第一章24 大侵攻 〜開幕〜
乾いた風が吹き、そこは静寂につつまれた戦場に切り替わっていた。
剣呑な雰囲気が溢れ出ているこの場で、相対する者同士、互いに出方を窺っている。
そんな中、最初に口を開いたのはメイアだった。
「ねぇ、カラピアとゴース? 他にもいた何人かのお仲間はどこにいるんですの?」
「ヘッ! そんなの誰が教えるッてんだよ」
「おそらく、ラグラスロを除いた後4人の敵はあの、光の世界に行ったんだろう?」
「なんだよ、そうだよなァ、フィーストは俺らの目論見を知ッてやがんだよなァ」
不機嫌そうに舌打ちするカラピアを見て、メイアは「目論見」「光の世界」という単語に疑問をもつ。
まるで、別の世界に干渉するとでも言っているようなその言葉。何か、嫌な予感が寒気となって神経を震わす。
「ラグラスロはこう考えているんだ。僕やグラン、メイア、ルーシャが元々いた世界に攻め込み我が物にしようってね」
「なっ?! ……い、いやでも、たった4人でか? あの世界にもとても強い奴なんて沢山いるはずだろ?」
フィーストの語った敵の目論見にいち早くグランが反応。
だが、そのグランの疑問にファーストは「違うよ」と言って更に続ける。
「僕たちを殺して闇に引きずり落とせば、どうなるかな?」
「……なるほど、それはやばいな」
敵の作戦にグラン達の間で戦慄が走る。
とてつもなく残酷な戦略。
グランら4人を悪に引きずり込み世界侵攻の為の戦力とするだなんて考えは普通じゃ思いつかない。
「大丈夫ですよ。私たち、死ぬようなことはしません」
「私は1回死んじゃってるんだけどねぇ〜」
「おいおい……」
「グランくん、ここは任せていいんじゃない?」
「……ああ、そうだな。メイア、ルーシャ、ここは頼む。俺らは、ラグラスロのところへ向かうぜ」
「「了解!」」
両者ともに深く頷き、互いに覚悟を露わにする。
もう誰も、闇に引き込まれるつもりはないと。
つまり、自分の世界は自分で守る、と。
「よし、グランくん、僕の槍に掴まるんだ。あの黒龍のところまで飛ばすぞ」
「おい? まさか俺らが行かせると思ッてるんじゃァねェだろうなァ」
「思って!います!よ!」
言葉に合わせてルーシャが奇鬼忌琴を弾き音を奏で、グランを邪魔しようとしたカラピアの行動を阻止する。
「ちィッッ!!」
「カラピア、我らはこやつめらを先に弑するべきらしい」
「わッてるぜ! 野郎、すぐに終わらせてやる、リベンジッていうやつだな!」
敵はグランとフィーストのことを無視し、メイアとルーシャを標的に変更する。
それを見計らって、フィーストの槍が蒼く光を発して浮く。
「よし、行くぞ!」
そして、青い光の残像が弧を描きながら豪速で戦線離脱。そして別の戦いの場へと向かって行った。
「戦闘型じゃないって言ってたルーシャさんにお願いするのは酷なことかもしれないけどさ、ルーシャさん、あなたに、あのゴースっていうでかい方を任せてもいい?」
「……ええ。勝ち方なら、つい最近弁えましたから」
「ありがとう」
メイアがそう申し出たのは、たった一つの個人的なこと。
以前の勝負の、決着をつけるため。
ナハトが来るまで半ば諦めかけ、その後なんとか追い詰めるも逃げられ、決着がつけられなかったから。
「今日で、勝者が決まるわね」
「もう逃げるなんて真似はしねェ。殺す、それだけだぜ」
「________」
「________」
「「いざ!尋常に!」」
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「ここにナハト・ブルーメとか言う尼はいる?」
「え、あ、はい。どこかにいるんじゃないでしょうか……」
