第一章29 魔法の使い手
ユニ・ベルグズでも、同様に侵略者による戦いは続いていた。といっても、優秀な者が集まる魔法研究施設ではアル・ツァーイやアンスターほど苦戦を強いられてはいなかった。
「ふぅ、ゴースから弱体化魔法を使う女がいるとは聞いていたが、まさか魔法に魔法陣を描いて発動させるとは思っていなかったわよ。やるわね、貴方」
「あのゴースってやつの襲撃以降、私はもしまた敵が来た時用に対策を講じていたって訳。その努力の賜物よ」
ふふん、とドヤ顔で敵に言うのはこの魔法研究施設の2番手、ナハト・ブルーメだ。
「ま、てな訳で、施設長に即刻始末しろと言われたからな。私は手加減無しに潰させてもらうよ」
「あら、血気盛んな怖い魔法使いだわぁ」
「弱体化した今のあんたなら、私でも簡単に捻り潰すくらいならできると思うけど?」
そのナハトの言葉はハッタリでもなんでもない。彼女は本気で余裕だと思っているのだ。
ナハトの弱体化魔法の効力は巨体のゴースですらそこらの筋肉自慢の男と同じくらいの弱さになったのだ。目の前のバーティとかいう魔女のような女ならば、だいたいメイアと同じくらいの強さになるだろう。
だから、
「少し苦戦はするかも知れないが、何、恐るには足りないということだな」
「仕方ないわねぇ、普通に魔法の撃ち合いなんかしてたら押し負けるだろうし、ちょっと工夫を凝らしましてよ」
ふっ、と鼻で笑うように微笑むと同時、目の前の女は当然に姿を消した。目にも止まらぬ高速で移動したとかってことはあり得ない。弱体化とは全てのステータスが下がることであるため、目で追えないスピードは出せないはずだ。
「何ぼけっとしてんのさ。私はここよ?」
その、ナハトを煽るような声は横から飛んできた。その方向に目を向ける暇もなく横から火炎魔法を撃たれバランスを崩してしまう。なんとか腕でガードし、胴体に直撃して大ダメージを受けるのを阻止。
連続して魔法が放たれた訳でないことを認知するとすぐに身体を敵の方へ向けた_____と思ったが、そこにバーティの姿はもうない。
「今度はどこに消えたんだ?厄介な力だな」
「どこを見ているのさ。私は最初からここにいたじゃないか」
次に女の声を聞いたのは、さっきまでナハトが向いていた方。つまり、敵は最初の位置に戻っていたという事。
今回も同じく、ナハトが敵へ意識を向ける前に火炎魔法が直撃する。
それからというもの、何度も何度も彼女は消えては攻撃、消えては別方向から魔法と、厄介な行動をし続ける。
ナハトは防戦一方で、直感と反射でなんとか大ダメージを免れてはいるものの、これ以上何もできず魔法を受けるばかりではまずい。
「いやはや、よく分からんが消えることができるってのはストロングポイントだ。賞賛に値する能力だとおもう。だが、戦いに於いて大切なことの内のひとつに、よく観察すると言うものがある。ん、そういやメイアにこれを教えたことが無かったような気もするが、今はいい。そして、私はこの消えるという最強とも思える能力をよく観察した。どうやら、直感だが、それには何か重大な欠点があるように思えるな」
「なにぶつぶつ独り言を喋ってるんだい? 」と言いながら敵は魔法を放ち消える。そしてまた現れると「そろそろ反撃しないと何もせずに死ぬことになるよ?」と言い、また魔法を放っては消える。
「ちっ、仕方がない。とりあえず、熟考しないとな」
言うと、ナハトは2つの魔法を重ね掛けする。素早い思考ができるようになる魔法と、深い思考が可能になる魔法だ。それらが合わさることで、次の魔法が放たれるまでの短いインターバルの中でもまるで学校のテストを解いているかのような感覚を得られる。
