第二章03 使命①
川の付近の、荒野にある小さな集落で、名をカンペリアと言う。木の枝などを巧みに組み上げられた質素な家が点在するだけの、そんな寂しい場所だ。
技術は発展しておらず、狩猟農耕社会がここでは営まれているようだ。
道行く人々の髪色は薄く、目前を歩く少女のような白銀の髪はどこにも見られない。それ故に少女と、その隣を歩くもう1人の少女も皆から注目を集めている。
そしてここは外部の街などとの関わりが無い。選ばれた人間のみが受け取ることのできる「竜神さま」のお告げとやらよって、今までこの集落は存続されてきたのだとか。
まさに、独自の文化を営む民族と言えよう。
今、そんな簡素な地で歩みを進めている2人の少女、シーニャとメイアは集落の長の家の前まで来ていた。
既に日は地平線に沈み込もうとしている。
赤い陽光が眩しく建物を照らし、それと同時に真っ暗な影も混在している。もう世界は光と闇が入り混じる時間帯だ。
「いってて……まだ少し不時着の痛みがあるなぁ……」
「不時着……私はちゃんと着地できましたが」
「もう、そんなことはいいの!まさかあんなに衝撃が来るなんて思ってなかったもの」
「……そうですねぇ。私はあれで慣れてしまっていたので配慮が足りなかったかもしれません。以後注意しますのでぇ」
翼竜から落下してしまった時はどうなることかと思われたが、メイアの超人的な受け身技術と乙女とは思えぬ頑丈さがここで発揮された。
そうでなければ今普通に喋れていない訳だが、翼竜から落ちるなど、普通に走っている自動車から飛び降りるのと同じようなものだ。
普通にされても逆に困ると、シーニャは実は心の声で文句を言い放っていた。
「……まあいいです。メイアさん、入りましょう。私たちの長とまずは話しましょう」
言うとシーニャは扉の横に設置された金属片をカツン、と何度か鳴らして扉を開けた。
ぎこぎこと木の擦れる音と共に扉は開かれ、建物の中の様子が明らかになる。
「おじゃま、しまぁす……」
「シーニャ、ただいま戻りましたです。お告げにあった、メイアさんをお連れしました。グラナードさまは不在でしたが、後にこの世界に訪れるはずだそうです」
2人の視線の先にいるのは椅子に鎮座する高齢の男と、それを挟むように立っている槍を持った男女。おそらく、中心にいるのが長だろう。
「うぅむ。よく戻ったシーニャ。褒めて遣わす」
厳格な性格を思わせる低い声と口数の少なさで真ん中の男はメイアをじっと見た。
建物内は灯りこそあるものの若干暗めで、より一層、男の顔が影に隠れて威厳が増している。その闇の中で値踏みするような眼光を更に煌めかせる。
「うぅむ。良きかな。では、行くがいい」
「はい、ありがとうございます。……メイアさん、こちらへついて来てください」
「え? ついて来てって、どこへ……」
もしかして今の短いやり取りだけで集落の長との会話が終わったのか、と戸惑いが隠しきれずに出てしまう。
最後にもう一度鋭い眼光の持ち主を一瞥して、シーニャに続いて場を去る_____なんてことはなかった。
「え、行くって、ここを出る訳じゃない……??」
「はい、そうです。この怖いおじさんの後ろに仕掛けがあるんですぅ」
こんな木で組み立てられた家に仕掛けがあるなんてのには相当驚かされるが、メイアはそんなことよりもシーニャの 「怖いおじさん」発言の方が気になって仕方がない。
まるで平気な様をしていたが、流石のシーニャもあの喋り方と目つきを怖いと感じでいたのだろうか。「怖いおじさん」呼ばわりされた当の本人は微動だにせず黙りこくっていて、気にしているのかいないのか、微妙なところではある。
(そういえばデアヒメルって言う王様が丁度あんな感じだってお兄ちゃんから聞いたことがあったなぁ。お兄ちゃんも最初は怖がってたりしたのかな)
ガチャっとシーニャが何らかの仕掛けを発動させたところで思考は中断させられる。機械が使われている訳ではなさそうなのだが、自動的に床が音をたてながら開いて行く。
「この集落には魔法は浸透していません。初級魔法くらいなら使えますが、それまでです。しかし、私のような「竜の寵児」ならば……」
ガチャガチャ音が止むと、さっきまで壁・床だった箇所が一変、地下へと続く階段へと成り代わっていた。奥からは冷たく、今までに無い突き刺さるような空気が流れ出て来ている。
