第一章14 リミテッドバトル
『これから、君が魔法球に魔力をしっかり注げるようになるまで攻撃魔法を使用することを禁ずる。今後、戦闘を行う際は気体系魔法のみを用いること、いいな?』
これは、ナハト・ブルーメがメイア・スマクラフティーに出した制限である。
不確かな力で攻撃魔法を放ち続けるよりも、液体系の力を身につけてから攻撃魔法を使う方が確かな強さへの近道なのだという。
だから、メイアが再び魔法を放つのはまだまだ先のことになるだろう。
この一ヶ月でメイアは既に魔法球に魔力を注げるようになっていた。しかし、スムーズに注ぐことはまだできておらず、実戦に応用するには早いとのことらしい。
そんな彼女の日々の特訓方法はこうだ。
まず、魔法研究施設内の研究員数名と共に魔力の純度を高める練習を行う。力の込め方、込める場所などを授業という形で教えられた後、それを実際にやって慣れてゆくというものであるが、これは一ヶ月やそこらで慣れるようなものではない。
そして次に、魔法球を用いて高めた魔力を纏わせる練習、そして注ぐ練習を行う。何度も言うようだが、魔法球とは魔法練習の土台となる部分であり、これをやらずして良い魔法など使えない。魔力の質がよかろうと、これができなければ宝の持ち腐れである。
そこまで終わったら次は模擬戦だ。
模擬戦の相手はクフ・バッハを始めとした魔力測定員の人らである。以前、メイアは攻撃魔法を使って軽々とバッハを倒してしまったが、それが禁じられているメイアとバッハは今丁度いい戦闘ができるのだ。
と、こんな感じで特にこれといって変わった内容の訓練は行われていない。ただ一つを除いては。
「もっといけるぞメイア〜。君に必要なのは魔力と知識だけじゃないからな〜」
「は、はい!」
兄を探すために必要なのは力のだけじゃない。
力があったとしても、メイアには探し回るだけの体力、つまり基礎がなければ野垂れ死ぬだけだ。
故に、メイアは他とは別に"走る"運動をしているのである。
持久力を身につけ、それを耐久力に応用する。
耐久力を身につけ、それを精神面にも応用する。
精神を成長させれば、魔力も澄み、さらに強くなる。
それが、ナハト・ブルーメの考えるメイア強化理論だ。
「ほい、今日の走練は終わりだ。少しずつ速くなってきてるのはいいことだ。力もついてきてるんじゃないか?」
「はぁ…はぁ…そ、そう…ですかね……はぁ…でも、強くなれてるなら、すごい嬉しいですけど!」
「もうここに来てひと月が経っただろう。どうだ、ここでの鍛錬は」
「へへへ、とても楽しく強くなれてすごーく過ごしやすいですよ。ナハトさんの家に居候させてもらえて、帰ってからも楽しいですし」
「そりゃよかった。君のように若くしてこんなにも優れた才能を持った者に会うのは本当に久しぶりだったんでな、つい贔屓してしまいそうになるのだ。とは言っても君を私の家で寝泊まりさせている以上、贔屓していないとは言い切れないのだがな」
ナハトの家は坂をずっと下っていった先、ほぼ街の麓といっても良いくらいには下る必要がある場所にある。
この街の特性上、下の方にある家の住民達は出掛ける際に坂を登る必要があるので家賃が安いのだ。
「だが、メイアが私の家に住めば毎日君は坂をずっと登っていかなければならない。それもトレーニングになるのだから、私が君を居候させるのが贔屓とは言い難いところがあるんじゃないのかとも思うんだ」
