第一章12 果断であれ、果敢であれ
「ーーすか!グーーーん!大丈夫、ですか!」
「あ、ぐぁぁ……く、くそ、油断……した、ぜ」
「今、最大限の速度で回復させています!ファヴァールが今にも攻撃してきそうなので障壁を張って一時的に防げていますが、そう持ちません!この腕がやっと繋がるかどうかといったところです」
謎の復活を果たした猛獣ファヴァールに腕を切断されたグランは必死の思いで意識が途絶えるのを堪えていた。
また、ルーシャは回復魔法に全力を注ぎ、腕を繋ぐのに懸命になっている。
ルーシャの張った障壁の魔法により、少しの間ファヴァールが攻撃してくるのを阻止できているが。
今すぐにでも魔法の壁を破壊してきそうな勢いだ。
「な、なんで、あいつはぁよぉ……生きているんだ……。俺のつけた、傷、全部塞がってやがる……」
グランは復活するという点では大蛇ヘキサ・アナンタと共通していると考えたが、大蛇は死んだらもう復活しない、生きているからこそ、首を再生できていたのだから。
つまり、今回の蘇生とでは共通していないのである。
ファヴァールはまた別の再生要因があるのだ。
因果律に則るならば、これにも必ず法則がある筈なのだ。
ならば、その解法もまた存在しているに違いない。
ルーシャに回復を任せ、グランは途絶えそうな意識の中で、考察に全力を注ぐ。
「今回も、前回みたいな言葉遊びが鍵かも、しれない、な」
「言葉遊び、ですか?」
「『挑戦者が二人なのを有効に使え』とあいつは言ってた」
「それは、適材適所で戦え、と言うことではなくて?」
回復魔法を使用しながら会話ができるようになってきたらしく、ルーシャも謎に対抗するため熟考をはじめる。
しかし、ファヴァールもついに障壁を破り此方への攻撃が可能となってしまう。
「なんとか腕は繋げましたが、私もグランさんも、非常に辛い状況下にあります。戦えますか?」
「戦えなきゃ死ぬぜ、はは。なんとか、戦うよ」
「わかりました。また支援するので堪えてください!なんとか耐えながら突破法を見つけましょう!」
腕が吹き飛んだことによる出血と、純粋な被ダメージ量によって軽い目眩がする。
ふらふらと立ち上がるも足元がふらつくため立ち慣れるのに多少の時間を要する。
迫り来る魔獣の攻撃をルーシャが引き受け、なんとか全て躱しきっているが、いつまでもつかはわからない。
素早く動けるという彼女の装備が功を奏しているのだろう。
「私の障壁魔法は強い壁をつくろうとすればする程、甚大な魔力を必要とします。さっきので大分魔力を使ってしまって支援もあと少ししかできませんので!」
「あいわかった。はぁ……それにしても、引きちぎられていたのが腕でまだよかったぜ」
一度床に落としてしまった『宵の聖弧』を拾い上げ構える。
ふらつきが多少解消され、戦える状況に入った証拠だ。
「一応、自分でもやっとくか。『スラヴ』」
自然治癒力を高め、未だ残る傷の回復も同時に行う。
ルーシャの回復魔法に比べればひ弱なものだが、効果が無い訳ではない。やって損はないだろう。
「後は、こいつをなんとかする方法、か。絶対に二人いるからこその何かがあるはずだ。それを戦いながら考えるっ!」
ルーシャがファヴァールに対応している横からグランが一閃する。
しかし、支援魔法の効果が既に切れている状態では攻撃が全く通らない。やはり支援魔法がこの戦いの要だった。
グランが攻撃をしてきたことで、攻撃の対象がルーシャからグランへと移り変わる。
ルーシャは後方へ下がり、乱れた呼吸を整え始める。