「現在私だけが使える、代々の寵児に受け継がれて来た魔法の数々。そのお陰で私たちはこのような仕掛けを簡素な家に仕掛けることができるのです。さあ、行くのですよぉ」
靴音が狭い一本道に響く。ひたすらに暗い地下の道は、長い間外界との接触が隔たれていたためかとても冷たい。なのに、空気はまるで新しく淀みを感じられない。
「ここの空気は先代の寵児が発動させた半永久的空気管理魔法があるので新鮮で冷たいんです。全くもって意味がわからないですよねぇ。半永久の魔法だなんて、何をどうすれば編み出せるんでしょうね」
「は、はは……シーニャも大概だと思うなぁ」
世界をも飛び越えるだけの転移魔法を体感してしまったメイアとしてはもはや彼らの魔法をすんなりと受け入れることしかできない。
魔法の街ユニベルグズで沢山の魔法を見て過ごしたメイアだが、未曾有の魔法達が異世界で作り上げられているとなってはその知識も無駄である。
そもそも魔法の腕は確かだが、メイアの魔法の知識はまだ薄い。以前ナハトに魔法陣の描き方を教わろうと頼んだが「もっと魔法の理論を学ばねば無理だ」と突っぱねられたほどに。
まあそんなことを踏まえずとも、既に彼らの魔法が到底理解できる代物ではないことは目に見えて分かっているが。
「ここでストップです。また仕掛けを発動させます故、転移した時のように肩にお掴まりください」
魔法の話はさておき、2人は狭い地下の一本道の突き当たりまで到着した。他にどこにも道はなく、ここでできることといったら踵を返して戻ることくらいだが。
『Pilgrimage to blessed sanctuary,royal hideaway_____』
再び聞きなれない不思議な暗唱が狭い閉管状の道に共鳴して響く。何を言っているのか理解は出来ずとも、先程のように再び転移をするのではないかと予想はできる。
『_____竜神ノ加護ニシテ我ラヲ許諾セヨ_____by Our 』
一通りの詠唱の後、シーニャが触れていた壁に光の紋様が浮かび上がってくる。
円状に文字が羅列され、その円を半分に分断するかのように一本の線が縦に走っている。その一線はまるで、
「では開きますので、ここを潜りましょう」
と言いながら少女は魔法陣のような紋様をかよわい手で軽く押すと、真ん中を区切るそれを境に壁が開かれて行く。それはまるで、いや、これは、
「扉……どこかに繋がる扉を、ここに作ったのね」
「はい、そのようです。そして、この先は」
言いながら同時に扉の向こうへと歩みを進める。中には高級そうな絨毯やティーカップなど、貴族の部屋を思わせる装飾が至る所に置いてある。
しかし部屋として大切な機能が果たされていないようにも思える。例えば、ドアや窓がないとか。外の光を浴びることすらできないし、ドアが無いので出入りすらできない。
つまり、シーニャのようか特別な存在だけが入室を許された完全密室だ。
「ここは……」
この部屋までついて来たはいいものの、何故ここまで連れて来られたのかがわからない。何か大事な話し合いでもするのだろうか。それにしても、ここまで厳重な地下の奥地まで来る必要はなかったかのように思われるのだが……
「アッバース様、お告げにありし救世主様をお連れしましたので、ご報告申し上げます」
シーニャとメイア以外誰もいない部屋で突然、アッバースと言う名前も姿も知らぬ者を呼び始める。その疑問をメイアは訴えようとしたが、今は話しかけないで下さいと言わんばかりのオーラに口をつぐむ。
「我らが長アッバース様のお姿を今ここに、私どもにお見せくださいませ」
その言葉に、間髪入れず新たな声が参入する。
「そうか。では、俺からも一つ、報告がある。悪い報告が」
声の主は未だ姿を見せず、どこか壁の奥から音が発せられているように感じられる。
この部屋の壁にも様々な装飾は施されている。だが、声のする方向をよく見ると、そこだけは不自然に装飾が少ないように感じられ、円状の絵が描かれていた。
背後にある魔法の扉と同じそれがもう一つ、奥の壁に。
「俺も冷静を装ってはいるが、実際、重大事件だぜ」
身をかがめて小さな扉を抜けてやって来たのは、若い男だった。それに先程、シーニャは言っていた。我らが長、と。
「あのお爺さんではなく、この人が?」
「おう、その通りだぜ。あいつは何というか、別の役職を任せててね。実はこの俺が集落のトップのアッバース・カンペリアってもんだ。よろしく」
