第一章11 孤独と来訪と
グランがフィースト・カタフと遭遇してから一週間が経過した。
その間、グランはオリジナル技の製作について考えつつ『デアヒメル』の強化をしようと創意工夫を凝らしていた。
グランには既にオリジナルの、先天的に授かった魔法があるわけだが、グラン曰くそれは文字通り何かに''授かった"だけで自分のものではないとのことだ。
そこで、グランが考えたのが「発展」だ。
既にある魔法をさらに分岐、強化することで新たな魔法を生み出すことができる。
それを"授けられた魔法"でやってみよう、というのがグランの考える発展だ。
基本的に、魔法の派生を生み出すには大きく二つの方法があるとされている。
一つは他の魔法と掛け合わせる方法だ。
これは万人が皆想像しやすいのではないだろうか。
例えば、"炎"系統の魔法と"電気"系統の魔法を掛け合わせれば、"熱い電撃''が誕生する。
"氷"系統と"電気"系統なら"凍る電撃"、即ち相手の動きを冷気で遅くしながら痺れさせさらに動けなくするといったような、発展的な攻撃ができるようになるのだ。
しかし、この方法はわざわざ二つを一つにまとめなくとも、一度に二つの魔法を使ってしまえばいいだけなので、余りこの方法で魔法をつくる者は少ない。
ただ、稀に混ぜ合わせた二つの魔法とは違った全く新しい魔法が生まれることもあるので、一概に無意味とも言えない。
もう一つは、最初のものと似ているが、その魔法のもつ"特性"を付け替える、或いは付け加えるというものだ。
例えば、Aという魔法の"弾ける"という性質を応用し、Bという魔法に"弾ける"という性質を付与する。
そうすれば、普通なら弾けることのない魔法でも弾けさせることが可能となり、更なるダメージを与えることに繋がるのである。
Aで弾けさせる方法が分かっているのなら、Bでそれを応用して用いてAの特性を引き出せる。
今回はグランもその方法を用いて新たな攻撃の方法を模索している。
しかし、グランが先天的に持つ、「オリ」を冠する特別な魔法の特徴を応用するのは非常に難解で、この一週間ほとんど発展は起こらなかった。
この一週間で分かったこととしては、彼の魔法は非常に複雑な形をなしているということだ。
そのためグランはその性質をできる限り表にして書き記し、どこを組み替え、変形ができるかを炙り出そうという非常に酷な作業をしているのである。
それは一から新たな公式を創り出すような、そんな途方もない作業であるため疲れないわけもなく。
「はぁ……休憩でもするか。もう頭が働かねぇわ」
グランは普段から睡眠などに使用している部屋へ戻り、そこで食事を取ることにした。
今更ながら、この世界の食事もなかなかに美味いのだ。
なぜ美味いのか。
たしかに、悪を孕んだ生物の肉とは言っても「悪=不味い」という式が成り立つとは限らない。
太古では、この世界も光で溢れて豊かであったそうだから、食事の面に於いては古より変わっていないのだろう。
変わったのは世界の雰囲気、ないし根幹だけなのか。
側から見ればただ、世界のルーメン値が低くなっただけ、暗くなったというだけなのだ。
「おっと、考えると疲れるから休憩してるのにまた変なこと考察しちゃったじゃないか」
だが、また新たな疑問が生まれてしまう。
人間なんてそういうもの、思考の永久機関なのだ。
そして、そのグランの疑問というのはラグラスロのことだ。
「そういやなんで今日はあの龍がここにいないんだ?いつも拠点から動かずに俺の作業を眺めてるのに……」
また熟考してしまいそうになったのに気付き、グランは思考を切り上げ横になる。
「ま、あいつもずっとそこにいたら暇だよな」
そしてそう呟き仮眠をとるのであった。
__________サッ_____バサッ__バサッ__。
「んぁぁ……なんの音だ?」
謎の音で目が覚め、グランは部屋から出て音のする方へ向かう。
音がしたのは、いつもラグラスロがいる方からであるが……
「そうか、あいつが帰ってきた音だなきっと」
そういえばグランがこの世界にやってきた時もさっきみたいな羽ばたきの音を聞いた気がするな。
それにしても、改めて聞くとラグラスロの翼の音って大きいらしいな、部屋にいる俺の目が覚めるほどに。
などと思ってあると、
「やっぱ帰ってきてたのか、ラグラスロ」
「うむ、久々に動いた気がするな。我はあまり動かなくても身体はそう鈍らぬからな」
軽く言葉を交わしたとき、何か違和感を感じた。
ラグラスロに何かがくっついているように見えるんだが?
