第二章04 使命②
人混みの絶えない雑多の中、汗を垂らしながら坂を登っている男が1人。雑多の中とは言えども、ほとんどの人々は坂を降り始めているところだが。
長い坂を息を切らしながら登り、目指すはある施設。
この街は魔法の研究が盛んで、中でも有名な魔法研究の地がこの先にはある。
大都市ユニベルグズ。
「連なる大地」を意味する名前の通り、岩山に囲まれたところに位置する街だ。この街自体もその岩山を利用したものなので、基本的にユニベルグズは坂を登り降りして移動することになる。
その特異性から観光客を含め昼は人が溢れ返るが、逆に日が傾き夜になるにつれ人は明らかに少なくなっていく。
「くっそ……ラストスパートで心臓破りの坂とは、中々やるじゃねえかこの大都市は」
既に8時を過ぎ、家や宿に帰ろうとする人々の流れに逆らうこの男、グラナード・スマクラフティーはメイアの誕生日を祝うために全力で走ってこの街までたどり着いていた。
そして同時、この街に踏み込んだ時点でタイムリミットが作動したことになる。_____残り1分。
「もう遅いしここも閉まって……ないか。セーフセーフ」
ガガガと、若干錆び付いているような古い扉を開けて施設内に入る。もう中は暗く、エントランス以外の電気は既に消されている。人の気配はもはや感じられないが、光があると言うことは誰かまだ残っているのであろうが。
「おーい、誰かいるか?グラナード・スマクラフティーって言うんだけど……」
しんとした空間にグランの声が響くだけで、返答の音はやってこない。_____残り30秒。
「どこにいるんだ? おーい、誰かいな」
全ての言葉を言い終わる前に変化はやってきた。
コン、コン、コン、と廊下を歩く音が響く。一歩一歩がゆっくりで、それは微睡みによるものだろう。
暗い闇の中からやってくる足音には不気味なものがある。
しかし、角を曲がって現れたのはグランも知る人物。白い制服を着て髪が垂れ下がった可憐な女性、ナハト・ブルーメだ。_____残り10秒。
「ナ、ナハトさんか。すまないこんな時間に。メイアはまだいるか?こんな遅くなっちまって、怒ってるかなぁ」
「グラン」
酷く冷たい、そんな声だった。兎にも角にも普通でなく、冷静さを欠いたと言うのが的確な目をしている。
そして、時は無常にもやってきた。_____残り、0秒。
「グラン_____メイアが、消えたぞ」
「は、ぁ??」
世界が静止する。
ほんの刹那の間、グランから信じられないほどの怒のオーラが辺りを覆い、それをナハトはしっかり肌で感じていた。刹那が過ぎるとそのオーラは無かったかのように振る舞いだすが、これを間近で体感した彼女はもう忘れることはできない。
(この身震いするほどの気迫……信じられん。たった一年でどうすればここまで成長できるんだ)
(メイアが……消えた? 何を馬鹿な)
やっと帰ってきたってのに、メイアに会う為に急いで帰ってきたのに。全く予想だにしなかった。いや、懼れていた。一番失いたくない人間がどこかへ消える、そんな懼れから逃げるように、可能性を無いものとしていただけだった。
グランが失踪したとき、メイアはこんな感情だったのか。
いや、メイアも当時は16歳とまだ幼かった。もう20歳になろうとしている今のグランとでは心の強さが全く違う。おそらく、彼女はこれを遥かに上回る絶望を味わっていたはず。
日々精進してきた兄妹の弱点は失うことだ。幼い頃に両親を亡くしてから兄妹は毎日のように修行を積んで身体を強化してきた。
だが、心は常にトラウマを抱えているままだったから。
「だが、ひとつだけ、道はある」
世界は再び動き出す。
止まっていた分、それを補う為に加速して加速して、ようやくナハトの言葉が耳に入ってくる。道があるという希望の光が暗いエントランスに差し込んで来るように見えた。
「そ、れは、どんな道なんだ?」
お互いに一縷の光しか持たぬ目を合わせ、
