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フナキからの手紙、ふねのうたごえ

「ラオシ先生


お久しぶりです。設計士学校では大変お世話になりました。先生と共に日々を過ごしたお陰で、先生に初めて出会ったあの時よりも、今は景色が遠く広く、鮮やかに観えます。しかし、観え過ぎるが故に困っていることがあります。


先日、うちの村の村長が訪ねてきました。俺に船を作って欲しいそうです。もしも釣り船くらいの船だったなら、すぐに承諾しました。しかし、違いました。村長は、俺に、客船を頼んできました。先生の作ったクジラぶねが、寿命を迎えるのだそうです。


船づくりの島として知られてきただけに、次に就航させる船はなんとしても島で作りたいのだそうです。そして村長は俺に白羽の矢を立てました。


客船の図面を描かせてもらえる機会の貴重さ、楽しさ、愉快さは、脳にも身にも刻まれてしまっています。この身に許されるのであれば、描きたい。村のためにこの腕を振るえるのなら、こんなに光栄な事はありません。


しかし、俺の描いた船は完璧ではありませんでした。先生の描いたクジラぶねは、完璧でした。とても美しいと思った。


俺はあの時打ち砕かれました。自分が思い込んでいたほど、船は完璧ではなかった。俺みたいな奴に、クジラぶねが譲る居場所へ収まる船なんて、作れません。『船は作者の思考から生まれる。』先生は教えてくれました。船づくりを追求するなら、まず自身の思考の次元を高めなければならない。


俺の内側にある次元は、クジラぶねを越えられませんでした。客船マンタが沈んだ時、俺は今の限界の端を垣間見ました。


先生はクジラぶねのあと、御自身の次元を超えました。きっと超えるための行動を取ったからなのでしょう。


俺も先生と同じように、次元を超えるための行動を取れば、きっとあの時見た限界の端の向こう側にたどり着けるのかもしれません。具体的に何をすればいいか分からなくても、手段そのものはこの世に既に存在しています。あとはその手段に手を伸ばして、『わからない』を『わかる』に変えればいいだけです。『わかる』ことができたなら、あとはその通りに動けばいいだけです。


しかし、俺にはそれができません。いや、物理的には可能なのですが、もう俺の中に精神エネルギーが無いのです。なけなしのエネルギーを注いで楽しいことをして、そこからエネルギーの利息を稼ぐという方法もあるでしょう。ですが、完璧を生み出せないと分かった以上、行動の先にエネルギーの存在が確認できません。回収の見込みないところにエネルギーを注ぐのは、不合理です。


『頼まれたのだから』と、村長の意思を言い訳に己の義務感を駆動するという受け身くさったやり方もあるでしょう。それなら心も軽く成りましょう。


ですがこの方法を採用した場合、受け身でありつつも自分の中に『自ら成したい』という思考が燻ってしまうのも容易に想像が付きます。そんな意思が揺らぐ中で線を描いても、妥協にまみれた製品が生まれてしまうだけです。


もはや、やりたくてやっているのか、やらされてやっているのか、自分にはもう分かりません。


非常に厄介で解決困難な、とても面倒くさい課題が降ってきてしまいました。自分の人生の責任を負うのは自分です。自ら考え、自らがその課題への回答を選び取らなければならないのは百も承知です。助言をそのまま鵜呑みにするつもりはありません。


しかし、どうしても思考の手掛かり、足掛かりが欲しいのです。


先生だったら、どうしますか。


先生の洗練された知恵を、貸してください。


フナキ」






-----






「フナキ君へ


手紙、読ませて貰いました。


なんだかアクセルとブレーキを一緒に全力で踏んじゃってるみたいだね。今決断した所で、進むのも戻るのもしんどいんじゃない?