(さて、私の観察の結果を整理しようか。まず、この女は大体4方向から魔法を撃ってくることが多かった。最初に女がいた方向が私から見て東で、最初に姿を消したときあいつは北側から攻撃してきた。その後、再び東に戻り、北、西、北、西、南、東、北、東、南、という順番で出現した)
つまり、バーティは東西南北のいずれかの方角から出現しては再び違う方角から出現、というのを繰り返している。
と、ここまで考えるのに1秒弱。ちょうどバーティが姿を現し魔法を放とうとしているところだ。だが、ナハトの推察はまだまだ続く。
(ここで、私の考えが正しければこれは賽子の出た目の数と同じだけ、四角形の角を時計回り、或いは反時計回りをするといった数学の確率分野で稀にみる問題に似ている。そうすると、賽子の出目が1だった場合には方角が1つだけ変わる。最初の位置が東だったなら、1つ分時計回りに動けば南、反時計回りなら北となる。出目が2だったなら、最初の位置が東のとき、時計回りでも反時計回りでも西から現れると言うこと。そして、あいつが消える前の方角と出現後の方角の差異を見てみると、毎回女は1ずつしか動いていないことがわかるな)
ここまでの考えを簡潔にするならば、敵は消えた後どこからでも出現できる訳ではなく移動範囲に限りがあり、少なくともナハトの後ろまで回り込むことはできないといったところか。
ここまで更に1秒ほど時間をかけてしまったので、一撃魔法を喰らってしまう。しかし、それは次の攻撃まで約2秒のインターバルがあると言うことでもある。ここは甘んじて攻撃を喰らい、勝利のためにもっともっと考える。
(よし、ここまでの考察であいつの出現位置が二分の一にまで絞り込めたな。なら、この50%の確率を100%に近づけるにはどうすべきかについて考えよう。まず、この「消える」という力が見たまま「透明になる」能力なのか「空間移動」能力なのか、というところだな)
もし「透明になる」能力であるならば、透明になっていても攻撃は命中するし、行動予測も簡単だ。
逆に「空間移動」能力であれば、予備行動無しで移動できるので予測は難航する。このまま半々の確率で予測するしか無くなってしまう。
(だが、ここまでの観察で気になる点がひとつ。あいつは時計回りに動くと左手から、反時計回りだと右手から魔法を放っているらしい。ではなぜ手を使い分けている? もう考えていられる時間はないしな、ここはずばり、「透明になって」動いているからだろう。透明になれる時間が決まっているのかどうかは知らんが、攻撃時に必ず姿を現すのはおそらくそういう理由があるからだ。ならばこそ、あいつは急いで移動してるんで移動後の勢いを殺しきれず、魔法を撃つ手を使い分けていると考えるしかない)
丁度そこまで考えたとき、ナハトの魔法の効果が切れると同時に敵の火炎魔法が再び命中する。
「まるで檻の中の実験体ね。四方八方を囲まれて集団でリンチにされる、可哀想なこと。あなたの威勢は言葉だけのものだったってことかしらね?」
「いいや、待たせたねぇ。ここからだよ、今から、反撃を開始するよ!」
「そうかい。せいぜい足掻くといいさ」
言うと、例の如く敵は姿を隠してしまう。だが、ナハトは見逃さなかった。敵が身体を傾けながら消えたのを。
傾けた方向に重心が移動することが万物の理であるならば、消えた後に重心の方向へ移動することがより素早い行動ができると言うこと。
「つまり、お前はそこにいるっ!『ルス・オーブ』!」
その先には施設の崩れ去った壁の瓦礫しか見えない、そんな何もない空間に向けて光の魔法を撃つ。すると突然、空気が歪むように形を成すと、それに魔法が命中し、爆発した。
ナハトの推察通り、バーティはそこで魔法をまともに喰らい怯んでいた。
「な、なにを、なぜ?」
「ふふん、その力、見破ったり!」
ナハトは全力で威張ってみせる。戦闘中に有頂天になってしまうとその油断を狙われてしまうことは十分理解している。だからこそ逆に、慢心したように演じて見せることで敵の行動を促進させるのだ。
