第一章28 弱者は破壊を防げない
細かく刻まれるレイピアの攻撃は全て風圧で相殺される。
逆に、殴打を回避しても風圧で身体のバランスが崩される。この地にて戦うのはグリム・ベム、辺境の村アル・ツァーイの政務担当員である。
今、彼はこの戦闘に於いて不況に立たされている。
「ちぃッ、それが、どうしたぁぁっ!」
「貧弱だな、訓練が足りてねぇんじゃねーのか? それで本当に俺を倒せると思ってるなら笑いもんだぜ」
「そうやって油断していること、すぐ後悔することになるだろうさ!『怒れる掌』っ!」
巨大な拳が魔法で形成され、思いっきり目下の男を殴りつける。それにどれだけの破壊力があるかは言うまでもないのだが、男の力も言うまでもなく恐ろしい。
軽々と、それも片手で拳を受け止め握りつぶしてみせたのだ。とは言っても、その男の力が狂ってるなんてことは既にグリムも承知している。
「ほぉ? でっけぇ拳に紛れて姿を眩ましやがったか。ま、バーティとは違ってただ隠れただけなんだろうがな。そして、こういう時愚か者がやることと言ったらただ一つだ。そう、背後から攻撃するってな」
言いながら男は後ろを振り返ることもせず手の甲を背後に向け、ため息をつく。
「おいおい、本当に背後にいたのかよ。駄目駄目、そんな安直な行動するなんてよぉ。やっぱし、この世界の人間は強くねぇのかな。それとも_____」
甲に触れただけで呆気なくも血を吐きうな垂れるグリムを見て、蔑視の形相で言う。
「_____お前が弱すぎるだけかぁ?」
「は」
「おっとどうした、もう声が出せなくなったってのかよ。あーあ、ハズレだぜ。まあいい、お前だけに構ってる暇もねぇんでね、とりあえずこの街を破壊させてもらうぜ。じゃな」
グリムは何も言えず、血反吐を吐いてただ睨みつけるしかできなかった。怪我が酷いから喋れないのではなく、男の言う通り、何もできない弱者だから。
ダルジェンに劣るのは仕方ないこととして、同じレイピアを武器とするエスティアにすら劣っているのがこのグリム・ベムという男だ。政務担当員として、ただ頭がちょいと優れているだけ。戦闘に於いては秀でた部分がないと、常々劣等感を感じてきた。
だから彼は、戦闘のこととなると毎度毎度と、荒れ狂ったような正確に変貌してしまうのだ。自分を強く見せたい故に暴れ回るのだ。
もうあの男の姿が見えなくなってしまった。もう駄目だ、もうこの街も助からないと言う考えが頭をよぎる。
「クソッ、クソッ!俺は、何も護れねぇのか!」
己への怒りに身も震え、拳を握る力が強くなる。手の中に握られたレイピアがグリムを憐れんでいるように錯覚してしまう。村長ハバキリはこの剣に特殊な力を与え、常に身から離さず持っていろと言いながらこの剣をグリムに授けた。
その日から彼女の言いつけを守り常日頃から身につけて大事にしていたにもかかわらず、彼はこのレイピアの特殊な力が何なのか、未だに知らずにいた。
まるでレイピアがグリムを認めていないのではと疑ってしまうほどに、何も起きない、普通の細剣。
エスティアやダルジェンの武器はしっかりと効果が表れていたのに、どうして自分のは何もないんだと、村長をも疑う日があった。
「どうやら、最も疑うべき存在は私自身だったらしいです。でも、もう気付くのが遅かった」
何か大きいものが崩れるような轟音が響き始めた。それを聞いて「ああ、街の破壊が始まってしまった。もう彼を対処できる者はいない」と嘆き、街の家々が崩れ滅んでいくのをただ眺めていた。
街に響く崩壊の音、人々の悲鳴、誰かが戦っているような音も微かに聞こえる。
「ここにいるのがグランかメイアなら、止められたのですかね。もし無理だったとしても、こうして私みたいに座ってただ傍観するだけじゃなく、きっと立ち向かったでしょう」
『ーーさい』
「嗚呼、あの男を倒せなくても、どうにか対処する手段さえあれば_____なんだ、今、どこからか声が?」