「ついて来い。メイアはおそらく、自らの意思でいなくなったんだ。書き置きがあってね、それを君に見てもらいたい」
ナハトは踵を返し先程来た方へ向かって歩いていく。ついて来いという意思表示を受け取りグランも歩き出す。
「自分で、消えただって?」
何が何だか、意味がわからない。消えたという一言からは失踪を思わせる雰囲気があったが、違うらしい。
何故消える必要があるのか、それはわからない。ただ常に共にいたであろうナハトですら知らないのは緊急事態だ。
「私がメイアと少し離れていた間に彼女は消えた。ミーティングルームに一人でいたはずなんだが、不思議なことに誰もメイアが外に出るのを見ていないんだ」
「それこそ、失踪と同じじゃないか」
「そうだな。だからおかしいんだ。イレギュラーなんだ」
暗闇の中を進んだ先にあったのは、ミーティングルームと扉に書かれた部屋。中の電気が付いているということは、さっにまでナハトはここで待っていたのだろう。
「さ、入れ。ここで話をしよう」
扉を開けて先に入るよう催促される。遠慮することなくグランは先に部屋に入り、ナハトと対面になるよう座る。
彼女のそばには大量の資料や本などが積んである。わざわざ覗き込んで内容を見る気にはならないが、ちらりと『転移魔法について』『魔法陣について』などといった見出しのものが纏められているのが見えた。
「ああ、この資料はさっきまで仕事で使っていたものだ。君が来るまでここで仕事をして、同時に転移についても調べようとしていてね」
「調べようとしていたってことは、調べてはいないのか」
「転移魔法という単語こそ知られてはいるものの、実際に転移が成功したなんて例は聞いたことがないからな。失踪を除いては、だが。そのせいでグランも馬車移動だろ?」
「そうですね。俺の場合は、全力で走れば普通に馬車より速いので、馬車には休憩目的で乗ってここまで来ましたけど」
「おいおい、そいつは色んな意味でぶっ飛んでるな」
確かに、デアヒメル王の所で一年過ごす前だったなら馬車より速く移動できたとしてもすぐにバテていただろう。ユニベルグズに向かっている間は実感が無かったが、ナハトに言われてようやっと気付いた。
「確かに、ぶっ飛んでますね」
「一体どんな一年を過ごして来たんだか想像もできないな」
ナハトは先程の悍ましいオーラを体感した際の疑問を、今度は口に出して問う。
「そうですね……俺よりも遥かに強い人と週5で戦って、余った時間で自主トレしたり大陸中の探索をしたりと。後はよく寝て、朝起きたら思考力強化の為に勉強もしてましたよ」
「遥かに強い人って、そんな奴がいるのか。そんなのと一年も戦ってれば君ならその者を簡単に追い越せる潜在的能力があるはずだが……君の口ぶりからして、それでも相手との差はまだ広いままのようだが」
はは、と微笑を溢してグランは話に区切りをつけた。その笑いは「もうおしゃべりはいいだろ」という心の内をナハトに仕草で伝えようとしたつもりだったが、驚いたことに、本心から笑ってもいた。
グラン自身も、この絶望的状況に立たされて笑みを浮かべられることに「え」と小さく声に出して驚く。
「……まあなんだ、人と話をしたら少し落ち着いて来ただろう? こういう時は人と話すのが一番だったりするんだよ」
「少し、ですけどね。言われてみればそうかもしれない」
何故会話をしているんだ、メイアの話をしなければいけないのにとばかり考えていた。だけど、自然と心の中では人と話すことでの安らぎを求めていたのだ。
ナハトは、そんなグランの心中を完全に見抜いていたのだろうか。
(俺はもう、不動の心を既に得ているものだとばかりッ……)
ナハトに見られないよう俯いてからグランは歯軋りする。自然に拳を握る力も強くなり、ナハトはその拳を見て様子を悟ったようだが静観している。
自分を憐れむように、バカな奴だぜほんと、などと考えている内に怒りは憐れみに、憐れみは客観的思考になっていく。
メイアは絶望を味わっても猶立ち上がり、グランのもとまで世界を渡りやって来た。そんな、闇の世界での出来事を少し振り返って考える。