自分の能力を看破したなどと煽られてムキにならない者はそういない。誰しも「そんなはずがない」と、もっともっと能力を露わにしていくはずだ。
それはこの侵略者、バーティも同様だ。
「そんな筈ないわぁ。偶然に当てられたからって、見破ったなんて思わないことね!」と言って消える。
しかし、やはり彼女は身体を傾けながら消える。であるなら、ナハトがすることは全く変わらない。
「次はそこだ!」と、ナハトの魔法は再び命中。それからも「そこ!」「まだまだ!」「喰らえ!」「ほら、どうした!」「もっと全力で逃げてみろ!」
容易く形勢逆転まで持ち込むことに成功し、バーティは息を切らして動けない。勝負は決した。
「どうだ、これで理解したか?もう能力は見透かされてるってことをな」
「どうやら、そうらしいわね。でも、それって、私が消える前の僅かな動きを見て判断しているからでしょう?」
「……なんだ、分かってるんじゃないか」
「なら、これならどう?」
なんの動作もなく、直立不動のままバーティは消える。そうなると左か右か、どちらに出てくるかは分からない。もし選択を間違えればダメージを受けるのはナハト。予備動作という弱点に気付かれたからこそナハトの看破は無駄となったが、そもそも根底からして、どちらに投げるかを考えるのが間違いなのだ。
「私が一方向にしか攻撃ないとでも思っているのか? どっちに出るかわからないなら、どっちもやるだろ」
その両手には雷の槍が握られていた。それは投擲用の、今まで何度も使用してきた魔法のひとつだ。それを素早く左右に、ダーツをするかのように投擲。これでフィフティ・フィフティの確率は絶対命中に変換された。
しかし、雷槍は何にも触れることなく空気を割き、奥の壁を破壊する。轟音と共に部屋が崩れ去り、つまり、命中しなかったらしい。
「ふむ、確かに尤もな結果だ。そもそもなぜお前が東西南北の4方向からしか攻撃してこなかったのか。単純に消えるだけなら8方向からでも、32方向からでも、上からでも下からでも攻撃できたはずだしな。または、動かないなんてことも出来るはずさ」
魔法が命中しないという、ナハトの予測とは異なる結果が出たにもかかわらず彼女は冷静だ。と言うより、もともと彼女は敵の位置を把握していたのだから当然だが。
バーティは今、ナハトの目の前で金縛りにあったように固まってナハトを睨んでいる。そう、敵は透明になっただけで動いていなかった。
「さっき私は徐々に効果が現れはじめる束縛魔法を光魔法に紛らわせて放っておいた。だから今、あんたは動けないはずさ」
ナハトは歩いてバーティの目の前まで近づき、
「さっきも言ったが、何故、4方向からしか攻撃してこなかったのか、それが疑問でね。まあ、そのおかげで簡単にここまで挽回できたわけだけど」
「こ…れは、"消える"力でもあって、"瞬間的移動"の……力がでもある、からね。まあ、"消える"方が能力の9割を占めているから、ほとんど空間移動していないのだけれど、弱体化さえなければ、どの方向にも、行けるわね」
少しずつ束縛魔法の効果が薄れてきたらしく、だんだんスムーズに話せるようになっている。
「このバインド効果は何分か持続する筈なんだが……まあいい、完全に効果が切れる前に眠ってもらおう。正直、私は全力を出しきれなかったからな。今後に期待と言ったところか。それじゃ、これで終わりだ」
そう言ってナハトは指をパチンっと鳴らす。
「え、今何て言_______」
バーティが何かを言おうとしたが、彼女が言い終えるより早く、雷が落ちてきた。高電流高電圧の落雷を直に受け、敵は沈んだ。しかし、
「すみませんハンニバル殿。まだこのバーティという者を始末するには惜しいようです」
