第一章02 『ヒビ』と『クサビ』と、過去のお話
くどい様だが、一度ここでスマクラフティー家の住む村について語っておこう。
アル・ツァーイという村の名前は「王の罅」という意味が込められている。
普通、他の村なんかにはこんな大層な名前は付けられていない。この村が特別であるのだ。
では何故この辺境にある村が他の違うのか、それは古い古い歴史を紐解くことで見えてくる。
かつてこの地は村でなく一つの小さな国であった。
そこを治めていた旧き王はとても寛大で、様々な地域の人々を受け入れ、貿易をしていた。
経済もうまくいき、小さいながらにして優れた場所とされていたのである。
しかし、ある時その王が"失踪"した。
この失踪の噂は瞬く間に広がっていったが、さらに驚くべきことがこの日を境に各地で起き始める。
世界中の平民、貴族、その他もろもろの人々が次々と姿を消し始めていくのである。
その怪奇を受けて、大都市アラ・アルトではこの不思議な現象について2つの説が挙げられた。
「最初に姿を消した王がこの怪奇の犯人である」
「我々には理解できないような、謎の力が引き起こした」
もちろん、謎の力なんて支離滅裂な説が認められる訳もなく、前者の説が優勢となった。
「魔法」というのが既に謎な力だと思うかもしれないが、彼らにとって魔法は生活の一部であり、謎だとは思っていなかったらしい。
また、この2つ以外の説を挙げる者もいたようだが、世間の波に呑まれすぐに打ち消されてしまっている。
こうして、優勢な説に則り小さな国の王が犯人だと判決を下したアラ・アルトの軍は、そんな小さな国を1日で落とした。単なる力と数の暴力に王なき国が対応できる筈もなく、
国は滅び、そして小さな村として維持されることになったこの場にアル・ツァーイという名が付けられた。
大都市アラ・アルトが「旧き楔」、つまり世界を繋ぐ要となる都市であるのに対し、アル・ツァーイは楔によって穿たれた地を意味している。
大都市に罅を入れられたという歴史を持っている為に、特別な名とともに辺境に存在しているのだ。
かつての国の旧賢王、デアヒメル・ターヴァは失踪する前日にこう言ったという。
「吾が理由でこの国が滅びるようなことがあれば、その時の吾が何をしていたか記録しておくがよい。吾亡き時に滅びたのなら、それは吾が理由なのではない。吾は死すまで賢王であり続けるのだから」と。
彼の言葉を鵜呑みにするのなら、国が落とされたのはデアヒメルが悪いなんてことではなく、他に真の理由があったに違いないということだ。
であれば、その真の理由がいつか解明され、王の失踪の謎も自明となるときが来るのであろうか。
今も多くの学者が研究と解析が行われているが、それはまだ推測の域を出ていない。
淡々と語ったが、これがスマクラフティー兄妹の住う地の歴史である。
この過去のお話に何の意味があるのかと言われれば答えにくいところがある。
しかし確かにこれだけは言えよう。
全ては過去から始まったことなのだ、と。