(こんなんじゃ、驕っている俺のところにフィーストの野郎がやって来ちまうじゃねえか。それに、ここで立ち直れなきゃそれこそメイア未満の心の弱さってことだろ)
「は」と息を吐くように小さく笑みを溢し、深く息を吐いて精神を落ち着かせる。心の強弱は人それぞれだが、グランには兄としての威厳を保つための矜持がある。
この喪失感を乗り越えて、今度は自分が妹のもとへ行くべきなのだと。
「よし、もういいぜ。メイアの話、聞かせてくれ」
一連のグランの葛藤を黙って見守っていた女性は「もちろん」と頷き、
「では、まずはこの書き置きを読んで欲しい。この書き置きこそが、メイアを見つけ出す唯一の道だ」
「……あいつ、書き置きなんてする暇があったってのかよ」
渡されたのは一枚のメモ用紙。無地の紙で、何らかの仕掛けなどは一切仕掛けられていないようだ。
そこに書かれた妹の文字を心に刻むように読んでいく。
『ナハトさんへ_____突然の事情によりここを離れます』
『お兄ちゃんが戻ったら、私がミスティカランドという街へ向かったと言っておいてください_____メイア』
誕生日であったにも関わらず、それを放り出して当然の事情で消えていく。彼女がそんなことをする理由はひとつしかグランには思いつかなかった。
「メイアのやつ、きっと人助けをしに行ったんだ」
グランもグランでイッポス達から助けてほしいとの依頼を引き受けたばかりだ。偶然が重なり、特殊な依頼を彼女も受けていたに違いない。
助けを求められたら助けねば、という信念を持った兄妹だからこそ分かる。メイアは誰かを救う為に消えたのだと。
「……もしも、その人助けの為にここを出て行ったのだとしよう。となると、不可解な点がある」
「不可解な点?」
「ああ。私はこのメモ用紙に書かれたメッセージを読んでもそこまで慌てることはなかった。なぜなら行き先が書かれているからな。だが、問題はそこからだ。私はミスティカランドが何処にあるのか調べようとしたんだが、世界地図にはそんな地名も国も大陸も載っていないんだ。それってつまり、異世界である可能性が高いだろう?でも、このメモ用紙にはミスティカランドが異世界だと書かれていない。つまり、メイアはそこが異世界だと知らされずにここを出て行ったことになる。それが不可解なんだよ」
「確かにそれは不可解かもな。だが、そうか……」
グランはこの状況を確かに不可解だと思う。しかしそれは行き先がこの世界の場所でないことやメイアが異世界だと知らずにいることに対するものではない。
不思議な因果を、今グランは感じていた。
「何が言いたい? 行き先が異世界となると、難しいことが多いんだ。メイアからよく聞いているが、闇に包まれたような世界には地名があるのかすら分からないらしいじゃないか。もしかしたら、また別の新しい世界ということも」
「いや、問題ないぜ」
ナハトの憶測はほぼ正解だ。ミスティカランドと呼ばれる場所は確かに別の世界にあるし、あの元・闇の世界に地名があるのかすら不明だ。あったとしても、既に忘れさられているだろうが。
それでも、グランにとって問題は無かった。
「なぜなら、俺はミスティカランドを知っているからだ。故あって、俺は一度そこへ行ったことがあるんでな」
イッポスとバーティによって連れて行かれたから、知っていた。助けてほしいと言われたから知っていた。
本来ならば2週間後に赴く予定だった。そこでメイアも一緒にいく予定だった。
「これは、至急行かなきゃいけないようだな」
そう言って、グランは立ち上がった。
正直、せっかくここまで来たのにまた戻らなければいけないのはキツいが、彼には瞬間移動的なロケットペンダントがある。故に問題は、
「いいやグラン、今日のところは休め」
「……え?」
「さっき、走ってここまで来たとか言っていたよな? 疲弊しているはずだ。そんな人間を食い止めない訳にはいかないな」
