第一章26 アル・ツァーイ攻防戦
_______キンッ!キンッ!
複数の刃が金属に接触する堅い音が響く。まるで、激しい剣戟が繰り広げられているかのように思うかも知れないが、それは間違いだ。
「なんなのこいつ?! この鎖、一筋縄では対処できそうにないわね。どうする?」
「そりゃあもちろん、あいつから攻撃の隙を許さず、俺らが攻撃する隙を作らせることが鍵だろがい!」
「そうね、愚問だったわ」
「ExhaaaaaAuss!!」
2人の剣舞を容易く弾き返す鎖はジャラジャラと鳴り、尽くの攻撃を無効化してしまう。どんな攻撃もこの鎖の前では意味を為さない。
それだけでなく、彼の繰り出す鉄腕の一撃は重い。鎖の重さだけでなく、彼自身のもつ力量もその原因か。
「うぉぉぉぉおおおっ! こいつぁ______!! 」
件の重い一撃をダルジェンは間一髪で両手剣を使いガードするが、それだけでは抑えきれず後ろは吹き飛ばされる。そのまま宙を回転、なんとか着地するが、まともに喰らえば骨折どころじゃ済まない可能性すらある。
それに、もし2人の素早い判断で村民を避難させていなかったら家の倒壊などで被害が多発するところだった。
「無闇に突っ込んでも、攻撃をガードしても駄目ってことよね。なんて嫌な敵なのかしらぁ?!」
エスティアの魔法のレイピアも攻撃が直に当たらなければなんの効果も生み出せず、ただキンキンキンキンと金属同士がぶつかる音だけが鳴り響く。
「ちぃぃっ、なんなのこいつ? ここはね、何もない辺境の村なのよ。貴方が望むようなものは何もないの」
「GrrrrannnaAT……MEeeeeeA!!」
「え? 今あなた、グラナード、メイアと言ったの? 貴方、一体なんなの?」
「ふぅーー! いきなりやってきて暴れまわってる理由がグランとメイアってかぁ? 面白ぇ。体も温まってきしよぉ、エスティア、こっからだぜ」
突然出てきた2人の名前に狼狽えるエスティアと対照的に、ダルジェンの方は滾り滾って沸騰しそうだ。
モチベーションはばっちりだが、突如現れた刺客に果たして一般人(少しは戦えるがそれでも一般人みたいなもの)が勝てるのか、という疑問が当然浮かび上がる。
「見ただけでもわかるぜ。こいつは、失踪する前のグランよりもずっと強いってな。そんな奴に俺らが勝てるたぁ思ってねえ」
「え? ちょっとあんた勝つつもりでやりなさいよ!」
「ちょ、話を遮ってくれるなエスティア。俺は今格好つけようと……っと! 危ねぇな畜生、こいつも話をききやしねぇぜ!」
ダルジェンに話す隙を与えず嬲るように殴りかかる。彼の咆哮といい暴れ回る姿といい、本当に猛獣と言ってもいいくらいには野生。それでいて人間のような考える力を持って立ち回ってくるのだから厄介だ。
「ん? そういえばあの鎖、どこかで見たような……」
「なんじゃい、何かヒントでも思いついたか?! こいつぅ、どこまで頑丈なんだ!」
「いや、あの鎖というより、あの金属? どちらにしろ、私たちの武器でも引き裂けず、金属光沢の少ないという特徴を持った珍しい金属をどこかで……」
小さな声でぶつぶつと考えながら彼女も野生狂人を後ろから突いては離れ、突いては離れのヒットアンドアウェイ戦法で闘いに参加する。
「んー、そういえば、金属ってことは電気を良く通すんじゃないかしら。前にグランに雷魔法を教えてもらってて良かったわ、『ブリッツキッチン』!」
放った中級雷撃魔法を躱す素振りを見せたがそれをダルジェンが阻止。そして見事に直撃すると、敵の身体中を電撃が駆け巡った。やはり、予想通りこの鎖男の弱点は電気、防御を固めようと金属で身体を覆ったのがこいつの敗因となるのだ。
敵の弱点がわかったなら、後は微弱ながらも徐々に魔法で体力を削っていければ勝てる!と、思ったのだったが……
男は、電撃が走る鎖の中にいるにも関わらず平気な様子でエスティアをギョロリと見て眼が光った。