ナハトは敵を殺すのではなく気絶させるという形で決着をつけた。その真意は何かへの期待からであるが、その期待の意味を他の何者も理解することはできないだろう。
「さて、まずはどっかに閉じ込めてから永続的弱体化魔法陣でも張って、施設長のところに観戦しにいこうかね」
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この魔法研究施設にやってきたもう1人の侵略者は、現在施設長と共に広く戦いやすい場所へ移動していた。
目指すは、魔力測定に使われる地下の広間。
「にしてもエレベーターで移動なんてさ、ボクに襲われるとか思わないの?」
そう、狭いエレベーターという箱の中で殺意剥き出しに言うのは侵略者のイッポスだ。まだ幼い、10歳前後と思われる子供だ。
「子供に襲われたところで何ともありませんよ。もう少ししたら遊んであげますから、待っててくださいね」
同じくエレベーターに乗る好青年、ハンニバル・Kは優しく、子供を相手するように話しかける。とは言え相手は本当に子供であるので、子供を相手するようにという表現は間違いかもしれないが。
「ま、そう言うと思ったよ。で?次は何を話してくれるのかな?」
「私は子供の扱いが苦手でね。嫌いではないし、好きな方ではあるのだが、私が不器用なせいで毎度の如く子供が泣き出してしまうのだ。参ったものだよ。君は、泣かないでくれると嬉しいかな」
「うんうん、言うと思った」
「またまた冗談を。私が不器用という情報は君が知るはずもないのだから、言うと思ったはずがないんだがね」
「知ってるよそんなこと」
なんだか不思議な小童だな、とハンニバルは思った。「言うと思った」だとか、全く話を続けるつもりがないようにも捉えられるし、ただただ揶揄ってるだけのようにも捉えることができる。
この小童と話すと調子が狂うなクソッ、と考えハンニバルは黙り込むことにした。
「ま、黙り込むってのもひとつの方法だよね、わかる。にしてもお兄さん、さっきナハトって女の人に『即刻始末しろ』なんて言ってたけど、実は口悪い?」
「チッ、普段は公私を使い分けているだけだ。お前の言う通り、俺は普段から荒っぽい人間だ」
「話してくれたね。黙り込むんじゃなくてよかったよ。じゃあ、子供が好きとかって話は本当なの?嘘なの?」
「あれは本当だ。普通のガキは俺のこの性格に気付くと怯えて近寄らなくなるんだが、お前は違うのか」
「だって、これから殺し合いをするんでしょ?」
本来の性格は荒っぽいハンニバルと言えども、子供の頃から殺し合いだなんてことを平気で言う子供をよくは思わない。子供は好きな方でも、このイッポスというやつだけは仲良くできそうにない。(普通の子供とも仲良くできてないが)
「ほら、着いたぞ。ここで戦おうじゃないか」
「おぉ〜広いねぇ。ここを根城にして世界侵略とかも良いかもしれないよ」
「できたらいいな。できたら」
ハンニバルとイッポスが魔力測定所に入ると、その場にいた研究員達がそれぞれに「ハンニバルさんこんにちわ」などと挨拶をする。
「すまないが皆、いまからこの子と手合わせをすることになった。大変激しい戦闘になることが予想されるため、一旦ここから出て行って欲しい!」
一通り皆からの挨拶を受け取った後、ハンニバルは研究員達に退出勧告を出す。
それを聞いた研究員達がざわつき、「あのぅ。お言葉ですがその子、そんなに強いんですか? こんな広い場所なのに、それでも退出しなければいけない程に、ですか?」と、ひとりの女性研究員が質問すると、
「ああ、名をイッポスと言いましてね。もしかすると、この前ここで名を馳せたメイア・スマクラフティーよりも強い可能性さえあったりと、まあ、戦いに巻き込まれてもいいと言うなら残ってもらっても構いませんが」
