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89/95

■89.第4.5世代ジェット戦闘機を載せたドンガラが活躍できる海じゃないんだよ?

 海をす7万トンの威容が往く。

 旧中国人民解放軍海軍『山東』を中核とする第81空母打撃群は、国連軍の最先鋒である。その陣容は垂直発射装置32セルを擁する054A型フリゲートを前衛に配し、艦隊防空を052D型駆逐艦2隻に任せる格好だ。

 海面を穿うがちながら高速航行する『山東』からは、グレーの塗装に身を包んだ殲撃15型が次々と発艦する。翼下に抱えるのは空対艦誘導弾ではなく、中距離空対空誘導弾が主である。『山東』に求められているのは、最前線で敵航空攻撃を阻止することだった。敵水上艦艇への攻撃は、多数の対艦ミサイルを搭載出来る爆撃機や攻撃機の役割である。


(日本側は戦術核を使うだろうか――?)


 旧中国人民解放軍海軍上層部から第81空母打撃群司令部の参謀や政治委員に至るまで、彼らは無意識の内に消極的、防御的な思考に陥っていた。

 前述した第81空母打撃群、その各艦同士の距離は最大限にひらけている。

 これは自衛隊による戦術核攻撃を警戒しての措置だ。彼らは自衛隊の“狂犬”ぶりを覚えている。半世紀以上に亘る防衛思考が反転した攻撃偏重のジェノサイダー。これに抗するにはまず第一撃を凌ぎ切り、攻撃の手が鈍ったところ、あるいは敵戦力が薄いところをくほかない――というのが彼らの考えであった。


 開戦に至った以上、すぐさま熾烈な攻撃が始まるだろう、という予想は至極当然に当たっている。

 自衛隊は第81空母打撃群を一挙に葬るべく、F-2E・Super-Kaiから成る攻撃隊を出撃させていた。コンフォーマルタンクを背負った上に増槽を吊り下げ、空対艦誘導弾4発を引っ提げた再設計・重攻撃機――どこまでも敵を追跡し、必ず血祭りに上げるこの血に飢えた野獣は編隊を組み、洋上にその蒼い翼を晒している。

 他方の第81空母打撃群の戦闘機隊は、早期警戒機の支援によって素早くこれを捕捉した。鈍色の翼は空対空誘導弾の射程が最大まで延伸される遥か高空へ至り、逆落としに蒼翼そうよくを叩くつもりである。


「警報――!」


 レーダー警報が先に打ったのはジェノサイダーの耳朶じだではなく、殲撃15型の御者のそれであった。迎撃せんと上昇の途上にあった殲撃15型は、雲間から飛び出してきた中距離空対空誘導弾と衝突し、時速数百kmの鉄屑と火焔と化した。

 罠だ、と誰かが叫んだ。

 8機の殲撃15型の内、4機がいまの中距離空対空誘導弾による横撃により一瞬で散った。他の機体は上昇から素早く急降下に転じ、チャフとフレアを吐き出しながら回避に転じたが、せっかく稼いだ位置エネルギーを失ってしまう形となった。


「くそったれ、F-35か!」


 操縦士のひとりはレーダーと肉眼で、敵影を探したが一向に見つからない。それどころか続けて、戦闘機隊を支援していた早期警戒機からの通信が途絶した。実はこちらも自衛隊航空母艦『遼寧』から発艦した艦上戦闘機――F-35に刺されている。戦闘機の世代差、性能差はあまりにも残酷であり、殲撃15型は手も足も出ない。なにせ彼らはF-35を見つけることさえ出来ないのである。


(殲撃35型があれば――!)