怖いおじさんの役職を少し濁された気はしたが、とりあえず挨拶には挨拶を返す。
「私はメイア・スマクラフティーです。お兄ちゃんのグラナード・スマクラフティーは多分まだこの世界に来てないんですけど……」
「問題ない問題ない!」
肩から下を綺麗な紋様の描かれたマントで身を包んだ男。鼠色の髪色で、顔と右手以外は隠れており全身を知ることはできない。
だが、他の人々と比べると明らかに違った姿であることに間違いはない。高貴で位が高いことは一目でわかる。
ここでメイアはようやく気づいた。この密室がこのアッバースと言う人物の部屋であったことに。
「それで、アッバース様。その悪い報告というのは?」
「ああ、そうだったな……シーニャ、まずいぞ。妹のリーニャがどこかへ消えたという報告があった。消えたと言うよりは、何処かに自らの足で向かった様だったらしいが」
妹の行方不明というニュースを聞き、姉は目を大きく広げ口元を両手で覆って硬直する。
「っ?! そ、それで、何処へ向かったと?!」
「それが、分からないんだ。君がいなくなってしまったことで精神が保ちきれなかったんだろう。しかし、心が限界だったと言え、彼女が一人で何処かへ行ったりするだろうか?」
「と、言うと?」
「これは俺の推測でしかないが、俺は何者かの干渉があり、
それによって此処を出て行ってしまったのだと考える」
「あ、あの!シーニャちゃんの妹を今から探すって言うのはどうですか?」
うーむ、と少し考える素振りをして、「いや、だめだな」と可能性をぶった斬るように吐く。
「ど、どうしてですか? 探さなければ、何もわからないじゃないですか!」
アッバースの冷淡な反応にメイアは声を大にして反論するが、彼は「そうじゃなくて」とメイアの言葉を遮る。
「これは文化の差異と言うものかな。経緯はどうあれ、彼女は自分の意思でここを発った。だからこそ、見つけ出して連れ戻すなんて、彼女の意思を無下にするような事はできないのさ」
「……!! でも、それって」
「気持ちは分かる。だけど彼女なら大丈夫さ。このカンペリア集落の中でも優れた力を持っているのがリーニャだ。並大抵のことで朽ちたりはしない」
何かを言いたそうにするメイアだが、何かを言いたいという気持ちがあるだけで何を言えばいいのかは分からず、結局口を閉ざしたままでいる。
「それで、ね。ここからはリーニャの件と本題を混ぜ合わせて話すんだけど」
ここからが本題、という言葉にあくまでも行方不明の件はおまけだと言われているようで少しムッと来る。
「はは、ちょっと僕に対する好感度が非常に低いらしいけど安心してくれよ。これからが本題ではあるけれども、リーニャの件はこれから話す事柄に内包されたものであって、どちらもメインだからさ」
「そ、それならいいですけど……」
何か大事なものを失うということに関して、メイアは既に2回も経験している。だから、妹がいなくなるという事象について多くの可能性を危惧せずにはいられない。
「君が様々な考えを持って、それぞれの信念があるのは理解している。が、ここは一旦話を聞いてくれ」
「……私からも、お願いするです。メイアさんのお気持ちは嬉しいので、今はそれだけで十分でございます」
妹の行方不明を聞いた瞬間こそ慌てる仕草をみせていたシーニャだが、今はもうその様子は見られない。
アッバースの方も、悪い報告があると言って始めた会話の割には平然を装っている。何か策があると言いたげな笑みがそこにはあった。
その両者を信じて、メイアは「わかりました」と頷く。
「よし、じゃは話を始めよう。シーニャから既にやるべきことは聞いているかな?」
「闘技大会に出場して城下町を観察すると聞いてますよ」
「その通り! だけど、すこーしだけ事情が変わったんだ。ゆっくり観察なんかしてたらこのカンペリアが滅びるかもしれない可能性が浮上してね」
「アッバース様。もしかして、王国に何か問題点が?」
「うむ」
「……え?」
王国に問題が浮上したと言う少女と青年の会話にメイアは疑問を覚える。
なぜ、今から国を視察に行くのにも関わらず、彼は国に問題が起きていることを知っているのか、と。この集落は外界との連絡を絶っているはずだ。なら、その問題とやらもこの地まで伝わってくるはずもない。
仮に、このアッバースという人が他の地にわざわざ赴いたとして、果たして国は深刻な問題を民衆に公表しているだろうか?