「支援魔法使って勝ってもこいつは生き返る!いや、死なないんだこいつは!さあどうしろと?!」
力量は互角でも、体力は劣勢、その他諸々含めて、劣勢だ。
「くゥッそ!! こうなったら……おい!お前の得意なあのビリビリするやつ使ってこい!『オリベルグ』!」
グランの魔法により大地が裂け、大地の剣がファヴァールに突き刺さ……らない。
しかしそんなことは元より分かっている。
魔法を使うことで、相手も魔法を使うのを促しているのだ。
そんなグランの思惑が通用したのか、魔法には魔法で対抗しようということなのか、ファヴァールが微量の電気を帯び始める。
「よし、いいぜ。それを待ってた!お前が魔法を使うならなんとか耐え切れそうだぜ、魔法球第二式『デアヒメル』!」
グランを囲うように小さな煙の渦が形成されると、溢れる力を身に纏いながら目下の敵へと突っ込む。
相手が魔法を使用してくると分かっているなら、魔法を吸収するベールを着ていれば何ら問題はない。
魔法を弾いているふりをすれば、魔獣もまさか吸収されているなんて思いもしないだろう。
よって、魔法を勝手に吸い込んでいる内に死なない獣の殺し方を考えられるのだ。
「ルーシャ!さっきこいつが復活する瞬間を見ていたろ?それも踏まえて、こいつの特徴を何か見つけ出せないか!?」
「特徴はまだわかりませんが、起き上がり方に少し違和感を感じました。まるで転んだだけとでも言いたげに、普通に起き上がったので……」
「なるほど、それはいいヒントになるかもな。それに、もっと不自然なのは復活してから傷が癒えたことだよな……」
つまりグランがいいたいのは、傷が塞がってから復活するならわかるが、復活してから傷が塞がるのは不可解だ、ということだ。
怪我をして倒れたならば、怪我が治ってから起き上がるはずなのだ。
腕をもがれたグランがその例だ。
繋がってから漸く立ち上がることができたのだ、もし腕が治る前だったなら意識を失っていたに違いない。
「俺は心臓を貫いて完全に殺したと思っていた。しかしなんだ? 何か俺は見落としているところがあるってか……」
_______グルルルゥァァァァッシュッ!!
突然の咆哮に注目がファヴァールに集まる。
見ると、グランに雷の魔法を放つのを止め、角に電撃を溜め込み巨大な雷の角を形成しようとしている。
「おいおいおい、流石にあれは物理攻撃だよな……魔法であり物理的な攻撃でもあるってことは、『デアヒメル』じゃ防げねぇじゃんよ!」
二本の剛角は電気と熱を帯びた群青の一本角となり、グラン目掛けて猛進、その超電圧が魔法でなく一つの雷として襲いかかる直前。
「『絶縁の衣』」
_______________。
「どぅッぐぁらぁぁーーッ!」
全ての電気がグランを通り越し彼方へ散っていく。
残ったのは電気を帯びていない二本角で、それを月の刃物部分で防御する。
しかし、グランの押し返す力と地面との摩擦力を合わせてもファヴァールの突進力には勝てず、地を削りながら後ろへ滑っていく。
加速度が負に働き次第に力が均衡になると、一瞬の静止状態の隙を突き獣の顔面を刃で断つ。
目を切られればその痛みから荒れ狂うのは必然。
相手が混乱しているこの間に息を整えなければならない。
「はぁ…はぁ……ルーシャ、ナイス耐性魔法だったぜ。そろそろやばい……もう決着をつけたいところだ」
「間一髪でしたね。私も魔力を消費しすぎましたから、割とピンチです……」
「そうだな、どう対処してくれよう_____あ?」
理解に苦しむが、目前に鎮座する猛獣と目が合った。
目を切り裂いて盲目にしたのに、治っているのか?
