■77.塩素ガスの河を渡って!
人民革命国連邦軍・親衛軍集団司令部の参謀らは、焦燥を隠せない。
軍集団規模の攻勢作戦。膨大な物資と人員を投入したにもかかわらず、前線は微動だにしない。
陣地を巡る一進一退の攻防――ですらない。
日本側にかすり傷さえつけられず、前線部隊は損害だけをただただ積み重ね、瞬く間に消耗していく。全滅という表現さえ生ぬるい。司令部・本部が航空攻撃、あるいは榴弾の直撃を受け、手足にあたる最前線の兵卒が皆殺しとなる。こうして“蒸発”してしまう前線部隊さえ現れた。
だがしかし、いまさら攻撃を中止することは出来ぬ。
故に親衛軍集団司令部のスタッフらは、風向きを確認した。
……幸か不幸か、北東の風である。
「状況ガス」
最前線にて近接航空支援にあたる攻撃機の操縦士らは、眼下に濃霧を見た。
懸念していた人民革命国連邦軍による化学兵器の大規模使用――。
だが、彼らは特に動揺しなかった。地上の環境省環境保全隊の隊員も同様だ。
化学兵器で汚染された戦場や、放射性降下物が降りしきる戦場など、慣れている。
そんなことも露知らず、親衛軍集団司令部の参謀らは勿論のこと、前線部隊の幹部らもこれで人心地をつけた。
「これで突破が可能になるほどの被害を相手に与えられるとは思わない。が、敵の動きは相当鈍るはず」
「敵もこの塩素ガスの中を突っ切ってくることはあるまい。逆襲を受けての壊乱という最悪のシナリオは避けられそうだ」
……というわけである。
これがあまりにも浅はかな思考であることは、すぐに証明された。
塩素ガスの大規模使用から間を置かず、戦線は瓦解する。
死の濃霧を掻き分ける先陣を切ったのは、国土交通省緊急災害派遣隊の61式戦車改。その砲塔上面には、巨大な箱状の物体が備えられている。シャーマン・カリオペならぬ、ロクイチ・カリオペ。遠隔操作方式の60連装ロケット砲を積んだこの怪物は、目に見える範囲にある障害物や敵陣地目掛け、127mmロケット弾を連射する。
立ち上がる土砂と炎の壁。
そしてその激烈な制圧射撃の下を往くは、機動打撃と容赦ない殺戮を得意とする環境省環境保全隊第7師団である。現・第7師団長の要望事項は「蹂躙」。日本国の誇る最強の戦車部隊は、一挙に敵陣を引き裂いた。
攻撃の最先鋒に立つは、骸骨騎士が跨った白馬を砲塔に描き入れた第72戦車連隊の90式戦車――その砲塔や車体には次々と敵弾が殺到し、火花が散る。
が、重量約50トンの怪物はその敵弾の全てを砕き、あるいは弾き飛ばした。
そして小賢しい射撃を跳ね返す雄叫びを、彼の120mm戦車砲が発する。
「駄目だ、勝負にならんっ」
戦車壕に車体を隠す新型機械戦車の砲塔が天高く吹き飛んだのを皮切りに、突進する鋼鉄の槍騎兵へ勇敢にも立ち塞がった機械戦車や火砲が、次々と消し飛ばされていく。
4本の白線がマーキングされた長大なる鉄槍は、容易に敵の護りを穿ち貫く。
環境省環境保全隊の逆襲を受け止めんとする人民革命国連邦軍前線部隊が90式戦車を撃破するには、砲兵部隊の射撃か、歩兵による肉薄攻撃しかあるまい。前者は日本側の対砲兵射撃のためにほとんど封じられている。となれば、後者しかない。
が、それもかなわない。
90式戦車に続くナナヨン・モンスターが、4丁の機関銃を巡らせる。
イスラエル製ナグマホン歩兵戦闘車を範として、74式戦車の砲塔を遠隔操作可能な機関銃塔としたこの重装甲歩兵戦闘車は、機関銃弾の瀑布を生み出して肉薄攻撃を寄せ付けない。
粉砕される人民革命国連邦軍前線部隊の抵抗。
そして10式戦車EARTH-Vから成る第71戦車連隊が現れた。
◇◆◇
「何がどうなっている?」
深夜――。
人民革命国連邦軍・親衛軍集団司令部は、深い戦場の霧の中にいた。
情報収集手段が絶たれている。
激烈なる砲爆撃によって有線は断裂、敵の電子妨害によって無線通信は不通。前線司令部からの伝令は来ない。ならば、とこちらから放った偵察部隊や伝令は、道すがら敵攻撃機に吹き飛ばされた。
彼らが把握している逆襲の敵戦車部隊の位置は、数時間以上も前のものである。それも正確かはわからない。だいたいこのあたりにいるだろう、という推測が多分に含まれている。
「敵戦車部隊の前進速度は異様です。おかしい。前線の連中はパニックに陥っているのでは」
「存在しないものを見ている、というわけか」
「味方の機械戦車部隊を誤認しているとしか思えません。特に長砲身の新型機械戦車は見慣れていない将兵が多いでしょうしね」
事実そうならばいいのだが、現実は非情だ。
環境省環境保全隊第7師団がぶち開けた風穴は見る見る間に広がり、防護服と装甲を纏った機械化部隊がそこに続々殺到していた。
対する人民革命国連邦軍の戦闘部隊は、陣地に籠もって徹底抗戦するしかない。出て行けば横殴りの鉄火に身を晒すことになる。故に彼らは分断され、陣地ごとに孤立し、そのまま扼殺されていく。
その苦境は、人民革命国連邦軍・親衛軍集団司令部にまで伝わらない。
一方で親衛軍集団司令部は焦って無線電波を飛ばし続ける。
それがよくなかった。
(恨みっこなしだ――)
その上空に8機の護衛機を引き連れてC-2輸送機が至る。
高度約1万メートル。C-2輸送機は後部の貨物扉を開き、中の積荷をパレットごと落下させた。
◇◆◇
次回、■78.MOABはもー危ない!w の投稿は2/17(水)を予定しております。
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