「あなたは、何者なんですか? 長であることはわかります。しかし、何か別に隠していることがあるのでは?」
自然と、疑問が言葉となって空気を振動させていた。
「は」
ハンニバルはその言葉に笑みを溢し、
「ははっ、別に隠していたわけではないんだが、流石は竜神さまに選ばれたお方。優れた思考回路をしているね。その通り、僕はまだ一つ、隠している役職がある」
「それは……??」
「それは……レーベン王国デモクレイ城に勤める、大臣さ」
あまりもの驚きに、数瞬の静寂の間が生まれる。
そんなメイアの様子を気にも止めずアッバースは続けて、
「すぐに言うつもりだったんだけど、驚かせたかな。そうそう、どうしてこのカンペリアがレーベン王国の領地内にあるのに秘境として成り立っているのか疑問に思ったことはあるか?それはな、この俺が大臣としての権力で王に内緒で働きかけているからさ。だから、この集落の秘密は守られて来ている。そういうトリックがあったりするんだな♪♪」
「あの、本題というのは」
「ああそうだったね。本題に入ろうって話だった」
楽しそうに語るアッバースをシーニャはぶった斬る。そんな話に興味はないという彼女なりの意思表示か。
その冷淡な反応にメイアもようやく驚きの中から意識を引っ張りだされた。
「ようやっと本題に入るけどいいかい?」
「ああ、はい。色々口挟んでごめんなさい」
「いいよいいよ」
驚くべきことの連続に反応が追いつかずにいるが、なんとか意識を集中させて気を引き締める。この調子でいるといつまで経っても話が進まなさそうだと、動じない心を無理矢理に作り上げる。
「ふぅ……それじゃあ」
ドカッ、と大胆に椅子をひいて座ると、アッバースからさっきまでの笑みと空気が一切なくなる。こっからは冗談を一切排した内容であることを意識させる。
この座るという動作を通して場の空気を変えてみせる彼の力量にメイアは唾を飲む。
「これから何をするべきかについて、僕から話をしよう」
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もう日は完全に沈み、月明かりや街灯、そして家の中から微かに漏れ出る光しかこの国を照らすものはない。
太陽を失い熱が逃げることで地表には冷気が止まるのみとなっている。
カンペリア集落が位置するのは乾荒原だが、荒原とは本来降水量は微小で、生命がとても少ないバイオームであるはずなのだ。なのに、ここには人間が、狩猟農耕生活を営んで暮らしている。
だから、川が近くに流れ、狩猟の対象となる生命や育てることのできる植物がいる時点で、ここを荒原と呼ぶにはいささか違っているようにも思われる。
そんな不思議なバイオームに住む人々は、今まで外界との接触無しに生きてきた。それはつまり、他の街に行くなどもっての外だ、という慣習法のようなもので。
それはつまり_____
「さて、君の話を聞かせてもらおうか? リーニャ君」
彼女、リーニャにとって初めての、外への旅で。それでいて、初めての場所。
「何を、話せばいいのですか?」
まだ知らない場所に、まだ知らない多くの人々。
彼女の周りを今、何人が囲っている。鎧を着た兵士が数名に法衣をきた老人が更に数名。あとは子供と、魔女みたいな女の人が横で並び無表情で立っていて。
「何を言うか。話すべきことなど、もうわかっておろう?」
凸凹が無駄に散りばめられた豪華な椅子。リーニャはそれが玉座というものである事を知らない為、目の前の椅子はただの椅子に過ぎない。
だから、そこに座る老人が誰なのかすら分からない。
「そうだ。我らに語るべきは「竜神」について。そして、君が暮らす場所についてであろう?」
誰なのかなんてのは理解できなくても、彼の口ぶりからして、彼女はひとつだけ分かることがあった。
それは、鎮座する彼が偉い人間であること。だからこそ、「語れ」と言う威圧のある問い____否、命令に答える義務がある。
「さあ、教えてくれ。今まで語られることの無かった、竜の秘密を!秘境の全てを!君が知る、全てを!この王に!」
「あの、えと……」
王という単語。リーニャが知る初めての事実。全ての権力の頂点を意味する王という単語には、言わないなど許されないという言外の意味が含まれていることに他ならない。