「いや、贔屓だと思いますけどね? でも、私達がそれを認めちゃうと私の住む場所が無くなるので贔屓じゃないってことにしときます」
「ははっ、君も悪い考えをするものだ」
ゴォーーン……ゴォーーン……と、重い鐘の音が施設中に響く。これはあと二時間で日付が変わることを知らせる鐘だ。
「私もこの書類を急いで終わらせて帰るが、君は先に帰っているといい。こんなに遅くまで鍛錬を積むのはいいが、早めに疲弊した身体を休めるのも大切だからな」
「はーい。じゃあ、先に帰りますね〜!」
「ああ」
メイアは伸びをしながら今いる部屋を出、荷物をまとめて帰路へとついた。このような遅い時間になると街は静寂に包まれ、人影はどこにもない。
この静かな夜と暗い夜は、毎日のようにあの日の暗澹をメイアに思い出させる。
「もう一ヶ月も経ったけど、そう急いだっていいことはないよね。着実に、絶対救えるって、そう思えるほど準備してかなくちゃね」
そんな独りごとに返答する者などいないと分かっているが、言葉は吐き出すことに意味がある。
吐き出すことで、彼女はまた決意を踏み固めているのだ。
「今日はいつもより影が濃いな。まるで私を追いかけるかのような、後ろから迫ってくるように、影が強い……。いや、こ、これって、人影?」
メイアの影の並行移動する、別の揺らめく影が見えた時にはすでに影がどこかに飛んでいた。
それはつまり、影の持ち主が実際に飛んでいったという意味で……
「影で我々の存在がバレてしまうとは……」
「注意が散漫になっていたぜぇ、ガキだと思って舐めすぎてたなぁ??」
「_____っ!! だ、誰、ですか?」
目の前に現れた二人の男。
黒装束に身を包み、顔の目部分だけが露出しているが、彼らが戦い慣れしているのがその体格や構えから見て取れる。
一人は黒装束の上からでもわかるごつい体つきの男。
もう一人は何やら荒っぽい口調と深い構えが特徴的な男。
メイアは両者から悪意を、それも強い悪意をビンビン感じていた。
「我々の主の命だ。か弱い少女だろうと我は屠らねばならぬ」
「主が目をつけるってこたぁ、早いうちに摘んでおくべきということなんじゃねぇの?」
「なに、相手が何であろうと、我々は油断せず確実に処理するのみよ」
「処理とか何とか好き勝手言ってくれてるけど、私もやることがあってね?貴方達に構っている暇はないんだけれど?」
「それは俺らの知ったことではねぇなぁ?」
メイアは彼らに何を言っても考えを改めないことを早いうちに察知していた。
だからすぐに二対一の戦いが始まることさえ予想している。
そしてその予想は当然現実のものとなる。
「すまんな小さな女戦士よ。素早く処理させてもらう」
「いいや、私は生き延びてみせるよ」
バチバチと火花を散らし両者が戦いを始めようとしたその時、一瞬にして彼らに忘れ去られた男が割り込んでくる。
「おい待てゴース、まずは俺一人でやらせてくれよぉ。こいつ、強そうだろ?俺とどれだけ渡り合えるか試してみてぇ」
「そうはいってもだな……あぁ、まあいい。少し経ったら我も参戦させてもらうからな」
「あんがとよ」
まさか、ひとりで挑んでくる気なの?
それは舐めすぎじゃない?
などと、どうもそんなことは考えてもいられないらしい。
戦い慣れしているとはいえ、パッと見で彼らがうんと強いかどうかは分からない。
でも、あの体格の細い男、あの男からはすこぶる心地の悪いオーラとおぞましい気配が流れ出ている。
あれは、私を舐めて当然なくらいに強い。
でも!私の創造魔法も申し分ないくらいには強いはず!