何がくっついて_____いや、あれは生き物だ。
動いている、動いているぞ!
あれは、もしや_______人だ。
「人……なんだよな?? まだ、人がこの世界にいたのか??」
「え、あーっと、その……」
「この者は、先程この世界に失踪者として来た者だ」
女の人が、ラグラスロの背中から降りて会釈する。
「私、ミステルーシャ・アプスと言います。アプス家出身ですけど、私は姉妹の中でも一番弱くて、はい。お役に立てるかわかりませんけど、宜しくお願いします!」
「お、おお、よろしく。俺はグラナード・スマクラフティーだ。名前を呼ぶときはグランと呼んでくれ」
「はい!私のことはルーシャと読んでくださいね」
第一印象は「内気」と言ったところだろうか。
だがまさか世界三大派閥のアプス家出身とは、以前のフィーストに続き名家の人間に会えるとは幸運だ。
彼女曰く、「自分は弱い」とのことだが、それは家族内でのことだ。おそらく彼女も強い。だからここに来たのだ。
「ここの世界についてはラグラスロから聞いたか?この世界に来る人間は皆強い。それに則るならばルーシャにも役立てる場面が必ずある。それを俺は疑っていないさ」
「……っ!あ、ありがとうございます!」
「ああ、そりゃあ、よかったよ。はぁ、そうか、新しい人が、遂に来たんだな……」
「_____。我はミステルーシャにこれからこの世界についてもう少し説明しておく。グラナード、汝はそれまで自由にしておるとよい」
「わかった。ちょいとふらついてくるぜ」
ミステルーシャ・アプス。
彼女はもう既に、この世界に対応できているらしかった。
だから、グランは安心していた、安堵していた。
それは、ルーシャが対応できていることに対してじゃない。
_____本当に、あいつが俺より後に失踪していて良かった。
_____俺は遂に、この日を以ってやっと………
「一人じゃなくなるんだな……」
誰も見ていないところでグランは壁に寄りかかり、片手で頭を抑え深く息をついた。
グランはルーシャとの邂逅を果たし、漸く彼の"孤独"の侵食を認めたのである。
独りでいたからこそ、この新たな失踪者の誕生を裏で喜んでしまう。救われたと感謝してしまう。
ラグラスロは、きっとグランの心情を理解した上で一人にさせてくれたのだ。
「あいつには、俺の心の内が丸わかりなのかよ」
思わず苦笑が溢れ、グランは再び歩き出す。
ふらっとしに行くと言った手前すぐには戻りにくいからと、いままで気にしてこなかった拠点を一周してから戻るつもりで歩いているが、やはり大した発見はない。
ただの拠点としての役割しかなしていないのだろう。
この建物はもともとなんだったのだろうか。
上空からみて円を描くこの建物は、昔から何かの拠点としての役割を持っていたのか、他の役割を持っていたのか。
それもきっと、詳しく見れば答えが見えてくるのだろうが、それはどうでも良いことだ。
「おっと、そろそろ一周が終わる、意外と小さいな」
「あ、ちょうど帰って来ましたね。今から私たち二人に話があるそうですよ、グランさん」
一周をし終えたと同時に、ルーシャから声を掛けられる。
軽く返事をして小走りでラグラスロの下へ向かう。
「帰ったぜラグラスロさん。いや、その、ありがとよ」
「ふむ、感謝されるようなことはしていまいが、感謝したいというのなら受け取っておこう」
「ん?グランさん、どうして感謝を?」
「いや、何でもないさ。ずっとここにいるから、護ってくれてありがとうくらいのものだよ」
孤独との対面についての言及を避け、話を切り上げる。
グランの回答に疑念はなかったようでルーシャも気にしていない様子だ。
「で、話ってのはなんだ?」
「そのことだが、ルーシャ、汝にも試練を受けてもらう。元の世界へ戻ることを望むなら、我にその実力を示して欲しいのだ」