それだけではない、驚くべきはそのあとのこと。
身体中を駆け巡っていた雷が突然、エスティアの方に飛んできた。正しく言うならば、跳ね返ってきた、だろうか。
「え? まさかこいつ、電撃も効いていない?!」
「ボケっとすんな! 避けろ!」
「くぅぅっ!この男! せりゃぁぁぁ! 」
避けろ、という声を完全に無かったことにして跳ね返ってきた魔法を剣で打ち消す。自分が使った魔法が中級でよかった、そうでなければ剣で防御するのも回避するのもできなかったろうから。
そして今、雷を受け付けずはね返す性質を持つという、金属でありながら金属としての特徴がとても少ないその物質の記憶が蘇った。
「そうよ! この金属は! 私がこの前資料室の本を漁っているときに読んだやつよ! あまりに珍しいってんで公の場に出回ることはなく、希少性故にそれを産業に用いることすらできないという物質! ダルジェン! これから私、資料室でこの鎖の弱点を調べてくるわ!物質である以上、必ずなにか破壊する方法はある!」
「なに!そうかあいわかった! この野郎は俺に任せて調べて来てくれぃ!」
「ありがと!」
すかさずエスティアは踵を返しアル・ツァーイ資料室方向へダッシュする。余談だが、久しぶりに全力ダッシュしたのですぐに息が苦しくなってくる。こんな状況下にありながら、彼女は歳の怖さと戦っていた。
「AastoooooniSS!」
「俺のこと無視してんじゃねえぞっと!どらぁぁ!」
恐るべき身体能力でハイジャンプをしてエスティアの行手を妨害しようとしたが、間一髪、ダルジェンはど根性でツヴァイハンダーを振り上げ敵の妨害を妨害する。
「俺との闘いに集中せんか、ああ?! 」
情報探しに向かった彼女の下へは行かせまいと、両手剣を強く握りしめ隙なく攻撃をしかけたことでなんとか注意を引くことができた。
だから後は、攻撃を喰らわずに時間稼ぎをすればいい。
「任せたぜ、エスティア。なるはやで頼むぞ……」
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「よし、着いた! 」
ちょうどその頃、特殊な金属について調べるため大急ぎで資料室までやってきた彼女は、
「ってあれ?! 資料室の鍵がない! しまった〜突然の襲撃だったんで家に置きっぱなしだわ! でも今から家まで戻る時間なんてないし……仕方ない!」
エスティアはドアから入るのを諦め、建物の横へと迂回する。そこにあるのは窓だ。もちろん、戸締りはしっかりとしているためどの窓も空いていないのだが、窓だからこそできることがある。
そう、叩き割ることだ。この場合、レイピアで突き割ったと言うべきだろうか。兎にも角にも、少々荒い方法ではあるが資料室の中に入ることができた。
「あの本の場所は確か……あそこね! 伊達に司書やってないもの、大体の場所は把握してるわ!」
一点目掛けて小走りで本棚へ向かい、高速で本名を確認して目的のものを探すと、あっさりと見つかった。その名も、『金属大全・上』。
曰く、「その金属が持つのは『反電性』と呼ばれる性質。読んで字の如く、電気をそのままはね返す性質で、普通の金属と同一視するのは非常に危険。また、金属光沢は少なく、非常に硬いためそれを加工すること、破壊することは困難である。現時点で判明している加工・破壊方法は二つ。超高温で熱する、或いは熱属性魔法を刃物に纏わせ、一定方向へ何度も叩き込むこと。熱するだけであれば約500°C、刃物で叩き込むのであれは中級以上の熱魔法と強い力が求められるのでやはり扱いにくい」、と。
「うわ〜良かった〜。中級熱属性魔法もグランに教わってて正解だったわね。強い力っていうのはダルジェンに任せるとして、後は、何度も叩き込む必要ありと……とりあえず、急いで戻らないと!」