『立ち上がり、なさい』
周りを見渡しても何もいない。それなのに近くから子供のような声が響いて聞こえる。どうやら幻聴すら聴こえるほどイカれてきてしまったかと自分を嘲笑する。
「誰だか存じませんが、なぜ、私が立たねばならないのですか。何もできない私が」
『その日が来たからです。貴方が剣を扱うその日が』
子供にしてははっきりした、幼稚でない内容。子供の声のようで、女性の声のようにも聞こえ、はたまた神様なのではとも思える声は続けて言う。
『手の中の剣を握り、立ち上がりなさい。貴方は弱い。しかし、倒すことだけが戦闘を終わらせる方法ではありません。
貴方が自分をどう思って何をしようと構いませんが、私に従うことは確定事項。それが翻ることはない』
「はは、上からですね。誰かは知りませんが、なぜ見ず知らずの者に命令されなければ? 私のレイピアは力を……」
「力を与えてくれない」と言おうとしたが、その言葉は中断されてしまう。一切の思考は「何故」に変換され、脳を「何故」が埋め尽くす。
手に握る細剣は、やはりグリムを憐れむかのように佇み、光を放っていた。弱者に力を与えてやろうと上から目線で訴えるかのように。
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遺跡の研究が盛んな街として知られるアンスターというこの街は、遺跡という言葉にぴったりな景観を保とうと古風な作りで統一されている。
故に最新技術は少ししか導入されておらず、街でありながらにして村でもあった。もろく、一度力を加えればすぐに壊れてしまうような街であった。
そして今日、異世界からの襲来者がこの街で暴れ始める。それに対抗しようとする者、例えば街の代表者6名程がいたが、軽々と地に打ち付けられ倒される。
それを目にした普通の民は抗う力を持っている筈もなく逃げ惑い、殺され、泣き喚いている。
「あーあ、街なのに村みてぇ。なんだぁ?ここには勇敢に立ち向かってくる馬鹿野郎がいねぇのか。俺、まだ特に何もやってねぇんだが……今のところ最初のあいつが1番強いぞ」
つまらなさそうに裏拳で次々と建築物を破壊していく。何のためにやって来たのか、何がしたいのか分からないと、人々動くこともできず、生まれたての動物のように膝を震わせ絶望を顔に塗りたくっている。
そんな人間を見て男はさらに悪態をつく。目の前の生き物をゴミの山とでも思っているのか、彼は無差別に蹴り飛ばしながら歩く。瓦礫の山に赤褐色の液体、飛び散った赤く柔らかい塊、火災が発生した場所さえも、どれも彼が引き起こした惨事だ。
「止まれよ、そこの悪魔」
「あぁ? 人を悪魔呼ばわりとは、礼儀悪いんじゃないか?」
男が顔を向けると、そこにいたのは体格のいい男。
その惨事を見過ごすわけにはいかないと、そこで立ち向かう者がまた一人現れる。
「礼儀が悪いのはお互い様ではないかね。街に来ていきなり破壊と虐殺とは、とても人間の所業ではないがね。町長としては、見過ごすことはできない」
「そうは言われてもな……さっきから雑魚ばっかり立ち向かってくるんだけどよ、お前も雑魚だろ、用はないね」
「用が無いのに破壊と虐殺を止めない。なるほど、私が立ち塞がるのをやめても殺される運命らしいな。どんな理由であれ、お前は許されない」
激昂の欲求を必死に心の奥底に隠すのは、誰よりも強い正義感を身に宿す、アンスターのリーダーだった。
激昂したい、逃げ出したい。そんな思いがあるだろうに、そんな気持ちに封をして立ち向かう、大した人格者だ。
「それにしても、あの男は何処で何をしているんだ。裏への封印を解いてやったと言うに、その後始末をせずに逃げよったか?」
「男だぁ? もしかして、レイピア片手に襲いかかって来たあの男のことをいってんのか? それならあいつは、俺がここに来て最初に立ち向かって来たぞ。今頃、己の弱さに心を粉々にされ絶望してるだろうな」