「ふぅん、あなた使えないわねぇ。まあいいわ、どきな」
彼女は目前の男性を片手で突き倒し辺りを散策する。
が、しかし、すぐに「飽きた」と呟き立ち止まる。
「なんで私が探さなければならないんだわさね。『侵攻者』らしく力尽くで誘い出せばいいのよ、そうよ。じゃあ行くわよそこらの愚民」
ゆっくりと手のひらを開き、そこに小さな炎を発生させる。
だが、それを普通の小さな炎と思ってはいけない。
小さく光を放つそれは、瞬く間に周囲を焦し始めた。
火は手に収まるくらいのほんの小さなものなのに、そこから溢れ出る熱気と魔力は周囲の全てを圧倒する巨大なもの。
果たして、夏の焼けるような日差しとこの小さな火はどちらがより熱く、そしてより暑いのだろうか。
「な、なんなんだ……この熱気はなんだ?! 涼しいこの施設が嘘のように、一瞬で常夏の砂漠に変わり果てた!! 陽炎がゆらゆらと……ま、まずい……」
不慣れな熱気と、それに伴う発汗により座り込む者、倒れ込む者が次々と現れる。
そんな異常現象を引き起こした彼女は一言で言えば『侵攻者』だ。
「さあ、このバーティが直々に来てやったのよ。さっさと私のところに来てくれると嬉しいのだけれど」
彼女、バーティが呟いても誰も駆け付けない。次々と体調を崩すひとが増えていくだけの空間がそこにはある。
求める人間が来るのを待ちわびて、彼女は火を灯し続ける。
そして、それに応えるかのように彼女はやってくる。
いや、実際に目で相手を捉えた訳ではない。
だが、背後から迫り来る攻撃魔法の魔力が、目的の人物の到来を知らせていた。
振り向くと、そこにいたのは長髪の若い女。
「おい、私の投げた雷槍を無かったかのように無視するのはやめてほしいんだがな」
「やっと来たのね、ナハト・ブルーメとやら」
「おい」
開幕、ナハトは目前の異常な魔力を放つ女に不快感を抱く。
今にも倒れそうな熱気を引き起こしていることもそうだが、彼女を最も不快にしているのは雷槍のことだ。
ナハトの投げた雷槍は確実に相手に命中した。
なのに、彼女は全くそれに微動だにせず、まるでそんな攻撃が無かったかのように振舞っている。
「お前、どれだけ化け物なんだよ……」
「あら、初対面で化け物扱いとは世も末ね。おっと、もうこの火は必要ないわね、あなたに会えたんだもの」
言うと、『侵攻者』はその手の火を消す。
すると先程までの熱気が嘘であったかのように発散し、気温が徐々に常温まで戻っていく。
「どうやら私のことを知っているらしいが、誰だ?」
「そうね、自己紹介って大事よね。私はバーティ。わかりやすく私の素性を説明するなら、以前あなたが戦ったゴースとカラピアって男どもの仲間っていうのがいいかしら」
「ゴース、カラピア……そして次はバーティねぇ。随分と桁違いの力を持っているようだけど?」
「だってあの男ら、最近入ったばかりの新人ですもの。そりゃあ格が違うさね」
ナハトは話しながら相手の様子を窺うが、バーティという魔女を思わせるような強い魔力を持つ彼女に攻撃の隙がない。
どうやらまともに戦っていられる相手ではないらしい。
だが、
「兎に角、あなたは敵ってことでいいのよね? なら、早いうちに狩ってやろうじゃないの!」
先手必勝、とばかりにナハトは雷槍を3つ投擲し、更に魔法『リュミエール』『アイスエイジ』などの上位魔法を続けて放つ。
どれも攻撃が命中した感覚は確かにあった。
しかし、先程同様、どれも効いてないという感覚もあった。
「強いと聞いていたから期待していたのだけれど、どうやら私にとっては塵も同然のようね」
「果たして、どうすれば傷をつけられるんだ?」
