■71.各省庁の思惑はそれぞれあれど……!
ただ日本側もただ実験動物たちを甚振って遊んでいるだけではない。
MQ-47Cがイリーシャ戦闘機隊に突入し、激しい格闘戦を繰り広げることで敵の耳目を集めて敵機を拘束している間に、環境省の無人環境監視機ファイティング・アイビスが続々と越境する。
……実際のところ人民革命国連邦軍にとって、航空機を出撃させたことは悪手でしかない。
イリーシャ戦闘機隊が飛び立ったことで、E-767早期警戒管制機をはじめとした防空システムを擁する日本側は、人民革命国連邦軍の前線航空基地の所在を容易に割り出すことが出来た。
続く一手は、当然ながら航空撃滅戦。
「イリーシャ戦闘機隊は、そろそろ帰ってくる頃合いだな」
などと呑気に構えている前線基地連中の頭上に覆い被さったのは、F-15SEX-Jの黒翼である。
以前、スカー=ハディット辺境吸血伯領のエルフ・キマイラ飼養施設を焼いたのと同様のクラスター爆弾が、200発を超える子弾をばら撒いた。
管制塔も、滑走路も、駐機場も、駐機している戦闘機も、その周囲に居合わせた関係者も土煙に包まれ、その土煙と無数の破裂音が過ぎ去った後には、ズタズタに引き裂かれた残骸と死骸の山しか残らない。
奇しくも環境省環境保全隊の狙いは、人民革命国連邦軍のそれとよく似ていた。
敵戦闘機隊を空中で、滑走路上で、駐機場で、格納庫で完膚なきまでに叩きのめす。
そうすることで後続が、憂いなく仕事をこなすことが出来るというわけだ。
(来たな、オバケが)
20発のクラスター爆弾を投下して帰還するF-15SEX-Jのパイロットは、すれ違う巨影を視認した。
滑らかな機体。
数機のF-22A戦闘機を護衛に引き連れた総武省のB-1Bは、80発を超える500ポンド通常爆弾を腹に収めている。目的は勿論、人民革命国連邦軍の前線航空基地を焼き尽くし、荒地に変えるためだ。
◇◆◇
「カウンターはうまくいきましたね」
日本国環境省環境保全隊・海洋保全執行艦隊の執行艦『かが』司令部区画に設けられた統合司令部では、環境省野生生物課長の鬼威をはじめ、多くの関係省庁幹部が報告を聞いていた。
当然ながら、総武省国際戦略局国際武力課の関係者もこの場にはいる。
柔和な笑みを湛える国際武力課長の木目綾子は、背もたれに体重を預けた。
「いやあ、ニンジンどもも大したことはありませんね。このまま工業地帯や人口密集地? も焼いちゃいますね~」
「総武省の戦略爆撃機の参加により、駆除作業が円滑に進みそうで助かります」
表情を変えないまま、人民革命国連邦・旧石器時代化宣言をした木目に対して、鬼威は軽く頭を下げた。
鬼威は木目のプロフィールをよく知っている。
彼女は旧防衛省出身の官僚であり、総武省の中では異端に近い無派閥の人間だ。
環境省の施策に積極的に協力する人物ではないが、政府の決定に基づいた行動と、日本国の国益が最大になるように動ける自制的な人物である。
この人事には日本政府・政権与党・野党連合の意向が大きい。
彼女の上司となる総武省国際戦略局の局長を務めるのは、能力と人脈の上で申し分のない男、旧・航空自衛隊幕僚長の最上俊輔だが、一方で“世界を焼いた男”でもある。
木目が期待されているのは、彼が暴走した際のストッパーとしての役割だった。
「しかし、このままあっさり、ではつまらない」
そこに口を挟んだのは、文科省の関係者である。
今回、文部科学省は実戦データを取るために、複数の試作兵器を持ち込んでいた。
艦載型レールガン、航空機搭載型レーザー、光学迷彩、140mm戦車砲……。
総武省の空爆だけで片がついてしまうと、面白くないのである。
この文科省関係者の言にうんうんと頷いたのは、NHK異世界総局・受信設備普及旅団の幹部だ。
ここにはいないが、『かが』艦内に同乗している民放の関係者の心情も代弁している。
彼ら報道関係者は遠慮して主張を避けているものの、空爆映像など視聴者は見慣れているからつまらないと思っているのだ。
民間軍事企業とともに乗り込み、企画を練っているテレビ局も少なくない。
「超ド級戦艦に対艦ミサイルを撃ちこむと、■■発で沈む」
「緊急SOS!異世界の森全部枯らす大作戦」
「動物観察バラエティ モニターリング」
駆除活動が早々に終わるに越したことはないと考えている環境省としてはいい迷惑だが、それをおくびにも出さず、鬼威はにこやかに頷いた。
「まあ、このまま空爆だけで、とはいきませんよ。広大な領域に跨る勢力を屈服させるには、必ず地上部隊の投入が必要になります」
◇◆◇
次回更新は1月28日(木)となります。




