相談してみると即効で解決。やっぱり頼りになるからほんとすごい
説得に説得を重ねて考えを改め……させれたかは確証の余地がないけど、とりあえず物騒な考えは口にしなくなったのでひとまずは様子を見ておくということにしておきました。
夕日は沈んですっかり月が出没する時間帯に夜に浮かぶ月は三日月。
ちょっと眺めてからリビングのカーテンを閉めて二階の分もカーテンを全部閉めておく自室で明日の準備を済ませてついでに掃除機を掛けてからリビングの方へ行くといい匂いが漂ってきました。
扉を開ければ脂のつまった素晴らしい肉の香ばしい香りと幾つか仕上がっている料理が並んであってエプロン姿になっている陽子さんは実に手際よく調理をこなしているようだ。
普段から料理をされているのかな? 私もあそこまで早い動きをが出来ないから陽子さんの腕前が実に羨ましい。
「どこふらついていたの?」
「すいません。ちょっと自分の部屋で準備とか軽く掃除をしていました」
「全く、飼い主とはいえ家に上がった時から警戒心ないみたいだけど……もし襲われたらどうするつもりなのよ?」
「陽子さんに限ってそれはありませんよ」
「根拠は?」
「私に嫌なことはしないって言いましたよね? もう、お忘れですか?」
「はいはい、言った。言いましたよ」
最後の料理が出来たのかガスコンロの火を止めて、てきぱきとフライパンに乗っかった食材をお皿に盛り付けた。
さしずめ最初から最後まで陽子さんには料理を任せてしまったという罪悪感がある。
せめて、まだ流し台に残っている食器を洗い流してから料理に手をつけることにしよう。
「遥? それは私が片付けておくから」
「こういうのは二人で手際よく分担しないと駄目ですよ」
「可愛いお人形ちゃんの為に作ってるんだから、あなたはそこのテーブルの上に置かれた出来立ての料理でも食べていなさい」
「陽子さんに感謝はしているんです……一人暮らしで出来損ないの私にここまでしてくれたことに。だから、これはそのお礼ということで納得してもらえないでしょうか?」
野菜炒めとか鮭のムニエルとか手頃にさっさと調理できるものにしか作れないから、手の込んだ料理を無駄のない動きで仕上げる陽子さんにはせめて何か手伝たい。
これだけは嫌って言われてもやらせてもらいます是が非でも。
「はぁ~、無理しんどすぎる」
「へ?」
料理を立て続けにしていたから急に体調でも崩れたのだろうか。
けど、そのわりにはふらついている様子もないから至って正常のようにも見える。
代わりに変だなと思うのは私と視線が合わないくらいで。
「そこまで言うからには残りの食器全部洗ってもらうから」
「はい、任せてください!」
「私は……乾いた食器拭くから」
もどかしい雰囲気になりつつも、私と陽子さんは決まった役割に従いきちんと仕事をやり遂げる。
時々拭き終わった陽子さんが食器の戻し位置に戸惑っている様子もあったのでそれについては指を指しながら指示を出していって落ち着いた頃にはリビングのソファーとは反対にあるテーブルでお互い向かい合わせになっていただきますと一言交わしてから沢山の料理にありつく。
料理はいわゆる中華料理を主体にしたもので湯気が消えてほんの少し緩い卵スープと歯応え抜群の青椒肉絲と辛さ控えめの麻婆豆腐にほんのり暖かいご飯という贅沢なレパートリー。
「味薄いとか濃すぎるものはあった?」
「どれも全部美味しいですよ。こんなにも手の込んだ料理を食べれたのは今年初めてかもしれません」
「ほ、誉めすぎよ。別にこれくらい普通に出来るってば」
「いえいえ、そんなことはありません。これは私にとって盛大なご馳走ですから!」
「普段ちゃんと料理作ってるの?」
「まあ、それなりにはやってますけど陽子さんと比べたら女子力は低いかもしれませんね」
「私はどっちかというと男勝りな方だから女子力は遥が思うほど高くはないと思うのだけれど」
「陽子さんはいつ見ても華があるし、気品も整っていて声も上質。これで女子力が低い筈がありません!!」
「妙に熱く語るわね……まあ、可愛いお人形ちゃんがそこまで言うのなら女子力は低くないってことにしておきましょう」
こんな感じで陽子さんとは和気あいあいとした雰囲気で終始夕食の時間を満喫していた。
気兼ねなく仕事の話を聞いたり、はたまた私の学校生活について嫌な顔を全く浮かべない陽子さんがありがたいアドバイスをしてされたりと今日という日が特別なものになりつつあった。
人生悪いことばかりだなと退屈しのぎとほんの一瞬の達成感を味わいたいが為の万引き行為がこれほど愚かしく思うとは。
陽子さんとは血の繋がってない赤の他人だけれど、もし運命の巡り合わせで私達が姉妹ならすごく仲良くなれていたんだろうな。
だって、陽子さんと一緒に居るだけでこんなにも気持ちが満たされていくんだもん。
あの人も同じように思ってくれたらいいけど……飼い主とお人形ちゃんという立場上これ以上踏み出してはいけない。
仮にも飼い主が満足するまでの契約。ここで、陽子さんが満足したら私達の関係は終わる。
だからこそ今という時間を大切にしないと。
「そういえば……遥、何か私に相談があるとか言ってなかった?」
「あっ、しまった! 危うく忘れてしまうところでした」
「相談する本人がド忘れとはうっかり屋さんにもほどがあるじゃない。あははははっ!」
腹抱えて笑う陽子さん。人間誰だって夢中になってたら話す内容の一つや二つくらい忘れると思わない?