「どうすれば……ね。そうね、あなたが編み出したとかいう弱体化の魔法陣でも描けば可能性はあるんじゃないかしら。そんな隙を与えるとつもりはないけれどね」
バーティの言っていることは確かだ。
魔法陣を描く隙なんてありゃしない。詰みである。
魔法陣を描くのなら、という条件付きの場合は詰みであるのだ。
「おい、人間は成長できるんだってことを知ってるか?」
「知ってるさね。でも、したところで微小なものだわさ」
「そう、微小な成長だ。でも、どんな微小なものも、意味があるものは堆積するとデカくなるのさ!」
言いながらナハトは何かを成功させたかのような、自信と達成感を含んだ笑みを浮かべ、両手を広げる。
次の瞬間、敵は目をカッと見開いて驚嘆する。
「な、何をした。いつのまに、魔法陣を仕掛けやがった!」
魔法陣があるのは床でも壁でも天井でもない。
いや、それを魔法陣と呼ぶのは正しくないのかも知れない。
なぜなら、それは女の身体中に帯が巻き付いたかのように、文字が列をなして書き連ねられていたからだ。
「いつ、私の身体にこれを書き込んだ!そんな隙は与えなかった!」
「おいおい、私は触れてないが、他のものは触れただろ?」
「……っ!それってまさか、魔法ではあるまいさ?」
「ご名答だよ、バーティさん。私は魔法を乱射した時既に、魔法陣を簡略化したものを飛ばしていたのさ!」
突如、女の身体を激しい立ちくらみが襲い、足元が狂う。
片手で頭を軽く押さえナハトを睥睨する姿は、まるでさっきまでの威風堂々とした魔女らしいものではない。
「ようやっと、私はお前と戦えるってことだな」
「ふ、そうだわさ。私とあなたなら戦えるさね」
「そうだね。ボクがいるから『私とあなた』を満たさない。つまり君は戦えないってことになるんだよ」
「_______なに?」
不意に、背後からかけられた幼い声。
振り向くと、やはりそこにいたのは小さな男児だ。
見た目的には10歳前後と言ったところだろうか。
なのに、彼の発言内容と醸し出される雰囲気が少年のそれでないことに違和感を覚える。
「だから、ボクがいるから君は普通に戦えない。やられて」
「敵は、2人いたってことか……」
ナハトは、そう言うと男の子から目を逸らしピタッと固まってしまう。
「現実逃避に虚空でも見つめてるの? ちょっとちょっと、ボクも君と戦いたかったんだけど〜」
「いいや、違うわイッポス。後ろよ、彼女、ナハトは後ろを見ているんだわ!」
「後ろ……って、え」
「君は迷子かい? ここにいるのは危ない、もっと広い場所にでも行こうか。あのお姉さんの戦いを邪魔するのは良くないな」
話しかけてきたのは青年だ。
この施設の人間なのだろうが、彼の身に纏っている衣装が他とは明らかに違う。
軍服をラフな感じに着たような、それでいて格の違いが明確な彼はきっと、
「まさか、この施設で最強と呼ばれる……」
「おっと、俺の事も知っているのか。それは侮れない。じゃあ、俺が君の相手になろう。俺がお前を倒してやろう。いいや、潰す。うむ、全力で泣かせてやるよ」
「施設長ハンニバル・K 殿。助太刀、感謝します」
「メイア君、君はそこの魔女っ子を殺りたまえ。秩序を乱す不調法な者は即刻捻り潰せ」
「御意に」
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「HAaaarrrSHHh!!」
空疎なそこに響く咆哮はこだまとなって広がってゆく。
その咆哮をあげたのは人間だ。
しかし、彼の吠えで何かを感じとることはできない。
そして、咆哮を轟かせてばかりいるのは、今や彼は唸り声しか出せないというだけのこと。
この咆哮も、唸り声も、全てが敵意に満ちているようだが。