パッと探してパッと読んでパッと戻る。休む暇もなくパッとエスティアは資料室を去るのであった。
ここから戦地までは急いでも2分以上はかかる。往復5分と言ったところだが、遠くからでもダルジェンの雄叫びが轟いて聞こえるので無事らしい。
「まったく、相変わらず元気ね、あの男は。その調子であと少し待ってなさい」
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「この鋼鉄野郎があぁぁぁあっ!」
罵声を勢いにおもいっきり剣を振りかぶる。体重を預け重量に身を任せた重い一撃であるはずなのに、両腕でガードして平気な様子でいられると非常に頭にくる。
だがこれもあと少しの辛抱。エスティアが鋼鉄野郎の攻略法を探し出して情報を持ってきてくれるはずだ。
幸い、敵の攻撃パターンは単純で、知能のある立ち回りのくせして回避は容易にできてしまう。戦ってみて今思うのは、「こいつ、機械みたいだな」と言ったことだろうか。
機械のように単純で、しかし戦いに特化した攻撃されにくい立ち回りがプログラムされている。野生の獣のような荒々しい部分と相まって一層生物感が足りない。
その時、
「ダルジェン!」
背後から掛けられた女性の声は、待ちに待った情報を持ち帰ったエスティアのものだ。
「おう、やっと帰ってきたかいな! それで、何か攻略法は見つか……っと、うおぉっ!」
「ダルジェン?! ちょっとしっかりしなさいよ!」
油断してよそ見をしてしまったことでその隙をつかれ10m程後ろへ水平に飛ばされる。今度は攻撃を少し掠めてしまい、家に衝突するとそれを貫く勢いで衝突音が響く。幸い、家を貫くことはなく倒壊もしなかった。
そして、1人がぶっ飛んだら当然標的は移り変わる。怒涛の勢いでエスティアに襲いかかる。ダルジェンとは違い、もろに攻撃が当たってしまえば生死が危ういので逃げるしかない。
だが、彼女もただ逃げているわけじゃない。どうすれば隙を作れるか、を考えながら、観察しながら逃げている。
それは突然訪れる。間一髪で顔を横に傾け躱した攻撃、その敵の腕を凝視、もとい観察したとき、鎖の隙間から微かにではあるものの、そこに肌を見た。一瞬のことだったが、確かに彼女は肌を見た。
「見つけた。これが、この一点の隙間が鍵って訳ね……」
「くっそぉ痛え!すまねぇなエスティア。んで、何か方法は見つかったか?」
すぐさま敵から距離を取り、痛そうに顔を顰めながら復帰したダルジェンと作戦を話し合う。彼の屈強な鎧にも罅が入っており、多少の出血が見られる。
「大丈夫なの?」
「大丈夫なわけあるかい。だが、大丈夫にならなあかんねんな。だから大丈夫や。ささ、はよ方法教えんかい!」
敵の猛攻に対応しながら話を続ける。
「なら、ダルジェン、まずはこの魔法を剣に纏ってちょうだい!『プロミム』!」
「おわっ!危ない、丸焦げになるかと思ったわ! で、これが解決策ってわけか?」
「細かく言うなら、解決するための条件の一つってところかしら。これから、その炎を纏った剣を全力で、かつ同じ部位を何度も攻撃する必要があるわ」
「同じところを全力で何度もだって?! その隙があるとは思えないがどうする!」
「可能性は低いけど、もしかしたら私のレイピアであの鎖の隙間を貫いて相手本体に傷を負わせられるかもしれないの!だから、傷をつけて怯んだところをやってほしい!」
エスティアからとんでもない言葉が、小さな鎖の穴を突くという旨の言葉が出たが、もうなんでも、できることはやるしかないとダルジェンは深く頷く。
赤く揺らめく両手剣を構え、いつでも攻撃を叩き込めるよう意識を集中させる。
「はぁぁっ! 早くやられなさいよ!」
_______キィィィーーン キィィーーン キィーン
硬い音が反響するが、たった一回の攻撃では諦めない。何度も何度も突きを入れ、連続して隙間を狙っていく。その度に音が響き、やろうとしていることの難しさを体感する。
