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プリクラはそんなことをする場所じゃありません!(←このビックリマークも重要です)

「結局こんなにたくさん……やっぱり何円か払ってもいいですか? さすがに全部払ってもらうのもちょっと」


「遥には無茶言ったんだからそれくらいはさせてよ」


 うーん、頑固だなぁ。いや、まああれから試着室から解放されたのは二時間経過したあとだから相当我慢したのも事実なわけで。

 最初から最後の会計までずっと店員さんと息を合わせていた陽子さん。

 白熱したコーディネート並びに服屋さんにあるまじき写真撮影。


 普通なら追い出されてもおかしくないレベルでさえ追い出されないのは実際にお気に召した服を購入したことと陽子さんの会話スキルが高いからだと予測している。


 控えめでいざとなった時以外はおとなしい私には到底真似できない手法。

 

 少なくともお客様と一対一で向き合う仕事は好ましくなさそうだ。やるにしても堂々と胸を張れるように度胸を磨く必要があるかも……無論商品棚の商品に手をつけること以外で。


「これ、ひとまずロッカーに保管しておきませんか? 持ったままだと腕が吊りますし」

 

 現在私と陽子さんは紙袋二つをそれぞれ分けて、空いている手を繋いでいる。またしても断りきれなかった。

 陽子さんにとってこれが私達の普通なんでしょうね。もう、色々と普通を受けいれてしまっています。

 手を繋がれて嫌という気持ちも全くこれっぽっちも沸きませんので。

 

「そうね、ロッカーに全部服を入れておきましょうか。まだ遊び足りてないし」


「はい、じゃあまずは歩きながらロッカーを探しましょう!」


「あー、こんな時に車がないのが憎い……いざとなった時に買って置くべきだった。くっ、適当に生きていた自分が恨めしい……はぁ、因果応報とはこのことだったのね」


「別に私は気にしていませんから落ち込まないでください。それよりも今こうして買い物できている時間の方が楽しいので陽子さんも一緒に楽しみましょうよ、ね? 」


「遥ぁぁぁ、ごめんね。こんな不甲斐ないお姉ちゃんで」


「あわわわっ、もう気にしてないのになぁ」


 落ち込み方が半端ない。床に膝をついて顔色もなんだかおかしいけどそれよりもなんだなんだと周囲の目線が集まっていて凄く目立つ!! 

 乾いた笑いが込み上げる。けれど、このままにしておくことは出来ないので項垂れているお姉さんこと買い主に向かって姿勢を落として手を差し出す。


 数秒間、掴んだ手は幸福に包まれ陽子さんと目がばっちり合った瞬間そこは私と陽子さんだけの二人の世界で。

 周囲の雑音が消えて、通行人の視界も入らない。思わずハッと意識を取り戻すまでは。


「えっと……そろそろ歩きませんか。ずっとここにいたら目立つというかなんといいますか」


「あっ、ごめんなさい」


 しおらしい陽子さんと手を繋ぎなから2階のモールの中央付近に設置されたロッカーに紙袋を一時保管。

 その頃にはすっかり機嫌も取り戻したようなので一安心しました。


「この後お昼行かない? 腹も空いたから」


「いいですね。私もお腹減っていたんですよ」


「じゃあ三階のフードコートで腹ごなしする?」


「パスタとかありますかね?」


「うーん、あそこにパスタなんてあったかしら」


 二階の洋服フロアからエスカレーターを使って三階のフードコートへ。時間はお昼近く。

 ガラス張りを基調とした木目のある床と木製の机。多種多様のお店が所狭しと出店しておりお客さんの量と比例して盛りあがりをみせている。

 

 私達はくまなく空いている席を探す。満員の席から空席を探すのにはそれなりの時間を要したけど数分経った頃には陽子さんがいい席を見つけたようで満面の笑みを浮かべ未だに席探しに手こずっている私を名前で呼び掛けてくれた。

 大きな声で非常に透き通っていて、どこか温もりを感じるそんな声のトーンで。


「よく見つけましたね」


「もうすぐご飯食べ終わりそうな人に座れるかどうか聞いただけよ。大したことじゃないと思うけど?」


 いやいや、そんなしれっと言われても普通は出来ませんから。改めて陽子さんの器のでかさに感嘆しつつも空席のテーブルに目印としてお冷を2つとも置いてからパスタとピザ販売のお店へ順番で並ぶ。


