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勇者などいない世界にて(原本)  作者: 一二三
第一章 二つの世界
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第一章07 並行して進む

ここは光あふれる世界。


そんな世界の辺境の村、アル・ツァーイではある一人の少女の慟哭が絶えず続いていた。

彼女の名をメイア・スマクラフティー。

闇によって分かたれた兄妹の妹。

暗い部屋にいる彼女ただ一つの灯だけが照らし、ぽつんと置かれた灯が彼女を慰めているようにも見える。


グランが暗澹に包まれ消えたその日から2日が経とうとしていた。

アル・ツァーイの村人は未だ泣き止まぬメイアを、ひとりの「優者」を、静かに見守っていた。

それと同時に、村のお偉いさん方による失踪についての考察も進められていた。


「ついにこの地から二人目の失踪者がでてしまったか……」


「二人目だって?」


「そうじゃ、最初の失踪者ははるか昔の王さま。かつてこの地は小さな国として栄えていたが、その王が失踪したことにより国は滅び、今の村となったのだよ」


「私たちはこれから資料を探しつつ、グランの失踪とこれからするべきこと、過去との関連性についてなどを話し合わなければならないわね」


村の集会所資料室にて、村長、警備班班長、政務担当員、資料室司書の四人が情報を共有し合っている。

この村の人口は明らかに少ない。

故に資料室で議論できるような役職の者も四人しかいない。故に、失踪の瞬間を目撃し、村にも多大な貢献をしているメイアにも話を聞きたいところであるのだが。


「メイア女史にもこの話し合いに参加してもらいたいところだが、流石に今ここに来させるなんてのは酷だろう」


政務担当員のグリムが手を顎にあてながらしかめっ面の表情で他三人を見やる。


「そうじゃな。あの状態は非常に鋭敏、今わしらが情報をまとめてから声を掛けた方がよいはずよな」


「あぁ、そうだな。警備班も10人しかいねぇがあの兄弟をみて育ったやつらばかりだ。より警備を強めると同時に、他の協力も惜しまねぇぜ!」


村長ハバキリと班長ダルジェンがそれぞれグリムの意見に賛成し、残りの一人、司書のエスティアに視線が向けられる。


「私ももちろん協力は惜しまないわ。ここにある資料は大体把握してるし、知識も蓄えてるつもりだからいろいろ聞いてちょうだい」


「うむ、それはありがたい。感謝するぞえ皆」


「じゃあ早速だけど、この資料を見てもらえないかしら。この前たまたま読んだから覚えてたんだけど、少し気になることが書いてあるのよね、これ」


そう言ってエスティアは本棚から一冊の分厚い本を持ってくる。見たところ500ページくらいだろうか。

その本の題名は『裏に於ける観測と現象』である。

パッと見ただけでもわかるほど古い本だが、しっかりと保管されていたからかエスティアがページをめくっても破れる様子はない。

「見つけた」と呟くと、彼女はそこに書かれているのを読み上げる。


曰く、「ごく稀に、地点(0.8.2)にて歪みを観測。されどその場所は人類には現時点到達不可能とされている故、詳しいことは観測できず。歪み、即ち他の次元への扉とされしそれが顕現する時、範囲1kmほどののε波(イプシロン)を観測。現在人類が到達可能な地点の最端にて漸く観測ができる故、注意を怠ってはならない」と。


「これがなんだってんだよ?」


「メイアが言っていたでしょう、グランがまるでどこか違う世界にでも行ったみたいだって。つまり、裏のある地点に行ければ私たちにも別の世界とやらに行けるのよ」


「今ある情報だけでは別の世界の存在は証明できません。しかし、裏があるならば別世界の存在も否定はできない。ならば、まずはグランが()()()()()()()()()()()()と仮定して話を進めるのもいいかと」