問題は大有りだった。走りっぱなしで筋肉を酷使しすぎていたことを見抜かれていたとは思ってもいなかったが、流石のグランも疲れには勝てない。
「分かった。体を休めてからじゃないと、本気は出せないしな。忠告感謝するよ」
「そうとなれば、だ。泊まるところなんてないだろ、私の家へ来るといい」
「ナハトさんの、家?」
この時、地味にグランは女性の家に赴くことに躊躇っていた。(彼女には躊躇う理由が無いのは明白だったが)
もう彼もほぼ20歳なので思うことはあるだろうが、状況が状況なだけにその後は何も考えずに済んだのであった。
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翌日。朝ばらけとも呼ばれる、日が昇り始め空が明るくなり始めるような時間帯だ。
大都市ユニベルグズでは夜は早く家に帰り、朝は早くから外に出るという生活が基本的だ。とは言え、こんな時間から仕事に出るような人間はほぼいない。
そんな早朝ではあるが、ナハト・ブルーメとグラナード・スマクラフティーは既に目覚めていた。今彼らは、ナハトの家で朝食を食べ終え、出発の準備をしているところである。
勿論、出発と言うのはメイアを探す為だ。
「こんな早くから……もう体力はバッチリなのか?」
「そうだな、ここ一年はずっと早寝早起きの生活だったから問題はない」
細かい指摘ではあるが、グランの回答は「体力はバッチリか否か」に対して曖昧なものである。早寝早起きだったからと言ってバッチリとは限らない、と反論されてしまえばそれまでの安易な誤魔化しだ。
そう、グランは長い間肉体に負荷を掛け続けていた。故に、たった一日中早く寝ただけでその疲れが全て吹き飛んで全回復するなんてことは決して無い。
「ほんと、君たち兄妹は無駄に強がりだな……」
「だな。でも、これくらいの意思がなきゃやっていけないんだよ俺らは」
まったく呆れたよ、と嘆息してナハトは
「じっとしてろ。『リスレッツィ』」
後ろからグランの身体に手をかざし、上級回復魔法を放つ。穏やかな魔力の流れがグランを包み込み、彼の体力は勿論、疲れすらも排除される。
流石に一年分の蓄積された疲労を取り除くのが難しいようで、ナハトの実力を以ってしても回復に時間がかかる。
「あの、ナハトさん。完全に回復しなく____ 」
「じっとしてろと言っただろう?」
優しい声で忠告してくるのが逆にどこかトゲを孕んでいてじっとせざるを得ない状況にさせられてしまう。
早る気持ちをどうにか鎮め、静かなリビングでじっと回復を待つことにして、
「君は、この世界からどのようにして弱体化魔法が失われたか知っているか?」
魔法を使用しながらナハトは問いかけをしてくる。案の定グランはそんなことを知っている訳もなく、「いや」と簡潔に返答する。
「ま、だろうな。なんだ、回復が終わるまでの時間潰しとでも思ってくれればいい。失われた魔法について話をしよう」
グランは支援魔法と呼ばれる肉体を強化させる魔法は知っているものの、弱体化させる魔法の存在をしらなかった。
勿論、ナハトが魔法陣を媒介にそれを使用できることも。
故に、弱体化魔法とかいう便利そうな魔法が何故消えることになったのか興味が湧く。
「私も、古い文献をたまたま見て知っただけなんだがな。1000年以上前のこと。つまり、まだ君の故郷に城が立っていた頃の話だ。当時は相手を弱化させる魔法というのが使用されていて、戦争なんかでは大変重宝されたらしい」
戦争。今でこそ平和だが、昔は荒れた世界だった。争いが度々勃発するような荒れた世界。
「でもな、そんな魔法があったら強い相手にさえ勝ててしまうだろう?そこで、事件は起きたんだ。昔はこの大陸にも国があってな、ある日、国を滅ぼそうとした厄介な集団が現れた。国の中心だった大都市ベネセント・アルを陥落させようと、弱体化魔法と戦力を兼ね備えた精鋭達は攻撃を始めた」
生命である以上争いは避けられないが、よもやここまでとは思わない。これほどまでに醜い世界だったのかと。
