もはや着せかえ人形と言っても過言ではない状況。陽子さんは……あー、ハマってる
陽子さんと接触するまで私はポストに投函されていた小説を参考に毎日読書感想文の作成に力を入れていた。
こういう時に帰宅部というのはかなりの旨味になっていることに気づく。
いつでも、どこでも縛られないから読んだり書いたりする時間が増えて仕方がない。
私は作者村田沙耶香題材コンビニ人間を片手にひたすら紙にA4サイズの原稿に思ったことを書いている。作業ペースとしては滞りなくといったところ。
クラスメイトの大半が何を読んでどう書いているのかは定かではないけれど少なくとも小説などの文字主流の媒体を読むのが昔から生理的に受けつけない浅倉はオリジナリティー溢れる小説を無難に仕上げてやると意気込み、部活に通う梨奈は長編の小説から感想文にしたためるということで各自書くものはバラバラといった感じだ。
浅倉さんの場合、創作の時点で教師に怒られると思うけど横槍は入れない。
彼女のやる気を削がさせてしまったらそれこそ申し訳が立たないから。余計な荒波は立てない。そう、あくまでも穏便に。
「また、その服装? この前と一緒じゃない、それ?」
「私服これしかないんですよ」
「女子力なさすぎでしょ」
「基本的に平日は学校通いで休日は家に閉じ籠るか買い出しに出掛けるくらいなので服とかそんなに気にすることでもないと思うのですが」
「可愛いお人形ちゃんは年頃の少女なんだからもう少しファッションというものを磨かないと! そのくらいの年ならなおさらよ!」
「と言われても、服とか選ぶセンスないですよ?」
「そこは人生数年先を行くベテランに背中を預けなさい! あなたは可愛いお人形ちゃんならぬ可愛い着せ替え人形として私の指示に従えばいいの! お分かり?」
「任せても大丈夫なんですか? 不安なんですけど」
「ご不満?」
「いえ、今日のことは全て陽子さんに委ねます」
「よろしい」
晴れ響き渡る日曜日。太陽眩しくて気が滅入るから少し雲に隠れて欲しいと願ってもそれ以上の熱さ。
火曜日から日曜日の数日間。正確に数えてみれば6日ぶりの再会を経て顔を合わした陽子さんは変わらず佇まいが美人で私をこうして直接口でからかってくるのももはや様式美となりつつあるこの頃。
今日のお出掛けは陽子さん主催の私服選びとその他諸々用事につきあわされそうな予感。
けれど不思議なことに足取りは軽いもので陽子さんとならどこまでも付き合えるような気がしていた。
終わる頃には私の方がバテてると思うけど。理由は? 聞かなくても分かるでしょう。
一応ヒントとして放課後終わったら家に真っ直ぐ安全に家まで帰ることを目標とした帰宅部というワードを差し上げます。
閃く人にひらめくでしょうし、閃かない人にはひらめかないでしょう。
「そういえば、来週末に読書の感想文のお披露目があるみたいだけど成果はどう?」
「順調ですよ。陽子さんのおかげでお披露目までには確実に間に合いそうです!」
「私の貸した小説、無事に読み終えたみたいね」
「本を読まない私ですら2日で終わりましたから。あれほどさっくり読めれるならどんな本が来ても大丈夫かもしれません」
コンビニ人間はコンビニバイト歴18年の女性小倉と婚活を目的とした新人バイトの男性白羽を軸にした題材通りコンビニが舞台の小説。
全ページ数161は比較的入門で読む側からしたら最適解なのだが内容自体はかなり癖のある代物で特に白羽の性格もゴミっているが小倉が中々の曲者。
まず序盤に死んだ鳥を焼き鳥にしてやろうという魂胆がサイコパス。
無闇な争いを好まない私からすればこんな危険思想到底生まれないだろう。
で、肝心の内容は短いながらも作者が伝えたい部分を要所要所的確に文に残して最後は読者に考察の余地を残しているといった感じで最終的にふと思ったことがこれは小説というよりエッセイなのでは? と個人的にはそういう意見に達したわけで。