そういや、眼を潰され荒れ狂っていたのを見た後、ルーシャを一瞥した瞬間から既に動きが消えていたような気がする。
「こいつ、傷が治っているとかそういう次元じゃねぇ。もともと、ダメージは攻撃を受けた瞬間した受けてないんだ」
「と言うことは、この獣は絶対に死なないどころか、傷すらまともにつけられない?」
「そう、だな……」
ここまで体力を削られ窮地に陥ったこの状況で浮かび上がった一つの仮説。
『敵は傷付かず、絶対に死なない』
この死闘が延々と、一生続いていくことを意味するこの仮説は、二人に絶望という刃を突き刺す。
「でも、でもだ。ラグラスロがこれを試練としたなら、倒さなきゃおかしいんだよ。だからこれは、特定の条件を満たした時、倒せる敵ということになる」
「例えそうだとしても、今からその条件を見つけ出して戦うのはもう無理です!条件を満たしても今の体力じゃもう勝てない!」
「……仕方がない、一旦退こう!撤退も一つの戦略だ!」
こうして、全滅を避けるためファヴァールの猛威を振り切り遺跡の外へと脱出した。
脱出した直後、最後まで振り絞った体力は底をつき倒れ込んでしまう。
心頭を滅却すれば火も亦た涼し、逃げている間は無我夢中であったため何も感じなかったが、緊張が少しでも解けるとあっという間に疲れが襲ってくる。
「……くそっ、ね、ねむい、じゃねえかよ……」
「はぁ……はぁ…はぁ…こんなに動くの、久しぶり……」
「い、一時、休戦といこうぜ。魔獣さんよ………」
_______二人は脱出直後に眠りに落ちてしまった。
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そして二人の目が覚めたのは6時間後のことであった。
長い間外で寝るのは危ないように思われるが、最初遺跡に入る前、ここ一帯が安全であることを確認していたので何の問題もなく寝ていられたのだ。
「長い間、寝ていたんだな」
「でも、そのおかげで魔力もまた溜まっていますよ」
「そういや、腕を繋げてもらった時気付いたんだけど、俺の左腕の赤い糸が無くなってたんだよな、はは」
「あっ……そうでしたね。腕を切られたらそれはグランさんでは無くただの腕になりますから、糸の効果も切れちゃうんでした。私、すっかりそのこと忘れてました……」
「逆に、糸があったら俺らは勝てていたのかな。別にルーシャの魔法の効果を疑ってるわけじゃなくて、純粋に俺の力量が足りなかった可能性もあるし」
『赤い糸』の効果が切れてから一気にグラン達の戦況が劣悪なものになっていく惨劇が、自分は糸があったから序盤順調に戦えていたのであって、それが自身の力なんかでないことを深々と胸を締め付ける。
適材適所で協力しながら、というのを前提としているのなら別に負い目を感じることもないのだろうが、一人でも戦い生き残る術を身につけることが目的のグランにとっては辛いものでしかない。
負い目を感じるのはもうこれで何度目になるのだろうか。
数え切れないほど弱さに落胆してきたはずだ。毎度のごとく同じ道を辿っていることに反吐が出る思いだ。
「よしよし、大丈夫ですよ、グランさん。グランさんは、今すぐに強さを求める必要はないんです」
「え、、、?」
「急ぎすぎですし、今すぐにゴールに到達しようとするのはどんな理由であろうと無謀です。なら、諦めたほうがいい」
いくら強い敵が現れようと、敵が自分より強かろうと、今は仲間がいるのだから一人で背負う必要はないと、ルーシャはグランに説教してみせた。
そういえば第一印象は"内気な女の子"だったが、彼女はすぐに打ち解けていった。内気なのは最初だけだった。
「私は精神面に於いて、姉妹の中でトップだったんですよ?今のグランさんには重すぎる荷物なら、今は私に預けてください。その重さに耐えられるようになったら、預かった荷物を返しますから。今は私がいますから」