「結果として、国は何とか全ての反乱因子を殲滅することができた。しかし、殲滅に全ての国力を使い果たしたせいで国は近いうちに滅び、いくつかの有力な貴族達がそれぞれの大都市を各地に作り上げるようになった。国ではなく、独立した都市としての自治を始めたのさ。それが、今この大陸に国家が成立していない理由とも言えるね」
と、そこまで話したところでどうやらナハトによる回復は終わったらしい。話を聞くのに集中していて気付かなかったが、自分でも恐ろしいくらいに力が溢れ出て来ている。
「それが、グランが培ってきた素晴らしい成果だ」
「疲れってのは、ここまで力を隠してしまうものなのか」
「そう。力ってのは自然と隠れてしまうものなのさ。さっきの話に戻るけど、かつてこの大陸で栄えた国もまた、国力というものが見えなくなってしまったんだ」
「?? 見えなくなるってのは?」
「さっき、私は反乱軍との戦いの末に国力を失ったことで国が滅びたという話をしたろう? ある文献には「失われた」と書いてあるけれど、他の文献を見ると「見えなくなった」と書かれていたりするんだ。それが意味するのは「疲弊」だよ。国の兵士は疲れてしまったんだ」
グランは疲労と力の関係性を思い出しながら考えた。
戦えば疲弊する。すると、本来持っているはずのパワーを発揮することができない。
その弱点を狙い、有力な貴族が立ち上がり国を分断させたのではないかと。
「兵士が次々と殺され「失った」のではなく、兵士は疲弊していたから「見えなかった」だけ。どちらにしろ、攻め込まれればすぐに滅びる運命だ。だが、その出来事の根底にあるのが何なのかを知ることは極めて重要だ」
「なるほど。失ったなら兵士を補充する必要があるし、見えなくなったなら休ませる必要がある。対策も変わるのか」
「そういう意味では、なぜ国を滅ぼそうとする集団があらわれたのかを考えることもまた必要なことってわけさ」
「……じゃあ、なんでそんな反乱軍が現れたんだ?」
「…………ふむ」
謎の間が空いた後で、なんとも取れない不思議な反応をするナハト。今の「ふむ」には一体どのような意味が_____
「そのグランの疑問。そうだな、これは課題としよう」
「か、課題?」
「そうだ。なぜ反乱は起きたのか、次にここで会った時に君の推察を聞こう。則ち、『反乱の理由を考える』ことを君に課す」
随分と唐突な話だな、とは思う。
だが、国が滅びるという単語を聞いた時グランはイッポス達の話が同時に脳内に浮かび上がっていた。
『1ヶ月後に大会が迫ってるんだけど、何やらその出場者の1人から、国家転覆の予告状が来たんだって』
彼らの話も、今ナハトがしてくれたように国家滅亡にまつわる話だ。新たな世界では未だ国が傾くような事態にはなっていないが、そこで転覆を企てたのにはどんな理由があるのだろう。
(ま、どんな理由であれ人々の暮らしを破壊するつもりってなら阻止するけどな)
「今グランが何を考えているかはわからんが、私が言いたかったのは「何故」を考えることが重要だってことだ。勿論、目の前で起きる全ての事象についていちいちそれを考えていてもキリがない。今後も君の周りでは様々な事件が起こることだろうから、その事件が何故起こったのかをまずは分析してみるってのがいいかもな」
「つまり、状況を整理して理論を組み立てろってことか」
「そうだな。勉強でもそうだが、整理することほど便利なものはない。全てが分かりやすくまとまるってのは素晴らしいことだと私は思っている」
会話しながら荷物の整理をしていたグランは不要なものをナハトの家に預ける形で準備を完了させた。
家にいるより施設にいる時間の方が長いという彼女の家は確かに物が少なく、寝泊まりの場所という認識でしかないらしい。
「なんだ、私の家が気になるか?」
「いや、気になるというかなんというか、ナハトさんにとってここが生活の場としての認識が少ないのはわかるんだが、所々生活感があるようにも感じられて」