まぁ、詳しくは直接この目で確かめてくれ! とどっかのテレビが言ってるであろうフレーズを残す感じで発表会に望めればと思っているのだ。
「物足りないならゴールデンスランバーでも貸し出してあげようか?」
「ゴールデンスランバー?」
「伊坂幸太郎を知らない? 書店に行ったら普通に目につく場所に置いてあるけれど」
「すいません。私書店とかで本を買う習慣がないので作者とか言われても」
「本屋さんに行くこともないなら知らないのも無理ないか。伊坂幸太郎って結構メジャーな作品が目白押しなんだけどねぇ」
「ちなみにページ数はどれくらいになるんですか?」
「ざっと600ページ以上はあったかしら。少なくとも1日で読み終えるにはかなり無謀かも」
「コンビニ人間の6倍……」
「気が向いたら貸してあげるからいつでも言ってね」
「多分当分はないかと思います」
会話に花咲かせ、またまた電車に乗って10分。日曜日の休日は多くの男友達と女友達はたまた主婦層や年配層が忙しなく行き交う駅の構内。
電車に降りてから、私の右手は陽子さんの左手に繋がれたまま目的地であるショッピングモールへと向かうことに。
優雅に歩く陽子さんの顔をこっそり覗く。綺麗な二重にくっきりと眉毛。
出るものは出て、引っ込むところは引っ込んでいる美しいボディーライン。
なんと私は場違いなのだろうか。首のラインが出ているV字の花柄に染められたブルー色のワンピースに上着のように着用しているニットとしっかり歩けるであろう白のスニーカー。
完璧な服装にちらりと見える首の鎖骨が妙に視界を奪う。くっきりと出ていてなんかエロい。
くっ……いけない、いけない。自重しろ、私。
「お仕事の方は順調ですか?」
「順調といえば順調だけど、毎日同じルーティーンで刺激が少ないから飽き飽きしているといったところかしら」
分かりやすくため息をつく。仕事に関していえば陽子さんにとってはあまり楽しいと思っていないらしい。
高校を卒業して、次に大学……に行くか分からないけどそれももし卒業できたら私も職に手をつけないと生活出来ない。
まだ明確なビジョンが見えないのが怖い。これからはっきりとした進路が見えてくるのだろうか? 果たして時間が過ぎ去れば解決するのか?
将来何をしたいのかが浮かばないからこそ不安だ。
「遥」
「ひゃっ!?」
肩と肩が触れあう。えっ、えっ、なになに!? 顔近づけないで! 思わず声が上ずってしまったけど変な目で見られてないよね?
「けど最近は可愛いお人形ちゃんとお喋りが出来て生き甲斐を感じているの。だから、あなたとは契約といえどこうして一緒に道を歩いてるこの瞬間がとても楽しい。いつも、わがままな私に振り回されても受け入れてくれてありがとう」
「陽子さん……」
「おっと、思いつめた顔をしていたからつい口が。ははっ、これで少しでも心の重荷が取れたらいいね」
「充分ですよ。今のであなたの言葉に救われましたから」
「救われたって……大袈裟だなぁ」
「大袈裟じゃありませんよ。なんなら感謝でいっぱいです」
「私はあなたの永遠の味方だから気にしないで。それより遥、ここに入らない? きっと似合う服がたくさんあるから。もう、お姉ちゃんがじゃんじゃん選んであげる」
「ほどほどにお願いします」
「任せて!」
駅の構内を出て直通のショッピングモール内。さすがの日曜日、通行人の量が尋常ではない中で陽子さんが足を止めた先は一番の目的となる小綺麗な洋服屋さんで少なくとも服のセンスがない私が足を踏み入れるような場所でもないと言える。
まだ手を繋がれたまま私達は店の中へと入る。陽子さんは着せかえ人形のコーディネートに頭を巡らせているのか時折鼻歌を歌って上機嫌。