「ひとりでいいの?」
「けっ!舐めんなよガキ、俺はそこらのガキに、それも女に負けるような弱い身体には育てられてないんだよ!!」
「なら私も頑張って応えなくちゃね。『コルティツァ』!! 」
相手が遥かに強いことを考慮して、最初から第二形態、つまり槌の状態の武器を創造する。
一ヶ月前も優れた創造力であったが、今はさらに優れて研究施設内ほぼトップの純度を誇る武器が創造できるようになっている。
魔力計測以外での戦闘は久しぶりだ。更に液体系魔法の使用が制限されているときに襲われたとなれば不利でしかない。
まさに、制限された戦いである。
「よーーし!やるだけやってみますか!」
「へっ!やるだけやるって、負ける前提かよ?」
「だって貴方、とても強いでーーしょっ!」
しょっ!で勢いを付けるとともに先に動いたのはメイア。
できるだけ勢いを付けてから攻撃をするため若干弧を描くように走り、重たい槌の一撃が痩せた男にのしかかる。
「づづぁぁっ!なんだ、まあまあやるじゃねえかよああ?」
その体躯とは裏腹に体幹がしっかりとあり、メイアの重い攻撃に少し後ろに下がるだけで、軽く腕で攻撃を弾いてしまう。
上から下へ、脳天をかち割るように重力を利用して威力を高めても、遠心力を利用して横からフルスイングの攻撃をかましても、大したダメージ源にはなっていないらしい。
何度も武器を弾かれる内に、屈指の精度を誇るメイアの武器に罅が入ってきていた。でも、それを直すのを許してはくれないようで、今度は彼の方から攻撃を仕掛けてくる。
ザクザクと、ちょこまかと、体格を生かした素早い動きに翻弄されながらもなんとか攻撃を武器で防いでいく。
「くっ!こうなったら……『アボイダブル』!!」
身体を魔法で軽くすることで、武器で防御するよりできるだけ回避しようという作戦に変更する。
この支援魔法のお陰で素早い怒涛の攻撃に余裕が生じ、こちらも再び攻撃のチャンスが回ってくる。
____________今だッ!
些細ながらに生じた今までよりも長い隙、メイアそれを逃すほど甘い人間に育っていない。何せ兄グランと共に修行してきたのだから。
「へっ!この隙はわざとくれてやったんだぜ、オメェが攻撃してくるようにってなぁ!」
メイアからは目しか見えていないが、彼が不敵な笑みでこちらへ振り返ったのがその目で理解できた。
そりゃそうだ、今まで隙さえ見せることはしなかったのに、いきなり攻撃のチャンスがメイアに訪れるなんて不自然なことだったのだ。
でも、今更攻撃はやめられない。
いや、逆に止めずに攻撃するのが正しい!
同時に行われた両者の攻撃は相殺_____されずに、メイアの氷の槌が勢いよく折られてしまう。
そのまま折られた槌の先端部分は空中へと飛んでいき、メイアから攻撃の手段が失われる。
「で?どうするんだおィ。お得意の武器を作らせる余裕なんざやらせねぇぜ」
態勢をそのまま、武器を折った手と反対の手で殴りかかってくるのを必死で避ける。
ナハトとの特訓、特に走り込み練習のおかげで体力がついているのが功を奏しメイアの勢いは止まらない。
しかし、メイアは一日中、否、一ヶ月もの間鍛錬を積み続けているのだ。その分の疲労が溜まっているのもまた事実。
毎日の修行に疲れた身体では限界があるのだ。
「さて、問題です。貴方に折られた武器は何処へいったと思います?」
突然の質問、そしてまるで余裕とでも言いたげなメイアの笑みに男は困惑する。
何が彼女をそうさせているのか、いや、今考えるべきはそこじゃない。彼女の質問の意図だ。
折った武器が何処へいったのか。
言われてみれば、空中に飛んでいってから気にしてすらいなかったがそれがなんだと言うのだ。
いやもしかして、この質問に全く意味はなくて、ただの時間稼ぎなのでは?
そんな考えが男の脳内に駆け巡る。
しかし、彼は考えすぎたのだ。彼の結論が何であれ、その結論に至るまでの時間が長すぎた。
「ぐぅぅぁ_____っぁ!………な、にが、起きた……?」
突如背後から襲われた鈍器に殴られたような感覚。それはとても、さっきまでの槌のそれと似ていた。
しかし、それと違うところが一つあった。それは背中から少しではあるが血液が吹き出していること、つまり鈍器でありながら刃物でもあったということだ!
後ろから攻撃されたにもかかわらず肝心のメイアは前にいる。背後にいない、それもまた謎!
