■87.異世界平和維持活動RTA、タイマースタート!
「交渉に進展は見られないな……」
ここ数か月の間、事態が何ひとつ動かないことに国連軍司令部のスタッフは焦れ始めている。前述した旧アメリカ合衆国海軍大将のウィリアム・ペリーのように、静観の姿勢を保っている者もいる一方で、中には時間が無為に流れている――どころか時間が経てば経つほど日本側が優位に立つと考えている者もいた。
日本側は(総武省の一部を除き)関係省庁が一致団結したのとは対照的に、国連軍司令部は一枚岩とはいえない状態であった。米・中・露・英・仏はそれぞれ独自の指揮系統を有しており、統合運用などは夢のまた夢。
「現状の方針に、どちらかというと大反対。攻撃を最大の防御という言葉はあまりにも有名」
そう声高に叫んだのは、旧フランス海軍大将のモーリス・ブーロントスである。彼は慎重な姿勢をみせる旧アメリカ軍関係者に対して、怪しい英語で「このままでは時すでに時間切れ」と主張した。要は時間が経てば経つほど、日本側の異世界における軍備が拡充されていくと言いたいのであろう。
一方、ウィリアム・ペリーら慎重派の将官は「現時点でこちらから戦端を開いても勝ち目は薄い」と反論したが、白髪の偉丈夫モーリスは、
「シャるるドんコうルに核が合わさり最強にみえる」
「俺たちの怒りは有頂天になった。戦争でメガデスとか普通に出すし」
「攻撃といえばぼうぎょの基本であって攻撃が盾なら盾は剣の地位にあるだろ?」
とまくしたてた。
「……」
「……?」
対峙するウィリアム・ペリーらはまったく反論できない。反論できないというか、相手が言っていることが全くわからない。とりあえず「フランス語が出来る通訳者を探してこい!」と左右に命じるしかなかった。
しかもウィリアム・ペリーらが頭を悩ませたのはモーリス海軍大将のみならず、旧イギリス海軍大将のニホンジンコロスノスキー・ボールドウィンもまた開戦、先制攻撃に肯定的であったことだ。
「核戦争となるのは自明の理。そして核戦争においては、先制した側が優位に立つのもまた道理」
隻眼の将、ニホンジンコロスノスキー海軍大将は、粛々と周囲にそう説いた。
成程、確かにその通りかもしれない。核弾頭の数が同程度であるという条件で核戦争に臨むのであれば、一般的にいって先に撃ってしまった方が有利である。
ただ他国の将官らは歴戦の彼に対して、懐疑的な感情を持っている。
(彼の旧名はヘンリー。ヘンリー・ボールドウィン)
ウィリアム・ペリーは20年前から彼のことを知っており、以前の彼の名は現在のような珍妙なそれではなかった。ニホンジンコロスノスキーに改名したのは、数年前のことである。彼は祖国を無惨な片田舎に変えてしまった日本人を呪詛し、皆殺しにすることを誓った。そして独学で日本語を学び、日本人に恐れられる改名を行ったのだという。
ウィリアム・ペリーは日本語に疎いが、ニホンジンコロスノスキーとはどうやら「殺戮を楽しむ者」という意味であるらしい。
その彼が、日本人を前にして自制するはずがない。
「このままでは空中分裂する」
会議の終了後、旧アメリカ軍関係者はそう囁き合った。
中露は英仏に対する不信感を隠そうともせず、「英仏は勝手に核戦争を始めるのではないか」とさえ公言している。言いがかりではなく、本気でそう思っているらしい。その証拠に彼らは核戦争に備えて寄港する水上艦艇の数を減らし、可能な限り洋上にて補給を済ませるように工夫していた。
「英仏がやるなら、心中するしかないだろう」
どこか一国が撃てば、それに引きずられる形でもやるしかない。
「本来ならば我々と日本の間で駆け引きが始まるはずなのに、なぜ我々は身内同士で神経を遣わなければならないのだ」
誰かがそう嘆息したが、どうにもならない。
そうした議論が続く内に旧アメリカ海軍将官の中からも「英仏がやるなら、5か国が歩調をとって先制攻撃に踏み切った方がよい」という意見も出始める始末であった。
とりあえずウィリアム・ペリーらが指揮する旧アメリカ海軍の水上艦艇もまた、地上施設の利用を最低限に抑えることに決めた。
それが、いけなかった。
「いよいよか」
偵察衛星で国連軍の動向を監視している日本側からすれば、核攻撃の応酬に備え、水上艦隊の生残性を上げるための出撃にしか見えない。まさか国連側に統一された戦略もなく、疑心暗鬼になった各国軍将官が独自の判断で水上艦艇を出港させている、などという低次元な事情など考えつくはずもなし。
JTF-自衛隊司令部では統合部隊指揮官として現役復帰した火野俊矢・元統合幕僚長が、“異世界平和維持活動RTA”発動の決断を内閣に求めた。
躊躇はない。
かつて“ドラえもん”とあだ名されていた火野のことだ。
それはその風貌とどんな難題でもなんとかしてしまうところからの連想だが、それと同時に彼はひみつ道具“地球破壊爆弾”さえも容易く使ってしまうだろう、という性格をしていたからである。
そうしてタイマーは、動き出した。