そう言うと、渋々と彼らは荷物を持って部屋から出て行く。「巻き込まれてでも所長の戦闘を一目見たい」と言う猛者が何人か残ったが、これなら問題なく暴れられる。
「さすが所長だね。戦うためならこうすると思ったよ」
「そうかい。じゃあ、さっそくやるか」
「もちろん」
言うと、2人は巨大な部屋の真ん中に向かい合うように立ち、睥睨し合う。
「ああ、そうだ、そこの君。ちょっと試合開始のコールをしてくれないか?」
「あ、はい!わかりました!では、もう宜しいですね?」
戦地に残った研究員が問うと、2人とも自信満々に頷く。
そして、
_________始め!
「んじゃ、まずは手始めにこれを喰らえ」
コールとほぼ同時に、ハンニバルは無詠唱で光の波動を無慈悲に叩き込む。眩く閃光が瞬きする間も与えずにイッポスに到達すると、小さな身体は呆気なく光に呑まれる。
と、それで敵を倒せるなんてことはない。
パチンッ!と、指を鳴らす音が光の中から漏れ出すと、ハンニバルの魔法は弾け飛んだ。
「最初から『リュミエール』を使ってくるだろうなって思ってたよ。いやぁ強いね、楽しめそうだ」
「いや、誰が最初に『リュミエール』を放つなんて分かるんだ。さっきから俺の精神を苛立たせるようなことばかり言いやがって。ほいっと。でよ、どうやって俺の攻撃を弾いてるんだ?」
ハンニバルは会話の合間に「ほいっと」と言いながら次の魔法を叩き込んでいた。無属性魔法の赤い無数の矢が敵を射抜かんと勢いよく突っ込む。
「うーん、どうやってと言われてもなぁ。このくらいの魔法ならバーティっていうさっきの魔女の方が強いしなぁ。見慣れてるよ」
イッポスもイッポスだ。
何本もの矢を軽々と回避し、すまし顔で会話を続けてみせる。まさに天才同士の戦い。
「ちっ、魔法が効かねえなら直に叩き込むってのはどうだ?今度は肉体勝負といこうや」
「おっと、子供と殴り合うなんて絵はなかなか見られない光景だね。ま、受けて立つよ」
敵の言葉を聞き「よく言った」と微笑むと一瞬の内にハンニバルは懐へ入り込み、高速怒涛の連打を浴びせんとする。
側から見ればただただ児童を一方的に殴り殺そうとしているようにしか見えない。観衆は驚愕の表情を浮かべ残虐な行為をしようとする施設長を見つめていた。
だが、ハンニバルにとっても観衆にとっても予想外のことが目の前で起きていた。速すぎて反応できないくらいの速度で拳を振るっているのにも関わらず、ハンニバルの前に立つ子供は間一髪で全て回避している。
回避力が上がる魔法『アボイダブル』か、それに類似する魔法を使っているのかと疑ったが、そうでもないらしい。
「魔法も使わずに全部躱されるとなっては俺の立場も危ういな。お前、子供の領域を超えているぞ」
「子供はどのようにも成長できるからね。もっとも、何百年と子供でいたならどれほど成長できるのか、なんて想像もできないだろうけどね」
「はぁ?」
「やっぱり、理解はできないよね」
何を考えているのか分からない謎の笑みを浮かべる。その瞳は確かにハンニバルを見ているが、どこか別次元のハンニバルを見ているかのようで、自分の全てを見透かされているんじゃないかとさえ感じる。
するとその時イッポスはようやく攻撃に転じる。ただの単純なストレート、腕を一瞬大きく振りかぶり肩を上げて殴りかかってくる。やはり敵は子供、動きがいくら洗練されていたとしても、戦闘技術は明らかに劣っている。
ハンニバルは横にスッと回避し「そんな攻撃は効かんぞ」と挑発のつもりで言ってみせる。
すると、「うん、知ってるよ」と返答が来て、
バァンッ!と、猟銃で獣でも撃ったような破裂音が広大な戦地に轟いた。実際に銃が放たれた訳でも、そういう魔法が放たれた訳でもない。