だが、そこでエスティアは思いつく。自分から僅かな隙間を見つける必要はないのではないか、と。先程、ギリギリのところを回避して鎖の穴から肌を覗くことができたのなら、つまり、敢えてギリギリまで敵の攻撃を引きつければチャンスは巡ってくるだろう、と。
「我ながら、私ってほんと発想に恵まれてるわね」
などと余裕の笑みでわざと敵の攻撃を誘い、正確に回避して、武器を構えて観察する。
はやり読みは当たった。
本当に僅かなその部分に攻撃の隙を見出すことができたのである。よって、細剣をそこに刺すのは確実。
エスティアは「私ならできるわ!」と言いながら繊細に、かつ大胆に攻撃、そして
「今よ!奴が怯んだ!やってしまいなさい!」
「エスティアお前、本当にやってのけやがったなぁ!流石アル・ツァーイの司書だせ!喰らえや、『熱血断罪』!」
言いながら、大きく炎の両手剣を振りかぶり、後頭部に重い一撃がのしかかる。毎度の如く、響くのは重い金属音だったが、何か、形容し難いが、今までとは違う何かがあった。
「GIGIGI……GIIIGAaaNnT!!」
鎖男が強引に細剣を引っこ抜くと、怒り狂ったのか、増して荒々しく速い殴りが繰り広げられる。
が、しかし、
「ほんとあなた、行動がお決まりのパターンなのよね」
冷静に攻撃を躱すと、すかさず、再びレイピアを突き刺し隙をつくる。そう、男が単純に殴りかかってくるだけなので、それを回避してよく観察すれば容易に攻撃ができてしまう。
「はっはっは! なんじゃい、いきなりこやつがただ硬いだけの赤子になりおったぞ!」
たったついさっきの攻撃同様、ダルジェンは『熱血断罪』を叩き込む。これは村長ハバキリが両手剣に付与した魔法の効果、「剣の温度を変えることができる」というものを応用したダルジェンの技だ。
「熱血」の名の通り、剣の温度を超高温まで高めることで、炎と相まって上級炎魔法とそう大差ない攻撃が可能になる。
その時は、意外にもあっさりと訪れた。
熱 × 炎 によって生じた超高温は資料に載っていた500°Cは満たしていないものの、200°Cほどに膨れ上がった熱量とダルジェンの力量を考えると楽に条件は満たせるらしい。
パリーーンと、硝子のように弾ける音と共に目の当たりにした光景は、苦労して苦労した結果だ。最後は呆気なかったが、敵の防御を破るまでにとても時間がかかった。
後頭部の鎖が切れると、連鎖的に別部分の鎖が解けていく。敵の姿が露わになる。
「ふぅ、これでようやく、だな」
「ええ、ここからやっと、まともに攻撃が通じるはずよ」
ジャラジャラと音を立て足元に落ちていく重く長い鎖。その中にいた人物は、どこにも猛獣を感じさせない、狂人を想像させない人物であった。
肩に掛かる程度の象牙色の髪、上半身は裸でその目はどこか優しさ、親しみがありそうな感じもある。
「嗚呼、ほんと、久しぶりの空気だ……ありがとう」
そんな彼の、咆哮ではなくて言葉は、感謝だった。その痩躯から優しい声と微笑みが向けられる。
「何がありがとうなのかしら?」
「僕はずっと囚われていたんだよ。ほら、僕、獣のように荒れ狂っていたろう? この鎖が、僕の理性に封をしていた。だから、それを払ってくれてありがとうなのさ」
「ってことはお前、もう攻撃はしてこないってことか?」
「ん〜、残念ながら……それはできないね」
「それはできない」の部分だけ、優しさを切り離して明らかな敵意を向けてきた。スマクラフティー兄妹でなくとも、今の言葉に敵意が含まれているとわかるくらいのものだ。
束の間の緩い雰囲気に、再び戦慄が走る。
「そう、それは残念。じゃあ、やられて」
「僕は、故あってグラナードとメイアの兄妹の関係者を殺して回らなくてはいけなくてね。君たちもそうなんだろう?」
