■9.セイタカ・チョウジュ・ザル、買います!
ローエン野戦軍はフォークラント=ローエンその人が捕虜……否、捕獲されるという結果を以て、その後は戦わずして崩壊した。彼自身に忠義を尽くすような直轄の士卒や、家臣の私兵らは少ない。金にものを言わせて掻き集めた傭兵が主力であり、この主力は野戦軍司令部が蹂躙されたとみるや、「勝敗は決した」と言い放ってみな引き揚げてしまった。
後に残ったのは、主を失ったバルバコア帝国辺境海護伯領である。主だけではなく従軍した家臣の多くは戦死、あるいは環境省環境保全隊により捕獲されているため、この領域の大部分は事実上の無法地帯となった。放っておけば敗残兵による略奪が横行するであろう。
だがしかし、無秩序な混沌が訪れるよりも、環境省環境保全隊が新秩序をもたらす方が早かった。捕獲した家臣やフォークラント=ローエン子飼いの知識人の中から、通訳など利用できそうな人間を選抜し、拡声器を備えた治安維持用のナナヨン・モンスターに乗せて、宣撫活動に出たのである。
大多数の領民は、領主がどうなろうがあまり関心がない。領主の名前すら知らない者もいる。故に彼らは底知れぬ不安と、それを塗り潰す狂喜に襲われた。
フォークラント=ローエンは他の高級貴族と同等かそれ以上の浪費家であり、領民から何かにつけて税をとっており、そのため税制は複雑で、領民ひとりひとりに重い税負担を強いていた。なにせ赤子が生まれれば赤子には人頭税、死人には死亡税(これは生産可能年齢の人間が死亡することで労働力が失われ、領主に損害を与えるため、その補填を納めるという思考の税制である)、生まれて死ぬだけでも課税されるのだからたまったものではない。
一方で環境省はどうか。
「環境省は、従来のあらゆる税制を廃止するそうだ」
村々の自治と納税を任されている村長や村役人らは、慎重にならざるをえない。環境省環境保全隊なる軍事組織が、フォークラント=ローエンを容易に降してしまったことは間違いない。それだけの実力があることは、鋼鉄の車列を見ればわかる。しかし、すぐさま周囲の高級貴族らは、ローエン家との縁戚関係を口実にして辺境海護伯領に入り込むであろう。帝国中央も環境省の横暴を看過するとは思えない。
「環境省側につくか?」
「いずれにしても戦争だナ……」
村々の役人らは一応の議論をしたものの、結局は環境省の庇護下に入ることを決めた。ローエン野戦軍を打ち破った環境省環境保全隊に抵抗しても、ハゼ港湾同様に燃やし尽くされるだけである。
(弱き者は、強き者になびくしかないのだ……)
旧バルバコア帝国辺境海護伯領の村役人らは、戦争の臭いを嗅ぎ取るとともに、どうせならばこのまま環境省環境保全隊が周囲の高級貴族らを倒し、平和な善政を敷いてくれることを願った。
◇◆◇
さて、行政の真似事をしているバルバコア・インペリアル・ヒトモドキの中から、協力的な在地の個体を選び抜き、彼らヒトモドキの群れのコントロールを始めた環境省環境保全隊は宣撫活動に力を入れる一方で、ヒトモドキらに対して希少動物保護のための大々的なキャンペーンをうった。
「村で飼育・管理しているセイタカ・チョウジュ・ザルを、物品取引にはなるが高額で買い取る。これまでローエン家が嫌ってきた高齢の個体でも、100歳未満の個体と同様、平等に値を払う。セイタカ・チョウジュ・ザルが生息する森の所在を情報提供してくれた者には、情報料を支払う。一方で今後、セイタカ・チョウジュ・ザルを環境省の許可なく傷つけたり、捕獲したりした場合には厳罰に処す」
つまり、セイタカ・チョウジュ・ザルを使役する習性を有するバルバコア・インペリアル・ヒトモドキを利用して、希少動物を環境省の保護下においてしまおうという狙いであった。
この目論見は、かなりうまくいった。
どこの村でもセイタカ・チョウジュ・ザルは畜力として飼育されている。
ところが、代々のローエン家当主は、セイタカ・チョウジュ・ザルの品種改良や肉体改造を是としない自然利用派に属しており、そのため領内のセイタカ・チョウジュ・ザルは人間よりも非力であり、大した労働力になっていない(それどころか維持費と監視にマンパワーを割かなければならない)。正直、持て余しているところもあった。
だからどこの村も、保有するセイタカ・チョウジュ・ザルを食料や材木、貴金属、刀剣等と交換することにした。
「希少野生動植物種の譲渡は国内法、国際条約違反では」
と、省内では多少の議論があったが、よくよく考えずともバルバコア・インペリアル・ヒトモドキは人間ではなく野生動物なので、これは譲渡(売買や貸し借り)にはあたらないという結論に落ち着いた。
「こ、こんなにいいんですかね……」
「セイタカ・チョウジュ・ザルの生命には、これだけの価値があるということだ。勿論、それだけではない。我々は封建領主とは違う。常に双方が納得する形の取引を望んでいる」
セイタカ・チョウジュ・ザルを差し出した村々は、恐縮半分感謝半分で環境省の担当者から報酬を受け取った。
なにせこれまで権力者との取引では何度も代金を踏み倒されたり、足下を見られたりしてきた彼らである。まさか環境省が最初に提示した通りの高額の値を、しっかりと支払うとは思っていなかった。
そんなわけで旧辺境海護伯領に住まうバルバコア・インペリアル・ヒトモドキの間では、(まったく環境省が意図するところではなかったが)環境省に対する信用が大いに上がったのであった。
(NAISEIははじめてですね……)