「ほぉ、あの男は既に悪魔と対峙していて、そんなグリフォンを軽く倒せるようなあの男が呆気なくやられるとはな……まあ、そんなことはこの街の有り様を見れば明らかといえば明らかではあるか……」
「もういいか? そろそろ目の前から失せてくれ。首から上を消しとばしてやるからよ」
指をコキコキと鳴らして邪悪にニヤッと口角を上げる。町長が男を「悪魔」と形容するのは正しい。裏世界から現れ侵略を始めたかと思いきや、どうも侵略を目的としているようには見えない。男が「雑魚に用はない」と言っているよう、彼は恐らく強者と戦うことを求めているらしい。
要は、侵略はついで。
強者と戦うだけでは飽き足らず、ついでに街をも破壊してしまおうと言った魂胆だろうか、と町長は予想する。
その予想はおおよそ正解だが、一つ相違点を挙げるとするならば、「侵略がついでである」という点だろうか。
男は「強者との戦闘」も「侵略」もメインとしている。
戦うことは自分の意思で、世界を震撼させることはラグラスロの命令で。2つの目的を同時に進行しているのだ。
もし町長がそれを知っていたなら、「悪魔」などという二つ名は付けなかっただろう。付けるとしたなら例えば……
「俺はかつて、よく『人外』って呼ばれてた。お前は俺を『悪魔』って呼んだが、他の奴からしたら俺は、"もはや人ではないが悪魔とも魔人とも魔王とも形容し難い存在"ってことらしいぜ。何と表現すればいいか判らないから『人外』で一括りにするってな。まったくよぉ、迷惑な話だぜ。俺はれっきとした人間だってのに」
だが、町長は彼の言葉に「否」と返し、
「お前が『人間』を冠するのであれば、それはつまり、私が人間であるだろう君を『悪魔』と形容するのと同じで、悪魔である君が自身を『人間』と形容しているだけにすぎない」
二つ名と種族の2つの観点から男の言葉を否定してみせる。それが正しいかどうかではなく、いかにしてそれを正しく見せるか、という思惑を以ってして。
その言葉が男の精神に少しでも傷を付けられることを期待して。
「ここまで人間性を否定されたのは初めてかも知れねぇ。ここで激昂してもいいんだが、そうしたら心の面で負けな気がするからな、耐えてやるぜ。もう一度言う、そろそろ目の前から失せてくれ。勿論、命が目の前から失せろって意味だ」
ドンッ!と、鋭く町長を睨みつけながら足を大きく前に踏み出す。そのたった一歩で地は何かを恐れるように震え上がり、周囲の建物が崩壊する。
パァンッ!と、男が正拳突きを空気に打ち込むと空気が弾け飛び、まるで瓦礫が飛来したのではと思うほどの空気の塊が町長を打ちつける。
フォーン!と、空間を裂くように腕を振りかざす。その手刀は実際に空間を裂き、空間に空いた真空を埋め尽くそうと風が吹き荒れる。
「あの男ですら勝ち目が無かったものを、どうしてそれより貧弱な私が止められようか。しかし、この天変地異はどうにかしてでも食い止めねばっ……何をすれば、いいんだ」
正拳突きによる空気弾を喰らい、地震による瓦礫が真空波によって宙を舞って襲いかかる。目の前の攻撃を対処するのにも精一杯で、それを引き起こした原因を対処しようとすることさえできない。
そして、「んじゃ、これで終わりや」と言い、男は右手の親指と人差し指で輪っかをつくる。デコピンをするときの手の形だ。
それを見ただけで次に何が来るのかを察することができてしまった。正拳突きや手刀と同じ要領で、空気をデコピンするつもりなのだ。
邪悪に顔を歪め笑いながら、狙いを定めている。どうせ男が攻撃を外すなんてことはあり得ない筈だが、ならば、何をしているのか。
「狙いを定めているんじゃなく、何かを考えている?」
町長がその考えに至ったと同時、デコピン空気弾は脳天目掛けて放たれた。純粋な剛力で何もかもを貫く透明な弾丸は人間の反射反応速度では防ぎようがない。