ちょっと近所の森にでもでかけて、散歩でもしてみなよ。頭の中に溜まったモヤモヤ、スッキリするかもよ?まずはニュートラルになってみようよ。選ぶのはそれからでも遅くないよ。




ラオシ先生より



(自分で先生って言うとやっぱ恥ずかしいね。でも先生っぽいこと、一つ言っておこうかな。。。


「完璧って、成ることはできないけど、限りなく目指すことはできるよ。最善をかき集めて、掛け算してみよう!」


ドヤ! ^_^)」  」





-----



「うむ、これでヨシ!」


ラオシは机の上にペンを降ろした。


「ちょっとあっさり過ぎません......?」


机を横から覗き込んでいたヤツが呟いた。


「そう?私の思った通りのことを書いただけだよ。」


「本人は相当思い詰めてるんでしょうに。大丈夫なんすか?」


「大丈夫、大丈夫!決断するのは自分って解ってるみたいだしね。」


「そんなもんすかね。」


ヤツは机の前に置かれた来客用のソファに座った。


ラオシは椅子の背もたれに寄りかかり、頭の上で手を組んだ。上の方を眺めると、部屋の壁にクジラぶねを描いた絵画が飾ってあった。


「それにしても、あの船も引退か〜。早いな〜。」


「あの『渡航船クジラ』って船、先生が若い頃に作ったっていうやつですよね。フナキが事あるごとに話してましたよ。フナキんとこの島の人たちにたいそう大事にされてたみたいですね。」


「そうだね〜。結構気に入ってくれてたみたいでね〜。ただね、みんなに褒められるたびにちょっとモヤモヤしてたんだよね〜。」


「そうなんすか?いい船じゃないですか。前に設計図見せてもらったとき、見た目も機能も構造もみんな整ってましたし、傑作だと思いますよ?」


「出来上がったときは私もそう思ったよ?でもね、あれでも私の理想を叶えたとは言えなかったんだよ。私はあれで世界航海をするつもりだったんだから。」


「えっ」


「信じらんないでしょ?今でこそあれじゃ無理だってわかるけど、あの時はあれが最先端だったんだから。」


「いや......、気持ちはわかります。初めて見た時は、本当にどんな海でも超えられそうな船だなと思いましたもん。設計図見せてもらってるから、あくまで「渡航船」だなって思いますけど」


「ゆってくれるねー!まあ、それでこそわが教え子だけどね!あの時はホントガッカリしたよー。ここまでしても世界を渡れないのかってね。それこそ「打ち砕かれました」だよ。でも、お陰で本物の「世界航海船」が作れたし、結果オーライだよね。」



ラオシは手紙を封筒に入れて封をした。



「そういえば、なんで『クジラぶね』をあの島に預けたんですか?」


「ん? それはね、あの島が『渡航船クジラ』の故郷だからだよ。」


「故郷?」


「そう。さっきヤツ君は『構造が整ってる』って言ってたけど、あの骨格はフナキ君の島で昔から作られてる釣り船の作りを参考にしたものなんだよ。さすが、島の長年の歴史が詰まった構造だよね。『渡航船クジラ』にはあの島のDNAが入っているんだ。だから話が来た時は嬉しかったよ〜。預けるというよりふるさとに帰す感じだったね。」


ヤツも壁に掛かった「クジラぶね」の絵を見た。


「なるほどな。通りであの島の人たちに大事にされるわけだ。」


「フナキ君も、あの島の人だ。きっと立派な船を作れるさ。」


「しかしあいつは誰よりも優れた発想で船を作る力を持っているのに、事故の後は自分自身を誰よりも『この世に居ちゃいけない奴』だと思ってる様子でしたよ。」


「苦しいところだね。でも、選ぶのはフナキ君だ。私は、選ぶ時の心を軽くしてあげられればそれでいい。」



ラオシは椅子から立ち上がり、部屋の出口へ向かう。



「さて、郵便ポストまで散歩でもしようか」



-----


一隻の連絡船が島に到着した。ある島と本土を結ぶ役目を担い始めてから、およそ1年の月日が経とうとしていた。



『本日も、「連絡船イルカ」にご乗船いただきまして、誠にありがとうございました。当船は……(とう)に到着しました。長時間の船旅、お疲れさまでした。船内にお忘れ物などございませんようお願いいたします……』