 と悔しがっても、どうにもならない。

 そう彼らが歯噛みし、逃げ回っている間に、超音速対艦誘導弾のASM-3を4発引っ提げた野獣は、好射点にまで進出している。ASM-3の威力は折り紙つきだ。当たりどころがよかったとはいえ、旧アメリカ海軍の航空母艦を1発でほふったことさえある。

 対する旧中国人民解放軍海軍第81空母打撃群の艦隊防空は、決して脆弱というわけではない。052D型ミサイル駆逐艦2隻を擁している以上、並の亜音速誘導弾を装備した攻撃機隊であれば凌げるであろう。が、いまや日本国は世界の覇権を握り、軍事部門のみならずあらゆる学術研究に対して、潤沢な予算をつぎ込める。彼らの空対艦誘導弾の高性能化を思えば、防御側は著しく不利であった。


 パッ、と閃光がはしった。

 1秒もせずに、最前衛の054A型フリゲートが大小数百、数千の破片を海上にぶちまける。海面に横殴り、鋼鉄の土砂降り。その脇を超高速の弾頭が翔け抜けていく。純白の弾体が直撃する間際、『山東』の面々が思ったのは何であっただろうか。

『山東』のどてっ腹に2発の弾頭が飛び込んだ。1発だけでも彼女は戦闘能力を失っただろう。外殻を破って内部で炸裂した1発目の弾頭は、艦内を滅茶苦茶に破壊するとともに焼夷剤をぶちまけて火災を引き起こした。

 そして10秒遅れて飛来した2発目は格納庫に突入。爆炎は艦上にまで噴き上がり、飛行甲板をも焦がした。

 この瞬間に絶命していた者は幸福であっただろう。

 大多数の生存者は死の炎と煙の中を悪戦苦闘しながら『山東』の延命につとめ、そのまま落命していった。駆け抜けた爆風が艦内を徹底的に破壊し、焼夷剤は広範に拡散しており、もはやダメージコントロールが可能な被害状況ではなかった。


(どこで間違えた――)


 艦内にて煙に巻かれながら動けなくなったひとりの政治委員は、激しい頭痛と薄れゆく意識の中でそう思った。


 熾烈な敵の対艦攻撃は予想できていたわけであるから、先んじて全機を攻撃機として出撃させ、刺し違えた方が良かったのかもしれないと思ってから、“間違い”はそこではないとも思った。


 間違いは、東海・東南海・南海・琉球・四連動地震が起きた“あの日”からだ。

 この激甚災害で日本政府と自衛隊の身動きが取れなくなったのを見るや否や、中国共産党は釣魚群島(尖閣諸島)はおろか、与那国島や石垣島といった先島諸島まで人道支援を名目としてこれを勢力圏に収めてしまった。

 太平洋方面への回廊の確保と、来たる中台問題解決への布石――。

 事を慎重に運んでいたはずの中国共産党が目の前の好餌に、つい食指を伸ばしてしまった。90年代の北朝鮮ミサイル実験失敗に伴う北陸地方の被災で、自衛隊は多少増強されていたものの、すでに20万近い隊員が災害派遣に投じられていた。在日米軍は動かないという密約もあった。

 あとはシーレーンを断ち、日本政府を脅してやればそれで終わるはずであった。


 ……そこを見誤った。

「強者こそ正義、弱者は悪」という人類始まって以来の普遍的原則を思い出した怪物は、「10年後のための予算よりも、明日生き残るための予算を」というマスメディアと国民の声に押される形で、各省庁に振り分けられていた数兆円の男女共同参画推進関係予算をはじめ、あらゆる予算を軍備に変えた。

 防衛費の実態――そんなものは、外部からはわからない。とにかく彼らは憤怒していたのだ。周辺国に対して、そして弱かった自分たちに対して。怒り狂い、本当に狂った彼らの実質的な防衛費はおそらく前年度比1000%を超えていたであろう。


(だがもう、後悔しても遅い)


 過去と現在は変わらない。

 政治委員の回想は突如として終わり、彼の意識は永遠の闇の中に葬られた。




◇◆◇


12時間・週6日労働が確定しているため次の更新は1週間後になります。

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