魔弾。指で輪を作るだけで世界を陥落さえできるだろうそれは魔弾だ。それは瞬く間も与えずに、グシャァ、と音を立てて爆ぜた。
「_______あ?」
しかし、町長の意識は途切れていなかった。命中してもなお生きている、訳でもなく。
グシャァ、という音は彼の後ろから、彼の後ろの死体に命中したことによる音だった。つまり、魔弾は命中しなかったらしい。
「……何故、外した?」
「……理由は2つだ。まず1つ、お前が俺に対して恐れ知らずにも俺を諭してきやがったこと。あれは気に入ったぜ。闇雲に攻撃してくるでもなく、盲目に逃げるでもなく、諭すたぁ面白いことしてくれたな」
そう言う彼は未だに笑みを浮かべている。が、しかし、それは単なる邪悪さから来る笑みではなく、一滴の敬意が紛れているように見える。少しばかりの敬意、つまりそれは感心だ。無慈悲な男は、1人の人間に感心を抱いたらしい。
「それで、もう1つの理由は?」
だが、その感心の笑みもすぐに消え去り、再び残虐な表情に元通り。
「それは、お前が町長だからだ。お前が町長なら、この地の行く末、最期を見届けなきゃいけねぇ。だからだ」
「それが、私が負うべき責任ということか」
「その通り。俺と言う人間様が街を滅ぼすのを見ていることしかできない自分を恨めよ」
そう言い最後に男は町長を一瞥し、「ザガン。それが俺の名だ。教えておいてやるぜ」と、踵を返し去っていく。
各地で起こった火災が徐々に火の手を広め、既に街は壊滅状態と言ってもいい。燃え盛る家々が瓦礫へと変貌するのが見渡せてしまう。
何より、敵に生かされ終焉を見届けることしかできない。何か、何か手はないのかと周りを見渡す。
そこに、1つ。黒い、人影のようなものが。ゆっくりと遠ざかる男、ザガンに向かって歩く人間の姿が1つ見えた。
「誰だ、あの者は。今に消えゆくこの街に、未だこの惨状に抗おうとする人間がいるというのか?」
目をこすり、頬をパシンと軽く叩き、じっくりとその影を観察する。そこにいるのは顔が既に血で汚れ、着ている服の袖は破れ、全身が砂埃で汚れた男。
そして彼の手には、神聖ささえ感じることができる白い剣を携えている。
その男は、町長にも聞こえる声で侵略者ザガンに言った。
「さて、私は今一度、貴方と戦わなければいけないらしい。そう、この剣が喋るんでね」
アル・ツァーイの政務担当員、グリム・ベムは再起した。
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突如として裏の世界から現れた男。グリムは彼に立ち向かったがなす術もなく簡単にあしらわれてしまった。
そんな時、突如として聞こえた声はグリムの心に追い討ちをかけるかのような言葉の羅列だった。
『立ち上がりなさい』だとか『その日が来た』とか、子供っぽくもあり大人の女性っぽくもある声で語りかけてこられても何もする気が起きない。
なぜ何もできない人間が「立ち上がる」必要があるのか、どうして自分なんかが選ばれたのか。
『さあ、剣を握って、立ち上がって。理由はたったのひとつだけです。立つべきだから、です』
立つべきだから立て、なんて言葉は支離滅裂、意味がわからない。それは理由ではないだろうと苛立ちを見せる。
だが、声は臆することなく語り続けた。
『貴方は、村の英雄、兄妹を守りたいのではなくて? かの敵はこの街を破壊して、その内アル・ツァーイをも滅しにいくでしょう。或いは、既に他の者が破壊に向かっているかもしれない』
「でも、それはグランとメイアを守ることに繋がらない!」
『帰るべき場所を守ることも、2人を守ることに繋がるのではなくって?』
正論だ、とグリムは心の内で呟く。もし仮に2人が無事にこの世界に帰ってきたとして、すでに世界が破壊され尽くしていたら? すでに終焉を果たした世界に帰ってきて何になる?