「『コルティツァ』応用版、ブーメラン。時間切れだよ。正解は他の武器になって貴方の背後から戻ってくる、でした」
メイアの戦略は、彼がわざと隙を見せたその刹那の合間に立てられたものだった。
あのとき"攻撃するのが正しい"と考えたのは武器が壊されることを予期してのことだったのだ。
疲れているなら、動かずに攻撃できる手段を。
結果、メイアを軽く圧倒する力を見せた男に重い一撃を叩き込むことに成功した。
「この野郎、やりやがったなぁ!俺を今、絶対に弄びやがったよなぁ?! へっ!さっさと片付けてやるよ今度はな」
「いや待てカラピア、今から我も戦いに入らせてもらうぞ。お前は今あの戦士から不覚をとった。それだけ強いということだわかるな? 」
「ちッ!俺だけでもいいってのに、ったくしょうがねぇな。さっき時間が経ったら参戦すること承諾しちまったしなぁ」
そう、敵は二人いる。今まではカラピアと呼ばれた痩せた男だけが戦いに参加していた。だからメイアもそれなりに戦えていた。
でも、相手が二人いるのは流石に勝てない。
たとえ山賊が七人で襲ってこようが余裕で勝てるが、彼ら2人を相手にするのはまず無理だ。
「ちょっとここが限界かなぁ……」
思わず苦笑が溢れてしまうほど状況は一変した。
ゴースとカラピアという名前の、彼らの放つ鋭い圧は2人分が重なることで一層激しくなり、肌に突き刺すような重みを感じる。
それはまるであの時の黒い繭のよう。
「もしかして、貴方たちはお兄ちゃんの失踪と何か関係があるの?」
「今更かよオメェ、俺らは不安の芽を摘む駒でしかねぇが死ぬ前に教えといてやるぜ。オメェはこのまま行くと失踪の謎を解きかねない。そういう奴らは全部ぶっとばす!それが俺らの仕事だぁ」
「っ! そう、でもそれってつまり、私のしてることはあながち間違いでもないってことよね? なら、ここで死ぬわけにはいかない。けど、きっと私はこの戦いに勝てない」
「んじゃあそういうことで、サヨナラだ」
ゴースは正拳突きの構えを、カラピアは懐から深紅のククリナイフを取り出しメイアにそれを向ける。
もう、ここまで来たら勝ち目はない。そして逃がしてもらえるなんてこともありえない。
そうメイアが諦めかけていたその時だった_____。
メイアの後ろから黄金に輝く光線が通り過ぎ、構えをとるゴースに突き刺さり吹き飛んでいく。
突然のことに三者共に唖然として、皆が光線の正体を確認する。
「私の横を、雷が通り過ぎた? いったい誰が……」
光線の正体が雷だと分かった次に浮かび上がる疑問はただ一つ。誰がそれを放ったのか、であるが。
「私の生徒に手を出して助かるとは思わないことだな下臈。それにメイア、何を諦めようとしているんだ? お前はここで諦めるべきではないだろう、馬鹿者め」
坂の上から舞い降りた乙女戦士は、ナハト・ブルーメ。
彼女が仕事を終え帰路についていたのだ。
「え、あ……わ、私、諦めようとしてて、それで……」
「もう一度言おう、馬鹿者め、と。戦え。血反吐を吐き地に伏せ、それでも戦わなきゃ兄には会えんぞ」
家族との、兄との離別を経験し精神的に成長したと言ってもまだまだ未熟だ。困難に会えば諦めもするし、現実から目を背けたくもなる。
でも、ナハトがそれを駄目だというのなら、それは確かだ。
スパルタだと思うだろうか、思うだろう、そりゃそうだ。
どんな時も諦めないなんてのは夢物語だと思うならそれでいい。
なぜならこれは2つの世界を跨いだ夢のような物語なのだから。
そして、ナハトの登場でメイアは勇気付けられた。
「勝てないと知ってもなお諦めない……そうですね、ナハトさんのお陰で、また立ち上がれそうです。でもまあ、精神的な意味で、ですけど。私、もう体力切れで……」
「そうだろうな。でもよくやった、見るからに強敵なのに傷を負わせた、それがとてもいいじゃないか」
ナハトは疲弊して膝をつくメイアに手をかざし魔法を唱えると、メイアの身体から疲労感が、重りが排除される。
久々の絶好調な身体に、今まで気付かなかった変化を感じた。それは今まで疲労によって隠されていた彼女の力。
「私、こんなに強くなってたんだ……」
