■83. 野党・大西議員「しょせん普通選挙で選ばれただけの価値しかないんだから命くらいかけろ!」外相「ヤメレ(泣)」
突き上げる衝撃に転倒した第1巡洋艦隊司令は、起き上がりながら「即時射撃ッ」と怒鳴った。
が、それに応じる艦艇は1隻としてない。『みずうり』・『いずも』の後方を航行していた、司令が座乗する大型巡洋艦『マースメロティス』でさえ、2発のハープーンの突入を受けてすでに死に体となっている。艦首は切断され、艦体後部は装甲板がめくれ上がる無惨な姿。
唯一、反撃態勢に移ることが出来たのは、取舵をとった『みずうり』・『いずも』に対し、同じく左旋回して同航戦に転じた大型巡洋艦『チェルシブル』である。彼女もまた横腹にハープーン1発の直撃を受けていたが、幸運にも舷側装甲はこれに耐えたのであった。
「左砲戦!」
黒と白の幾何学模様を纏う『チェルシブル』の3連装砲塔3基が、鈍色の『みずうり』を捉える。
が、発砲よりも早く『チェルシブル』の艦橋を鋼鉄と炸薬の塊が貫いた。続けて1番砲塔が吹き飛ばされ、3番砲塔が火を噴きながら弾け飛ぶ。2次元的戦闘のために建造された『チェルシブル』は、3次元的戦闘の申し子F-35Bが高空から放つ航空爆弾により、瞬く間に廃艦に追い込まれた。
他の巡洋艦も同様だ。すでにハープーンによる先制攻撃で戦闘力を半減させられた大型巡洋艦『リパーピ』・『ハウネンリグ』は、F-35Bによる航空攻撃と『みずうり』の副砲、天地挟撃によってズタズタに引き千切られていく。
「駄目だ、前進すると沈む!」
残る司令座乗艦『マースメロティス』は、艦首を失ったことで前進すると浸水が激しくなるため、慌てて後進をかけていた。
が、前進の慣性を殺し、後進へ転じるのは即座に行えるものではない。
それはつまり敵前にて足を止めることと同義。
好機を逃すはずもなく、『みずうり』は10門近い副砲を指向する。
そのまま、流れるような連続射撃――初弾命中。続けて直撃、直撃、直撃、直撃、直撃。舷側装甲が窪み、内火艇が粉砕され、後部艦橋に砲弾が飛び込み、直撃弾を受けた煙突が破片を撒き散らす。後部艦橋の残骸から垂れ下がった死骸が、血肉を零す。
対する『マースメロティス』もまた連装副砲を巡らせて射撃を開始したが、火勢は較べるべくもない。命中弾は得られない。得られないまま、『マースメロティス』の艦上構造物は崩壊を始め、艦体は軋みながら海面下に沈み始めた。
海戦の決着がつく一方で、シルシャンでは地上戦が始まっていた。
カーブリヌ=ワンの突然の急死――どうやらこの異世界では自然発生した複数発の9mm拳銃弾が、顔面を破壊して脳を粉砕することが稀にあるらしい。地球におけるバードストライクと同様、不幸な事故。にわかには信じられないが、ここは異世界。何が起きてもおかしくはない。
(だから外相は誰もやりたがらないんだよなあ……辞任してえ……!)
そのカーブリヌ=ワンの事故死とともに始まった銃撃戦の中、紺野九郎外務大臣はテーブルを盾にしながら心底そう思った。
外敵との交渉には必ず外務大臣が赴くべし。
時には死地へ往き、決死の覚悟を求められる外務省関係者を統べる以上、その先頭には必ず外相が立つ。でなければ、士気は保てない――というのが外務省の不文律であった。日本国内でも閣僚が最前線に立つのはいかがなものか、という議論もあるが、立たなければ立たないで野党議員がうるさい。野党議員・大西氏に至っては「普通選挙で選ばれただけの価値しかないのだから、命を捨てる覚悟でやれ」といってのけるほどである。
勿論、紺野も覚悟はしていたが、まさかこうなるとはという思いが強い。
現在、代表団は押し寄せる城内の警備兵らを撃退しながら、議場に留まっていた。
構造がよく分かっていない以上、下手に動いて脱出を図るよりも議場に立て篭もった方がいい、というのが外務省関係者の判断である。代表団の所在がはっきりしていた方が、救出部隊も辿り着きやすいし、航空支援もしやすいというわけだ。
「えーっと、環境省の特殊作戦群が助けにくるまであと何分だっけ!?」
議場に繋がる廊下に殺到してきた兵士を皆殺しにするMP7・4.6mm短機関銃。その唸り声に負けじと怒鳴った紺野に、拳銃を構えたまま周囲を警戒する護衛は「18時の予定!」と怒鳴り返した。
紺野はちらと木製部品が多用された愛用の時計に目を落とす。
「あと15分っ!?」
目を剥いた彼の鼓膜を、今度は爆発音が衝いた。
古城の外縁部にあたる櫓と詰所を、F-35Bの投下した航空爆弾が吹き飛ばしたのである。毒も食らわば皿まで。この航空攻撃によって、議場に近づこうとする連中は、死傷するか足止めされるかするだろう。
上空に現れたのはF-35Bだけではない。
F-15SEX-Jにエスコートされた輸送機の群れが、大挙して押し寄せた。
まずは陽動の観光庁国際観光部・海外邦人救援課経空師団と、環境省環境保全隊・第1空挺団が古城とは反対側の郊外に空挺強襲を仕掛ける。そうして敵を惹きつけておいて、次に本命の環境省環境保全隊・特殊作戦群はティルトローター機V-22“ミサゴ”が、孤立する代表団へ向かう算段となっていた。
「敵襲――!」
一方のシルシャン周辺の野戦部隊はすぐさま即応したが、彼らは古城に向かうのではなく陽動の空挺部隊に食らいついた。
それもそのはず。
実はカーブリヌ=ワンと日本側代表団との外交交渉については水上部隊の一部と、警備に必要な一握りの地上部隊にしか知らされていなかった。
故に悠々、特殊作戦群を乗せたV-22“ミサゴ”は、代表団の待つ古城上空に達することが出来た。
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次回の更新は3月11日(木)を予定しております。
しかしこいついっつも時事ネタ入れてんな……