「なるほど、ちなみに試練は俺と同じものか?」
「いや、今回はグランにも同行してもらおうと思っておってな、別の内容を用意した。汝は第二の試練とでも思えばそれで納得がいくだろう」
「いいぜ、やってやる。俺はルーシャの助けをすればいいんだろう?または二人でなければ達成不可能か、だな」
「汝の言う通り、そなたら二者が協力し合うことで達成し得る内容となっている、心してかかれ」
「ちょっと、私がまだ理解できてないんですが……」
困った顔をして問いかけるルーシャに試練の概要・目的についてラグラスロから軽い説明をした後、遂にその試練の内容が発表された。
内容は以下二項。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・ある特定の生物『ファヴァール』を弑する。
・ある特定の道具『奇鬼忌琴』を入手する。
今回、特に注意事項などは無い。
挑戦者が二人という点を有効に利用するのが鍵である。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「案の定どっちも知らねえ生き物だし、知らねえ物だな」
「そ、そうですね。おそらくこの世界特有のものでしょう」
挑戦者二人で目標についての推察が行われるも、上記二項の指すものが何かはわからない。
「なに、我が基本的な情報を今から言うから安心せよ。ファヴァールはかつて『天候の使徒』とも呼ばれた凶暴な獣。奇鬼忌琴はその名の通り禁忌とされた楽器である。両者共に同じ場所にある故、そこを目指せばよい」
「こりゃまた、骨の折れそうな課題だぜ。まあ、そうでなきゃ試練とは言えないよな」
「私ももちろん頑張りますよ。戦闘は苦手ですが、補助は任せてください!」
「だが、なぜ琴の入手なんてものを課題に設定したんだ?」
「それは手に入れてから確認してみればよいぞ。では、今から対象の存在位置を教えよう……」
=======================
グラン一向(二人しかいないが)は目的地に向け移動している。
今回の目的地は西方面にずっと進んでいったところにある太古の遺跡らしい。
正確には西ではなく西北西なのだが、西とそう大差ない。
ちなみに二人の装備は、グランが前回と同じく胸当てと籠手の二つ。ルーシャは防御に特化した装備ではなく意外にも軽装、と言うかさっきまでと服装が変わっていない。
ルーシャ曰く、この服装は素早く動くのに打って付けなのだとか。
「グランさんの試練はどんなものだったんですか?」
移動の間、交流を深めるのと沈黙の解消を兼ねて会話をしているが、互いに気になることも多く話題は尽きない。
「それはだな、なんか世界に一匹しかいないでっかい蛇を殺してこいってこと、そいつを生け捕りしてこいっていうやつの二つを達成しなきゃいけなかったな」
「世界に一匹なのよね。でも、殺して生け捕りに……」
「やっぱそれ疑問に思うよな。実はこの世界の生物って意図的に創られてるらしいんだ。と言っても"今は"だがな」
「創られる?……………えーっとつまり、一回先に蛇を倒しちゃって、次に生け捕ればいいんですかね?」
グランは驚愕してしまった。
グランが今ルーシャの立場だったなら、そこまで早く試練の達成方法を思いつかなかったろう。
ルーシャは思考力の面でグランの先を行っているのだ。
「……グランさん?」
「ん、すまん、ちょっとぼーっとしてた。んで、その課題の達成方法はルーシャの言う通りだ。俺はそこまで早く解法を思いつかなかったんで苦労したがな」
「私は、戦闘向きではなかったのでブレイン役として立ち回ろうと思っててですね、他より回転が早いんですよ」
「臥薪嘗胆の思いでやってきたのか……となると、俺が敵と戦いルーシャがサポート役っていう布陣で良さそうだな」