「AcCUuuuummM!!」
「おいおい、なんなんだぁこいつ!」
「まるで野生の獅子ね。でも、彼は確実に意思をもって私たちを敵と認識しているっぽいわよ」
「ああ、どうやらそうらしいな」
そんな狂人と対峙するのはダルジェンとエスティア。
つまり、アル・ツァーイの代表者である。
「こいつは強えぜ。俺ら警備隊の奴らを戦わせるわけにゃいかん。あいつらじゃ手も足もでねぇって程に強い」
「そう……なら私たち2人でやるしか無いってことよね」
「Grrry……」
狂人は鎖に巻かれており本来の姿が見て取れない。
鎖と鎖が重なり合ったその隙間から見せる一筋の光、それは彼の眼光だ。その他、僅かな隙間からなら彼の容貌を垣間見ることはできるものの、やはりそれでも不可解な存在だ。
「まずは、お前の鎖を剥がさせてもらうぜ。そっからは、この村を守るために死力を尽くすのみだぜ」
ダルジェンは背中から巨大な剣を手に取る。
両手剣ツヴァイハンダー。重厚な一撃を与えられる両手剣であるが、それに加えダルジェンの剣はしなやかで軽い。
その剣の刀身からは考えられない素早い攻撃が可能となる。
そして、
「本っ当に久々だわ。もしかして、私が司書となってから戦うのは初めてじゃないかしら?」
言いながら、エスティアが手に取ったのは細く鋭いもの。
彼女は可憐に舞う乙女のようであり、全てを突き刺す銀閃を手に持つ事で一層それが引き立たせている。
その武器はレイピア。例の如く、その細剣は普通のものとは多少異なっており、繊細で、微かに光を放っている。
「ハバキリ様の魔法、やっぱ凄いわね。武器や防具を更に強化する力、わたしには勿体ないくらい」
「いいのぅ、俺は剣を強化してもらっただけなのに、エスティアは服まで強化されとるがな」
「ふふん、やっぱ乙女は守りが固くあるべきなのよ」
「へっ、そうですかい」
魔法属性を秘めた細剣を握るとすぐに、彼女は狂人な方へと向き直る。
「さ、帰ってくる者達のために、この村を守りましょう」
「D, DEAaarrddGE!!」
「そう騒ぎなさんな鎖青年。すぐにその鎖、剥いでやるさ。その後はそうだな、生かすも殺すも俺ら次第やでぇ!」
ダルジェンはまるで悪人のように言葉を発しているが、そんな悪態をつくようになるほど彼は滾っている。
滾れば滾るほど脳は活性化され、彼の戦力は増していく。
「まずは俺らの身体を温めさせてもらうぜぇ。そしたらよぉ、俺はもっと強くなるってんだ!」
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「こ、これは……何故裏の世界からメイア女史以外の人間が出てくるんだ?? スマクラフティー兄妹はどうなさったんですか??」
遺跡が並び立つ古風な街アンスターの巨大な扉前で、何者かに語りかける男。
相手が誰なのかはわからないが、誰であれ望まれない存在であることに間違いはない。禁忌の扉のその奥からやってきた存在であるならば、油断は決してできない。
「あぁ?兄妹……あいつらのことなら心配いらねぇぜ。俺らの仲間があいつらをすぐに殺してくれるはずだかんな」
全てを威嚇するような悪辣な目つきで質問に答える謎の男は「兄妹をすぐ殺される」と言った。つまり、彼はメイアとグランを知っていて、2人はまだ生きている。
そして、彼は2人が死ぬことになんの躊躇いもない、敵だ。
「まだ死んでいないということはつまり、あなたは別の目的があるってことでよろしいのですね?」
「心配するところはそこか? あんたの大事な人間なんじゃねぇのかよ」
「なに、彼らは強い。死にはしませんからね」