「で、でも、何故今なんですか。今更立ち上がれだなんて、今更私に力を分け与えたって、もう遅すぎやしませんか??」
『この力は望まれなければ発現しない。しかし貴方は今まで、力を望むのではなく弱さを隠してきた。そして今日、漸く貴方は力を欲したのです。だから』
「だから、今になって立ち上がれと。なるほど、では私が私の弱みを認め、強くなろうと精進したならば、私はここで負けることはなかったと?」
『……いいえ?』
何故か、大人びて可憐な声は疑問系で答える。「何を言ってるんだ」というニュアンスを言外に含んでいるような、そんな返答に思わずグリムも「は?」と声を溢す。
『貴方が力を得ていても、恐らくあの敵には勝てていなかったでしょう。ですが、私は最初に言いましたよ。何も、勝つことだけが方法じゃない、と』
「で、では、その方法って一体何だと言うのですか?」
『勝てないなら、勝たずに、且つ破壊を最小限に抑える方法を。それは_____』
__________そして、グリムは動き出した。
「さて、私は今一度、貴方と戦わなければいけないらしい。そう、この剣が喋るんでね」
「何だ?最初の男かよ。何もかもを諦めたようなあほっ面してたから放置しといたが、今更何の用だ?」
「言ったろう、戦いに来たとね」
もう彼の目には絶望が残っていない。信念を灯した目の輝き。不安がない訳じゃない。全ての悩み、後めたい気持ちが無くなった訳じゃない。
だが、少しくらいなら、まだできる気がしたから立ち上がっただけにすぎない。
自然と緊張でレイピアを握る力が強くなる。汗も滴る。
「はぁ、無駄だ。さっきとは雰囲気が違うようだが……なんだ、俺とお前とでは差がありすぎる。勝ち目はねぇよ」
「そりゃそうだ、としか言いようがありませんね……元々、勝てるなんて思っちゃいませんよ」
「おかしな奴だな、気が狂ってるんじゃないのか? だが、まあいい。さっきよりは楽しめそうだからな」
隙さえ伺えればいい、勝ちに来たんじゃないから。光る細剣が教えてくれた方法。
その可能性に賭けてグリムは剣を構え、戦いは始まる。
「どぉっらぁぁ!」
凄まじい力で地を蹴り瞬く間にザガンはグリムの目の前へ到達、反応させる暇も与えずストレートを叩き込む。予備動作をほぼ感じさせず、まさに必中の攻撃だが、
「へぇ、お前、さっきまでの脳筋単純野郎とは違うみたいだな」
超高速のストレートアタックを上半身を傾けて神回避、そのまま銀閃を叩き込もうとするも、ザガンの腕の周りで気体が荒れ周りグリムのバランスを崩してしまう。
敵の攻撃は空気にも大きく干渉され、そのせいで攻撃を回避しても風圧が生まれるので攻撃後の隙を狙うのは難しい。
「剣技、『女神の舞』!」
崩れたバランスを取り戻すため素早く回転し、ついでに吹き荒れる風を特殊な剣の効力で纏い、そのまま動きを止めずに舞うようにレイピアを振るう。
この技はついさっき解放された武器の効力を利用したものだが、グリムが今即興で考えた技でもある。なぜか、不思議と頭の中にどう攻撃すればいいか、アイデアが頭に降りてきたのだ。
だが、そんな即興の技も易々とレイピアを掴まれ無効化される。力差が大きすぎる。
「それにしても驚いたな。俺の攻撃、普通の奴に回避できるようなものじゃないと自負しているんだがな」
「ちっ、でも、私の攻撃が命中することはどうやら、ほぼないらしいですね」
「ほぼじゃなくて、絶対だぜ。誰がお前の攻撃なんざ喰らうかってんだ」
言って、ザガンは掴んだ剣を自分の方に引き寄せ、近付いたグリムを目にまとまらぬ殴打を複数回叩き込む。
風圧をも生み出す攻撃を複数回もまともに受け普通でいられるはずもないが、間一髪、
「くっ!『水精の防壁』!」
ぱっと閃いた単語を口に出し咄嗟に魔法を展開すると、水の膜がグリムを覆い被ダメージを緩和、なんとか重傷を免れたらしい。