 カルボナーラパスタ、ミートソースパスタ、和風醤油パスタなどパスタ屋さんに置いてあるものは大体揃っている模様。

 他にもピザやサラダなどサブのメニューも取り扱っているようです。


「お客様、ご注文は何になさいますか?」


「遥はどれにするか決めた?」


「和風醤油にしておきます」


「OK! じゃあ、私は明太子クリームね。遥、もう席に座ってて。会計はこっちで済ませておくから」


「駄目です。お昼ぐらいはせめて自分に払わせてください」

  

「いやいや、私が払うってば」


 前の喫茶店も今日の服屋さんもなんでもかんでも陽子さんに負担を掛けすぎている。

 世の中金が全てではないけれどやはり金がなければ衣食住だってままならない。


 この人にもこの人の生活があるからこそ少しくらいは支えにならないと。

 しかし、陽子さんは眉をひそめて一切妥協を許さない。意地でも譲らないのかな? お願いだからここは譲って!


「陽子さん、お願いです! せめて、この昼食くらいは!」


「あなたに負担は掛けさせたくない。だから、支払いは全部私が!」


「これくらいなんとかなりますから!」


「お・客・様。これ以上は周りのご迷惑になりますので大声で話されるのはお控えください」


「「すみません」」


 不用意に言い合いをしていたせいで注目の的になっちゃった。そのあとは嫌々ながらも私に支払い権を譲り、お互いに決めた商品を口にして時間が経った後に手渡されたブザーを経由して待ちに待ったパスタを机の上に広げる。


 明るい照明の下に照らされる桜色のミディアム。スプーンを更にして器用にフォークでパスタを巻いていく姿はどこか気品のあるお嬢様のようで。


 陽子さんとは性格も容姿も全く異なる私がパスタを食べていても彼女のようには到底ならないだろう。


 醤油ベースのパスタを一口、二口入れてふと食事をしている陽子さんを覗く。

 あっ、目がばっちり合った。うぅぅぅぅ、恥ずかしい!


「食べたい?」


「えっ? あー、いや、別に私は……」


「はい、あーん」


「あーん」


 フォークの先にある丁寧に巻かれたパスタを一口。羞恥心で堪らなかったが、逆らっても陽子さんが折れてくれる保証がどこにもないので食べた。

 そう、ただそれだけの理由で食べただけなのに……あの微笑みは反則だ。


 鼓動が早まる。胸もドキドキして全然落ち着かない……あぁ、ずるい。

 顔が火照りそうだ。ホールの中は外と違ってクーラーが全体的に広がっているのに。


「ふふっ、可愛い」


「もう! からかうのはやめてください!」


「何度でも可愛いって言ってあげる。だって、本当のことだから」


 やめて、顔を近づけて見つめてこないで! 心臓に悪いです。


「これ終わったらゲームセンターに行きましょう。ゲームで白黒つけさせてもらいます」


「ふーん、上等よ。素直に受けてあげるけどあとで泣いても知らないからね?」


 このまま陽子さんのペースに乗せられるわけにはいかない。息抜きもといささやかな逆襲としてゲームセンターに誘ってみるもこうもあっさり引っ掛かってくれるとは。


 何回かあーんされてしまった明太子のクリームパスタと和風醤油パスタを返却口に戻してから次は勇気を振り絞って誘った四階のゲームセンターへと入り込む。

 日曜日は盛況。子供達も大人達もそれぞれが別の全く異なるゲームに手をつけているようで眺めるだけでも時間の流れが感じられる。


 まずは肩慣らしにシューティングゲームから。次にダンスゲームをしてからレースゲームで最後はクレーンゲームで締める!