乗客たちが出口に向かい始めるころ、一人の男が椅子の上で伸びをしていた。



「ん。着いたか。さてと」


男は隣に座る妻の肩をトントンと叩く。


「ほら、着いたよ。」


「ん……」


男の妻は両腕を上にあげて伸びをすると、膝の上で抱えていた娘を降ろす。妻は娘の手を繋いだ。男は、妻、娘と共に出口へと向かった。



船着き場の周辺は、本土からの団体客で賑わっていた。ツアーガイドらしき女性が小さな旗を片手に観光客の列を商店街に向かって導いていた。



「はー。帰ってきたぁ。ねえ、ちょっと小腹空かない?いつものあそこ寄って行こうよ。」


妻が商店街の方を指さす。


「いつものって、骨肉マークの?」


「そう、それ。」


「いいね。行こうか。」


妻は娘の目線の高さまでしゃがむと、ゆっくりと話しかける。


「・・・ちゃん、ちょっと遠いけど、歩ける?」


娘は母が指さしていた方角をただ黙って見つめていた。


「みんなでコロッケ食べようよ。どう?」


コロッケという単語を聞くと、娘は母の顔を見て嬉しそうに微笑み、頷いた。



3人の親子は、娘の歩幅に合わせて商店街をゆっくりと歩く。すれ違う観光客の多くが、片手にコロッケを持っている。およそ7分ほど歩き、目当ての店にやって来た。男が幼い頃から営業していた、そこそこ老舗の肉屋だ。


観光客に混じって列に並び、妻はコロッケを2つ注文した。


親子は商店街の通りに点在するベンチに向かい、3人並んで座る。


妻はコロッケを半分に割り、包み紙で挟んである方を娘に渡す。


「はい、どうぞ。」


娘は両手で包むようにコロッケを掴み、嬉しそうに頬張った。娘が食べ始めたのを確認すると、母も自分の片手にあるコロッケをかじる。


「んー!美味しい!島に帰ってきたらやっぱりこれだよね。」


母と娘は同じように目を細めながら、嬉しそうにコロッケを食べる。その様子をコロッケ片手に横から見ていた父親がつぶやく。


「…2人とも似てるな。」


「何言ってんの?そりゃあ親子だもん。ねー!」


妻は同意を求めるように娘の顔を覗き込む。


「んふふ!」


娘はコロッケを頬張ったまま笑った。



3人はコロッケを食べ終えると商店街を散策しながら歩き、家路に着いた。途中で夕飯の買い物も済ませた。




「ただいまー!」


玄関の扉を開けると、娘が家の中に向かって声をかける。


「おかえりー♪」


娘の言葉に、母が応える。


「ははは。一緒に帰ってきたんだけどな。」


父親は2人のやりとりに思わず笑ってしまう。


「いいじゃない。『ただいま』って聴こえたら、誰かが『おかえり』って言ってあげないと。」


「まあ、そうだな。」


娘は玄関の段差に腰掛け靴を脱ぐと、洗面所の方に走り出した。


「ちょっと待って!」


母は慌てて靴を脱ぎ、後を追った。


「…元気が良いな。」


父親は落ち着いて靴を脱ぎ、家の中へ入っていった。



娘、母、父の順に手を洗い終えると、皆でダイニングへと向かう。夫と妻は棚の上に置かれた写真立ての方に話しかける。


「「ただいま、おばあちゃん。」」




夫は冷蔵庫から麦茶を取り出した。妻は食器棚からコップを3つ取り出す。


テーブルの上に麦茶の入ったコップが3つ並ぶ。娘は麦茶が冷たすぎるのか、コップを両手で持ってちびちびと飲んでいる。


妻は麦茶を一口飲むと、軽くため息をついた。


「はー。この家にはもうナギさんもいないのかー。ちょっと寂しいなぁ」


「そうだな。まあ、また「イルカ(・・・)」に乗ればいつでも会いに行けるけどな。」


「『今度ヤツさん連れて遊びに来まーす!』って言ってたよ」


「あいつが来ると騒がしいんだよなぁ…」


「えー、賑やかでいいじゃない。あ、そうだ、今度みんなでおばちゃんのお墓参り行くんだった。ヤツ君も案内しなきゃ。」


「まさかあいつが親戚になるなんてな…。」


「『義兄(にい)さん!』」


「モノマネやめい!あいつも面白がってるんだから…」


「あはははは!」


妻は一人で爆笑していた。


「はははは……はーあ。ほんとに、みんなで「イルカ(・・・)さん」作ってよかったね。またしばらく安心して、本土の人たちとつながれるね。」


「…ああ、そうかもな。」




-----





翌日の早朝、男は自宅から少し歩いたところにある海沿いの松林へ向かった。片手にビーチワゴンを引き、その上には大きな段ボール箱が乗っていた。林を抜けると、海岸沿いの浜辺の小さな崖のような場所にたどり着く。崖の壁面は深くえぐれていて、浅い洞窟のようになっていた。男はビーチワゴンの上の箱を重そうに持ち上げ、洞窟の奥にあらかじめ平らに整えておいた岩の台座の上にそれをのせた。