「おいおいお前、さっきから何かと運が良いんじゃないか?やっぱ面白い。いいぜいいぜ、面白い!」
攻撃を運良く回避し、更に運良く防御さえもしたことがスイッチを押してしまったのか、ザガンの闘志が一段と増す。彼から発せられる覇気のような、気迫も激しくなり、雰囲気が一変する。
「まずは、吹っ飛びやがれやぁ!」
邪悪に顔を歪めると、後ろ蹴りでグリムを彼方まで吹っ飛ばす。恐ろしい力で蹴られたのもあり、空中では体勢を立て直すことなどできない。そのまま無抵抗に宙を飛んでいると噴水広場に到着、噴き上げる水を突き抜け漸く落下する。
左腕と胸の辺りが激しく痛む。おそらく骨が粉砕されているだろう。
「よぉし、ここなら広い。障害物は真ん中の噴水くらいだしな、思う存分暴れまわれるな」
「く、くそぉ……遠ざかってしまったじゃないか……」
「あ?声が小さくてよく聞こえんな。遠いとかなんだか言ったか?」
「気に、するなよ」
今、両者は噴水の水を挟んで対峙している。グリムの方は満身創痍で呼吸も乱れ、苦境に立たされている。
だが、彼は半ば信じている。新たな剣の力が道を切り開いてくれることを。
「閃いた、『母神の息吹』」
よって、再び頭に浮かんだイメージを口に出し、体現させる。それは一言で表すなら風。さわやかで心地の良い風がグリムに吹きかけられ、痛みがすっと和らいでいく。どうやら今の技で骨折部分が修復されたらしいが、流石に全回復とまではいかない。
「ん、なんだ? お前今何したよ」
もちろん、体内の骨が治っただけなので、ザガンにはその変化が確認できない。
「わからないなら気にする必要はない」と返しつつ、「回復できたと言っても、また攻撃をまともに受けたら意味がない。どうするべきか……」と小声で考えながら言う。
「なんだかよく分からないが、もうお前も終わりだな。いやはや、やり応えはあったぜ」
「じゃあな」と最後に溢すとザガンは四股を踏み、正拳突きをし、デコピンの形をとる。町長にもやったものとほぼ同じ行動だ。
何か嫌な予感がしたグリムはまたまた正拳突きの被害を受けずに済み、次のデコピンを左腕に受け致命傷を免れる。だが楽観視もしていられない。デコピンの威力は想像を絶するもので、左腕に大きな穴が空き、覗くと向こう側が見えてしまいそうだ。ゾクゾクと血は流れ、腕の内側から剣山で突き刺されているような痛みが襲う。
それでも、グリムは止まらずに敵へ向かって走る。
「やるじゃねぇか。腕を犠牲に攻撃を止めないか」
「私にできることは、兎に角、攻撃することですから!」
レイピアを手慣れた手つきで突き刺しまくり、全て相殺され、また突いて突いて、手を休めない。
その成果は、ほんの少し現れ始めている。ただただ高速で突くだけの単純な行動の成果はある。ただ、それが実質無意味であることを除けば、
「ちっ! さっきまでは俺に傷ひとつ付けることすら出来なかったくせに、どうしていきなり……」
ザガンの手から針で軽く刺したかのような、一縷の、ほんの微かな量の血液が滲み出ているのはさっきまでのグリムには出来なかった成果ともいえよう。
そんな小さな傷では無意味でも、それを成し遂げた彼にとってはモチベーションに繋がる、意味のある結果だ。
「強くあろうとする意志が力となる効力、それがハバキリ様の与えてくださった真の力!村長は、私の弱点をずっと前から見抜いていらっしゃった!その弱みを今、超えるときが来ているらしい!」
「あぁ?何言ってんだ。ちょっと強くなったくらいでイケるかもなんて考えてんなよ、弱輩。さっさと終われっての」
『』
グリムに迫り来る敵の手を何を思ったか、突然蹴りで対応する。突然のことにザガンも「こいつ、狂ったか??」と、疑惑の眼差しを見せたが、あろうことか、その蹴りは何故か迫り来る手を弾き返していた。
