第一章19 邂逅の巻①
『歯車は、動き始めたか』
この前ラグラスロが飛び立つ前に呟いた言葉を、今でもグランは反芻している。
きっとあいつは_____
あの時は、ルーシャが話しかけてきた為にラグラスロに対しての思考を中断してきたが、今は考えるだけの暇があるので整理しようと思う。
まず、俺が思うにあいつ、ラグラスロは「黒」だ。
ここでの「黒」は、単にラグラスロが黒い竜だと言いたいのではなく、あいつが「敵」であることを意味している。
そう、きっとあいつは______敵なのだ。
それも、過去の数多の失踪に綿密に関与してきた、そんな重要な存在として。
今まで気にしないでいたが、グランはしっかり覚えている。
これまでラグラスロは、さまざまな発言をしてきた。
その中に、よく考えれば不思議な点があったのだ。
まず1つ目は、グランが失踪してきた初日のことである。
『デアヒメルを護るものとしてここまで追いかけてきた』
この言葉に疑問を持っていなければグランは今ラグラスロを疑ってはいなかったろう。
それだけに、この言葉の重大性は大きいということだ。
このラグラスロの言葉で最も焦点をおくべきなのは、なんと言っても「追いかけてきた」の部分だろう。
Q,デアヒメル王を護る為に追いかけてきたと言っていたが、一体どのようにこの世界へやってきたのか?
A,2つの世界に干渉する力を持っている、それも2世界を自由に移動できたり移動させたりと言った力を。
この場合に於けるA,は答えではなく仮定だが、それは大した問題ではない。もう既にグランの中でラグラスロを敵と見なしてしまっており、その仮定は割と核心に近いのだから。
と、ここで、1つ反論を挙げることができてしまうのだが、グランの圧倒的記憶力の前にはそれも無意味だ。
Q,他次元と繋がっている歪みがこの世界にあるのなら、光の世界にも同じような歪みがあって、ラグラスロはそれを使ったのでは?
A,もしそうだとしたら、『帰路への入り口すら開けていない』『歪みを探す』といった類の言葉は嘘ということになる。
もしそれに失踪者自らの力で攻略させるための特訓としての役割があったとするならば、その嘘は善意によるものなのだろう。
しかし、ラグラスロは失踪者を護る役割を果たさねばならぬのに、なぜ失踪者は皆命を失っている?
寿命で死んでしまったのならラグラスロに非はない。
だが、おそらくほとんどの歴代失踪者は戦死が原因だろう。
その例がフィースト・カタフだ。
彼は若くして亡くなったから、今もなお青年のまま命を吹き返した。つまり、寿命で死んでしまったなら生き返っても老いたままの筈なのだ。
そこから推測するに、今までの失踪者は寿命以外の何かによって死んだ。殺された、と言うのが適切だろうか。
となると、ラグラスロは失踪者を護りきれていないと言うことになる。
つまり、あの黒龍は護る為にいる訳じゃない。
というか、そもそも失踪者を護るなら手伝えって話なのだ。
死の危険から遠ざける為に一刻も早くもとの世界に帰す努力を黒龍もしなければならない筈だった。
「そう言えば、俺がこの世界にくるとラグラスロはすぐ俺の所へ駆けつけたよな。ルーシャの時もそうだ、突然いなくなったと思ったらルーシャを連れて拠点に帰ってきたんだったな」
こうして再び疑問が生まれる。
Q,どうして失踪者がやってきたことをラグラスロは認知できるのか?