 大丈夫、陽子さんに誘われる前にクラスメイトの梨奈とは何度かゲームセンターに通っていたんだ。


 これでぎゃふんと言わせて飼い主を泣かせたい。けど、それは間違っていた。

 陽子さんがいかに強者であることか。ゲームセンターに到着した瞬間に連れていかれた場所に心の中で発狂する。


 うぅぅぅぅ、そんなぁ~~。


「プ、プリクラ……」


「なーに、嫌なの?」


「私にはまだ早いです。プリクラはやめて別のゲームで遊びましょうよ」


 さりげなくシューティングゲームに誘導してみよう。


「今日は飼い主である私と可愛いお人形ちゃんのあなたとの思い出の品を残したいの。それでも断るつもりかしら?」


 はい、降参。無理です、立場上逆らえるわけがありません……煮るなり焼くなり好きにしてください。


「行きましょう」


「そうこなくっちゃ!」


 1プレイ400円。高いのか安いのかよく分からない値段をしている撮影台の中で意気揚々した表情でお金とフレームをてきぱきと選んでいく。

 何回かやったことがあるのかな? 私の顔って世間様から見たらかなり下だろうから梨奈に誘われても強く断っていた。


 陽子さんにいたっては本当は断りたかったけど飼い主に歯向かえる義理はないので素直に折れた。

 あんな写真ネットに晒されたら一瞬で人生が終わる。結局は明日の我が身が大事なので。


「遥、()()は普通に撮るから」


 最初? なんか発言に引っ掛かりは覚えるけどプリクラに搭載されているAIの言葉にびっくりとしたと同時にそれは段々と薄れる。

 あまりにも声がデカイ。梨奈が本気で大声を出したときくらいにはうるさい。

 

「ちょっと、普通に立ってるつもり?」


「こういうのってどうしたらいいのか分からなくて」


「プリクラやったことないの?」


「お恥ずかしながら一度もありません」


「つまり……初体験か。だったら」


「ひゃっ!?」


 肩を掴まれた同時に私の顔は隣に立っている陽子さんにぶつかるのも当然で。桜色の髪から漂う花の香り。

 あぁ、頬ずりしたい。横顔みてもバレ……ちゃうよね。ばっちり画面の向こうに私達の姿が映っているから。


「ほら、笑って」


「えっと、あはは」


 3、2、1で光るレンズ。上手く笑えたかどうかは自信がない。笑顔とか言われても正直出来ているのかすら疑問。

 でも隣で陽子さんが微笑んでいた。なら、出来ているのだろう。お姉さんが笑ってくれば私はそれで充分。


 いくつかフレームも変わり、その度に下ろされるシャッター。初めは手探り、けれど慣れてきた頃には一緒にポーズを要所に合わせて考えたり二人で共同しあえているこの時間は楽しいという感情で溢れていた。撮影の途中で首をかしげたくなるポーズはあったけど……そこまあ、目を逸らして。


「そろそろ、終わりかな?」


 ほんと、この人には敵わない。どれだけ私を幸せにさせたら気が済むんだ……と思った次の瞬間陽子さんはいきなり左手を私の腰に回して右手を顎に添えてきた。

 実に分からない……えっ、なに、これどういうこと?


「さあ、()()は私と可愛いお人形ちゃんが一緒に重なりあう一番の思い出を残しましょうね」


「勘弁してください」


「んっ」


「んん! んっ……ぁ……はあ、んんっ、んんん!?」


「んちゅ……んふっ……んうっ……んっ」


「ふっ……んむっ……はにゃ……ちゅぱ……んふっ」


 破廉恥。でも舌と舌がごろごろと重なりあうこの時から思考が驚くほどクリアで。

 

 シャッターが切れてもなお卑猥な行為は加速する。求められて求めて私と陽子さんの唇がどちらとも止まらず、ここでカーテンを開けられたら言い訳なんてしようのない行い。

 

 無我夢中とはこのことを指していて。現像終了の合図と共に惜しむように唇を離せばとろりと溶けていく唾液の橋が出来上がる。

 

「はあ、はあ」


「ふふっ」


 さっきまで口づけしていた唇が艶かしく光っている。しなやかで透き通った白い左手を使って口の周りに残った唾液を舐める陽子さん。

 耳も真っ赤で顔色も隠せていないかもしれない。だって、こんなにも私の心臓がドクンドクンと高鳴っているんだから。


 間違いなく言えることは陽子さんの顔を直視することなんてできない。いついかなる時も、今は。


 願わくば……この火照りを冷ます時間を私にください。

 なお、遥と陽子さんとは一切接点のない女子高生四人グループがゲームを一通り遊び終えたあとに思い出作りと称してプリクラに入り込もうとした際に慌てて走り去る姿をゲームセンターの店員が目撃していたとのことです。

 その際、全員の顔がゆでだこのように真っ赤だったという情報……一体何があったのかはご想像にお任せします()


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