「おっしゃる通りに!イェス、マァム!」
そしてすぐに脚を戻すと、今度はもう片方の脚で敵の腹部分を蹴り込む。ザガンは勢いよく後ろへ吹き飛ばされる____と、思われたのだが、
「……なんだ? なんだなんだ、今俺の腕を弾いたのは偶然か? この蹴りはなんも感じねぇ、ただの蹴りだな。ははっ!残念だったな、俺に脚を掴ませる機会を作ってしまうとは」
言いながらザガンはガシッと叩き込まれた脚を掴み、ニヤッと口角をあげて微笑む。
「いいや、これでいいんだと、この剣が教えてくれた。そして、私はこの蹴りと同時に閃いた!遠ざかったのを、近づける方法を」
「遠ざかった? 何のことだ。時間稼ぎのつもりならやめとくんだな」
「何度も言ってるが、分からないなら気にするな。とは言え、もう気付くことになるだろうがね。『猛神の暴風』!」
誦んじた瞬間、世界が一瞬静寂に包まれた。
その静寂の世界はすぐに消え去り、水の流れ、火の燃える音、建築物の崩壊音、風の音。これら数多の音という波が世界に戻ってくる。
それと同時に、新たに生まれた音がひとつ、グリムの足下にあった。空気を流れる風を遥かに上回る、暴風とも言えるほどの流れの音がそこに。
「お前、何をし_____うおおぉぉぉ!」
ザガンがその暴風を認知した時には既に、遥か彼方まで吹っ飛んでいた。建物をいくつか貫きながら、彼がもと来た道をそのまま帰っていくように飛んでいく。
それを急いで追いかけ、道の端っこで腹を押さえて歩いている町長を横目で一瞥、そのまま走っていくとあっという間に近づくことができた。
「よ、よし、これなら……」
「っとぉ、びびったびびった。だが、なんだ? なんのダメージにもなってねぇぞ」
「これなら……」
「なにがこれなら……だよ。吹っ飛ばしてダメージ稼ごうって魂胆なんだろうが、もういっぺんやってみろや。これ、痛くも痒くもないんだわ。後ろ向きにジェットコースターが走ってるって感覚が襲うだけだから、ある意味アトラクション気分だぜ?」
グリムは「もういっぺんやってみろ」という言葉に体をピクンと反応させ「いいのか?」と問い、深く息を吸って呼吸を整えながらザガンに近づいていく。
「いいのか?って質問には、"こんなに接近させてしまっていいのか?"という意味が込められているんだが、それでもいいんだな?」
「おい、さっきからよくわからないことばっか言うな。いいか、さっきの風を起こす蹴り以外の行動をしようとしたら即刻叩き潰すからな」
「構わない。後悔するのはお前だろうからな」
「ああ?」と、顔を顰めて怪訝な表情をしてグリムの攻撃を甘んじて受け入れる。その理由はグリムの攻撃をアトラクション気分で楽しんでいるからか、はたまたただの余裕の現れからなのか。
その時、ピトッと、グリムの足と腹部が優しく接触する。蹴りによる攻撃の意思はなく、ただただ技を発動させるためだけの足が。
「さあ、いくぞ!『猛神の暴風』!」
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ザガンが華麗に着地すると、その着地点に少し違和感を感じた。何か見覚えがあるようなそんな場所だった。
というより、目の前にある大きな門のようなもの。これは彼がこの世界に来たばかりにグリムと出会ったあの場所にあったものだ。
「ってことは……俺は1番最初の場所に戻って来たって訳だな」
原点回帰と言えば仰々しいが、ザガンは最初のこの門の前であの男を捻り潰すのが丁度いいだろうなどと考え、長らく引き延ばしてきた絶命の時をついに迎えさせてやることができると、達成感が既に溢れ出てきている。
こんなにも街を破壊して暴れ回っておいて、未だ底無しの元気を見せつけている。腕を組んで静かにグリムの到着を待っているが、