リーニャという幼い少女にのしかかる無慈悲な究極の重圧に対して、彼女が選んだ選択は、
「私たちの秘密は__________ 」
その場を、王の間を瞬く間に轟然とさせた。
================
夜の冷気も、その暗さも伝わらないのがこの部屋の特徴だ。ただ空腹のみが夜であることを知らせるばかりだ。
そんな密室でメイア、シーニャ、そしてアッバースの3人は何をすべきかについての話をしている。
「さて、ここで話すべきは国で起こっている問題点だが、何やら王がここの存在に勘付き始めているようだ」
「ここって、この秘境の地ってことですよね?」
「そうだ。僕が今まで隠し通して来れたのが不思議なくらいだから、仕方ないと言えば仕方ないが。いや駄目だな、秘密とはバレてはいけない、仕方ないでは済まされない」
「アッバース様。もし仮に、リーニャが王城に連れて行かれたとしたらどうなりますか?」
「……なんだって?」
それは盲点だった、とアッバースの表情がより険しくなっていくのが目に見えて分かる。
それもそうだ。能力を持っていないとは言ってもリーニャは「竜の寵児」であることに変わりはない。常に姉のシーニャと共にいたのだから、彼女が秘密を抱えているのも当然のこと。
「彼女は物理的な力こそ強くても、竜神さまに働きかける能力は持っていない。それが理由で民からは劣等として蔑まれていたのだ。彼女の精神は常日頃と摩耗されていたことだろうから、王城で多くの人に囲まれるように問い詰められたなら秘密を暴露するなんて可能性もあり得る」
「劣等って……」
「そう、劣等。私の妹は、寵児のくせして竜神の力に恵まれなかった。だから劣等なの。かわいそうだった、なのに私は助けてあげられなかった」
シーニャもシーニャが思うところがあるのだろう。声が僅かに震えていて、それは妹に悲しい思いをさせたままにしてしまったことに対する怒りと、後悔からか。
「それについては済まない。僕も皆に働きかけたとは言え、人間の心に植え付けられた意思をそう簡単に変えることはできなかった。人間とは、強くもあり醜くもあるからね」
「でも、それは過去でしょう? 今するべきなのは、後悔しない未来を考えることだよ。まあ、希望的観測だけじゃダメだけど……」
「うむ。考えられる全ての可能性を洗いなおす必要はある。その可能性の中でも、今僕が一番危惧しているのが竜神の復活だよ」
「……っ!」
「復活って、もしそれが起きたらどうなるんですか?」
「一言で言うなら、混沌かな」
混沌とは、端的に言い表すならば "区別なく混ざり合っている状態"だろうか。メイアの優秀な頭脳での解釈として、蘇ることでの混沌というのは、国民がパニックを起こし暴乱や逃亡が相次いで起こることでの国の崩壊といったところだろうか。
「もうちょい詳しく言い表すなら、国の崩壊。そして後もう一つ、深刻な問題があるね」
「国が滅びるだけじゃない?」
「ある意味では崩壊に内包された事でもあるんだけど、この集落の存在意義がなくなるって問題が浮上してくるんだ」
彼の口ぶりからしてそれは単に、国がなくなるから集落もなくなるという意味ではないらしい。それとは別の意味でもこの地は滅びを迎えると、そう言っているのだ。
「このカンペリアが竜神からの恩恵によって成り立ってきたことは知っているだろう?それは、今もなお封印された竜神が唯一この世界に干渉できる方法だったから。だから仕方なく恩恵として僕たちに力を分け与えてくださっているんだ」
「なぜ、この世界に干渉する必要が……」
「僕たちが敬う竜神さまは、本当は悪神といっても差し支えない横暴な存在なのさ。だけど、ある日それは幽閉された。竜が生まれて間もなかったからこそなし得た成果だ。しかし、竜はそんなことで怯むことはなく、封印された狭い別次元の中からこの世界に干渉する術を探し、とうとう見つけた」
「それが、恩恵という形でこの地に伝わったと」
「そう。逆に言えば、彼は干渉こそできたものの破壊ではなく恩恵しかもたらすことしかできていない。それに気付いた昔の人間は、その力を独り占めしようと考え、そして外界との連絡を断ち切った。それがこうして、今とても信仰される対象となってしまったのだよ」
破壊の限りを尽くそうと企んでようやく見つけた、次元を超えた干渉方法。しかしそれは、破壊とは真逆の術だった。