「そう、だよな。俺は、目的へ一直線に向かおうとする癖があるらしいんだ。それを今、やっと自覚できたよ。課題を一つ一つ、少しずつ炙り出しながら解決して、本当に大事なのはそれをやり終えてから、だな」
「そうです、そうです。今ここで悔やまないでください。今は、私の補助魔法があるからいいんです。この試練が終わったら、私の補助魔法がなくてもいいくらいの努力をしましょうね?」
グランが救われるのはこれで何度目になるだろうか。
負い目を感じるたびに何かに救われ、己の過ちに気付いた方思いきやまたやらかす。そして救われる。
あと、何度繰り返すかはわからない。またかよ、と思ってもらっても構わない。これがグランの成長法だから。
「きっとまたこうなることがあるはずだ。だから、その時もルーシャ、君が説教してくれよ」
「ええ、そこのところはまかせてください♪」
「はい、では、次は無敵とも思えるあの魔獣を倒す方法を考えましょう」
「そのことなんだが、一つ対象を変えてみないか?もう一つの目標である奇鬼忌琴にだ」
「ん、そう考えるのはどうしてですか?」
「ファヴァールの方を『特定の条件下でしか倒さない』としたのなら、その条件とは何か?……そこで、奇鬼忌琴だ」
「その条件が、封印された楽器ということですか……」
ラグラスロが出す課題は絶対に達成可能なのだ。
そして、達成の為に必要な材料は必ず開示されている。
今ある情報は、ファヴァールと奇鬼忌琴の二つ。
なら、楽器を用いて倒すという説が最も有力で価値がある。
「でも、そうするとどうやって楽器を取りに行きます?絶対に横を通り抜けるなんて許してくれませんよ」
「ラグラスロは二人だからこそできると言ったんだ。だから俺らは分業作戦でいく」
「分業?」
「そうだ。俺がファヴァールとの戦闘を引き受ける。だからルーシャはその間に楽器の方を頼む」
ラグラスロの言ってたことはこれが答えだ。
二人だから二つのことを同時にできるなんて、当たり前のことだったじゃないか。
「え、で、でもそうしたら、私の補助が得られませんよ?! 補助魔法は使用者と一定の距離が空くと効果がきれますし…」
「そんなことは分かってるさ。でも、今回は俺はあいつを倒す必要がない、時間が稼げればそれでいいんだ」
ルーシャと目が絡み合い、互いが相手の目を離さない。
相手の心理を探るように、そして相手を信じるための見つめ合いである。
ふぅ、と一息ついて、ルーシャは深く頷いた。
「わかりました。グランさんは私を信じてくれていますし、私が戻るまで耐え切るつもりでいてくれてますからね、グランさんを信じます」
「ありがとう。じゃあ、作戦はさっき言った通り分業だな。どこで封印されているのかなんかは分かってたりするか?」
「魔獣のいたところのちょっと奥に大きな建物がありました。他にはそんな大きなものも無かったのでおそらくそこでは無いかなと思います」
「オーケーだ。よし、行けるか?」
「もちろん行けます。ぐっすり寝ましたからね」
準備運動をしっかり行い、深呼吸をして心を落ち着ける。
羹に懲りはしたが膾を吹くには至らない。前の失敗を警戒しすぎることはしない。
いたって新鮮な気持ちで、目前の適と対峙する。
後は臨機応変に対応すればルーシャを待つだけだ。
「今度こそ倒してやるぜぇおい!」
ギィィィィーンッ!! という角と刃が交わる音が響く。
遺跡の壁を利用した不意打ちにより再び戦いが始まった。
「しっかし、ルーシャのお陰で俺も自分で宵の聖弧の状態の武器を出せるようになっちまったぜ。わざわざ二段階に分けて魔法を使わなくていいのは楽だぜぇ」
グランは不意打ちをする前まで三日月で戦うつもりだったのだが、自力で第二段階にできてしまったのだ。
今の不意打ちでファヴァールは完全にグランに気を取られており、ルーシャのことなど気にする様子もない。
彼女は既に魔獣の横を密かに通り抜けており、後はグランが彼女の帰りを待つのみである。
「ふぅ……今回で決着をつける。準備はいいか?!」