「そうですね、私が状況分析から支援魔法までいろいろやらせていただきます」
グランが攻撃特化、メイアが攻撃・支援の両刀、そしてルーシャが支援特化となると……
もしかしたら、三者が揃えばバランス的にも素晴らしい組み合わせになるのではないか。
また、グランが魔法特化なら、メイアは物理方面の攻撃を主に攻撃していた。
そう言う面でも理想的なのでは?とグランは考える。
「なるほど、戦闘にもバランスってのは大事だな。改めて考えさせられたな」
「……グランさんは、元の世界で誰かと一緒に戦ったりしていたんですか?あの世界は平和ですけど、犯罪なんかはありますからね。そういう人達を捕まえるために力をつける人なんかも多いみたいですけど」
「俺はそんな平和の維持のため〜なんかっていう理由ではないよ。俺の妹と一緒にいつも鍛えるっていう日課みたいなものだよ」
「え、妹さんも一緒にトレーニングを?! そ、それは珍しいですね。研究員とか治安維持関係の人とかなら女性でも鍛錬を積むことありますけど、そうでもないのに……すごい……」
「俺らは特殊なんだよ。それは俺らも自覚してるさ」
始まりは何かへの復讐の為に始まった兄妹の修行。
今では初期ほどストイックなトレーニングはしてないが、今でも、最終的にはその目標へ辿り着くための努力は継続中である。
_____なんだか、心に深い傷と、そして強い使命を抱え込んでいる人なんだな。
ルーシャはこの短期間で、グランが傷心の苦労人であることを見抜いていた。
そう気付かせた一番の要因は彼の声色、妹との鍛錬について語るその声色と目、表情。
どれに於いてもそこには悲壮感と疲労感で満ちていた。
強い意志で満ち溢れていることはルーシャも分かっている。
だが、彼の強みである、確固たる信念でも隠しきれていない疲弊がそこに見て取れてしまうのだ。
ルーシャには彼がどんな過去を背負って生きていたのか想像もできないが、彼は確実に今後強くなるという、そんな予感が彼女にはあった。
=====================
「ここが、獣と楽器があるっていう遺跡か……」
「なんだか、拠点と似た雰囲気がありますね。昔の建物だし似るのも当たり前ですかね」
「ああ。だがここは多分拠点とは違った目的があったんだと思う。恐らく、俺らの目的の楽器を祀るため、いや、封印するための場所。そして、それを守るのが凶暴な獣」
「禁忌とされてる楽器ですもんね。封印の方が正しい気がします。そう考えれば、獣の存在も封印を護るためと考えられる」
この遺跡の門には壁画のようなものがあった。
その絵が何を表すのか分からないが、赤く燃える炎のような描写から、荒ぶる何か、混沌を表しているのと推測できる。
この地に禁忌の楽器があることを踏まえると、その楽器と獣を巡った厄災、争い、そう言ったものを風刺しているのだろう。
「考えても分からんものは分からん。先に進もうぜ」
「そうですね。多分道なりに進めばすぐに目的のファヴァールっていう獣に会えると思いますし」
遂に遺跡の中へ足を踏み込み、緊張が走る。
もうすぐ戦闘が始まると思うと、自分の力がいかに発揮できるか不安にもなってくる。
「大丈夫ですよ。グランさんは強いですし、見れば強いかどうかわかります。私もサポートするので!」
不安は、ルーシャの言葉によって払拭された。
もし今も彼が孤独だったならば負けていただろう。
孤独が引き起こす心への影響は、甚大で災害級なのだ。
「……ありがとう。さ、ちゃちゃっとやっちまおうぜ」
「その意気です!」
そして、二人はさらに奥へと足を運び、止める。
つまり、猛獣ファヴァールと遭遇したのである。
「こ、これが、ファヴァールですか…………怖い、です」
「…………………ああ」
互いに敵を認知したことにより、そこが一気に戦場へと変わる。張り詰めた空気が転換される。
