■85.…「まもろう、エルフの森!」(前)
セイタカ・チョウジュ・ザルたちが手入れを始めた里山の裾に、真新しい教会が建っている。扉に掲げられているのは日章旗。エルフ日章教の教会であることは、一目瞭然であった。そして集会場兼食堂には、明るい叫びが響き渡る。
「手と手を合わせて!」
「いただきますっ!」
教会で暮らす孤児たちは礼儀正しく、加えて元気に日章教式となる食前の挨拶をした。
目の前になみなみと注がれた粥と、具がいっぱいでごろごろしている味噌汁――1年前まで財産として売り買いされ、時には“消費”されていた彼らは、この食事が当たり前のことだと思うほど幼くはない。
箸を使って和気藹々(わきあいあい)と食事を楽しむ彼らの合間を回り、面倒をみるのはエルフ日章教の教祖シンシルリアである。
彼女は様々な顔を持っている。熱狂的な宗教家としての顔、冷酷な決断さえ躊躇なく下す施政者としての顔、そして子どもを愛する少女としての顔。何もおかしくはない。ヒト、エルフ、国家に至るまで善と悪、その双方を兼ね揃えていないものはいないのだから。
「シンシルリアさま! そろそろ“ももかん”を食べましょう!」
「そうですね……。ハルンメス、アーランシュ。桃缶の箱を持ってきてください」
「はーい!」
「あっ、おれもいく!」
すぐに目の前の食事を平らげてしまった子どもたちはばらばらと、教会の倉庫へ桃缶を取りにいくために廊下へ飛び出していく。
彼らは甘味に目がない。人気なのはフルーツポンチやモモの缶詰。たまに訪れる環境省環境保全隊の隊員が持参する、お土産の飴やチョコレートの大袋菓子も人気だ。他にも環境省環境保全隊がもたらしたおやつは人気であり、先日はシンシルリアの発案でべっこうあめ作りやポテトチップス作りに挑戦している。
「今度はわたーめを作りましょう! シンシルリア様!」
「わたーめ? ですか?」
橙の宝石を一口でぱくりとやったひとりが唐突に大声で提案をしたので、シンシルリアは小首を傾げた。
と、同時に他の子どもたちも同調する。
「この前、『侵攻!たこ娘!』で見たー」
「雲みたいにふわふわしてるやつ!」
雲みたいなお菓子でしょうか、シンシルリアはあたりをつけたがそれ以上のことは分からない。
とりあえず彼女は今度、環境省希少種保全推進室長の御寧に質問してみようと心に決めた。
彼は「子どもたちに」とよく大袋菓子やマンガを差し入れするために顔を見せるのである。
意図するところは、シンシルリアにもわからないが。
「それよりも皆さん。食べ終わったならば手と手を合わせましょう」
「はーい!」
「ごちそうさまでしたっ!」
子どもたちは大声で聖句を斉唱する。
見る者が見れば洗脳に近かろう。
日本国への忠誠を刷り込まれる醜悪な収容施設にも見えるかもしれないし、事実そのように機能している。
だがしかし、その一方で日本政府の活動によって、子どもたちの笑顔と新たな未来が戻ってきたこともまた事実であった。
そこから遥か北――エクラマ共和国では復興が進んでいる。
環境省環境保全隊を引き入れるという事実上のクーデターを起こした上に、反発した議員連中は国王もろとも魔王軍に滅ぼされるという争乱の遠因を作ったエクラマ国防軍最先任幕僚長ユリーネは、良心の呵責を覚えながらもなお軍事政権を握り、新たな歴史を拓こうと努力していた。
(この調子なら、半年後には再び選挙が出来るはずだ……)
護衛とともに歩く首都ハルネルンの街並みは、未だにところどころ廃墟が目立つ。
が、街を往く人々の表情は明るい。日本国の援助により、食料品や生活物資は戦前よりも街中に溢れかえっている。政治の雲行きは分からないが、暮らし向きは確実に良くなっているのであった。
加えてバルバコア帝国の消滅、指導者を失ったことで空中分解を始めた人民革命国連邦。生命に対する直接的な脅威は去った。首都から地方に戻る市民も現れ始めている。
都心の一部と郊外には日本国国土交通省緊急災害派遣隊なる武装組織が駐留しているが、こちらもユリーネの悩みにはなっていない。
事実上の占領軍のようなものだが、厳しい規律を保っており治安の乱れや苦情はない。
そうなると気になるのは展開した国土交通省緊急災害派遣隊の任務であるが、地対空ミサイルなる兵器の展開らしい。海を越えて飛んでくるかもしれない敵の砲弾を撃ち落とすための武器、と聞いたユリーネは目を回した。
(彼らが生きる世界と、我々の知っている世界はあまりにも違いすぎる――)
海の向こうから砲弾を飛ばして来る敵と、日本国は戦うというのか。
それだけではなく、日本側は“砲弾を撃ち落とす”というのか。
(まるで神と神の戦争ではないか)
エクラマ国防軍は、その時何が出来るのか。
日本国という神に、祈りを捧げるほかないのか。
結論は、すでに出ている。
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いつもありがとうございます。
過労のため感想への返信を考えるのもキツいので感想欄を閉鎖いたします。
今後とも拙作をよろしくお願いいたします。