「でもそうなると、人類到達不可の場所にあるってのが難点よね。みんなでこれに関する資料を探してみない?」


「あいわかった。では皆で探してみるとするか」


村長の言葉に皆が頷き、それぞれ四方に散っていく。

歴史書から、魔法書、神話にまつわる書まで様々なものが集められた。

それを一つ一つ確かめ、議論は進められていく。


そして_____


「この『オリ』という書物、ここに、裏の探索方法が記載されていたわ。神代の伝記だから、真偽は不明だけど」


曰く、「英雄『ハルツィネ』は、目下の不可思議を原初の炎を用いて掻き消した。炎は消えることなく燃え続け、煌めきを放ち、彼が裏を制覇するのを静かに見守っていた」と。


「なんかこれも胡散臭い話だな」


「まあ、神代の伝記という時点で予想はつきますがね」


原初の炎、それは文字通り"はじまり"である。

はじまりであるが故に不便で、故に特異的で、これにしかできないことがある。

原初、その炎が生まれた今はきっと、裏の謎を払うためだったのではないか。

時が経ち、それが応用され今の炎となったのではないか。


「推測の域をでることはないが、炎には不思議な力があるように感じるのは事実じゃな。あの温かみ、我々を照らしてくれる存在。可能性は、大いに広がっていくばかりよ」


「裏」、それはこの世界の対極とされてきた空間だ。

いや、裏と名付けられた意図には表裏一体、この世界と裏とを合わせて一つとする考えがあったと言ってもいい。

今はそこへ行くための地はその異質性のため禁足地とされ、硬く閉ざされている。


「原初の炎かて、そんなの聞いたことないぜ?だが夢はあるわな!俺ら自慢の資料室の本を読みまくってだした結論なんや、いいと思うぜ」


「大量に集めてそれを全部保管してるのは私なんだからね?はぁ、でも私たちにできる推測はこれが最大限。後のことはメイアが決めることよ」


「うむ、では"グランが異世界へ飛ばされた"場合の話はこれで終わりじゃな。次は"この世界のどこかにいる"場合の話をするか」



======================



「_____というのが、我々の出した結論です、メイア女史。この報告が貴方にとってどのようなものになるかは分かりませんが、きっと意味のある報告であると思っております」


「……そう、ありがと、ね、グリム」


代表者四人による会議が終わった翌日、グリムはメイアにグランの行方についての報告をしていた。


「では、何かありましたら我々を頼ってください。村長を始め、皆が貴方を見守ってくださるでしょうから」


そう言い立ち去っていくグリムの背中をみて、メイアは再び俯いてしまう。

しかしそれは悲しみによる仕草ではなく、未来に踏み出すための迷いによるものだった。

悲しみのために泣き明け暮れている間、村の人々はそんな自分のために動いていてくれたのだと思うと、何か自分でもやらなくてはいけないような気がしたのだ。


_____私は、お兄ちゃんがこの世界にいないような気がする


家の外にでて空を見ると、星河一天、空が星々を着飾っていた。兄がいなくなって三日目の夜である。

深呼吸をした後、メイアの足は村長の下へと向かう。

この夜、決心したのだ。

兄グランを自らの足で探し、見つけ出すことを_____



「おや、夜遅くにどうしたメイア」


「私、決めたの」


「……そうか。話してみい、お主の決意を」


優しそうに微笑んだ村長ハバキリの顔はすぐに引き締り、相手の目を互いに見つめ合う。


「私、この村をでてお兄ちゃんを探しにいきたい。今日、グリムから話を聞いたわ。……それを参考に自分で、自分の兄を探さなきゃダメだって思ったから」


「そうか。わしらはお主がどんな結論を出してもそれを認めるつもりでおる。そうしたいと言うならば、それがええんじゃろう」


わざわざ引き止めるなんてことはしない。

それがこの村の人々の中で共有された意思であり、それに誰も異論はなかった。

今までスマクラフティー兄妹に頼りっきりになっていた彼らは、いつか兄妹が"やりたい"ことを見つけたなら、快くそれを認めるつもりでいた。

依存して、頼りきりになり、押し付けていたからこそ、今度は自分達でもやっていかなくてはいけないと。


メイアと村人は、互いに、そして同時に自立と自律を成す。


「今日はもう遅い故、家に帰ると良い。明日からは、旅に出る準備をしなくてはな」


「ん、ありがとうハバキリさん。為せば成る、だね!」




グランが失踪して一週間が経った。

村長に決心を表明してからメイアは三日間の怠慢を自戒し、鍛錬に励んでいた。

しかし未だ魔法球に魔力を注げずにいて、その魔力さを嘆いてもいた。


「でも、お兄ちゃんがやっていたのを日々の修行で見ていたから、少しずつ感覚が掴めつつある。きっとやれる!」


休憩を挟みながら、グリムからもらった資料に目を通す。

"この世界のどこかにいる"場合の資料にて、魔法の研究に力を注いでいる大都市ユニベルグズを訪れば何かヒントがあるかもしれないと書かれている。

これは、彼がこの世界にいないとしても有用な情報だろう。


「魔法の研究ね……。もしかしたら、私の魔法技術の向上にも何か役立つかもしれないわね。うん、ここに行ってみよう」



翌日。


「みんな、ありがとう!これからお兄ちゃんを探して、絶対にまたここへ帰ってくる!私はもう大丈夫、みんなのお陰で、元気を取り戻したから。だから、待ってて!」


「おうよ!俺ら警備班がこの村を死守してやるわい!」


「まったく、朝から騒がしいですねダルジェンは。今日のところはメイア女史に免じて不問にしておきましょう」


「ふふ、皆んなありがと!」


村の人々はそれぞれメイアに声を掛けたりと、朝からとても賑わっている。


「メイア・スマクラフティー、お主に幸福があらんことを。

わしらは待っておるぞえ。この老いぼれがお主の帰りまで生きているかは分からんがな?」


「大丈夫よ!きっとそんなに待たせるようなことはしないと思うから。……それじゃ、行くね」


メイアは村の外の方を向き、門へ向かって歩き出す。

門をくぐり抜ける瞬間、最後に振り返り皆を一瞥すると……


「行ってきます!」


メイアは大きく、手を振って旅立っていった。


則ち、この光の世界でも、試練が始まろうとしていた。

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