「そうだぜ。そして俺らも、あいつらの、俺らの存在を脅かす者を無力化させなきゃならねぇんだわな」
「なら、戦いは避けられないね。おっと、自己紹介がまだだった。僕の名はアスタロ。……じゃあ、散れ」
パチンッ!とアスタロと名乗った男は指を鳴らす。すると、どこからともなく3匹の獣が彼の下へ集結、鋭い眼光を以って2人を睨む。
その獣は二足歩行で猿のように背を丸め前屈みの体勢で、人の腰ほどの大きさだが、爪は鋭く尻尾に小さな刃が付いているのを見ると、魔物・魔獣の類いだろう。
「まさか、魔獣を従えているとは……なるほどのぅ、ダメージを与えられるようになったかと思えば今度は別の困難ってわけかいな!」
「彼らの荒々しさを以ってすれば僕はいらないかもしれないね。僕はゆっくり、後ろで観戦でもしていようか」
獣さえいれば戦う必要がないと言う彼に嫌疑を抱くが、本当にそれでいいとばかりにアスタロは後ろに下がっている。彼の見せる圧倒的な自信と余裕、この獣、手強いらしい。
「数でも力量でも負けてると見たわ。これ、どう戦うかっていう頭脳、戦略戦になりそうね」
「あの鋭爪と尾刃に当たらなきゃ大した被害にはならなそうだな。とりあえず、攻撃は通じるはずだからよぉ、一旦戦ってから考えるってのはどうだ?」
「はぁ……ほんと、よくそんな適当な戦い方で警備班班長なんてやってられるわね。まあいいわ、とりあえず、ね」
威嚇声を上げて3匹共に暴れ出す。エスティアが言ったように、2人と3匹それぞれの力量は同じくらいで、攻撃をそれぞれ剣で受け止めることができた。しかし、そこに現れる数の差というのが問題だった。
1匹の対応で忙しいところに余った1匹が割り込みしてくると力の均衡は崩れ、敵側に優勢を譲ることになってしまう。
「くそぅ!このままじゃ埒があかん!それにこいつら、爪も尾も器用に使ってきやがるで!」
「ダルジェンの剣の炎にも構わず突っ込んでいるってことは、この魔獣達、炎が余り効かないってことかしら?!」
言ったその時、エスティアの細剣と魔獣の尾刃が交差し、彼女は思う。もしかしたら、この刃は電気をよく通すのではないかと。
「まさか、反電性の尻尾、なんてことはないわよね。そんなことになったらちょっとお手上げだわ。けど……」
けど、打開するための策をもう彼女らは持っていないし、それを知らないから、今、持てる策を試さねばいけない。
思いついたことは試す、それが成功の秘訣だと、いつの日か修行中のグランから聞いたことがある。だから、
「成功を祈って!『ブリッツキッチン』!」
彼女の手のひらから中級の電撃魔法が放たれ、目下の魔獣に迫る。すると、その獣は刹那の間にその魔法をよく観察し、自らその尻尾を前に突き出した。
「ふふ、やはり、金属に目をつけたようだね」
エスティアにもダルジェンにも聞こえないような小さな声で言い、アスタロは小さな含み笑いをしている。
つまり、それが意味することは、
「ぐふぅ……そ、そう、なのね……」
「なんだとぉぉぉっ!エスティア!」
反電性の尻尾の刃が電撃魔法をはね返すと、エスティアが対応する間もなく彼女に直撃。そして、全身を強い衝撃が襲い、全身から血が噴き出る。
成功しますように、という彼女の祈りは通じず、膝を地につけ呼吸が激しく乱れる。
それを見た3匹はダルジェンを無視して弱った彼女の方へ標的をチェンジ、3 対 1 の戦場が展開。
「駄目だ、ここからじゃ間に合わん!守れ、自分を守れ!」
「そうしたいのだけれど……駄目、力が、出ないわ」
血が身体のあらゆるところから流れ出るほどに負傷、力が出ないのも不思議ではない。
そして、そんな赤く滴る石のような彼女に鋭利な爪が突き立てられる、その時だった。
「エスティアさんは、まだ死ぬべきじゃないでしょう!」
ガァァーーン!と、硬いもの、エスティアとは違う物に当たる音が響く。そこにいたのは、大きな盾を構えた男性達。彼はダルジェン率いる警備班の団員だ。魔獣の鋭爪は盾を貫き彼らの腕からも血が噴き出ている。