A,ラグラスロが失踪させているから知っている
「とりあえず、一度整理しようか」
まず、グランの見立てではラグラスロは黒、敵である。
その理由は以下の通り。
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・ラグラスロは王を追いかけてやってきたらしいが、どうやって世界を行き来しているのか不明
おそらく複数世界に干渉できる能力があるからだろう
・歪みを使ったということも考えられるが、それなら失踪者はラグラスロの助けを得て安全に歪みまで到達できるはず
護る、つまり失踪者の命を優先するならそうして当然だろう
・ラグラスロは失踪者がこの世界にやって来ることをなぜか察知できる
それは世界に干渉する能力を用いて任意の人間を故意に失踪させているからだろう
まとめると、ラグラスロが太古より始まった失踪の犯人で、失踪被害者に帰還不可能な状況を与え続けてきたということになる
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ただ、これはグランの予想、仮定にすぎないことを忘れてはいけない。
「俺は、ただあいつを悪だと思い込んでいるだけなのかもしれない…… いやいや、自分を信じろ。でも、やっぱもっと根拠があった方がいいよな」
だから_______
「あいつはもう何日も帰ってきてない。あいつが飛んでいった方向に、何かあるのか? そうだとしたら、行ってみる価値はある気がするな」
まだ、ルーシャにラグラスロの話をしていない。
まだ黒と確定したわけでないのに、余計な不安を与える訳にはいかないと考えているからだ。
だから、グランは1人でラグラスロの飛び立った方角へ偵察に行くつもりでいる。
「もし俺に何かあったら……いや、何かある前に逃げ帰る。今回は偵察するだけだ、危険がありそうならそこまでにして引き上げればいいだけだ」
グランが帰らなかった場合、ルーシャが独りになってしまうことを考慮するとそうするのが妥当だろう。
独りの辛さ、それに加え仲間の喪失が重なればルーシャとて平気ではいられまい。
「気を引き締めろ、グラナード。絶対生還、これ大事」
言いながらグランは部屋を出てルーシャの下へと向かう。
拠点といってもボロボロの遺跡を利用しているだけなので、使用可能な部屋が本当に少ない。
だからルーシャの部屋は歩いて1分ほど掛かるのだ。
あれこれ考えながら歩いていると彼女の部屋前に到着。
ノックした後にドアを開けて中を覗くと、
「あ、グランさんどうしたんですか? 部屋に来るなんて珍しいですね」
「たしかにそうだな。今日俺、拠点の外を散策してくるからここで待機しててくれるか? たまには普通の魔物達と戦ってみたくてな」
「はい、わかりました。じゃあ私はいつも通り王様の所に行ってますね!いってらっしゃい」
「おう、行ってきます」
無垢な表情で、何も疑わずに笑顔で送ってくれることに心が痛まないことはない。
嘘をついて外を出歩くことに良心の呵責が襲ってくる。
でも、これがグランのできる最善策だったから、それだけ。
「グランさん、仕方のない人ですね」
グランが部屋を出ていった後の、1人の部屋で、ルーシャはぽつりと呟いた。
グランが何かを企んでいる、他の目的があって出かけたということはルーシャにお見通しだったらしい。
でも、わざわざ追いかけたり、引き止めたりはしなかった。
ただ、ルーシャはグランを信じていたから、それだけ。
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「やっぱ普通の魔獣達は弱いな。強いのは試練にでてきたような特殊な奴らか、人間。こいつらはただの歩兵だな」
襲ってくるモンスター達を軽く屠って呟くグランは、道のりで数多のモンスターと遭遇しては退治を繰り返していた。
今まで拠点の南方向、西方向に足を運んで来たが、今回は北である。
あの時ラグラスロは北へ飛んでいった。
そう言えば、グランは拠点より北に転移してこの世界にやって来たのだ。
「やっぱ、北には何かあるってことか?」
もう大分長い間歩いているが、この世界も広いのだろう、何もない仄暗い森が続いている。
文句を言っても仕方ないので黙々と歩き続けること1日。
「ああ!やっと森を抜けたよ! 転移魔法を覚えるとか、便利な移動手段が欲しいな」
目の前に広がる大草原。
見覚えがある、転移して来たときにこの草原をちらりと見ていたから。
暗くてよく見えないが、すごい遠くに巨大な都市のような影が見える。
おそらく太古のものが今も残っているのだろうが、もしかしてそこにラグラスロがいるのだろうか。
だが、やはり遠すぎる。
ここは一旦拠点に戻って移動手段を用意する必要があるかもしれないなどと思っていると、
何者かに見られているような感覚がグランを襲う。
すぐさま振り向いて森の中の様子を伺う。木々の間、茂みの中、いろいろ観察するも何も出てこない。
「おい、誰かいるのか? いるなら出てこい。出てきたところでお前は悪を孕んだ敵なんだろうから、戦いは避けられん」
