■93.これが最後! 日米空母決戦!(前)
放射性の塵が舞う新大陸東海岸――自衛隊の弾道ミサイル攻撃を免れた海軍基地から、停泊中だった水上艦艇が次々と出港していく。
洋上の決闘に参戦すべく勇壮、覚悟を固めて往く艦艇もあれば、混乱の中で生存のために海上へ出ようとする艦艇もあった。
たとえば前者の例は旧アメリカ海軍のアーレイバーク級ミサイル駆逐艦『パトリック・ギャラガ』であり、後者の例は旧ロシア海軍ウダロイ級駆逐艦『アドミラル・レフチェンコ』である。
これを見送る者はいない。
海軍基地で労務にあたるヒトガタ・ロウドウニンジンらは、出港する鋼鉄に何ら興味を示すことなく、吹き抜ける風の中、ただ黙々と軍需物資を運んでいる。
(戦況はどうなっている……?)
一方、外洋にて航空母艦『ハリー・S・トルーマン』にて指揮を執る元アメリカ海軍大将のウィリアム・ペリーは、内心の苛立ちを表に出さないようにかなり神経を遣っていた。自席に深く腰をかけて余裕を演じている彼はいま、戦場の霧の中にいる。
自衛隊による対衛星攻撃や電子戦、東海岸へのミサイル攻撃によって情報通信・指揮系統に混乱が生じている。旧中国人民解放軍海軍は緒戦で手酷くやられたらしい。旧ロシア連邦軍司令部とは連絡が取れなくなってしまっている。そして、まず東海岸周辺の航空優勢・海上優勢だけでも確保するため、前へ出ていた旧英仏空母打撃群も所在がつかめなかった。
もともと旧アメリカ軍関係者は異世界における“熱い戦争”には消極的であり、「戦えば負ける」、とまでは言わないが「戦っても勝てる」とは思っていなかった。
20世紀よろしく異世界では軍備を保ち、“冷たい戦争”による時間稼ぎと地球での情勢変化を待つ、というのが彼らの戦略だった。消極的に過ぎると思う者も多いかもしれない。だがしかし、全世界を圧倒するほどにまで肥大化した日本国が、このまま超大国として君臨し続けることはありえない、早晩に武装組織の乱立による国内分裂と内戦、世界規模の蜂起に直面するであろう――というのが彼らの見方だったのである。
自衛隊の弾道ミサイルを迎撃した第2駆逐隊を展開させたり、航空母艦『ハリー・S・トルーマン』を洋上に遊弋させたりしたのも、旧英仏らに引きずられた結果でしかない。
そんなこともあってか、旧アメリカ海軍空母打撃群は後方にて戦場全体を睨む切り札、予備戦力としての役目を務めることとなっていた。
(予備戦力?)
これでは遊兵ではないか、とウィリアム・ペリーは自嘲する。
現在、旧アメリカ海軍の水上艦艇で交戦中であるのは、第2駆逐隊のみである。弾道ミサイルの迎撃によって所在が露見した後は敵対艦攻撃に晒されたが、さすがアーレイバーク級ミサイル駆逐艦6隻から成る水上部隊、なんとかこれを凌いでいた。
さりとて情報不足の現状で、急ぎ足で出て行っても仕方がない。
航空母艦『ハリー・S・トルーマン』は、東海岸沿岸部を出発した水上艦艇の集結を待っている。
……ところがすでに『ハリー・S・トルーマン』の後背は、“切断”されていた。
「出番が回ってきたと思ったらこれか」
「前時代的な異世界連中を一方的にどつきまわして無双するつもりで来たんですけどね……」
「国連の連中が核爆雷を持ってないことを祈ろう」
海上自衛隊潜水艦『とうりゅう』は潜望鏡を上げ、外洋に出た艦影を捉えていた。
彼女だけではない。新大陸東海岸にはすでに複数隻のそうりゅう型潜水艦が張りついている。
同士討ちを避けるために同一海域に1隻のみしか展開しないこともあるが、周辺国との戦争を経験してきた海上自衛隊潜水隊の基本戦術は、複数隻による襲撃だ。1隻で襲撃すれば核爆雷の面制圧で撃破され、それで終わりだ。だがしかし、複数隻ならば必ず生き残る潜水艦が出る。そして核爆発が引き起こす海中騒音を地の利として、敵を食らい尽くすのである。
そうして来ない増援を待ちわびている『ハリー・S・トルーマン』に、『カン・ナオトシ』が迫る。
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あと3、4話で完結になるかと思います。
次回更新は4月25日(日)となります。