男_____グリム・ベムは、スマクラフティー兄妹を信じている。だからこそ、彼らが負ける可能性は完全に排除して、あと考えるべきは眼前に立つあの男のことのみ。
上半身はほぼ裸同然で、鍛え上げられた筋肉が良く見える。
おそらく彼の攻撃をまともに喰らえばタダでは済まないだろう。
「だが、それもいいっ!この俺が、戦いの時だけ性格が変わるのは滾るからだ!ダルジェンの奴と同じ! 違うのは、あの兄妹の敵だからとかそんな理由なんかじゃなく、強いから滾るのだ! 蹴散らしてやるよ!」
「おいおい、なんだぁ? 急に人が変わったようだが……まあいい、俺の予想は当たっていたらしいな、あの失踪者の関係者がこの街にまだ残ってるって俺の予想が」
「関係者を殺して廻る旅でもする気か? そんなこたぁさせねぇよ。俺は他の奴らに比べりゃ弱いが、舐めるなよ」
「心配しなくていいぜぇ、他の俺の仲間が殺しに出向いてっからよぉ。とは言っても、俺を含めて4人だけだがな。逆に言えばそれで十分ってね」
自信満々に4人で殺戮は十分と言い切るが、グリムは正直言ってそれを信じられない。
世の中にも強い奴は数多といる。
メイアやグランの関係者は少ないと言えど、悪事を働く輩は必ず何者か正義の介入で討たれるに違いないのだから。
「俺らはよぉ、それを成し遂げるほどに強いってことだ。お前なんかすぐに捻りちぎってやるから大人しくしとけ」
「言ったろ、舐めるなって。俺ら村の代表者だけに授与される村長の宝具、村民一丸となってお前を潰す。それにあと一つだけ言わせてもらうがな、メイアとグランの奴らはあれで全力で戦ってるつもりらしいが、本来のあいつらはもっと強え、まだ、眠ってるだけ。誰もが知らないポテンシャルってのがあるんだ!そう、俺らは確信してるぜ!」
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「着いたよ。ここが古城プロスペリテ、かつての善き王が統制し栄えた地にして、今や黒龍に乗っ取られた廃れた地」
フィーストが軽く現在地の説明をする。かつて栄えていたと言うのは本当らしく、とても巨大で何者をも寄せ付けないような立派さを誇っている。
乾いた風がグラン達を吹き付け、これから起こることへの意識が集中される。大侵攻は既に始まってしまっているのだ。
これからすべきは、ラグラスロを侵攻させないこと。この巨大な城を陥落させた黒龍に侵略させたなら世界が滅びかねない。だから、
「行こう、フィースト」
「いいのかい? ここにくる前にも行ったが、あのラグラスロとかいう龍だけは戦力が別格なんだよ?」
「おい、ここでそんなやる気を削ぐようなこと言うか?」
そして、2人は城の屋上まで進んでいく。
何事も起きず、静かな城内はとても寂しく廃れていた。小さな炎の灯る光だけが道を照らし、まさにそれは黒龍のためだけの地。本来は違うはずなのに。
「いいかい? ここを開ければ屋上。彼が僕らを待っているだろうから、ここを進めばもう戻れないよ」
「だから、戻るとかなんとかさっきから言ってくるけど、やることねぇしやる必要もねぇんだよ!」
ツッコミながらグランは前の扉を蹴り開け、勢いよく外へ飛び出す。それを見てフィーストも「やれやれ」とゆっくり扉をくぐる。
________そして、邂逅を果たす。
「ついに、此処まで辿り着いたか、若輩共」
漆黒の翼を大きく広げ、眼を鋭く尖らせギラリと光らせる。よく見知った存在だが、この場に於いては彼は全く違う存在のように感じた。それは恐らく、彼の発する激しい敵意と悪の力の流れからだろう。
「俺はお前をも、俺の成長のための糧とさせてもらうぜ」
「結構。それができるなら、の話だが」