しかし、それが破壊に結びつかないのなら止めれば良かったのではなかろうか。なぜ、やりたい事と反対のことをし続けているのだろうか。
「きっと、彼は待っていたのさ。秘密がバレて、復活を目論む人間が現れることを」
「竜神さまの目論みの件は仮定にすぎません。だから皆んなにも伝えていないですし、「竜の寵児」とアッバース様だけの秘密として扱われてきました。しかし、秘密を知っているリーニャが今、誰かの手の内にあるのだとしたら」
「……蘇る時は近い?」
「そうだな。そして、これがなぜ集落が滅びるかの答えだ」
「答えというとつまり、恩恵がどうのという話のことですよね?」
「そうだ。竜神がこの世界に何とか蘇る為に能力を分け与えてくださっていたなら、復活したらもう力を分け与える必要も理由もないということ。それ即ち、お告げを頼りに暮らして来た僕たちから、すがるべき対象が消え失せるということでもあるね」
頼れる存在がいなくなることの喪失感は計り知れないものがある。信仰の対象がどうあれ、少なくとも今の状態でいることが安寧であるのなら復活は食い止めなければいけない。
「レーベン王国が無くなるなら別にそれでもいいと僕は思っている。誰かが新しい国を作ることになるからね。だけど、頼るべき対象を失いこのカンペリアに混乱が訪れればそれこそお仕舞いさ。立て直しなんて出来やしないんだから」
「じゃあ、私たちがこれからすべきことは……?」
「そんなこと、決まっていますよね。アッバース様?」
「予想外の時間という可能性を考慮しようが排そうが、その通り、決まっているさ。王の動向を探り、場合によっては国をも敵に回す。それが使命だ」
ぐぅ〜、とメイアの腹から空腹の合図が鳴り、恥じらいで頬が紅潮するの様子を見て、
「もう夜遅いからね。今日のところは解散して、また明日。他の心配しておくべきことについて話し合おうか」
アッバースの寛大な計らいにより宿泊場所と料理を提供され、一旦解散という形になるのであった。
翌日、再び集まりありとあらゆる考えられる可能性の対象について話し合い、作戦会議は完璧に行われた。
どうやらアッバースが国の大臣にも関わらず王を探れない理由が、大会の準備でそれどころでは無いからだとか。つまり彼の助けは余り期待できないとのこと。
「シーニャも、戦ったりはできないんだもんね」
「はい。私は特殊な効力しか使うことはできません。どれも戦闘向きではないので、観察するという点で活躍してみせます」
「そこまで畏まらなくてもいいのに……」
微笑を浮かべてシーニャとの距離を近づけようとするも、何故か彼女とメイアとの心の距離はまだまだ開いているようにも見える。任務遂行の上で、大会が始まる前には仲を深めておきたいところだが。
大会開催まで後1ヶ月もない。1ヶ月と聞けば長く感じるかもしれないが、内容が内容だ。国を敵に回すかもしれないし竜神が相手になるかもしれない。気を抜いてなどいれない。
『そもそも、竜神のお告げでは国を中心とした大波乱が起きると言う前提がある。それが僕たちの行動によるものなのか否かは定かではないが、竜神が言っているなら確かに起きるはずだ』
さっきまでの大討論での会話を今一度思い浮かべる。
『これはただの僕の予想だが、リーニャはきっと城下町方面に向かっている。姉であるシーニャを探すなら、大波乱が勃発するであろう場所にまずは向かうはずだからな』
でも、1ヶ月も城下町に滞在するとは限らない。
『だが、リーニャも賢い子だ。城下町では大会に向けた準備が全面的に行われている。その様子を見れば、大波乱は人が集まる大会の日に起きるのではないかと予想し、当日には絶対にデモクレイに訪れるはず』
つまり、作戦決行の日には全員が集まるということで。
『決行当日は王やその周りの人間の様子を観察しながら、リーニャがそこら辺にいるかどうかも見てほしい。彼女を見つけ次第回収。その場合はシーニャ、君と2人で先にこのカンペリアに帰ってくるんだ』
そうすれば、行方不明の少女の件も大会の件も同時に進行することができる。
流石にリーニャの件については希望的観測から生み出した苦肉の策ではあると思うが、この際彼女を信じるしかない。
( 国を敵に回す。それが、私に課せられた使命。失敗は絶対に赦せないし、許さない!!)




