 唇だって別に初めて好きな人が現れるまで大切に取っておこうとか欠片も思ってなかったのに、容赦なく食らいつかれた。
「おい、旭川!!」
「ひゃい! あっ……えっと」
「俺の話聞いてたか?」
「すいません。ぼうっとしててなにも」
「ここのページ、声に出して読んでくれ」
高校まで緩やかな流れに変わらない日常に退屈していた私。入学しても基本心の底から楽しいと思える日が実感出来ずにいた。
今日もちょっとだけ意識向こう側で国語の教師に注意されたり四時間目の移動教室の際に階段で躓きそうになりながらも時間は穏やかに時計の短い針と長い針がバランスよく回っていく。
またいつものホームルームが終わったあと、私は机の上に顔を預ける。
夕暮れ時の太陽はポカポカしてよく眠れる。授業中は寝ておこうにも教師に見られていると思うと素直に眠れなかったので眠気を押し殺して頑張ったのは正解かもしれない。
いくら努力しようが私の学力では平凡止まり。それ以上やる気を出そうが時間の無駄でしかないので成績は平均点を超えることはないけどこれで充分。
求められる以上の力は発揮せず、のらりくらりとかわす人生……私って本当退屈な人なんだろうなと思う。
「もう、帰ろっかな」
生まれ変われるのであれば、梨奈になりたい。いつも活発でハキハキと喋り倒すけど成績は平均点より下回ることもあるのに皆から愛されるムードメーカー。
対して私は殻に閉じ籠って、いつも心の中でぶつくさと独り言を語る痛い奴で生きていること自体たまに嫌になってくる。
はぁ……また自己嫌悪。つくづく面倒くさい性格してるなぁ。
「旭川、まだいたのか?」
「す、すみません。すぐに帰ります」
「道中気をつけて帰るんだぞ」
母は物心つく前から病気で亡くなっていて、父は単身赴任が長期化しているためか基本仕送り金をもらいながら一人で衣食住を賄っている。
だから、道中何かあったとしても心配してくれる人なんていない。
廊下で担任とすれ違い、玄関口の靴箱から運動靴を手に取り西に沈んでいく太陽を眺めつつも……梨奈の靴箱を少し開けてみる。
「うわっ、相変わらずモテるなぁ」
靴箱に何冊か手紙が置かれてあった。人の靴箱をじっと覗くもよくないのですぐに閉めてしまった。
きっとあれはラブレターなんだろう……というか定期的にあるのでほぼそれで合ってる。
昔から男の子と上手く距離を計れないから、義務教育の期間に入らない高校は女子校にしようと決めていた……けど女子同士の恋愛って実際にあったんだ。
あの系統は百合とかレズとかそういう類いに入るんだっけ? 別に恋愛とかにとやかく言うことはないんだけど梨奈はいっつも丁寧に返事を返しているのだろうか?
梨奈からラブレターの件で相談されたことは一度もない。誰かと付き合っている様子も見受けられないから彼女の恋愛を望んでいるのではないだろうか?
だとしたら、あのラブレターは迷惑以外の何物でないんじゃないかな。
「あれ~、はっちゃん!!」
「り、梨奈。ははっ、奇遇だね」
「今からお家に帰るの?」
「うん、まあ特にやることないし。あと自分帰宅部貫いてるから」
一人暮らしは帰ってからもそれなりにある。だから悠長に部活にかまけている時間などないのだ! というのはただ単なる言い訳。
本当は必要以外のことに手を出したくないだけの間抜け野郎だ。
滑稽だと思うのならどうぞ笑ってください。
「じゃあさ、久しぶりに一緒に帰ろうよ。部活も丁度終わりそうだから」
「えーと、気持ちは嬉しいけど梨奈はまず靴箱の中身を確認した方が……あっ! しまっ」
「はて? 靴箱とは……まさか開けちゃったの?」
「ごめん。ちょっと出来心で」
「ほほぉ、いくらはっちゃんとはいえ勝手に人様の靴をクンカクンカするのは感心しませんなぁ」
「クンクンなんてしてないから」
「いやぁ、照れちゃうはっちゃんも可愛いのぉ」
唐突に抱きつくのやめて、汗臭くないけどさっさと離れて。周囲のクラスメイトの視線集まってるから~
「もう、一人で帰るから。梨奈は私なんかより靴箱の方を優先して。今頃埋もれているかもしれないし」
陸上部の部員にどよめき走る。それもそっか……私って部活に無所属なくせしてへんに梨奈になつかれているもん。
これでは平凡に暮らしたくても暮らせないじゃないか。過剰なスキンシップやめてって言ってるのに!
「はいはい、はっちゃんの言う通り部活終わったらさっさと中身にお返事してくるね~」
「じゃあ、また明日」
「うん、また明日!!」
やたら構ってくる梨奈から逃れ、帰宅帰りの途中になって自前のスマホで時間を確認してみた。
10分近く、でも空に浮かんでいた鬱陶しい太陽はなりを潜めて次に月が顔を見せ始める。
梨奈に捕まったせいで時間は6時過ぎ、とっくの前に自宅に到着してたのにまだ家まで時間がある……とはいうもののそれも10分程して歩けば到着する話なのだ。
でも、足はそこで止まった。明かりのついたやや大きなドラッグストアで。
「陽子さん……今日も出勤しているのかな?」
帰り道ついでに返す? けど、今度会ったときに返しなさいって言われていたから私から下手に顔を出したら陽子さんにかえって迷惑を掛ける可能性もあるから……やっぱり帰るべき? いや、逆に陽子さんが店の外に顔を出すまで待ちぼうけはさすがにおかしいかも。
赤いリボンをつけたカッターシャツに膝まであるスカートっていかにも呼び止められそう。
じっとしていると逆に怪しさ倍増……うーん、どうしよ? いつでも返せるように肩掛け鞄の中に昨日貸してくれた置き傘があるからうじうじ悩んでないでいっそのこと。
「あー、緊張してきた」
陽子さん、勝手に許可なく会いに行ったら怒られる? それとも叱ってくれる? はたまた感謝される?
………………
………………
………………会いたい。
「いらっしゃいませ! こんばんは!」
「す、すすすみません!!」
「はい? どうかされました?」
「…………陽子さ、ではなく春野さんは今日このお店にいらっしゃいますか?」
「えっ、春野さんですか? 一体どんなご用件で?」
思わず行き当たりばったりで行ってしまいました……でも、まあ多分後悔していません。
この気持ちの答えは当分見つからないけど。