第一章03 束の間のカルナ
グランとメイアが山賊を改心させた日の夜。
グランは疲れたとばかりに寝っ転がってメイアが魔法の鍛錬をしているのを見ている。
「ねぇお兄ちゃん、魔法球の中に魔力を込めるのってどうやればいいのかな」
「慣れればまあ、何か器に水を注ぐようなものなんだが、メイアのそれは注ぐというよりは纏わせてるって感じだからな。中に注がないと魔法の威力も上がらないからそこを注意してやればいいんじゃないか?」
魔法球というのは、文字通り魔法の球だ。
球内の魔法の濃度によって魔法の威力が変わり、注げば注ぐほど強くなると考えていい。
戦闘で使われることはほぼなく、魔法の精度を高めるための練習魔法として使われるのが普通だ。
「ほれ、こんな感じだ」
メイアに手本を見せようと、右手を掲げたところに魔法球が現れる。そしてそこに魔法を込めようとして____
「_______っ?!」
突如、グランの右手が禍々しい何かにまとわりつかれた。
その力はグランの動きを封じ、黒いもやが掛かっている。
「くっ、こいつはなんなんだ?!」
「え、何それ!その黒いやつ、な、何?」
「そんなの知らん!だがこれは……まずいな、動けねぇ」
グランは魔法を使おうとするも、魔法を使うどころか腕がそもそも動かない。
つまりグランがこの危機から抜け出すことは不可能であることを意味しているが、これを打破する為に側に控えている妹が手助けすれば抜け出すことは可能なはずだ。
「その禍々しいの、とっても気持ち悪い。ちょっと、じっとしててね!」
「お、おい、何をするつもりだ?」
兄の質問に答えるよりも早く、メイアの手から淡い光が漏れてくる。
その光は状態異常やらを治すものと言えば分かりやすいだろうか、その邪解の光がゆっくりと黒いもやに近づいていく。
_____が、突如その手から光が失われていってしまう。
「え?な、何なのよ。なんで駄目なのよ……!!」
兄妹揃って驚愕の余り絶句する。
禍々しいその力には触れることすらできない。
決してメイアの力不足なんかではない、それはそういうものだと、絶対に太刀打ちできない力だったのだ。
グランは静かに、その不可解な何かを見つめていた。
その顔は恐怖を小さじ一杯混ぜたような暗い顔をしていたが、メイアからはその不可思議な闇で彼の顔が翳っているようにしか見えない。
グランもまた、心配させまいと平然を装っているのだから尚更彼の恐怖には気付けまい。
闇は刻々と広がり始めている。
まるで目的を持っているかのように、グランを包み込むかのように広がっていく。
メイアは何度も何度も異常の打開を図るも、その闇は広がることを止めない。
そして、遂に打開が成されることはなく、身体は全て暗澹たる闇に包まれた。
暗澹に囚われたグランは冷静だ。
闇の中では既に身体を動かせるようになっていたが、絶対に外に出ることが不可能であるとは直感的に理解していた。
ただ、せめて何が起きてもいいようにと、彼は精神を集中させ静かに身構える。
肥大する暗澹を見るメイアは動転する。
闇の外ではその黒塊の破壊を目的に攻撃魔法が放たれていたが、悉く弾け飛ぶのを見て、兄を外に出すことが不可能だと論理的に理解した。
故に、己の無力さと黒塊の強大さに絶望し膝を崩す。
それとほぼ同時に、ゆっくりと闇が消えていく。
しかし、その中にグランの姿を見ることは能わなかった。
_____即ち、兄妹は完全に分かたれてしまった。