■8.破竹の進撃(後)――珍料理、異世界ハンバーグ!
装甲ゴーレムとは数年前にこの世に産み落とされた比較的新しい種の兵器である。その名の通り、錬成の際に装甲が施されたゴーレムであり、小銃弾程度であれば容易に弾いてしまい、機動力も時速20kmを超えるため、陸戦の花形となりつつあった。
従来、戦場において最も衝撃力を発揮する兵種と言えば騎兵であったが、装甲ゴーレムは速度で劣るものの、騎兵に代わる重衝撃力になろうとしている。強力な騎エルフ隊を揃えることを伝統とする加工利用派の貴族たちも、騎エルフ隊を廃して装甲ゴーレムを導入しようかと考えるほどであるから、その性能は本物だ。
その装甲ゴーレムの防御力は、10式戦車E型が放った鋼鉄の散弾に耐えた。その背後、装甲ゴーレムを操る術者も無事である。
「ぶっ潰せッ」
哀れな生き残りの兵士たちは、装甲ゴーレムに賭けた。北方戦線から退役した中古品ではあったが、体高は9メートル近い大型機である。その威容が両腕を振りかぶりながら加速し、野戦砲を備えた敵車輛へ向かっていく。
その様を見ていた異世界人の誰もが勝った、と思ったことだろう。
「撃て」
その淡い期待は、3秒で霧散した。
10式戦車E型の44口径120mm戦車砲が放った戦矢は、真っ直ぐに装甲ゴーレムの胸部を貫徹。それでもなお2、3歩進んだところを、もう1輌が発射した凶弾に腰部を砕かれた。
「あ」
と、誰かが呻く。
装甲ゴーレムは腰部からくの字に曲がったと思うと、切断された上半身が前方へこぼれた。
「初弾、命中……」
彼らは呆然とした。
それが彼らの人生――否、猿生最期の感情・行動となった。
次の瞬間には60mm迫撃砲と120mmキャニスター弾が、彼らを感情なき挽肉に換えていった。野生動物や昆虫のための簡単・高栄養価ハンバーグの完成である。その一部を踏み潰して、10式戦車の1個小隊は前進を続けた。環境省は巧遅よりも、拙速を是とする。OODAループだ。前面に有力な敵はおらず、側面を脅かすような敵も存在しない。ならば突き進むのみ、である。
◇◆◇
「敵の動きはどうか」
前哨戦で味方が散々にやられたことなど知らないフォークラント=ローエンは余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)、周囲に問うた。
「敵地上軍はハゼ港湾北方の浜辺へ上陸。その西側で装甲ゴーレムと散兵を擁するハラマ傭兵団と交戦中です。報告によれば、敵散兵を制圧したということ。擲弾兵の奇襲で、車輛も撃破したそうです」
よし、とフォークラントは破顔一笑すると、そのまま昼食の準備を命じた。
高級貴族である彼は前線に程近い野戦軍司令部においても、美食を欠かさない。
遅めの昼食、そのメインディッシュは肉料理。セイタカ・チョウジュ・ザルのハンバーグである。新鮮な肉を供するため、ハンバーグとなるセイタカ・チョウジュ・ザルは、昼食準備の際にそこではじめて殺害されて、食肉に加工されるのが習わしだ。
「ほら、出ろ」
フォークラントの宿舎から離れた粗末な掘っ立て小屋より、1匹のセイタカ・チョウジュ・ザルが引き出されていた。淡い緑色の髪と、鮮やかなエメラルドグリーンの瞳。が、その瞳はもう何も映していない。絶望に糊塗された現実を拒絶することしか、もう彼女――シンシルリアには出来なかったからだ。
(殺されちゃうんだ……)
もはや涙さえ、枯れている。ぴんと張っていた片耳は潰され、二の腕には紙巻タバコを押しつけられた無数の痕が残っていた。殺されて、食肉になる。周囲の人間から何度も教えられた“終わり”が近づこうとしていた。
裸足のまま、歩かされていく。
「よかったな、もう苦しまずにすむぜ。失血死だ。そのあとミンチになってハンバーグになる」
足枷のせいで速く歩けないシンシルリアを、管理役の男は最後まで嘲った。
「最後に、何か言いたいことはあるかァ?」
その問いに、シンシルリアは答えられない。
答えられなかった。最期。何匹ものセイタカ・チョウジュ・ザルが迎えてきた最期、ありふれた最期を迎えようとしている。
故に、シンシルリアは、ありふれたフレーズを口にしようとした。
「私は、私たちは、サルじゃ――」
その代わりに、天地が吼えた。
「え?」
シンシルリアは最初こそ幻聴、幻覚かと思ったが、そうではなかった。現実である。晴天にもかかわらず、雷鳴を思わせる轟音が響き渡り、そして地が震える。遥か遠方に、黒煙と火球が生まれるのを彼女は目視した。
(こんなことが出来るのは、神様しかいない)
神の怒り、鉄槌が下ったのだ。
そう思って棒立ちのまま呆けていると雑木林を踏破した“神”が、目の前に飛び出してきた。
森の緑と、土の茶を纏った鋼鉄――そして生命を守り、奪う力を纏うその“神”は、シンシルリアを避けて駆け、連続で火を噴いた。蹂躙。
その瞬間、彼女は確信した。
(この世界には、エルフよりも、人間よりも、強い“神”がいる)
◇◆◇
「敵の攻撃です!」
「敵の地上軍か、どこに仕掛けてきた!?」
「ここです!」
「は?」
他方、フォークラントもまた呆けていた。
この会話から間もなく、無停止前進を続けてきた環境保全隊の機械化部隊が、無人機の航空偵察で発見した野戦軍司令部を強襲した。10式戦車EARTH-V(Extra Armor/arms・Reuse Tank Highgrade-Version)の1個中隊と、それを支援するナナヨン・モンスターの大群。鋼鉄の奔流、火力の暴虐が、生命を奪い、助けていく。
「早すぎるだろうがァ!」
フォークラントは血相を変えて怒鳴った。
「敵の先遣はハラマ傭兵団と戦闘中だったはずだろう!? それがなんで!?」
獣じみた叫びが、砲声に掻き消された。周囲はとにかくフォークラントを引きずって、軍司令部を出た。自身の生命のためにも、ここは逃げなくてはならないというわけである。一部の傭兵らは、敵を撃退するために反撃の指揮を執り始めた。
だが、反撃?
鉄板に卵をぶつけるがごとき愚行を、反撃というのであればそうであろう。
実際にはみなことごとく挽肉になるために出て行ったようなものだった。
「希少動物は撃つなよ」
「了」
イスラエル軍のナグマホン歩兵戦闘車を範としたナナヨン・モンスター(公式愛称)は、砲塔に備えられた4丁の機関銃で歯向かう敵兵を射殺していく。74式戦車の車体に八角形の機関銃砲塔を搭載したこの歩兵戦闘車に、異世界の銃兵らは手も足も出ない。
頼みの綱の装甲ゴーレムも、10式戦車E型による行進間射撃で起動前に撃破されていった。
「お前らの主力はまだ海岸にいるはずだろうが! なんなんだ!? なんなのだよ!」
後に残ったのは、フォークラント=ローエンを始めとするごくひとにぎりのバルバコア・インペリアル・ヒトモドキと、殺害を免れた一部のセイタカ・チョウジュ・ザルである。そして、この期に及んでもフォークラントは、目の前に環境省環境保全隊の機械化部隊が存在することを認めようとはしなかった。どうやら彼は、バルバコア・インペリアル・ヒトモドキの中でも、知能面で相当劣る個体だったのかもしれない。