「大丈夫です、補助しますから」
ルーシャが小さな声で、そして強い口調で呟き、詠唱する。
「『赤い糸』」
すると、グランとルーシャの人差し指に淡い光を発する魔法の糸が巻かれる。
糸の端は天に向かうように上へ伸び、20センチ程のところで途切れている。
「それは、糸が切れない限り近い未来の運命を決定付けることができる。今回は、ファヴァールとの戦いで勝てる運命」
「そ、そんな凄いのがあるのかよ………」
まだ見ぬ魔法、と言うよりその魔法の効果に驚きが隠せないが、これで糸を守りながら戦えば勝てるなら安心して戦えるというものだ。
グルルルゥゥゥァ………
不気味に威嚇してくる目下の猛獣は恐ろしい。
加えて、とても打破が困難な相手であることも確かだ。
赤い糸があるとは言え、これがどう勝利に繋がるのかがわからない以上、油断はできない。
「『ノイモント』、そして『ヤクト』」
「……へえ、その武器を使うんだ」
前回と同じく、グランは三日月を武器として戦闘態勢に入る。
新月も便利なのだが、相手が怯まない場合は隙が多いので初めての敵には使いにくい。
彼の三日月は前回と同じではない。
この一週間の間に武器の精度、切れ味などの強化も怠らず行っていた。
武器を作るのもまた"纏う"タイプの力が必要なのだ。
だからグランは『デアヒメル』の大成こそが最も効率の良い魔力の高め方だと考えていた。
煌めく弧は一層強度をまし、戦闘どんこ来い状態である。
「っだらぁぁ__ッ!!」
グランが気合の一喝を入れ前へ一歩進むのを合図に、ファヴァールも雄叫びをあげ鉤爪を振りかざす。
互いに攻撃を弾き合い、正に互角といったところだろうか。
「『マッスクラフト』!!」
しかし、ルーシャの使用した魔法によってグランに力が湧いてくる。身体を強靭にする魔法だ。
「ほい!……っらぁ!……へい!……っだぁ!」
支援魔法のおかげで攻撃を弾かながらダメージを与えられるようになってきた。
しかし、それを受けてファヴァールは鉤爪だけでなく剛角、太く厚い尾も使いながら攻撃してくる。
多方面から攻撃され、グランはそれへの対応に追われ攻撃どころではなくなってしまう。
「まだいきますよ、『アボイダブル』!!」
続いてルーシャが使用した魔法の効果で、グランは迫り来る怒涛の攻撃に対応できるようになってきた。
身が軽くなったグランは攻撃の隙間を縫い少しずつ反撃を繰り返していく。
だがそれでも、腕や尻尾など硬い部位には攻撃が通らない。
それを理解した相手は剛角を防御にも用い、できるだけグランの攻撃が硬い部位に当たるような配置をとるようになる。
「しぶといですね。でも……『月の光』」
ルーシャの魔法第四弾。
これにより、今度はグランの武器に補正が掛かる。
三日月は更に鋭さを増し、刃の煌めきが強くなる。
中でも一番の変化は、武器自体がやや大きくなったことだ。
多少重くなりはしたが、強化されたグランにとっては何の苦もなく武器を振るうことができる。
先程まで硬く通らなかった攻撃が通るようになり、着実に傷を与えていくとファヴァールも危険を察知したように後退する。
傷ついた体でこちらを見て威嚇しているが、今のグランからすればもはや敵ではない。
ルーシャの『月の光』という魔法が優勢になった一番の要因といっても過言ではないだろう。
「なあルーシャ、さっきの武器にかけた魔法はなんだ?」
「あれはグランさんが使ってるその武器専用、みたいなものかな。その武器には可能性が秘められているからね」
「おいおい、本当かよ。この武器専用ってそんな……」
「アプス家でしかまだ使われていない魔法ですけどね。私たちの間では『宵の聖弧』と読んばれています」
『宵の聖弧』と呼ばれているらしいその武器を今一度みてみると、この一週間で磨き上げてきた筈の三日月とは全くもって別物だった。