「しかし、だいぶ飛んできたせいであいつ、来るのがちぃと遅いんじゃないか?」
もしかしたら何か罠でも張っているんじゃないかと考え、軽く街を見渡す。しかし、ザガンに害を与えられる程の策が今更あるとは考えられない。
そこで彼はふと、グリムが時々言っていたよくわからない言葉の意味について疑問に思う。
「確かあいつが言ってたのは……」と回想を初め、グリムの言ってたことを思い出す。
断片的な記憶の中で、主に『遠い』『近づく』の2ワードが浮かび上がる。この2つは確かに何が言いたいのかよくわからなかった。
互いの距離はそこまで離れていなかったはずだ。それなのに『遠い』。もう既に近づいているはずなのに『近づく』。
「これは、何かありやがるなぁ?例えば、近づく対象が俺以外にあるとかよぉ」
もしそうだとしたら、彼は何に『近づき』たかったのか、何か分かりかけてきたかも知れない。
あの男は、この街の外側に追い込まれると『遠い』と言って、この門の方面に行くと『近づく』と言った。つまり、狙いはここ、禁忌の扉。
「最初から、俺を相手にするつもりはなかったって訳か。俺を倒すための戦闘じゃねぇ。そうだよ、あいつ、最初に『勝てるなんて思ってない』とかなんとか言ってたじゃねぇか。勝つ以外の勝利を、この戦闘を勝利以外で収める方法を考えていやがったってことだ!」
「その通りだ!今気付いたところで、もう遅いのだがな!」
ハッと、声のする方、意外にも目の前から迫り来る男を見たとき、既に彼は懐に入り込もうとしていた。おそらく、速度が上がる支援魔法を掛けていたのだろう。
咄嗟に男、グリムの蹴りを両手で掴み攻撃を阻止する。しかし、それと同時に気付く。
「まさか、この蹴りは……」
「ご察しの通り、三度目の『猛神の暴風』だ! 向こうへ帰るんだ!」
「向こうで帰る、なるほど、お前の策がようやく……!! だが、タダじゃ終わらせ_____」
「終わらせねぇ」と言い終える前に、ザガンは三度目の、吹き飛ばしを喰らって禁忌の扉を通過。そのまま裏への入り口へ向かって飛んでいく。
そう、グリムが選んだ、彼の剣が指し示した勝利の方法とはこれなのだ。敵を向こうの世界に帰すことだったのだ。
「くっ、おぉぉぉぉ!……ぐぁぁっ!」
ザガンはあっという間に遺跡の中まで到達し、床を転がって穴に落ちそうになる。ギリギリで手を伸ばして指の力で落ちずに済んだが、もはや彼に戦意はなかった。
「ったく。俺としたことがしてやられたぜ」
そう独り言を溢すと、指を床から離し……
「任務失敗、俺は帰るとするぜ」と言って深淵の中に消えていった。
______一方、見事ザガンを追い払ったグリムは、
「ぐはっ、ぐぁ……こ、れは……まずい」
敵の最後のあがき。両手から放たれたデコピンが共にグリムの腹部と脇腹を貫き、地に伏していた。
最初に空いた小さな穴は内部で軽く爆破し、身体に穴が計3つ。最初の腕に撃たれたデコピン空気弾も含めて、何もかもが規格外の破壊力だ。
血は止まることなく流れ出し、赤い池たまりが不気味に広がっていく。もう意識はほとんどない。消え入りそうな意識の中、もはや微かに聞こえる音を認知するので精一杯である。
「お、おい!大丈夫か!これはまずい、何とかせねば!」
「その、声は……町長、で……」
「ーーろ!ーー!ーーーーーーーー」
もう、町長の声も聞こえない。呼吸は止まり、ついにはグリムの世界から音が、そして光もが消え去る。彼に認識できる情報はもう、さわやかに吹く風が肌に触れる感覚だけ。
それすらも徐々に薄れていって、生は衰弱。
そして、「王の罅」の政務担当員グリムは静かに眠った。
久しぶりに割と長めに書きましたね。
では、読んでいただきありがとうございます!