小腹をチョップでつついてやりたいけど理性で抑え込む。あくまでも買い主の機嫌はそのままに。
無闇に反応を示して、嫌な方に向かったらそれこそ立つ瀬がないじゃないか。
「あの……実は来週末に読書感想文のお披露目がありまして。普段本を読んでいないので一体どの本から手を付ければいいのか迷っているんですよ」
「どれを読むとか具体的には?」
「まだ、これからって感じでどの本を読むかは決めかねています」
「本を日常的に読んだりとかは?」
「あ、ありません」
「……本を読まないとなると文字が多ければ多いほど逆に難しそうね。遥の場合、無理のない量で感想文を埋めてしまう方が効率が良さそうだけど」
「うぅぅぅ、やっぱり適当にネットから一部パクって調整するしかないのでしょうか? そしたら早く終わりますし」
「文を盗むのは一歩間違ったら犯罪よ? まぁ、バレなきゃいいやスタンスでやったらあとで教師に見つかったとき手痛い報復が待っていると思うけどそれでもいいならお姉ちゃんと一緒にやってみる?」
素直に頭を下げたら本気で一緒にやってくれるのだろうか? 条件付きとはいえ万引きを見逃してもらっている以上下手に犯罪を積み重ねてしまうと陽子さんにまたしても弱みを握られる可能性がある。
とすれば、ネットで文章を拾うことは許されない。自分からあんな犯罪すれすれのやり方を口に出しておいてあれだけど……やはり感想文の作成は正々堂々と立ち向かうべきだろう。
だから、断ろう。これは陽子さんにとっても私にとってもベストな選択にはならないから。
「いいえ、今回は実力行使で仕上げようと思います。もう過ちは繰り返させません」
実際中学の時、頼れる人がいないので読書感想文の際はネットの力を借りて何回か攻略しているときがあった。
でも、それもさようなら。今回は本気で取り組んでいこう。
「その言い方……前に何回かやった?」
「は、はい。片手で数えられるくらいには」
「バレずに済んでよかったね」
「今にして思えば、あれは相当ヤバかったと思います」
「けど、今回からは実力で取り組むんでしょ? お姉ちゃんは感激しました。えらいえらい」
「あぅ」
椅子から立ち上がり、さりげなく隣に立ってから櫛のように優しく繊細に撫でる陽子さんの手つきがなんと居心地のよいことか。
気持ちよすぎて身体中が熱くなる。あぁ、もう部屋中そんなに熱くないのに一体どうして?
「さ、皿洗ってきます!! ごちそうさまでした!!」
「ふふっ、分かりやすく照れちゃって」
「照れてません!」
「顔赤いけど?」
これ以上陽子さんの手の上で転がされたくはないので無言で食べ終えた皿を集めて流し台に持っていく。
往復で取りに行こうとしたら陽子さんが皿を持ってきてくれたので素直に受け取ることにした。
「ごめんって。そんなからかったくらいで拗ねないでよ」
「拗ねてませんから」
無心で皿を洗う。スポンジに泡を塗りたくって皿を泡で広げる。
隣に陽子さんがタオルを持ちながら立っているという状況。さっきの不意打ちで私の頭の中は若干ピンク色になりつつあった。
あ、あの手つきほんとにくせになりそうで怖い。何回かされたら薬物みたいに自然と求めてしまいそうだ。
「は~るか」
「……なんですか?」
「誘い、受けてくれてありがとう」
「それは……こっちの台詞ですよ。今日は陽子さんが一緒にいてくれて楽しかったです。一人で家にいるよりもこうして二人でいる方が何十倍も充実していますから」
あれ? 陽子さんから反応が返ってこない? まあ、いいや。そっちの方が皿洗いに集中できるし数も減らせるから実に効率的といえよう。
泡ブクブクの皿を水で洗い流し終わったものを食器置き場へ綺麗に並べる。
陽子さんはしばらく手を動かした。口は一切動いていないが、比較的至近距離に立っているからこそ私には分かる。
顔こそ真っ赤にはしていないけど、耳たぶが恐ろしく誰から見ても分かってしまうほどの赤み。
茹でたタコにみたいに真っ赤か。陽子さんも実は優雅に振る舞っておきながら意外と照れ屋さんだったりするのか心のなかで思ってみたり。
皿洗いが程ほどに終わってから私達はそこでお開きになった。読書感想文の参考になるであろう本は玄関前で帰り際に私が登校している最中、仕事がないときに玄関側のポストにそっと投函してくれようだ。
なにもそこまでしなくていいのにとは思いながらも陽子さんの気遣いに感謝の気持ちを伝える。
見送るときは玄関のサンダルを履いて、外で見送った。なんだか名残惜しいので背中が消えるまで私はそこにずっと立っていたような気がする。
「陽子さん……これからも頼りにしていいですか?」
本人がいない前で自然と口から溢れる。何故そういう発言がポロっと出てしまうのかは分からなかった。