■81.そして、最終戦争へ!(後)
面倒なことになった、と環境省野生生物課長の鬼威は思う。
旧アメリカ海軍を中心とする国際連合軍(自称)が、アメリカ町内会を通して主権を要求するとともに、他勢力もまた日本政府に対して声を上げ始めたのである。
ゾゾシティ人民共和国や北きのこおよび南たけのこ連合王国、イオソ・ジャコス連邦、東電国、「天皇陛下お救いください!このままでは70億総餓死です!」共和国といった国々は、自国命名権復活と国連分担金の減額を要求。
またソフトシステム・ガンマー自治区のような自治組織もまた、これ幸いと自治権の拡大を求めた。
……世界最強の軍隊“アメリカ軍”という虚像に対する信仰は、未だ根強いらしい。
「総武省内の動きはいかがですか」
総武省国際戦略局国際武力課長の木目綾子は、「いまのところは」と前置きした時点で核攻撃に向けた動きはみられない、と鬼威に対して語った。
「とはいえ有象無象に調子づかせているあたり、座視はしていられないというところですねえ」
「外務省が交渉にあたることになるでしょうか」
「自称・国際連合軍関係者はアメリカ町内会を通しての話し合い、を望んでいるみたいですねえ……当然、日本国外務省関係者と会うのは断固拒否ってところ」
木目の言に、ああ私でもそうするだろうな、と鬼威は小声で呟いた。
「とりあえず総武省国際戦略局は内閣を動かして、アメリカ町内会をアベノ核ス支給の対象とするか検討することと、アメリカ町内会の命名権の競売で、アメリカ町内会ひいては自称・国際連合軍を牽制するつもりらしいです」
が、木目も鬼威もアベノ核スと命名権の競売が牽制になるのかは疑問に思う。
アベノ核スはその対象となった地域のポストがある一世帯につき、戦術核2発を無差別的に“支給”する政策だ。
しかしながらその程度の脅迫は、自称・国際連合軍も予想済みであるはず。
(おそらく、戦争になるだろう――)
それが鬼威、木目、そして日本政府関係者の共通見解。となれば次なる戦争も勝利するほかはなく――そのために課題となるのは、各省庁が有する武力の統合運用である。
(統合任務部隊を編成するほかないか)
と、鬼威らが考えていると新たな報告が上がってきた。
「人民革命国連邦のカーブリヌ=ワンが、日本国外務省と停戦・講和に向けた話し合いの場を設けたい、とのこと」
◇◆◇
「勝ち目はある」と、航空母艦『ハリー・S・トルーマン』に座乗する旧アメリカ合衆国海軍大将、ウィリアム・ペリーは周囲に対して自信満々に語った。
演技ではなく、本当に勝算はある。
確かに日本国の軍事力は途方もないように見えるが、実際は無秩序な拡大を続けた奇形的総体に過ぎない。膨大な資金力と国力で誤魔化しているが、兵站の効率は最悪のはずだ。
一方でこちらは20年近くかけ、新大陸東海岸における軍事拠点の整備と、戦力配置を計画的に進めてきた。
旧大陸の人民革命国連邦への工業投資は無駄になってしまったのが惜しいが、これはやむをえない。
さらに旧中国人民解放軍海軍や旧フランス海軍の残存艦艇の合流により、“使い捨て”に出来る手駒も増えている。
懸念があるとすれば日本側の全面核攻撃であるが、ペリー海軍大将はそれはないと踏んでいた。日本国自衛隊による無秩序なNBC兵器の使用が不可逆的な荒廃をもたらしたことを、彼らは反省しているはずである。
原子力潜水艦を恐れるあまりに濫用した核爆雷、核魚雷。質・量の差を覆すために実戦使用した核弾頭装備型・空域制圧用空対空誘導弾の数々。そしてNBC兵器の応酬により、遺伝子レベルでダメージを負った多くの日本国民。
汚染と悲劇を、この異世界で繰り返すほど狂っているとは……思いたくなかった。
安易に先制核攻撃へ踏み切らせないように、こちらもSLBMを備えたオハイオ級原子力潜水艦を常時1隻以上、即時の核攻撃が可能な状態でパトロールさせている旨、アメリカ自治連邦(現・アメリカ町内会)を通して日本側に通達している。
いちいちアメリカ自治連邦(現・アメリカ町内会)を通してメッセージを発したり、交渉を求めたりするのには時間がかかるが、それで構わない。
交渉が長引けば長引くほど、地球でも変化が起こるはず。暴力による抑圧が恒常的な平和をもたらすことはない。無際限のレジスタンスを生み出す。生み出し続ける。面従腹背の世界各国は黙ってやられていくことはない、というのが彼の持論であった。
……それは実際のところ、あまりにも甘すぎる見通しである。
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次回更新は3/3(水)を予定しております。




