第一章09 過去の者
暗い世界と一括りにされている世界だが、グランがその世界で普通に暮らせているのは真っ暗でないからである。
つまり、仄暗いといった程度である。
ラグラスロによれば、この世界の王はここを『魔界』と称し、悪の生物で埋め尽くしていったのだとか。
王が直々に死した存在に触れることで、それは悪を孕み蘇る。
死者を支配下に置くその力と彼の性格は邪智暴虐と言っても過言ではないだろう。
グランが試練を達成した日から二日が経過していた。
試練の真のメッセージにより深い苦痛を受けたグランだが、なんとか立ち直り普段の彼に戻った、ちょうどそんな時である。
「して、グラナード。汝はこの魔界に初めてやって来たという者に会ってみたいと思ったことはあるか?」
「え、あーと、今のところはないな。会えるなら会って見たいけどな。昔俺の故郷の王様だったんだろ?」
「では、今会えると言ったら汝はどうする」
_____何を言っているんだ?
グランはすぐその言葉の意図を理解することができず、沈黙の間が生まれる。
だが、その一瞬の熟考でラグラスロの言わんとすることをグランは理解した。
かつての王は、悪を孕んで生きている。
「あぁ、そうかなるほどな。会いにいくぜ俺は。王様に謁見させてもらえるなんて素晴らしいじゃないか」
「わかった。では行ってくるとよい」
「ん、いや待てよ。今から行くって、どこにいるんだよ」
「……この拠点に太古から住まわれておるぞ。吾は体が大きい故に王の下へ行けんが、戦う力はもう持っておられぬ。安心して行ってくると良い」
闇堕ちした王ってことは遠い城でも構えて住んでいるのかと思っていたが、まさかこの拠点にずっといるだなんて、驚かない奴はいるのか?
拠点ってのは俺ら失踪者を守るための場所のはず。
となるとここに悪がいるのはどうかと思うが、それだけ害はないと言うことなのだろう。
「まったく、この世界は恐ろしいぜ」
この世界の最も恐ろしいもの、それは悪を孕んだ存在が近くにいることではない。
真に恐ろしいのは、意思疎通のできる存在がいないことだ。
ラグラスロを除いての話だが、グランはこの世界に於いて孤独と言っても差し支えはない。
独りの世界で、仄暗い世界で、グランは孤独に蝕まれつつあることに気づいて、知らぬふりをしていた。
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拠点の奥地にある開けた空間、中庭のような場所。
そこでグランは凄まじき圧を受けているかのように引き攣った顔をしていた____否、実際に膨大な力、圧を受け顔を引き攣らせていた。
原因は目前に鎮座する彼、デアヒメル王である。
彼の伸びた髪の間から覗かせる力強い眼がギョロリとこちらを見て離さない。
「あ、貴方が、デアヒメル王ですか……」
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その沈黙はいつまで続くのか、早く沈黙が破られてほしいと思うほどに居心地が悪い。
「いかにも。吾は爾と同じ光の世から来し者。
して、爾は吾に何用か」
言葉を発しただけなのに、グランは"勝てない"と悟る。
戦える能力を持たぬ筈なのに、眼力と気迫さえあればすぐに吹き飛ばされてしまいそうに思ってしまう。
それは長年の経験と、彼の最盛期の頃の面影が原因だろう。
今までの人生はとてつもない苦労で溢れていたことだろう。
それを受け、グランは思考を放棄したかのように固まってしまう。
しかし、何かを話さなければ駄目だという使命感だけは未だ消えず残り続け……
「俺は、この混沌から光の世界へ帰りたい。戻るために奔走するつもりでいる。だから、助言を頂きたい」
覚悟を決め言葉を発したグランとそれを聞くデアヒメルの目が互いに交差する。
それは目を逸らすまいと睨んでいるとも言える。
それと同時に、グランは数多と思考を巡らせていた。
例えば、なぜダークサイドの存在がここで普通に会話できるのだろうかとか、どうすればここまで強くなれるのだろうとかだ。
しかし、いくら考えようともその疑問の解は生まれない。
グランはあまりにも無知であるが故に、そして、己が優れていると慢心しているが故に。
「……吾が爾に言えることは一つのみ。若かりし頃の吾、彼奴に勝てぬようならば爾はここで自惚れ死ぬだけだ」
王はこう言うのだ。最盛期の彼を打ち倒すほどの力を持てと。それができぬならここで死ぬと。
確かにそうだ。戦力を失ったはずの王はその気迫だけでグランを圧倒できるのだ。
つまり、過去の王がこの世界から帰ることができなかったのに、グランが帰還できる筈もないと。
でも、どうやって強くなれば_______
「餞別を爾にくれてやろう。刮目して見よ、小童」
そんなグランの思考は王の言葉に遮られる。
驚くべきことに、彼の掌には魔法球が浮いていた。
そう、魔法が使えるのだ。使う機会が無かったから使わなかっただけで、本当は今も魔法を使えるのだ。
「現在も魔法は使える。あの黒龍は吾が魔法すらつかえないと勘違いしているようだが、移動する力が残っていないだけだ」
「てことは、やろうと思えば俺もやられてるってことかよ」
戦力がないからと言って油断していたらどうなっていたかわからない。
ただ、彼が純粋に悪、つまり無秩序に襲ってきたならばグランは即座に殺されていたことだろう。
「今から見せるのは吾の原初魔法。魔法球第二式『デアヒメル』」
『デアヒメル』。
それが魔法の名前ということは即ちオリジナルの魔法ということになる。
魔法球第二式という名前のまま、魔法球の応用なのだろう、王の前に浮く球から魔力が溢れでている。
注がれた魔力が溢れ、球に纏わりつき、中と外が両方とも満たされていると表現するのがいいだろうか。
いつまでも溢れ続ける煙の様な力は渦を形成し、次第に広がってゆく。
巨大な渦は王とグランを覆い、広がるのを止めない。
それはさながら銀河の様だと言っても過言ではない。
よく観察しろ_____!!
