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今日からお人形ちゃんになりました。よろしくお願いします。

「ねぇ、どうして盗みを働いたの?」


「……」


「あーあ、学生服で窃盗なんてこのご時世でえらいことしちゃったねぇ」


「……」


「ふふっ、そろそろ観念して話したら? いつまでも黙ってたらあなたずっとこのままよ? いいの?」


「……」


「黙秘しようがどうしようが証拠は出ている。監視カメラに写っていないからとはいえ調子に乗りすぎたね」


 私の名前は旭川遥(あさひがわはるか)。私立海原女子高校1年A組にして血液型はB。

 特にこれといった夢もなく、ただただ幸せの見えない毎日に嫌気が差して今日もまた達成感を手に入れるために違法ということは承知の上で手を出した。


 成功するたびに身体が沸き上がる胸の高鳴り。一回果たすたびに幸福に溢れまくっていた私は初めに手を出した頃と比べて回数を増やしその都度幸福とやらを求めるために際限なく手を出す。


「洗いざらい吐いちゃいなさいよ、旭川遥さん」


 生まれた頃から一度も毛染めをしたことのない黒色のショートカット。

 変化しない日常をつまらなく俯瞰的に見ているやや冷めた表情の眼差しを宿す私から見れば正反対の店員さんはこの状況を幸いとばかりに目を輝かせていた。


「えっと、その、先輩に脅されて、やらされただけなんです……信じてください」


 肩より少し伸びている桜色のミディアム。上質な髪と透き通っているであろう白く繊細な肌。

 とても綺麗なお姉さん……何度か顔を合わせても私からの印象は揺るぎなく変わらない。


「信じてください……か。あなたの発言って嘘っぽく聞こえてくるんだけど」


「本当のことなんです!」


「だとしても、それ私に言う必要ないよね? 言い訳したいならお巡りさんの方に言うべきじゃない?」


「うっ」


「泣いても、睨まれても、同情を誘っても無駄。今日、旭川遥は夜の時間帯にドラッグストアで万引きを犯した。これは誰が聞いても逃れようのない立派な犯罪なの……そうよね? 私の言ってることは間違っているのかしら?」


 決して起こっている表情を浮かべない。ただ淡々と事実だけ冷たく語るお姉さんとの時間は恐怖に呑み込まれていた。

 部屋の中は私とお姉さん。入室した瞬間にガチャりと施錠されたロッカー部屋もとい女子更衣室。


 入るときにチラッと表札を確認しているから恐らく間違えていない。でも、窃盗案件でこの部屋に案内されるのもちょっと疑問だ。


 本来なら事務室に通されると思ったんだけど。犯罪者の私にそんな疑問を口にする権利なんてあるのだろうか。

 

「いいえ。ま、まま間違っていません」


「犯罪を犯したという自覚は?」


「あ、あります」


「よろしい。じゃああなたには好きな方を選ばせてあげる」


 窓のない女子更衣室の端に置かれたテーブル。反対側に座っていたお姉さんはゆっくりとおもむろに立ち上がり、背後に回る。 

 まるで事情聴取のような光景でそれはどこか刑事ドラマでみたことのあるワンシーンのようで。


 緊張が走る。汗は出ているのだろうか? 多分今の私は完全に退路を断たれて怯えきっているかも。

 この期に及んで脱走は現実的ではないので却下。お姉さんをもう一度説得……無理無理! 今はもうお姉さんのペースに乗せられている。

 だったら最後の希望のかなめである選択肢にすがり付くしかない。そう思っていたのに。


「一番、警察。二番、学校。三番、家族。四番、友人……さぁ、こっからお好きな方を選んで頂戴。4月から6月に掛けて週2回ペースで店の商品を鞄の中に入れちゃう犯罪者さん♪」


 逃げ道を与えない。なんて、恐ろしい。こんなのどれ選んでも社会的に私の存在が抹消される。

 見た目に反して突きつける罰に優しさの欠片などもなく、むしろ犯罪者として生涯に傷を負えと?