グランが実際に眠りについた部屋もそうだったが、箪笥の上に飾緒のような物や可愛らしい置物などが飾ってあったり、本棚には様々な系統の本が置いてあったりした。客室にしては何かと不自然に物が多いような気もする。
「あれはな、大体メイアのものだ」
「メイアだって?何故、俺の妹の物がこんなに……あ、」
「今の君と同じように、私は彼女とここで寝泊まりしていたのさ。だからあの部屋はメイアのだと思ってもらっていい」
そう聞くと納得がいく。
兄であるグランを探すためにやって来たとは言え、肝心の宿泊場所をメイアが確保できたとは思えない。それを見越したナハトが寛大な心で受け入れてくれたのだろう。
「なんか、兄妹共々ありがとうございます」
「何も気にすることはない。これは私がやりたいからやっているだけ。有り難く受け取っておいてくれ」
「分かりました。……じゃあ、」
窓から差し込む光が強く輝くのを見て、
「おてんばな妹を探しにいってきます。そして、今度また2人で会いにくるんで、そしたら「勝負」の決着を付けましょう」
「そういえばそうだった。了解した。だから、行ってこい。君の故郷の村の方には、私から連絡を入れておこう」
「よろしく頼む。じゃあ」
別れの挨拶を済ませナハトから顔を背けると、スッと心を入れ替えドアの前に立つ。深呼吸を一度して「よし」と声を漏らすと、腕を前に伸ばしてドアを_____否。
手に握られていたロケットペンダントに触れ、そこからグランの姿は消えた。
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元・闇の世界と勝手にグラン達は呼んでいるが、ペンダントに埋め込まれた魔水晶に触れるとその世界の「歪み」と呼ばれる異次元空間の目の前までワープができる。
とまあ、既にユニベルグズを移動先に登録しているので、今後ワープするときは魔力干渉の操作をして移動先を設定する必要があるらしいが、今使うこともないので関係のない話だ。
「イッポスには2週間後に会おうと言われていたのに、まさか4日でまたあの世界に戻ることになるとは」
目の前の「歪み」を普通に通るとアンスターと呼ばれる街がある。そこからユニベルグズまで3日かかり、そこでグランは一睡したため4日で戻って来たことになる。
「さて、まずはミスティカランドに行ってからだな。ま、メイアにも何かやるべきことがあるってんなら、きっとそこにはいないんだろうけど」
ぶつぶつ独り言を呟きながら洞穴の奥地に出現している異空間への入り口を潜る。
村の資料には『異世界への入り口は不定期に出現_____ 』みたいなことが書かれていたが、いっつも入り口はあるのでありゃ嘘らしい。
本来なら世界と世界との狭間の空間に入るともの凄い引力やらでまともに帰れやしないが、前回グランは学んだ (その時の様子を思い浮かべると少し顔を紅くしてしまうが)。
身体にオーラを纏うことでグランに対する力の干渉を受けなくなり、スムーズに無重力空間を移動できるのだ。
「帰り道こそ覚えてないが、行きなら問題ないな」
まるで水中を泳ぐような感覚でスイスイ進んでいき、皿状に浮いている光の中に飛び込む。
目を塞ぐことで目がやられるのを防ごうとするが、それはそれで問題点が1つ……
「あだぁっ!……いてててて、ほんとここは不親切だよな」
そのまま飛び込んだせいで地面にダイブすることになるのがこの世界の難点だ。それを承知の上で地面は土で作られているらしいが、もうちょっとどうにかならないものか。
「うげぇ。ダイブするって分かってたのに……土が口の中に入っちまったじゃんかよぉ」
ペッペと口の中の異物を吐き出しまずは街の中を目指す。
世界を超えたものの、ここはまだミスティカランドの中と言うわけではなく、この先にある吊り橋を渡る必要がある。
(しっかしまあ、風でグラグラ揺れてるぞこれ。そのうち橋ごと吹き飛ばされるんじゃねえか?)