封を開けると、中から何やら文字の書かれた石碑のような物体が現れる。台座に掘られたくぼみに、石碑の下に設けられた突起を合わせる。


「これでよし。」


石碑は台座に無事固定された。


「なにしてるのー?」


「おっと」



後ろから突然小さな少女に話しかけられ、男は小さく驚いた。振り向いてみれば、娘だった。



「おとーさん、それなーにー?」


「これか?これはな、「船の歌声」だ。」


「うたごえー?これうた(・・)なの?」


石碑に書かれていたのは、「音の記述」だった。

まだ読めない文字の書かれた石の塊に娘が首をかしげていると、後ろから母がやってきた。


「もー!マンタちゃん!いきなり走らないでよー!」


母が呼んだ娘の名前に、男は内心ドキリとする。


(びっくりした…。まったくタマのやつ、ほんとになんて名前を付けてくれたんだか。これじゃ忘れられないじゃないかよ。)


(聴こえてるよ)


妻が夫の耳元でささやく。夫の肩が軽く跳ねた。


「いや、すまん、つい…。まだ慣れなくて…」


心の声は、外に漏れ出てしまっていた。


「あはは!大丈夫、大丈夫!こっちが無理言ってお願いしたんだもの。こっちこそごめんね。でも何度も言うけど、この子を初めて見たときすぐに『マンタちゃんだ!』って思ったのよ。なんでかは分からないけど。私も最初は戸惑ったよ?でも、『マンタちゃん』以外しっくりこなかったのよ。フナキさんだってそうだったでしょ?」



「いや、そうなんだけど…。」



フナキとタマはハッとして、娘のマンタの方を見る。マンタはいまだ不思議そうに石碑を見つめていた。二人の会話は耳に入っていなかったようだ。二人はその様子を見てほっと胸をなでおろした。



「それにしても、一人で抜け駆けとかずるいよ?海に行くなら言ってよ。寝坊したこっちもこっちだけどさ」


「わりぃ。すぐ済ませて帰るつもりだったんだよ。」


タマは娘が見つめる石碑の方に気付いた。


「ああ、コレ?ここに置くつもりだったんだ。いいところ見つけたね。海もよく見えるし。」


洞窟の横の石に二人で腰掛ける。島の周りの海には、いくつかの釣り船が浮かんでいる。




♪~




そのとき、洞窟の奥から、少女らしき誰かの、透きとおった歌声が聴こえてきた。



「………!!!」



聴こえてきた歌声に、フナキは目を見開き慌てて振り返った。何か言葉を乗せているように聴こえるが、洞窟の壁に音色が反響していてよく聞き取ることができない。




(この声………!)




♪~




それは、かつてフナキが海の底に沈んだとき、水の中で遠くから聴こえてきた、あの歌声だった。




「ら~~らら~~ら、ら~らら~ら~♪」




歌声の主は自分の娘、マンタだった。楽しそうに、左右に揺れながら歌っている。



「マンタ、その歌、どこで…。まさか、その石が読めるのか?!」



「おかーさんに教わったの!いいうた!たのしいうた!ら~らら~」



マンタは洞窟の中から浜辺に出て、海に向かって歌いだした。



「あはははは!まだ読めるわけないじゃない。親バカなんだから。そこまで教えてないわよ。ってあれ、もしかして泣いてる?」


フナキは娘の方を向いたまま固まっていた。本人に自覚がないまま、涙が頬を伝っていた。

首筋に冷たいものが落ちてはじめて気づき、右手で目をぬぐった。娘は楽しそうに左右に揺れながら、海に向かって歌っている。


「なんで………。なんでだよ。忘れたかったのに。………本当に、なんてことをしてくれたんだ…!忘れなくてよくなるじゃないか……!」


ゆっくり涙を流す夫の肩に、妻が手を乗せる。


「本当、びっくりだよね。私も初めて教えたとき歌声聴いて泣いちゃった。驚いたよ。やっぱりこの子はマンタちゃんなんだーってね。ふつうに考えればおかしな話なんだけどね。私海の中の声聴いてないし」