 頭の中ぐちゃぐちゃ。焦りが募るだけ募ってまともに考える思考が放棄される。


「ほらほら、早く選んでよ? 黙っていても時間は過ぎないよ~」


 しかも私はこのお姉さんに何度か盗みを働いているところをしっかり観察されてしまっていた。

 いつも滞りなく上手くいっていたあれはわざと見逃されていたの? あぁ、なんて愚か。

 この瞬間が来るまでずっと泳がされていたのだとしたら、私は相当な間抜けさんだったんだ。


「まだ選べないのなら私が代わりに選んであげようか? 後腐れないように」


「待って! も、ももも少しだけ猶予を!」


「はい、タイムオーバー」


 身分提示の為に置かれた生徒手帳とスマホと盗んだリップのうちのスマホをサッとお姉さんは迷いなく取り上げる。

 一気に血の気が冷める。終わりだ、何もかも……こんな終わり方を向かえるくらいならビルから飛び降りて転落死を向かえた方が幾分マシだ。


「や、やめて」


「ん? なにか言った?」


「お、お願い。私に出来ることならどんなこともする……だから連絡だけは」


「へぇ~」


 私よりも年上だけど年齢を感じさせないほどに端正な顔立ちをしているお姉さんと目が合う。

 求めていたのかそれとも待っていたのかお姉さんの表情は微かに歪む。

 怖い……もしかしたら、この発言って間違っていたのでは? 


「うっ、やっぱりどんなこともはなしで」


「言質は取った。今更駄目なんて言わせないよ?」


 シャツの上に羽織ったエプロンのポケットから取り出されたのは小型機械。いわゆるボイスレコーダーっていうものだと思う。

 あまりの用意周到さに開いた口が塞がらない。私ってお姉さんの罠に嵌められていたんだ。


 言い返す反論がない。お姉さんはまた不敵に笑い、今度は私の顔に近づく。抵抗しようと抵抗できる。

 しかし、そうはならないのはひとえに恐怖が掛かっているから。


「ひゃう!?」


「あら、いい反応ね。お姉さん、燃えちゃいそう♪」


「いやぁ……はぁ……んんぁ」


「うふふっ、ぞくぞくしてきたでしょ? いいよ、もっと可愛い声を聞かせて。れろ……じゅるぅぅ」


 舌を上下に激しく入れられる耳たぶ。じゅるじゅるとイヤらしい音を上げ、部屋の中の更衣室は瞬く間に私の喘ぎ声が嫌になく広がる。

 あぁ、自分ってこんなにイヤらしい声が出るんだ。普段は物静かな方だから意外だったなぁ。


 もしかしたら私は変態……そんなわけないよね。でも、心の声とは裏腹に身体の反応は虚勢を張れない。

 多分、否定とは反対に求めている。さっきから火照りが止まらなくてどうしようもなくうずいて。


「あぁぁぁ! や、やめっ!」


「そういえばあなた……ファーストキスは済ませたかしら?」


「ふぇ?」


 ファーストキスってもしかしなくてもあの? いきなり言われて固まる私。

 エプロンを着けたお姉さんの追撃はなおも止まらない。それどころか舌を器用にこなして私の心をぐちゃぐちゃにする。

 思考がくるくる回って正常な判断が……はぁはぁ。


「はい、またタイムオーバー♪ じゃあ、私のファーストキスありがたく受け取りなさい!!」


「んん!? ふみぁ……あっ、んんっ、んんんんッ!!」


「じゅる……はむっ……ちゅっ、ちゅるっ、れろ」


 時間の流れが読めない。どれだけ口の中で私を弄ばせば済むのだろう。

 好き放題に遠慮なく全力で舌を絡ませ、ぴちゃぴちゃと卑猥な音を奏でる女子更衣室。


 満足いくまで心行くまで堪能したのは随分と時が流れてから。お姉さんが自発的に離れたと同時に直線にされどだらしなくぶら下がる透明なアーチ。

 

 他人の唾液が交ざりあったらこんな芸当も出来るのかとファーストキスを強引に奪われたにも関わらず嘆いていない。

 それもそう……お姉さんから貪られたキスは私にとって凄く情熱的だったから。


「ま、まだキスもしたことなかったのに」


「家族と小さいときにやらなかったの?」


「それは……カウントに含まれません」


「なるほど、言われてみればそうかもしれないね」


 口の口をたっぷり吸い付くされた私に肉体的にも精神的にも抵抗の力が出ない。

 だからこそ、スマホのシャッター音も気づかないままで。


「ほぇ?」


「ねぇねぇ……私、いいこと思いついちゃった!」


 表情があまり柔らかくなかった私からすればお姉さんが見せびらかしたスマホの画像はあまりにも衝撃的であり脳裏に強くこびりつく。


 どうして、私はこんなにも幸せそうな表情を浮かべているの?


