■94.これが最後! 日米空母決戦!(後)
(敵の行動が早い――!)
元アメリカ海軍大将のウィリアム・ペリーは舌打ちをしかけて、やめた。
航空母艦『ハリー・S・トルーマン』の早期警戒機が、『カン・ナオトシ』の巨影を捉えたのである。自衛隊の高級幕僚らは、『カン・ナオトシ』が新大陸東海岸の陸上機に攻撃される可能性を恐れていないらしかった。地球における戦争でもそうだったが、自衛隊は戦略的にも大きな役割を果たす高価値目標を最前線へ押し出すことを躊躇しないのである。
同格の相手と対峙せざるをえなくなったウィリアム・ペリーはこれを迎え撃つことを決断した。逃げようとしても逃げ切れるものでもない。
まず『ハリー・S・トルーマン』から放たれたのは、大兜と剣のマークで尾翼を飾るF-35C――旧アメリカ海軍において最初期にF-35Cを受領した飛行部隊、第147戦闘攻撃飛行隊アルゴノーツであった。
彼らは艦隊防空と周辺の航空優勢を担う制空戦力、また優れたセンサーを有する生残性の高い偵察部隊として位置づけられている。装備はステルス性を重視し、機内に収めたAIM-120が4発のみだ。
彼ら第147戦闘攻撃飛行隊が周辺空域を制圧すると同時に、『カン・ナオトシ』と周囲の護衛艦に攻撃を仕掛けるのは、F/A-18Eスーパーホーネットから成る第81戦闘攻撃飛行隊サンライナーズの役割である。
「シーニンジャ、こちらホークアイ。スズメバチが出た」
突進する『カン・ナオトシ』は、すでにF-35Cから成る戦爆連合を出撃させている。
制空戦闘をもっぱらとする護衛役は旧米海軍のVFA-147機同様、機内に4発のAIM-120を携行する第205戦闘攻撃中隊。攻撃機役は最大射程約300km前後の打撃ミサイルJSMを2発、機内に収めている。双方ともに機外搭載装備はなし。敵の艦上機を削り、洋上SAM陣地とも呼べる敵ミサイル駆逐艦を打撃した後に、機内にJSM、機外にAGM-84ハープーンを装備した攻撃機を出す腹積もりである。
「『ハリー・S・トルーマン』もこちらを見つけましたか」
「にしては出撃機数が少ない」
「稼働状態のF-35Cが1個飛行隊以上あるということでしょうか」
「非ステルスの敵攻撃機が陽動の可能性があるな」
ウィリアム・ペリーが『カン・ナオトシ』の突進に驚く一方で、『カン・ナオトシ』の司令部区画に詰める幕僚らも、『ハリー・S・トルーマン』がステルス艦上機を有していることに驚いていた。
地球における戦争でF-35Cは旧アメリカ海軍第7艦隊や太平洋へ緊急派遣された航空母艦に集中配備されたため、損耗著しく、この異世界に稼働するF-35Cはほとんど残っていないだろうと踏んでいたのである。
(やられる可能性は、ある)
大勢はもう勝利で決まったようなものだが、『カン・ナオトシ』が『ハリー・S・トルーマン』に敗れる可能性は十分にあった。
(だが負けはしない――身勝手な貴様ら裏切り者は地球の反対側、世界の果て、異世界までも追いかけて殺すと決めたのだ)
海戦はF/A-18Eから成る攻撃隊へ向かった自衛隊側のF-35Cと、旧米海軍側のF-35Cとの間で始まった。
「抜け出せ……!」
F-35の数が航空戦の勝敗を分ける、そんな退屈な空をF/A-18Eから成る第81戦闘攻撃飛行隊サンライナーズは翔け抜け、翔け抜け、抜け出そうとする――が、世代差というのはあまりにも残酷であった。
AIM-120の撃ち合いに護衛のF-35Cが引き剥がされた状態で抜け出したところを、“何も存在しないところ”から撃たれる。それを躱しても、今度は最前衛の警戒役もがみ型護衛艦に捉えられ、まや型護衛艦に阻止される。
「インフェルノ25、メイデイメイデイ――」
「インフェルノ22、ベイルアウト! フィスト、あとは頼んだぞ――」
散っていく雀蜂――が、彼らは最初からそれを覚悟していた。
その北方、雲間に“本命”が潜んでいる。
JSM を携えたF-35C――第25戦闘攻撃飛行隊フィストオブザフリート(艦隊の鉄拳)。
尾翼にゼウスの稲妻を握る拳を描いた6機は、約130kgの弾頭12個を叩きつけるべく、『カン・ナオトシ』率いる空母打撃群の側面に迫る。
だが前述の通り、『カン・ナオトシ』司令部はこれを読んでいた。
艦隊防空のF-35C――白い武人埴輪が描かれた第202戦闘攻撃中隊は、敵機が兵器庫を開放してJSMを発射する瞬間を捉えて殴りかかった。そのまま12発のJSMを投弾した敵のF-35Cと、AIM-120による鍔迫り合いにもつれこむ。
その混戦の中から抜け出した12発のJSMは、シースキマーモードで『カン・ナオトシ』へ向かった。
その模様はすべてE-2Dによって捉えられている。
(たった12発のミサイルではな――)
第25戦闘攻撃飛行隊フィストオブザフリートによる攻撃、その成功可能性はもともと低かった。
全盛期の旧中国人民解放軍空海軍の100発以上の空対艦誘導弾による同時攻撃、それに耐えるべく艦隊防空を鍛え上げてきた海上自衛隊の水上艦隊に、生半可な攻撃は通らない。E-2Dと同期したまや型護衛艦の艦対空ミサイルが、全てのJSMを水平線の向こう側で叩き落としていく。
「勝負あったか」
(勝負あったか)
奇しくも、『カン・ナオトシ』司令部幕僚もウィリアム・ペリーも同時に呟いた。違いがあるとすれば、前者は口に出し、後者は周囲を慮って心の中で呟いたことであろう。最初からF-35の数で劣っていた『ハリー・S・トルーマン』は、さらに損耗を重ね、さらなる不利に陥っていく。
一方の日本側の攻撃隊は、F-4EJ改の完全退役と同時に洋上航空部隊へ改組された第301戦闘攻撃中隊であるが、彼らの放った24発のJSMもまた、複数隻のミサイル駆逐艦に守られた『ハリー・S・トルーマン』に届かないことは分かっていた。
故に第一次攻撃の標的は、そのミサイル駆逐艦。一方で第301戦闘攻撃中隊は、ミサイル駆逐艦に捕捉されることもなく母艦へ帰還する。
続く第二次、第三次攻撃はもうJSMの機内格納にこだわる必要はない。
航空母艦『ハリー・S・トルーマン』のF-35C飛行隊が消耗するとともに、日本側の航空優勢は揺らがないものになっていく。
機外にAGM-84ハープーンを装備した第301戦闘攻撃中隊の執拗な連続攻撃と、P-1の航空攻撃参加により、『ハリー・S・トルーマン』ら空母打撃群は、異世界にて鳥葬の憂き目に遭った。