直感がそうグランに訴えかけてくる。
この力の奔流を生み出している根幹はなんなんだ?
きっとそれは魔法球にあるはずだ。
この渦に何の意味があるんだ?
それは今後の課題だ。魔法を放てば何か起こるかも。
観察の結果、魔法球に魔力を纏わせることで渦を生み出していることを発見した。
注ぐだけが必要だと思っていた魔法球の意外な使用法。
まさか、今までの自分の解釈が間違っていた?
覆うことに意味はないというのは間違いだった?
兎にも角にも、グランは未だ雛であったのだ。
それを悟った途端グランは己に課せられた苦難を再認識し、到底帰還などなし得ないのだと真に理解した。
ただし、それは現時点でのグランに限るが……。
「どうであったか、吾が魔法は」
「その境地に至るためのプロセスを知りたいね。王を超えるには死ほどの苦難を強いられることになりそうだ」
すでに渦は消え、まるで何事もなかったかのように存在するその空間にて、再び両者の睨み合いが行われていた。
「な、なあ。魔法球ってのは、魔法を入れるだけじゃなく覆うことにも意味があるのか?」
膨大な力の海を体験した際、グランは雛であることを悟った原因となる事象について言及した。
魔法とは中に魔力を込めてこそ力を発揮するならば、魔法球に魔力を込めることこそが意味を持つ行為だと思っていた。
だが本当は違うのだとしたら……
「答えは是だ。"纏わせる"と古来より表現されている行為だが、例えば纏わせる魔法とは何が挙げられるか」
「もしかして、支援魔法とかがそうか?あれは力を纏わせて戦力を強化する系統のものだったはずだ」
「いかにも。造形魔法もその例の一つだ。造形には基本となる魔力の型があり、そこに層を重ねる様に魔力を纏わせていく」
造形魔法……それはメイアが得意としていた魔法の一種か。
確かにメイアの方が優れた造形をしていたが、そういえばメイアは魔法球に魔力を纏わせていたな。
そういうことだったのか………
今までの解釈が間違っていたから、グランはこの時を以って更なる成長の機会を得た。
それと共にグランは、新たな魔力の使い方に数多の可能性を想像した。それが現実となるか否かは言及しないでおくが。
「爾も研究に研究を重ね、己が自信作を作ってみせよ。此度、吾は喋りすぎたようだ。久々の原石だった故にな」
喋りすぎた、ということはもうこれ以上喋るつもりもないのだろう。
それ即ち、ここで話は終わりだと言っているようなもの。
「ありがとう、ございました。俺は諦めないですよ、ここから還るのを」
最後に一瞥してグランはその場を去った。
背に圧を感じて去るだけでも疲労が蓄積されてゆく、鉛を背負って歩くようだった。
ラグラスロの下へ戻ると、「散歩してくる」という旨の言葉を残し拠点を出る。
拠点を出た目的があるわけでもなく、ラグラスロに言った通りの、本当に気晴らしのための散歩程度のものだ。
拠点の周りは危険もないので、一人で考え事をするには丁度いいだろう。
今後、何をすれば良いのか。
強くなるために必要なことは何か。
疑問は、懸念は、減ることを知らず留まり続ける。
そんな心の圧迫に襲われた時、心の支えとなるのが妹、メイア・スマクラフティーの存在だった。
ただ一人、唯一幼きころから毎日を共に過ごした存在がいる。それだけで救われるものがあった。
しかし、逆説的にそれしか孤独に対応できる手段がないこともまた事実。
一刻も早く再開を果たさなければ、或いは孤独に対抗できるだけの何かがなければ、孤独に蝕まれつつある己を知らぬふりできなくなる。
でも、来たるべき再開の日のために俺は負けられない。
負けを赦せないし、許さない。
ご愛読ありがとうございます
いや、ご愛読って程でもないですかね……わからないですが、兎にも角にもありがとうの意は不変です!
今後もグラン編、登場人物が増えていく予定ですので混乱しないよう注意です!