「選択肢一番から四番をそのままにして更に五番目を加えてあげる。内容はどこにも連絡はせず、私が心置きなく満足するまで可愛いお人形ちゃんとして傍にいること……なんていうのはどうかしら?」


 そろそろ回り始めた頭の中で新たに加えられた選択肢と共にお姉さんが投げ掛けた提案について思考する……フリをしていても私の答えは見つかっている気がした。


「可愛いかはどうかは別にして、出来ればお人形の方でお願いしたいです」


「……決まりね」


 じゃないとどのみち追い詰められるだけだ。最後の五番目の提案なら社会的に滅びることはない。

 

「あなたは今日から可愛いお人形ちゃんになった。どんな時も私の傍に居ること……もし、おかしな真似をすればこの画像をネットに売りつけるから」


 見事なまでの爆弾を抱えてしまった。人形なんてどう転んでも危険な臭いが充満している。

 契約が成立してからは早いもので私はお姉さんに半ば強制的にスマホの連絡ツールにあるライン交換を命じられ、電話番号も当然加えられた。

 

「さて、積もる話もまだあるのだけれど……今日はここら辺で解放してあげる。ちゃっちゃっと店の中に入らないとさすがに怪しまれちゃうからねぇ。休憩時間過ぎたら何言われるか分かったものではないし。それに店内は男性だけとはいえ安心出来ないから用心には用心を重ねないと」


 堂々と未成年に手を出したくせに部屋を出る時にうろちょろと首を左右に振るお姉さん。

 そういう体裁は気にするんだ……しかし、当然ながら人形として扱われている私は口には出さない。


「もしも誰かに見られたり出くわしたら……ドラッグストアのアルバイトの面接という設定で通すからそのつもりでいること。とにかく、なにがあっても迂闊なボロは出さないで、いい?」


「善処します」


 機嫌を損ねて、あんな画像をばらまかれたら。うぅ、生きていけないよぉ。


「ほら、付いてきなさい。出口まで送ってあげるから」


「ありがとうございます……お姉さん」


「お姉さん? 私、あなたのお姉さんになった覚えはないのだけれど」


「えっと、その、まだ、名前聞いていなかったので」


春野陽子はるのようこよ。これからは飼い主として私を永遠に(あが)めることね」

 

 顔を近づけた時もそうだったけど、お姉さんは花のようないい香りが広がる……あれ、違うかも。

 普段私の方が何も匂わないのに、今日に限って余計に匂うのは。

 ダメダメ、考えちゃったらまたあの光景が鮮明に蘇っちゃう。静まれ私の理性。


「……努力します」


「呼び方は陽子でも構わない。難しいようなら、まあお姉ちゃんくらいで妥協してあげる」


「じゃあ春野さーー」


「却下。次、その名前で呼んだら許さないから」


「は、はい」


 明かりの少ない従業員専用の廊下。入る前から微かに聞こえる店内BGMが耳に残りつつも私は店の外に出された。

 

 空は最初店内に入った時と変わらず色は暗く、月は雲に隠れ外は人の気配が極端に少ないのか静寂と呼ぶに相応しい程の空間が立ち込める。


 ぼうっとしている私、肩をちょんちょんと叩かれたので素直に反応してみる。

 手のひらにコンパクトな傘を乗せられた……ん? 今日は別に雨なんて降らないはずでは?


「持っていきなさい」


「えっ、いりませんよ!」


「この時間帯になったら突発的な雨が降るってニュースで聞いているから家に入るまで肌身離さず持ってなさい。返すのは落ち着いてからでいいから」


「でも、それだとお姉……陽子さんが濡れて帰ることになりませんか?」


「心配無用。こっちはこっちで何とかするからさっさと家に帰って」


 お姉さん改め陽子さんの表情がみるみると険しくなりつつある。

 もう、ありがたく受け取って置いた方が良いのかも。これ以上機嫌を損ねてしまうのは得策ではない。


 なにせ私はお人形ちゃん扱いされる代わりとして罰を逃れたのだ。

 下手に怒りを買うことは人生の破滅をもたらしかねない……ということを重々承知した上で生活を送る他ない。


「分かりました。今日はこれで失礼します」


「えぇ、道中気をつけて。また会いましょう……遥」


 盗人の罰を逃れながらも薬局店員の陽子さんと結んだ買い主とお人形ちゃんの危険な臭いが漂う関係。

 やり取りの一部始終を頭の中で思い出すだけで火が吹きそうなので終始無になって街灯に照らされたコンクリートの道を淡々と進む。


 家まで徒歩10分。歩き始めてまだ2分ぐらい……あれ? 頭の上に水滴が落ちてきた?


「うわっ!?」


 直後風は弱いといえど雨は突然にして雲の隙間から落ち始める。

 通り雨……なのかな? まぁ、いずれにしても折り畳み傘が手元にあるのは不幸中の幸いかもしれない。


「これ、家に到着するまで止むのかな?」


 桜のマークがついたお洒落な折り畳み傘を開くと同時にふと思う。


 陽子さんって根は優しいのかもしれない。私と目線を合わすとき、あの人の目には暖かみがあったから。


 勿論気のせいっていう可能性も捨てきれないけど。

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