だが、それで警備班の介入は終わらなかった。
「おふたりが戦っているのに、どうして僕たちが何もせずにいられますか!」
盾を貫いた魔獣を、横から強烈な弓矢が撃たれた。耐久力は普通の獣より少し高めなだけなのか、強弓は浅く突き刺さり魔獣を盾から引き剥がすだけに終わる。しかし、
「お、お前ら、どうして……危険だから来るべきでないと言ったろうに!」
「さっきも言いましたが、村の中枢を担う貴方達を置いて逃げるなんてのは、警備班員としてしませんよ」
「……すまない、感謝する」
全10人からなる警備班が、満を辞して全員集結した。戦力としては物足りない者達だが、これで数の面はカバーできるため、この介入はとてもいい流れだ。
「あと、ひとつだけ、おふたりにご報告がありまして……どうやら、この魔獣の鋭爪、とてつもなく強力な、毒も持ち合わせているようで……すね。盾を貫かれたときに僕、毒に侵されてしまったらしい、です」
「毒、だとぉ!」
「その通り、彼らはその爪に劇毒を含んでいる、タロットとよばれる種の魔獣なのだよ。さてさて、君たちがいかにしてこやつらを倒し、僕と戦うのか。そして、どう散っていくのか、観察させてもらおう」
「大きく厚い盾を貫くほどの鋭利さ……警備班の装備じゃ貧弱、だわ! 警備班のみんなは、攻撃を受けた瞬間、それは、毒の影響を受けることを、意味、する」
多量の出血で今にも倒れ込みそうなエスティアが言う。加えて、毒を受けた班員3人の腕はどらも黒く淀み、顔を歪め膝を地に着け、エスティアと同じく息を激しく乱している。状況は、やはり総評して劣勢。
その後も、劣勢のままたった3匹の獣に押し込まれ、毒を喰らう者や裂傷を負う者が増え、ついに無傷の団員は班長ダルジェンを除いて1人だけとなる。
「お、おい、まじかよ……こいつら、この獣、やべぇぜ」
「……ダル……ジェンさま……あれを、あの魔法を……!!」
深い傷を負った班員の1人が消えありそうな声で言い、それを聞くダルジェンの顔は蒼白に変わっていく。
「っ!! ……だが、あれは……」
「ここで、僕たちの命を、いいえ、『魂』を、無駄にするようなことをするならば!やって、ください」
班員との会話が続いている間にも、爪をキラリと煌めかせ獣は班長と残りの班員を狙う。ダルジェンはかろうじて耐えきってみせたが、これでももう対応するのは限界だ。
「もう……限界なんです! 決めるなら、今、だけ!」
「……ええぃ、わかった!使うぞ、秘されし奇術を!総員、俺を守れ!俺の死守し、俺の詠唱の妨害をさせるな!」
「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」
毒で身体中を黒い塊が侵食し体力もないはずなのを堪え、ダルジェンの叫びに高らかに答える10人の警備班。
班長を守るため、司書エスティアを、みんなを、村を守るために『魂』を一つにする。
ダルジェンは両手剣を天に向かって掲げ、覚悟を示すように天を睨む。そして、
「これは悪く言えば班員を存在させなくする魔法。故に名を付けずに封をしてきた。だが、良く言えばこれは班員を生かし続ける魔法でもある。よって、今日この時!ここに命名する!『魂の輪舞曲』安らかに生きろ」
誦んずると、限界を越えて魔物の脅威からダルジェンを守っていた10人の身体が光に包まれ、形を失う。『魂』が残った、と言うのがぴったりだろうか、ゆらゆらと、アストラル体が炎のような形になってダルジェンを囲う。
隙だらけな彼の姿を見て魔獣が襲い掛かろうとしたが、アスタロが「やめろ」と命令するとピタッと攻撃を中断、魔法の行く末を見つめる。
アスタロを含めたここにいる誰もが、この魔法によって何が起こるのかを見たいと、そう思っている。だから、彼を攻撃するものは誰もいない。