「今までほとんど休んでなかったからな。遂に力を発揮するこの時が来たようだ」
「おい、黙って聞いてりゃよぉ、オメェら俺らにまだ勝つ気でいるらしいなぁ?本気でいってんのかそれ」
「気を付けろカラピア。あの女も、強い」
「おっと?私の雷を直に受けて平気とは、流石じゃないか。こりゃまた、滾ってくるねぇ!」
吹き飛ばされたゴースが再び戦場へ舞い戻ることで、一時停止していた戦いが再び動き出す。
「私はあのでかいのと戦う。メイアはもう1人と戦いな。さっきまであいつと戦ってたんだろ?」
「はい。今度こそ、絶対に倒します!」
「来い、勇気ある者どもよ。我はお前らの勇気に敬意を表し、安らかに眠らせてやろう」
「俺も同じく、お前に付けられたこの傷を倍以上にして返してやるぜぇ」
メイアとカラピア、ナハトとゴースの2つの組み合わせがそれぞれ散って互いを気にせず戦える場所へと移動する。
改めて1対1の試合が、それも2つ同時に始まった。
彼らは顔を覆っている布部分を既に外しており、彼らの素顔が露わになっている。だからと言って特筆すべきは無いが。
「『コルティツァ』ァーーッ!!」
静かな水面に落とされた一滴が、波紋を描きながら次第に広がっていく。
今まで見えなかった力が、それと同じように身体中に湧き上がり広がっていくようだ。
「『コルティツァ』第三形態、『氷河を穿つ薙刀』」
それによって、メイアの主要武器『コルティツァ』の新たな形態が目覚める。
柄と刃の長さが丁度同じくらいの、リーチと攻撃力、切れ味など多くの利点を兼ね備えた氷の薙刀が誕生する。
「いいじゃねえか、おれのククリナイフと良い勝負ができるんじゃないか?」
「すぐに後悔することになるよっ!とぉ」
リーチを生かしたメイアの攻撃によりカラピアのナイフで攻撃することを許さず、てこの原理と遠心力により更なる威力がそこに加わる。
流石に甚だしいメイアの変化に対応できず、カラピアは後ろへ弾かれる。
そこからメイアは怒涛の突きと斬り込みを繰り返し、じわじわと敵を追い詰めていく。赫々とした刃物で攻撃が弾かれようとも、すかさず次の攻撃へとつなげてゆく。
「ちぃぃッ!鬱陶しいぜこの野郎!それに、俺の武器で弾いても切れねぇたぁ、武器の強度がさっきまでとは段違いじゃねえか!」
「それだけじゃないよ!強度が上がったことで、こんなこともできるようになったの!『逆巻く炎』!」
氷の薙刀が淡い紅の光を帯びその刀身が更に強化され、頑丈な痩躯を赤線が一閃する。
冷気を発しながらも、武器に熱を持った魔力が帯びることでそこに相反する不思議な力が生まれる。
それによってカラピアは後ろに大きくのけぞりバランスを崩したが、後方転回することでバランスを取り戻し被害を防ぐことに成功する。
しかし安心したのも束の間、男は再び構えをとった時に驚嘆の表情を顔に浮かべる。
「あ?俺のククリナイフが歪んでるじゃねえか!それにとても冷えてやがるし、何しやがったよおぃ」
「簡単なことじゃない。この魔力が熱でそれを歪ませて、武器本来の冷気が瞬間で形を固定させただけよ?」
「けっ!クソほど面倒な野郎じゃねぇかふざけやがって。せめて、これでお前を切ることさえできりゃあ……」
そうぼやきながらも二人は攻撃を止めず戦況は未だ変わらずにいるが、敵のククリナイフが歪み使い物にならなくなったことでメイアが多少優勢に見える。
ゆらめく赫が優雅に舞い、刃の結晶が静かに煌めき、メイアの攻撃は一つの舞踊のようで、そこに小さな女神が降臨していた。
「これは、いや、本当に不味い、まさか、なんと、こんなことになるなんてよぉ、思ってなかったぜぇ」
ぶつぶつと、カラピアが何かを呟きながらメイアの舞を受け止めているが、その顔には焦りの色が見え隠れしはじめていた。
あたかも普通に攻撃を弾き反撃しているように見えるが、実際は徐々にメイアが優勢に傾き始め、ついには小さなナイフが砕け散る程度で決着が近づきつつあった。
そして武器を失い、触れると甚大な被害を受けかねないであろう攻撃の防御方法が無くなった敵は後ろへ飛びのく。
そのとき後ろに壁か何かが当たったのか、大きなものに当たり凭れかかる形になってしまった。