上を歩いている間も足下が不安定で非常に歩きにくい。ここで暮らしている人からすれば慣れたものかも知れないが、観光やらでここに来た人にとっては地獄だろう。
(メイアもこの橋渡ったのかなぁ。いきなり街の中に転移してる可能性もあるけど、あいつだったら絶対怯んで渡れなさそうだ)
彼は知らないことだが、本当にメイアはこの橋を渡るのに時間をかけていた。グラン曰く、常に一緒に過ごした妹のことは大体把握しているらしいが、強ち間違いではないらしい。
グランは普通に揺れる吊り橋を越え、ようやく崖地に建てられた街、ミスティカランドへ到達した。
そして同時、この地に踏み込んだ瞬間から、新たなタイムリミットが作動したことになる。_____残り2分。
メイアがもしかしたらいる可能性もある為、一応周りを見渡しながら歩みを進めていく。
どこか目的地がある訳でもないが、とりあえずぐるりと一周して妹を見る探してみることに。_____残り1分。
(ここ、人が多いな。これは……市場街ってことか?朝っぱらからお勤めご苦労様って感じやな)
こんな崖っぷちに建てられた街が商業の場として繁盛しているというのに驚きだが、よく考えれば、ここは渓谷だ。
つまり渓谷というのは、どこかとどこかの境目。商人の通り道になるということは商業で栄えるのも必然だ。
「うお、なんだあの馬車みたいの。あの角どこかに突き刺さったりしねぇのか?」
目の前をよぎったのは太い一本角とごつい脚が特徴の生物で、馬車みたいに車を引いて爆速で、且つ安定して走り去っていく。_____残り0秒。
「おうお兄ちゃん!あの生き物見るのが初めてとは珍しい。どこから来なさったんだい?」
そこにあったのは、肉や野菜といった新鮮な商品達だ。そして「ちっとばかし寄っていかないか?」と店主と思われる男性が手招きをしているところだ。
「いや、すまんが俺は無一文だ。金があったとしても今は買うだけの時間がないんだがな」
「それでも大丈夫だ、君みたいな若者に聞きてぇことがあるんでよぉ」
正直、早くぐるりと歩き回りたいところだが、グランの良心がそれを許そうとしなかった。
「んで?聞きたいこととやらは何なんだ?」
「お、聞いてくれるか。それがだな、今、人探しの依頼みてぇなもんを受けててよ。そこに看板も立てたんだが、グラナード・スマクラフティーって人、知らねぇか?」
「何? グラナード・スマクラフティー、だと……」
予想だにしないところで衝撃の名前が放り込まれた。
初めて訪れた街にもかかわらず、メイア、イッポス、バーティ以外にこの世界で彼の名を知る者がいるということは。
「あの2人がわざわざ俺の名を広めるはずがない。ってことは、そうか」
手がかりは、すぐそこにあった。
お疲れ様です!
第一章の方で「更新ペース落ちます」やらなんやら言いつつも通常ペースでやって来ましたが……
ついに、更新ペース落ちます!
では、また次回もよろしくです