「お前らは魂となって俺と共にあり続ける。お前らの強さじゃなく、お前らの心の強さが俺の強さ。心の強さなら、負けると分かっていながらもここへ来た時点で自明だよな」
10個の白い炎がダルジェンの周りをくるくると揺蕩い、ゆっくりと彼に吸収されていく。変化は、全てが吸収されたその時に突然訪れた。
「おぉ、うおぉ、これは、おぉぉぉぉっ!はぁぁぁぁっ!」
遠くまで轟く雄叫びを上げると同時、未曾有の何かが一気に広がる。力の流れとでも言うべきか、何もかもを圧倒する流れが範囲を増して大気をも振るわせていく。
「これはこれは、危険だ。このアスタロには少々荷が重いかもしれないね。僕は人間を、舐めていたようだ」
「_______」
「タロット!今のうちだ、今のうちに遠慮せず襲いかかってくれ!」
「_______」
魔獣がアスタロの指示で再び殺意を向け動き始める。
しかし、ダルジェンは魔法を発動してから何の音も出さず動かぬままだ。と、思われていたが、違った。
「______え?」
そんな呆けた声を出したのはアスタロだった。なぜなら、目の前で、瞬きをした内に惨劇が起こっていたから。
3匹が爪を剥き出しにして全力で殺しにかかったはずなのに、そこにあるのはダルジェンの死骸ではなく、件の獣達の死骸であった。剣を一振り、それだけで3匹を殺してみせたらしい。
「エスティアに慈悲を」
呟くと、出血が酷く意識を失っていたエスティアの身体が温かな炎がのような物に包まれ一瞬にして癒されていく。
そんな驚天的なことをしてみせた男の姿は、炎ような、吸収した魂と同じような揺らめくオーラを身体中に纏っている。白く黄色く赤く、まるで人でないかのような容貌だ。
「ん、んん……あ、あれは……ダルジェン、なの?」
目覚めたエスティアが一言。
「俺は、害を与えるものからこの村を護る者。だが、害を与え傷つけた者は、許されざる者として、滅す」
彼の声は、ダルジェンのものであってダルジェンのもので無いような声。厳かでドスの効いた声色から、神か或いはその使いではないかと錯覚してしまうほどに。
そう感じるもう一つの要因は口調の変化かもしれないが。
「さあ、来い。お前にはこれ以上何も破壊させない。壊れるのはお前だけだ」
「仕方ない、僕が直々に戦うしかないのか。あと10匹以上は獣の予備がいるけど、どうせ一掃されるだろうしね」
「エスティアは、そこで見ていてくれ。ここは、俺に任せてくれ」
「え、ええ。分かったわ」
ダルジェンは両手剣を片手で軽々と持ち、もう片方の手に新たな剣を創造する。創造魔法の類いとは違って、纏ったオーラをそのまま形にしたといった感じだ。
そうして、両手剣サイズの剣を両手に構える。
「じゃあ、いくよ」
「行くぞ、侵略者」
1 : 1 の決闘、ここに始まる。
「…………え?」
疑問の声を上げたのはエスティアだった。それもそうだ。「ここに始まる」などと大袈裟に表現したが、実際の2人の戦闘はそんな大それたものではなかったのだから。
魔獣使いの男が魔獣よりも強いのは分かりきっていたことだが、それも目の前の状況を見れば何の意味もない。なぜならダルジェンは、それを遥かに上回る強さで敵を斬っていたからである。
そう、決戦が始まった途端、勝者は一目瞭然となった。
読んでいただきありがとうございます!
文中に、「温度は500°Cでオッケー」みたいなのがあったかと思いますが、この世界の金属の融点が低いわけではありません。たまたまこの金属が低いだけです。
しかし、「何種類かの金属を溶かせる魔法」とか言う都合のいいあるのでこの世界では熱で溶かすという技術が余り発展しておらず、500°Cですら出すのは難しいと。
で、さらにあの鎖の金属は魔法では溶かさないので、熱で加工するしかないのです。
という裏話的なものをここに残して、今回は終了です!