何にぶつかったのか、カラピアが後ろを振り向くと______
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ナハトとゴースの二人は大通りから少し外れた、先程と比べると少し狭い通りまで移動していた。
「すまないねでかいの。お前らはメイアを狙って来たんだろうが、それを見てしまった彼女の指導役としては見過ごせないものでね」
「なに、気にする必要もなし。その気がかりは必然のもの故、大事にするがよい。だが、我らの行動に手を出してしまった以上、その考えもここで尽きるがな」
「言ってくれるな。まさか、私の攻撃を受けても大丈夫だとは思っていなかったよ。油断は許されないようだね」
「其処許の魔法にはとても素晴らしいものがあった。こう見えて我も痛手を負ってはいるのだ。こちらとて油断ならん」
互いに会話を挟みながらも攻撃の機会を窺っている。どちらも構えすらとっていないが、それは必要ないからであり、相手が動けばそれから対応すればいいからである。
「我も待っている時間は惜しいのでな。さっさと終わらせてもらおうか」
先に動いたのはゴースの方だ。
その巨軀を生かした超破壊威力の攻撃はかすっただけでも被害が甚大だろう。
まず攻撃を受け止めるのはしない方がいいと判断し、攻撃を全て躱すことに専念する。
身体が大きいということは力が強いが動きにムラがあるということでもある。その隙が反撃のチャンスであるとナハトは踏んでいる。
だが、巨体だからこそのそんな弱点をそのまま放置しているはずもないのだ。
「やはり私に攻撃させるつもりはないか。武術も多少は弁えているつもりだが、女の私の力では到底攻撃が通らない。というより、男ですら攻撃が通るかどうか怪しいな」
「我の動きは必ず、相手の攻撃の糸口を作ってしまう。なら、攻撃されてもいいような身体をつくれば良いのだ」
「私はそうはなりたくないね。ごつい体になったら恥ずかしくて堪らないよ私は」
もう何発か掌底打ちや回し蹴りなどを喰らわすも、やはり微動だにせず物理は完全に封じられる。
しかし、ナハトはそこで立ち止まることをしない。彼女の本領は魔法で発揮されるのだ。
何せ彼女は施設にて準最高位の力を誇る超エリートにして、魔法の研究に於いて多くの賞を授与されている博士級の人材なのだから。
そんな彼女の両手には先程ゴースに投げ飛ばした稲妻の槍が握られている。それの使い方は変わらない。
そう、ただただ投擲、そして投擲、さらに投擲。槍を相手に向かって投げまくり、少しずつ押し出してゆく。
「ぬぬぅぅぅぅーーーッ!これは、この大量の雷を一気に受け止めるのはまずい。ダメージはさほど無いが威力はある!受け止めるのに体力を大量消費せねばならない!それにこれは_____」
「ぼーんっ!」
右手で銃の形を作り、ウィンクをしながら拳銃の弾を放つような仕草をする。
するとゴースの手に抱えられた黄金に輝く痺れる槍が激しく、更に光を増して爆ぜてゆく。
雷の大爆発、それは単なる爆発ではなく、相手を感電させ動きを封じ、そして巨漢の身体を貫通する。
ナハトの雷槍は弾けると共に電撃が身体中に廻るという特徴を持っている。攻撃を受け止めてもゴースが平気だった理由がそれだ。
しかし、彼は投擲された雷光を触っても何も起きないことからその特徴に確信がないながらも推測できていた。
「最初の攻撃、不意打ちでされたあの攻撃も今のと同じものだな?」
魔法により生み出された雷特有切断効果により、身体のあらゆる面に切り傷と出血が見られるが、いち早く爆破を察知したゴースは抱えた槍を手放しなんとか直撃を免れたらしい。
手の痺れが残っていて少しの間攻撃ができそうに無いが、攻撃手段が他にあるとも考えられる。
攻撃のチャンスと見誤って反撃を受ける可能性を考慮しては不用意には近付けまい。
だが、魔法を使うものにとって近づく必要は全くない。なぜ離れて攻撃できるのに近づこうなどと思うだろうか。
「さあさあ、まだまだ私は荒ぶるよ!この荒波に溺れないよう気を付けることだね!」
続いてナハトが放つ魔法はもはやどの魔法かいちいち説明していられないほど複数のもので、同時に沢山撃ち込み相手の休息を許さない。