「くっ……かぁ……」
しかし、もがき苦しむ声はまるで弾丸に穿たれた時のそれだ。それほどに、侵略者イッポスの一撃が常軌を逸していたということである。
ずるっとハンニバルは崩れ落ち、膝を地につけ呼吸を激しく乱している。彼は子供の攻撃に反応が出来なかった。イッポスはハンニバルが反応できない僅かな隙を見抜き、そして突いた。
「これがボクと君の差だよ。努力の数が違う。生きた長さが違う。その差は埋まらないのさ」
まだ幼いはずの敵からは幼さを全く感じない。それが生み出す矛盾した雰囲気は異質だ。
「次に君は何をする?どうやってこの状況下で足掻いてみせる?教えてよ。そんな時間が残されているなら、ね」
「……あぁ?」
ヒィゥンーーッ!と、次の瞬間には異質な音を立ててそこからハンニバルの姿が消えていた。いや、消えたと錯覚させられているだけだった。
イッポスは小さな体にもかかわらず、ヒィゥンという音が出るほどに速い蹴りで2,3倍の大きさがある大人を蹴っ飛ばしていた。
蹴られたハンニバルはいつのまにか部屋の隅まで吹き飛んでいて、微動だにせず横たわっている。
「んんん?もしかして、まだ諦めてないの?」
そんなイッポスの声が響くが、未だ倒れたまま動いてすらない。ましてや部屋の中心から端まで割と距離があり、相手の細かい動作など認識できない筈だが。
それなのに何故、ハンニバルがまだ諦めてないなどわかるのだろうか。
観衆はもう何も言うことも反応することもできず、ただただ目の前の惨状に圧倒されている。
「まあいいや、ボクの方から近づいてあげるよ。そっちの方が起死回生のチャンスだもんね」
言うと、イッポスはゆっくり歩き出す。「あ、そうだ」と言いながら彼は左腕に巻かれた包帯を取り外して行く。
普段からずっと付けているのか、包帯は薄汚れて禍々しさをも放っている。
「まだ、この力は見せていなかったかな? これがあれば、さっきのボクの攻撃が優しいものだったって気付けるはずなんだ」
その包帯が外された途端、場の空気は目に見えて一変し、禍々しさの正体が露わになった。
左腕は一見、普通のそれに見えるのだが、黒い雷のような高密度エネルギーが肌を走っているのが徐々に分かってくる。
黒い雷を認知した瞬間にそれは極大に膨張し、広大な部屋全体までエネルギーが拡散。それが原因か、観衆の何人かがふらつき、倒れる者まで現れ始める。
「んー、やっぱり、君たちは最初の施設長さんの言うことを聞いてここから出て行くべきだったんだよね」
言いながら、イッポスは未だ床に伏しているハンニバルの目の前に到着し、見下ろす。
「さあ、立ってよ。その瞬間、ボクはこの天災を叩き込んであげるから」
イッポスの言う天災とは腕を這い戦場を呑み尽くした黒いエネルギーのことのようだ。そもそも、なぜ子どもの小さな体でこれほどの力を留めておくことができるのか、そこから既に謎。
そんな全てが謎の少年は続けて言う。
「ん? でも、おかしいな。ボクの予想では君がすぐに立ち上がって戦いを続けてくれるはずだったんだけど……何かミスしたかな?」
「ああ……おまえはひとつ、ミスをした」
「……?! 嘘だ、ボクはそんな行動知らないぞ……」
突然、イッポスの余裕に満ちた表情が驚愕した顔へと変化し、ハンニバルは生まれたての子鹿のように震えながらも腕を動かし、笑いながら立ち上がる。
「ふふ、ははは! 驚いたよ。君が、こん…なにも、強いとはね!」
2撃しか喰らっていないのに既に彼の額から血は流れ出し、口から、鼻からも血液が流れている。
いとも簡単に追い込まれたのに、逆にそれを楽しんでいるような笑い声。負ける気はない、と。