軽い挑発をかます目下の黒龍。余裕だ。何も、なす術がないのではとまで感じさせる神の領域。確実にグランの鍛錬はまだまだ足りないと、肌で、目で、簡単に察せられる。
それでもなお抗うのは、負戦に挑む理由は、どんな手を使ってでも、勝てると信じる一手があるからだ。使える手は使ってこそ戦なのだ、と。
「これで散れよ、ラグラスロ!」
グッと、グランは力強く拳を握り力を振り絞る。最初の一撃から、グランは今出せる最大限の力を解放するつもりである。全てを拳に集中させたことにより腕に多大な負荷が掛かり、爆ぜるように腕から血が噴き出す。
耐える、それもこれも、どんな痛みも耐えて、痛みをも力に変える。そして、ラグラスロを強く睨む。
「守りを捨て攻めに全てを注ぐか。笑止、どうや、散るのは汝らしいな」
グランが前に足を踏み出すと同時、ラグラスロの剛角が淡く光を帯び、龍を光の線が走ると、
「『エリミネイト』」
龍の口から全てを討ち滅ぼす閃光の魔法が放出される。神威の一撃は空気を引き裂きグラン目掛けて一直線に線を描き、守りを捨てたグランが喰らえばタダでは済まない。
しかし、グランは躱す素振りも防御に転じる素振りも見せず真っ直ぐラグラスロをみて突き進むだけ。守りの全てをもう1人に委ねているから、フィーストがいるから、
「まったく、この男は馬鹿なのか? ちゃんと一撃を叩き込んでくれよ?解放、トロフィー!護れ!『カタフのアミュレット』!!」
誦んずると、地を蹴り高く舞い上がるグランに保護の魔法が付与される。飛ぶ彼が狙うは龍の顔面、その為に高く飛んだのだから、突き進む。
目の前に迫る『エリミネイト』に臆することなく果敢に突っ込むと、グランの姿はその破滅の光の中に消えていった。
「耐えてくれよ、僕のトロフィーが君にわざわざ魔法を掛けてやったんだ」
その願いに応えるように聞こえてきたのは、グランの叫び声。高らかに吠えるグランが光を打ち破ってラグラスロの顔の目の前に出ると、大きく腕を振りかぶる。
「なるほど、護りの一切をもう1人に任せることで我の一撃を見事回避して見せたか。その意気やよし」
感心しきっているラグラスロに、腕が朽ちかけるほどのエネルギーを溜めた一撃を叩き込む。
力は黒龍の頭の内にも伝わって、外からも中からも敵を破壊しつくさんとエネルギーが暴れ回る。力がぶつかり合うことによる爆発は起こらない、否、起こさせていない。そうすることでエネルギー効率を限界まで引き上げ、ほぼ全てをダメージへと変換できるからだ。
「___________」
誰もが、この攻撃の行く末を静かに待った。
「___________」
未だ、グランは敵の額に力を加え続けているが、しかし。
「何故、微動だにしない」
ぽつんと、グランがそんな一言を溢し、それに続けてフィーストが言う。
「ああ、そんな、あの龍は、グランの全力を喰らっても何のダメージにもなってないっていうのか……??」
グランは、ラグラスロに初めて出会った時、即ち失踪初日に直感でこう思っていた。
どんなに強くなろうとも、この巨躯はそれを悉く挫くことができてしまうだろう。
________この龍を敵に回すべきでない、と。
そして今、こうしてラグラスロの対峙し交戦したグランは不覚にもこう感じた。感じてしまったのだ。
________やはり、こいつを敵に回すべきではない、と。
ついに第一章終盤ですね。
グランが最後に思った「敵に回すべきでない」という言葉、実は第4話「相対的にハームフル」にほぼ同じ文章があります。えっ、そうだっけ? と思ったら一度戻ってみてみてもいいかもしれませんね。
*今後、更新ペースが圧倒的に下がりますことを報告します。