魔法が敵に当たる音が轟々と夜の街に鳴り響き、近所迷惑を思わせる激しさだが、幸いこの場が社員の帰った後の企業の集まりであったので一般市民が巻き込まれることはまずないだろう。
「ぬぅぅ、んんがぁぁぁぁ!! 猪口才な真似をしおって、下賤な光の世界の人間が。やはり貴様らはラグラスロ様の創造するあの世界の邪魔になりかねん、潰させてもらう!」
「ラグラスロだって?誰だいそいつは。しっかしまぁ、メイアの予想通り別世界はあるってことで正解らしいね!」
持ち前の気迫で飛び交う魔撃を跳ね除けるとゴースは一直線に走り出す。
魔法の猛威の一切を無視して飛びかかる巨漢の一撃がナハトの腹部をかすり、それだけで腹が消え去ったかのような無慈悲な痛みが襲ってくる。
「はは、遂に当たっちまったか……予想通り掠めるだけで耐え難い痛みが襲ってくるね……さて、どうしたものかな」
膝を崩し脇腹を抱えて座り込むナハトにガタイの良い大男がどんどんとやって来る。
この距離でこの状態じゃあもう攻撃を回避することはできない。死期が刻一刻と急速に巡ってくる。
拍動はみるみる加速し、冷や汗が顔を滴り、身体がナハトに総出で危険を呼びかけて来る。しかしそれにどう答えればよいのか、それに対する答え方をナハトは知らない。
「そうさ、私はもうお前の攻撃は避けられない!だが、それは逆に避ける心配をしなくて済むってことだとは思わないか?ええ?」
「躱さねば死ぬぞ。まさか諦めた訳ではあるまいに、何故動かないのを是とするか、我には理解できぬな」
勝利を確信したゴースが手を振り上げ、戦いに終止符を打とうと_____
「足下ががら空きになっているってことだよ」
「……ッ!」
終止符は打たせないと、ナハトがここで仕掛けた策。
それはゴースの足下に広がる魔法陣であった。
「さっき殴られる前に仕掛けておいたのさ。もしものことがあろうが無かろうが使うつもりでいたが、良いタイミングで使うことができてよかったと思うよ」
魔法陣が微かな光を発するとその巨軀全身に不可思議が力が働くが、特に特筆すべき変化はどこにもみられない。
だが、その変化をゴースは身をもって理解した。
「な、なぜだ、力が出ない……」
「ふふ、今の私達の力では魔法陣を描かなければ発動できない不便な魔法だが、いつかは魔法陣なしに使えるようになるのが今後の課題だな。どうだ? 驚いたか、これが私の編み出した弱体化させる魔法だ」
"私の編み出した"と普通に言っているナハトだが、そう、この世界には強化する魔法はあってもその逆の魔法は無かったのである。
厳密に言うならば失われた魔法であるのだが、その話はまた別の機会にするとしよう。
そして、その肉体を弱くする魔法を再生させたのがナハトであった。まだ完全ではないとはいえ、「強化」の反対の性質をどうにか生み出すという作業を長い月日を費やしついに見つけたのである。
「さて、私はさっきメイアに格好つけようとして諦めるなと言ってやったが、私がずっと座ったままでは示しがつかん。何とか、まだ死ぬほど痛いが、立たねばな……」
「力が衰えようと、戦う力は失っておらぬ! その痛みを孕んだ状態で戦うと? それは無謀、今もなお勝ち目なし」
「ふっ、言ってくれるじゃないか。でもな、力が衰えたってことは、攻撃に耐える力も衰えたってことだ、わかるな?」
死をすぐ先に見るような脇腹の灼熱に耐えながら、ナハトは思いっきり魔法を放つ。それは光、オーブ状の白い光だ。
「『ルス・オーブ』ッ!!」
その光の魔法は『ルス・オーブ』。
ただの強力な光魔法に思うかも知れないが、この魔法の真の効果は別にある。
光の中より小さな妖精が生まれ出づ。そして小精が見た目と大きさに反した強力な追撃を行う。
ゴースは予想以上に打たれ弱くなっており、ナハトの見せた逆転劇に思わず後退する。
鍛え上げられた肉体は廃れ身体も普段とは違って柔らかくなっており、魔法一つ一つが痛く、鈍器で殴られるかのような感覚を味わう。
筋肉で守りを固めていたゴースからしたら、この激しい痛みはとても久しいものだ。この痛みを何年忘れていただろう。