「なるほどね、よくわかったよ。お前が俺の高速連打を全て回避し、俺が何を言うかを全部知っていたかのように振る舞っていた理由がな」
「そんなこと、そんなことを言うなんて知らない!い、いや、落ち着くんだボク……そんなことより、この左手で殴ってやらないとね、そうだよね、うん」
「何で俺がにお前の能力反してずっと起き上がらなかったかわかるか?」
「……へ?能力だって?」
「そうだ。能力だよ」と言いながらイッポスをビンタするように弾き飛ばす。
「そう、お前の力は特定の相手の次の行動を予知するってものだ。未来予知に近い能力って説明するのが的を得ているが、逆にそれが弱点でもあるってわけだ」
「そんなはず、ボクが攻撃を受けるなんて運命は知らない!例えボクの能力がわかったとして、だからといって未来が見えなくなる筈がない!」
「ああ、そりゃあ、お前の未来予知は未だ健在だろうさ」
意味がわからない、と顔を歪ませるイッポスにもう冷静さは残っていないらしい。自信を持って使用してきた予知能力が作用していないことが相当響いたということだ。
もはや適切な判断力を失ったか或いはやけになったか、一瞬でハンニバルの懐まで入り込むと、左手の高エネルギー攻撃を_____と、それすらも弾かれ反撃される。
「おっと、お前の力量は既に確認済みだ。一度肌で感じたものが俺に通じると思うな」
「_____嘘だ。ボクは、まだ左手で殴ってすらいないのに、肌で感じている筈……あ、」
「気付いたか? この空気中にそのエネルギーは充満してるだろ。ああ、まずはネタバラシからしようか。俺はその戦闘中に於いて、触れたものの能力や詳細が解るって力を持ってるんだ。んで、敵の情報を整理した後、俺に同じ攻撃は通じない。ただし、「殴る」と「蹴る」では違う攻撃だから俺は2回、お前の攻撃を喰らったというカラクリだ」
一度攻撃を受け止めるか喰らうか、まずは触れなければ発動しない能力だが、彼のそれが発動したら最後。もう彼に同じ攻撃は効かないという、まさに最強とも思える力だ。
だが、この能力にも抜け道はある。「殴る」と「蹴る」では違う攻撃だからダメージを受けるというのは仕方ないとして、同じ「殴る」でもダメージを受ける場合はある。
「特別に教えておいてやろう。例えばぱっと見同じ攻撃でも、「ジャブ」「ストレート」は違う攻撃だ。そう言う場合なら、「殴る」という攻撃でも2回俺にダメージを与えることができる。もっとも、攻撃する側がそれを「違う攻撃」だと意図している必要はあるけどな」
「君の力のカラクリはわかった……でも!なら何故ボクの予知が効果を成さない!」
「お前のは未来予知ではあっても完全ではない。あくまでも相手の次の行動を予知するだけなんだ。今お前には、俺が魔法を使う未来が見えている筈だろう?」
「そ、そうだね、正解だ」
「でも俺は魔法を放ってこないと、それは間違いだ。既に魔法を使用しているさ。そして、俺の行動が全てお前の予知と違う理由は、お前が予知した俺の行動の、更に次の行動を俺がしているからだ」
「は、ぁ……??」
イッポスに最初の余裕はもうない。その顔は蒼白で、冷や汗は滴り、ついには尻餅もついてしまっている。
戦いは、最初からハンニバルが勝つ。最初から決まっていたことだったのだ。ハンニバルはただ、敵の能力を知るためにわざと攻撃を受けただけで、圧倒的な差はすぐに埋まった。いや、差は逆に広がっている。
「いいか? お前はさっき『まだ諦めてないの?』と俺に質問したが、俺はあの時立ち上がろうとしたんじゃ無く、魔法を使ったんだよ。そして今もその魔法は発動せずにいる」
ハンニバルの説明は、聞けば聞くほど頭がこんがらがるようなもので、余裕を失ったイッポスでは情報処理が追いつかない。