戦闘態勢をとり警戒を怠らない。
そして、静寂に包まれた空間に、一つの雑音が乱入する。
草むらが不自然に揺れ、生物がいることを確信する。
「さあ、出てこい。魔獣か?それとも人か?」
グランの言葉に従うように何者かが草むらから徐々に姿を現す。まず手が出てきたことから、すぐに人である事を認識。
その後、俯いて素顔を覗くことのできない1人の人間が完全に姿を見せて……
「女……それもまだ大人ではない、のか? お前は一体……」
そして、虚な目をした女性が顔を上げ、その素顔を見せた。
その顔はとても可愛らしく、敵視したくないとさえ思ってしまう、そんな人物だった。
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「デアヒメル王さん、相談があるんですが……」
「相談か。話してみろ」
「はい。デアヒメル王さんは、この武器について何かご存知ですか? 奇鬼忌琴という楽器であり武器でもある物なんですけど、禁忌とされていた武器でして、私なんかが簡単に扱って良い物なのかわからなくて」
「_______ 」
「_______ 」
ルーシャとデアヒメルとの間に沈黙の時間が流れる。
王が何を考えているのかルーシャには想像もつかず、ただ返答が返ってくるのを待ち続ける。
「_____それは、楽器だ。だが、それだけでは楽器になり得ない。それを楽器として使うための、弦を弾くための、そんな道具が、この世界にはある」
「と言うことは、これはそのまま手で弾くような楽器ではなく、奇鬼忌琴専用の道具が他にあるってことですね?」
「爾がそれを求めるのなら、吾は爾に在処を教えんなり」
ルーシャが楽器を正しく使う事を望むなら。
それを望んだ場合、ルーシャは楽器を使うと宣言することになる。
だが、今1番悩んでいるのが使うべきか否かなのだ。
そう簡単に在処を教えてもらうことなどできない。
「もし、もしもですよ。私がこの封印された楽器を使ったとして、それは、太古にこれを封印した人の思惑に反することにはなりませんか?」
「爾は、その弦楽器の名の意味を知っておるか? いや、知らぬだろう。奇鬼忌琴とはその名の通り『怪奇を起こす非道な者を忌避し、滅ぼす為の楽器』だ。そして今、爾らを襲う失踪は、まさに怪奇ではないか?」
「それって、失踪という怪奇を引き起こす者を滅ぼす為なら私はこれを使ってもいい、ということですか」
「使ってよいか否かは吾にはわからぬ。だが、吾のこの話を聞き、使うか否かを決めるのは爾だ」
「_____私に、もう1つの道具の在処をご教示ください」
自然と、いつの間にかそう言葉を発していた。
今まで迷っていたのが嘘だったかのように、奇鬼忌琴を使う事を決意したのだ。
「本当に、いいんだな。もう、迷いは無いのか」
「ええ。私でもよくわからないくらいに、あっさりと迷いは消えてしまいましたね……怪奇を引き起こす者、それだけでなく、敵がいるなら、敵を倒すなら、私は迷わず使いたい。使える物は使わなきゃ、ある意味がないですよね」
本当に、あっさりと決めてしまっていた。
なぜそれが封印されていたのか、なぜそれが使えないのか。
「なぜ」を知れば、使うべきかどうか、判断できるのだとルーシャは気付いた。
「だから、ご教示ください。この楽器。いいえ、武器を使うための道具がどこにあるのか!」
覚悟を決めた瞳でデアヒメルを見る。
デアヒメルは、その瞳に宿る光を確かめるようにその眼を見つめ、そして深く頷いた。
「よかろう。爾が求める道具とは、その楽器を弾くための弓である。そして、それがあるのは_______ 」
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「おい、お前、いや、君は……」
茂みから現れた謎の女性、その素顔を目の当たりにしたグランは言葉を一瞬失ってしまった。
彼女の放つ僅かな幼さもあるが、それに反して成熟した強さも感じる。
そのギャップが生み出す不思議な空気に呑まれそうになってしまったのだ。
でも、確かに言えることが、1つだけあった。
「お前はもしかして、いや、もしかしなくてもお前は……」
拳をぎゅっと握りしめ、唾をぐっと飲み込み、一呼吸する。
相手の目を、顔を、髪を、身体を、端から端まで見渡して、その1つを確信する。
「メイア、お前はメイアだ。君はメイアだ。俺の妹の、メイア・スマクラフティーだ」
なぜ、一瞬メイアだと認知できなかったのか。
その答えは、グランの知る天真爛漫な彼女ではなかったからであり、彼女の放つ強者のオーラが滲み出ていたからだ。
そこにいるのはメイアであって、グランの知るメイアではない。失踪してから今までの間に成長しきった彼女だった。
この「勇者などいない世界にて」は、今後も登場人物や魔法がバシバシ増えていきます。
そんなの覚えてられねぇよ!と思うでしょうわかります。
なので章が終わるごとに一旦、新規魔法と新規登場人物をまとめたコーナーを作ろうと思いますので、章が終わるまで頑張ってください!
では、今後もどうぞよろしくお願いします