光精の一撃で予想以上の痛手を負っていた。その後もナハトの複合魔法連射により後ろへ後ろへと追い詰められてゆく。
そして、遂に背中に壁らしき障害物の感触を感じる。
いや、それは壁というには歪で凹凸があり、自慢の巨体よりも小さなものに感じて……
後ろを振り向くと、向こうもこちらを見て驚いた様子で、カラピアが大量の汗をかいて立っていた。
「おい、ゴースお前、違う場所で戦ってたんじゃなかったのかよぉ? 俺はいまそれどころじゃねェんだ、こいつ、いきなり強くなりやがったし、俺のナイフが使い物にならなくなったんだ!!」
「お前こそ何をやっているんだ。余裕とか抜かしおって、結局駄目じゃないか。だが、我も今そう言ってられぬ位には辛い状況にある。つまりお前も我も危機に瀕している!!」
「ほぉ?どんどん奥に押し込んで行ったらメイア達のところまで進んで来ていたようだ。ここは、挟みうちで倒すしかないかな」
「ナハトさん!良かった、無事なようで良かったです!この勢いでやってしまいましょう!」
追い込まれた刺客二人が挟み込む二人の女性を見て顔を歪めている。それもそのはず、狩りに来たはずなのに逆に狩られそうになっているなど、刺客としてあるまじき状況である。
「今回のところは退散、ないし戦略的撤退と行こうかぁ?」
「我も万策尽きてしもうたわ。油断するな、とは自分に言うべきであった、何という驕りか。致し方ないな」
「まさか、逃げるつもり?」
「逃げると言われれば聞こえは悪いが、あながち間違いではない。刺客として現れ逆に滅ぶなど恥である故に、我らは汝らが自ずから、こちらへ参るのを待つことにしよう」
「へっ!そういうことだ、次はお前の方から来い、失踪者の妹!もしお前が俺らの前に姿を表すことがあれば、その時はまた全力で、油断せずにぶっ飛ばしてやるぜぇ」
「あ、待っ_____!!」
追い詰められた二人は首から胸に下げていた小さな紅玉を握ると、瞬きする間もなく消え去っていった。
いや、残った二人も大層暴れ回っていたために消えるまでの時間を一瞬だと錯覚したのだ。
疲労は時間の流れを歪め、さらには戦果も上がらなかった。
「もし次に彼らに会うとしたら、それはメイア、君が兄を探しに再び旅に出た後のことになるだろう。だから、絶対に倒してみせろ、負けるな」
「はい、もちろん負けてやるつもりはないですよ。今回はナハトさんがいてくれたから対応できました。でも次は一人でやらなきゃいけないかも知れない。だから、どちらとも渡り合えるように、それを遥かに凌ぐ力を持たなきゃいけませんね」
嵐は突然やってくるが、去る時もまた突然であり、嵐の前後は常に静寂につつまれている。
星河一天の夜空に願いをのせて、メイアは祈る。
_____何者とも遜色ない、そんな強みを目指して
「さて、メイア。今日は疲れた、帰ろうか」
「ん、そうですね!」
新進気鋭な少女は常に上を目指し、グランを追い続けている
=========================
「ラグラスロ様、すみません。思わぬ反撃にやられ、いや、我らが反撃を許すほどに油断してしまったがため、対象を摘むことができませんでした」
「ラグラスロ様、俺もすまねぇと思ってるぜ。俺も、相手が少女だからってんでとても油断してたからよ。失踪者自体が強いのは分かりきったことだが、まさかその妹までヤベェとはなぁ」
「まあよい。そうか、彼奴め等も我に仇なすか。直接対決の時は近かれ遠かれやって来る。ゆめゆめ、油断を怠るな」
「「御意に」」
暗く悲しい場所で行われた三者密会。
その中で最も高位に座するのが、黒龍ラグラスロである。
「どこまで我が楽しめるか、この世界の闇の由来は常にそこにある。抗う姿を楽しむためだけの、我の世界だ」
ラグラスロが言ったよう、決戦の時は必ず訪れる。
闇を産む者と闇を晴らす者、今はまだ前者が優勢か。
まだ、という言葉は後者への期待である。強くあれ、勝ち進めという期待である。
この日から、悪を孕む者たちの暗躍が進行し始める。
さあ、悪の正体が最後に明かされましたが、ここまで読み進めていただいた方々はこの正体に気付いていましたか?
さて、この先どうなるのか乞うご期待です。
ではまた次回もよろしくお願いします!