♪~




フナキはうつむき、感情の波が穏やかになるのを待とうとした。マンタは、父の様子がおかしいのに気づき、歌うのをやめて近寄って行った。



「おとーさんどうしたの?だいじょーぶ?」



娘に話しかけられ、フナキはこらえきれなくなってしまった。


「うう………」


声にならない声をあげながら、下を向いて涙を流した。


タマは背負っていたリュックを岩の前におろし、ハンドタオルを取り出してフナキに渡した。タマはフナキの背中をさすった。両親の様子を見て、マンタも父の頭を撫でた。


「よしよし。」


「ぷふっ」


タマは娘に頭を撫でられているフナキを見て、思わず吹き出してしまった。


「まったく…。どっちが親なんだか。」


フナキの感情の波が一つの山を越え、落ち着いてきた。涙の激しさが、静かになる。


「これ飲む?」


タマがリュックから水筒を取り出した。


「夏でも海は冷えると思って。あったかい紅茶淹れてきたんだ。」


「ありがとう。助かる。」


「あっ、わたしものむ!」


タマは水筒の蓋のカップを外して紅茶を注ぎ、フナキに渡す。


「はい。」


「いや、俺の前にマンタが飲みなよ。」


フナキはカップをマンタに促す。


「いーよ!おとーさんがさきね!」


「いや、でも」


「おとーさんがさき!わたしはあと!」


娘は珍しくかたくなに拒んだ。


「わ、分かったよ。ありがとう。先もらうね。」


フナキは顔に着いた涙をタオルで拭うと、紅茶に口をつけた。ゆっくり飲み干すと、カップをタマに返す。カップには再び紅茶が注がれ、マンタが嬉しそうにそれを飲んだ。


「マンタ、本当に、ありがとうな。ここに戻ってきてくれて」


おかしな言葉であること承知の上で、ふとフナキは娘に語り掛けた。

マンタは父の言葉を聞いて、不思議そうに首をかしげた。


「なに言ってるの?マンタはさっきからずっとここにいるよ?」


娘の何気ない一言に、フナキはまたドキリとした。なにかがいつもと違った。動揺したのは、タマも同じであるようだった。


「い、今の……え?マンタちゃん?」


「なーにー?」


娘はいつもの調子に戻っていた。紅茶を飲み干し、カップをタマへ返す。


「つぎはおかーさんのばん!」


「ありがとう…。」


戸惑いながらも、カップに紅茶を注ぐ。


「今の……なんか言葉がなめらかだったよな。」


「うん……それに自分のこと『わたし』じゃなくて『マンタ』って」


「 ? 」


両親の戸惑う様子を、娘はまたも不思議そうに見ていた。


「おかーさんもおとーさんも、どーしたの?わたしはマンタだよ?」


「「そうだね…。」」


動揺を隠せないまま、タマは紅茶に口をつけた。


「ふたりともへんなのー。」





日が昇り、海辺がだんだんと暖かくなってきた。3人の親子は洞窟の中に移動して、海の方を見ながら座った。洞窟内は日陰と地温のおかげで夏場でも涼しく、快適だった。


両親の間に座って海を見ていた娘がつぶやく。


「しまがいっぱいあるね。」


「そうだね。賑やかだね。」


母が応える。


「にぎやかー!」


娘は嬉しそうにキャッキャと(はしゃ)ぐ。


父はその様子を微笑ましく見守っている。


「ら~~らら~~ら、ら~らら~ら~♪」


娘は歌いだした。


「気に入ってるみたいね。」


「だな。」






♪~






洞窟の中に、少女の歌声がこだまする。







少女の「うた」は石碑の「記述」とともに広まり、島の子供たちが歌う童謡として、後世の人々に歌い継がれたという。





X:1

T:Requiem Unknown

M:4/4

L:1/8

Q:1/4=100

K:C treble


f2 g a2 f g3 a/ #a ♮a2 z f2 g a2 f g2 e f2 z


f2 g a2 f g3 a/ #a ♮a2 z f2 g a2 f g2 e f3






クジラぶね   終

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

このお話は、ある日見た印象深い夢の景色に着想を得て作ったものです。子供の頃のような自由な想像力を失いたくなかったので、あえて下調べをせずに自分の頭の中にある情報だけで構成しました。専門知識のある方からすれば違和感だらけのお話だったかもしれません。現実に即しない部分は、あくまでファンタジーとして捉えていただければ幸いです。

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