この一週間はなんだったのかとさえ思うが、きっと無駄にはなっていない筈だ。
それに、この武器が新たな姿になったことで今後もこの姿の武器を扱える、ためのヒントを得た気がする。
「こいつはいいな、気に入ったぜ」
「ええ、まだ敵は目の前にいます。あと少し乗り越えましょう!」
二人の会話がひと段落したと同時、相手も息を整え終え大きな声を上げ、魔法を使用してきた。
「こいつ、魔法も使えたのか!」
グランに真っ直ぐ、高速で向かってくる稲妻をなんとか弾くと、緊張が再び高まる。
遠吠えするかのように嘶くと、更に無数の雷がグラン達に降り注ぐ。
「ルーシャ、危ない!かがめ!」
ルーシャの真上から降ってくる雷光を間一髪で切り裂き、同時に自分の身も守りながら今度は敵の方へ走り出す。
両者の距離が縮む間にも無数の電撃が向かってくるが、流石に全てを防ぎ切ることはできず、左腕や脇腹を爆ぜる電気が襲う。
「ぐぁぁッ_____だが、ここは止まらねぇぜこの野郎ッ!」
相手が遠距離から攻撃を仕掛けてくるというのなら、こちらもやってやろうじゃないか。
「『オリヘプタ』!! これは魔力濃縮版だぜ!」
魔力濃縮版とグランが言い表した魔法は、文字通り魔力が濃縮され威力が増したものになっている。
故に爆ぜるという特性も一層強くなっており、蒼い光がファヴァールの片角を弾けさせた。
「ただ俺が怠けて過ごしていた訳じゃないってのがわかってもらえたかい?」
グランは攻撃の射程距離に入り、すかさず斜めに武器を振り下ろす。
その一閃は猛獣の硬皮を裂き肉を抉り、どす黒い血液が噴き出す。だが、それでくたばるような存在ではない。
だからこそ、トドメはグランの得意な魔法で差された。
「『オリヘプタ』、集まり光線となれ」
それはヘキサ・アナンタとの戦闘でも使われた応用技。
七つの光を一点に集め、ビームとして放つ。
トドメを差す確実な方法は心臓を破壊することだとグランは分かっているためそこを狙う。
光の集合体は熱を帯び、硬い皮をも容易く貫く。
「俺だけだったら勝てなかったし、俺がこの武器を使っていなければもっと苦労していただろう。お前は強かった」
心臓を貫かれ身体に穴を開けられたファヴァールの目から光が消え、弱々しい声を上げながら最後は静かに倒れてゆく。
たとえ敵が猛獣だろうと、強敵としてグランと奮闘した存在には敬意を払う、それがグラン流だ。
最後に獣の顔、特に特徴的な角に触れ戦闘を振り返る。
「お疲れ様です、グランさん。後は、奇鬼忌琴ですね」
後ろ、まあまあ離れた位置からルーシャが話しかけてきたのを期に振り返って彼女の元へ向かおうとする。
「……ん?」
ルーシャが疑問を浮かべたような顔を見せ、その視線の先を見る。
視線の先にあったのはグランの人差し指の『赤い糸』だ。
「これが、どうかしたのか?」
「………この糸は、戦いに勝つという運命を決定付けることだけに効力があります。なので、戦いに勝った今、赤い糸は消えるはずなのに……」
ルーシャの顔色が徐々に暗くなり、何か、未来に良くないものを想像してしまったかのような、虚な目をしている。
何を捉えているのか分からないような彼女の目が一瞬グランの目と合ったかと思いきや、すぐに目を逸らす
「グ、グラン、さん?あ、あの、戦いはまだっ!お、終わっていません!後ろ、向いてください!」
「あ……?? 後ろ……」
ルーシャの叫びを聞いてグランも背後に嫌なものを感じ、後ろを振り向くとそこには_____
「なんで、お前生きてるんだよ……それに、傷_____」
瞬く間に行われた超高速の攻撃にグランは対応できず、彼の左腕は宙に浮いていた。
「ぐぁッ_____そんなッ!!」
「グ、グランさぁぁぁーーーんッ!!」
ぽっかりと空いた穴はみるみると塞がり、謎の完全復活を遂げたファヴァールが堂々として再び立ち塞がった。