「魔法を使用するという行動が実際に行われるまでを予知しているんだとしたら、未だ発動せずに鎮座している魔法があるのに次の行動の予知ができるはずもないよなぁ?」
イッポスは発動しない魔法をひとつだけ知っていた。
「ちなみに、既に使用している魔法ってのは、お前の尻の下を見ればわかるぜ」
「し、下だって?……や、やはり、これは」
ハンニバルが指し示すところにあったそれは、白く光る魔法陣だった。部屋が白いこともあり、それが保護色となって誰にも気付かれずに描かれていた。
「ナハト君が魔法陣を作ったと聞いてね、ここで1番強い俺も作らずにはいられなくって作ってみたんだ。じゃあ、ここでようやく君の予知通りに魔法を使ってやろう」
「いや、いい、待ってくれ。その魔法陣はやばい、そんな予感がする!予知しなくても分かる、やばいんだ!」
「今更何を言う? 予知通りに物事が進まないのが嫌なんだろ?だから魔法を使ってやると言ってるんだ。それにしても、この魔法陣がどんな効果を持つのか見ただけでわかったのか? そうかそうか、分かるってのは逆に災難だったな」
立つ余裕すら無くなったイッポスは足を引きずりながら魔法の範囲から逃れようと動くが……
「う、うあぁぁぁぁあああぁっ!!!!」
魔法陣は激しく光を発して、発動した。
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「ハンニバル殿、そちらは終わりましたか?」
後ろから声をかけてきたのは女だった。後ろを振り向くとそこには、制服をボロボロにしたナハト・ブルーメが立っている。どうやら魔女との戦闘が終わってここまで来たらしい。
「ん、ああナハト君か。終わったよ。殺しはしなかった、将来有望な気がしたからね」
「それなんですが、私の方も生かしておきました。始末しようかとも思ったんですが、永続弱体化魔法陣を張って閉じ込めて置いたので大丈夫でしょう」
「うむ、了解した」
「あの、それで、件の子供は何処へ?」
「これだよ、これ」
ハンニバルは足元を指差し、そこを見ると1匹の爬虫類的な生物がいる。トカゲに近い形をしているそれはどこか禍々しさがあって、少し気味が悪い。
ギョロッと目を動かしナハトと目が合うと、ナハトはなんだか嫌な気がしてつい目を逸してしまう。
「魔法陣を張って発動させたら爬虫類になってしまってね。まあ、すぐに戻すこともできるから当分はこの姿で監視しておくのも悪くないかな」
「そ、そう、です、ね?はは……」
もはやなんて反応すればいいか分からず、苦笑いで対応する。前々から分かっていたが、このハンニバル・Kという男は普通に恐ろしい部分がある。
と、そんな感じで事後報告を済ませたときだった。
パキッと、何か硝子のようなものに罅が入る音が響く。
「何の音だ? ここらに硝子など割れるものはない筈だが」
「ナハト君。この音、この爬虫類から出た音のように聞こえたのだが、気のせいだろうか?」
「……え?」
パキパキパキ________パリィーーンッ!
今度は完全にそれが割れた音が響いた。これはナハトでも認知できるくらいに音の出どころが明らかで、イッポスから発せられた音だった。
「まさか、まだ何かをやるつもりでしょうか」
「……いや、そうじゃないらしいぞ。さっきまで漂っていた悪のオーラがさっぱり消えた。まるで、こいつの心が浄化されたように消えていったぞ!」
言うと同時、イッポス_____今は違う姿だが、それが何か苦しむように声をあげ、悶え始めた。
これで侵略者との戦いは全て描写されましたね。
ここから先どうなっていくのか、お楽しみにしてもらえると嬉しいです
ではまた次回もよろしくおねがいします!