照明に照らされた光沢感のあるピカピカの床の上に並ぶ洋服の数々とびっちりでもなく丁度よく置かれている商品のレイアウト。
キョロキョロするわけにもいかないので私は結果的に服を選んで悩んでいる陽子さんの反応を窺うことで精一杯。
あっ、通っていく店員さんに微笑まれた。私達って他人から見たらどういう光景に見られているだろう、これ。
「よし! これよりあなたを可愛いお人形ちゃんから可愛い着せかえ人形にしていくから覚悟しなさい」
「本当にやるんですか?」
「文句言わずにまず試着室でこれ着てちょうだい」
「ま、まさかこの服って全部」
「大丈夫よ。店員さんにはちゃんと許可は通ってあるから」
「い、いつの間に」
「ほら、つべこべ言わず早く着替えてきなさい!」
手をゆっくりと離され、背中を押された私はなすすべもなく試着室に閉じ込められる。
服は……あっ、カーテンからかご丸ごと出てきた。多分買い主が満足するまで出られないんだろうなぁ。私を着せかえ人形にするくらいだし。
納得するまで監禁された部屋の中で置かれた服をざっくりチェックします。
白やら黒やら桃色などのワンピース・ニット・ボーダーのカットソー・デニム・何らかの文字がプリントされたシャツ・ジーパン……これ全部着替え終わるの相当時間が掛かりそう。
センスの欠片もないと批評を食らった服とスカートとタイツも……脱ぐべき? 脱いだ方がいいか。衣類は全部床に落として自分の服は端っこに寄せておいてからチェックしておいた服を着替えて試着室のカーテンを開ける。
とりあえず考えずに着てみた。あとは陽子さんがお気に召せばいいんだけど。
「どうですか、これ? 似合ってます?」
「可愛い」
む?
「あの……」
「次の服も見せて」
「はい」
感想が可愛いって、どう反応したらいいんですか? 控えめで内気で大人しいだけの自分が可愛いと思ったことはないんですが。
というか、予想通りかごの中にある服に手を着けてみないと解放してくれなさそう。
まずは色々着てみて何回か反応を窺ってみよう!
「可愛い」
むむ?
「可愛い」
むむむ?
「可愛い」
むむむむ!?
「あの!」
「なに?」
「具体的な感想を言ってくれないと反応に困るのですが」
「うん、全部似合っている。どれ着ても最高に可愛い……って思いますよね店員さん?」
「素体がとても素晴らしいので、お客様の言う通りどちらの洋服も全部着こなせていますね」
「でしょ、でしょ?」
店員さんに同意を求めないで、あと陽子さんの発言に頷かないで。
いつから仲良くなったの? いつの間に意気投合しちゃっているの?
私の届かぬ叫びとは裏腹に目を輝かせる陽子さん。それに加えて裏からまたまた服を取り出して陽子さんと話し合う店員さん。
もはや、これまで…………ですね。多分延長戦かも。
「は~るか」
「まさか。これを着てみてとか言いませんよね?」
「あなたにはまだまだ着せたい服があるの。だから、飼い主である私が納得するまで下から上全部じっくり見てあげるし代金も全部出すから! お願い、この通り!!」
首を縦に振らなければ、陽子さんはいさかいなく狂うだろう。下手に暴れらても困るので私は仕方なく選ばれた服を余すことなく見せつける。
息切れの声と共に響くシャッター音。完全に買い主側がおかしくなりました……いつになったら解放されるのか不安です。
「あぁ、至福。遥、そのまましゃがんでポーズ!!」
解放されるのは当分あとになりそう。心の底から嬉しそうな表情を浮かべているから余計に言いづらいんだよね。
でもしれっとポーズを要求するのはやめてください。あと店員さんもいつまでも黙っていないで止めてあげてください。
「陽子さん、もうそろそろお開きにしませんか?」
「だーめ。私が納得するまでずっと付き合ってもらうから」
ひょえええ~、今日の陽子さんの目は本気の本気だ。うぅぅぅ、これいつになったら終われるのぉぉ!?