■70.あたるな!かわせ!わくわく!どうぶつじっけん!(文部科学省・無人航空機開発機構全面協力)
春の訪れとともに、人民革命国連邦軍は蠢動した。
彼らの大攻勢、その第一撃は未曾有の規模による航空攻撃だ。
その目的は、エクラマ共和国・旧バルバコア帝国領内に集結する敵地上軍を叩きのめし、その後背にある物資集積所やインフラを破壊することにある。
人民革命国連邦軍の高官らは、この航空作戦に大きな期待を寄せていた。春から夏にかけての一大攻勢、その成否を左右すると言っても過言ではない。そう考える者も少なくなかった。
故に彼らは最新鋭戦闘機を可能な限り、この方面に配備していた。
その名は、イリーシャ。
7mm級多銃身高速連発銃2門を備える単葉機であり、従来機よりも機動性では劣るが、その一方で遥かに優速。この高速を利用した一撃離脱戦法で、旧バルバコア帝国直轄軍の高速航空騎兵を圧倒することを期待して、開発・製造された機体である。
また使い勝手もいい。制空戦闘のみならず、航空爆弾2発を装備可能であるため、地上部隊の航空支援でも活躍する。
この一見すると胴が短い寸詰まり、見てくれの悪いイリーシャ戦闘機は緒戦で約1000機が最前線に投入された。
加えて新開発の双発爆撃機や、偵察・爆撃任務に供される飛行船なども含めれば、2000機近い航空機がこの航空作戦に参加することになっていた。
泥濘の海を眼下に舞い上がる戦闘機隊。
未だ日本国環境省環境保全隊との航空戦を経験していない彼らだが、油断はしていない。
最先鋒は324機から成る戦爆連合だ。
爆装したイリーシャ戦闘機の上空を、増槽を備えた護衛役の同機が往く。
これならば敵方の高速航空騎兵や、それに準ずる性能の航空戦力が爆装機に食らいついたとしても、高空に控える護衛のイリーシャ戦闘機が急降下して反撃出来る。
最悪の場合は爆装機も爆弾を投棄し、敵航空戦力と交戦してもよいということになっていた。
「おそらく敵方は航空戦力を出して迎撃を試みるでしょうが……」
「問題はないな。このイリーシャ戦闘機隊の活躍により、我が方は制空権を完全に掌握する」
「地上の敵機を撃破して回る航空撃滅戦の手間が省けて、ちょうどいいくらいだ」
人民革命国連邦軍の高級参謀らは、必勝を確信していたと言ってもいい。
だがしかし彼らは、“高速航空騎兵や、それに準ずる性能の航空戦力”に対する備えは万全で、油断こそしていなかったが、致命的なまでに想像力が欠けていた。
つまり高速航空騎兵を上回る性能の航空戦力の登場など考えてもみなかった。
その上、彼らには戦闘機を撃墜可能な地対空兵器という概念がない。
(暖かくなると虫が湧き始めるのと一緒だな)
日本国環境省環境保全隊が有するE-767早期警戒管制機のクルーはそう思った。
当然ながら人民革命国連邦軍の戦爆連合の動向は、E-767早期警戒管制機や地上の対空レーダーによって、日本側にすべて筒抜けになっている。
結果、イリーシャ戦闘機を標的機に見立てた“演習”――否、“実験”が始まった。
「こりゃ、わくわく理科実験教室だな……」
最前線の航空基地に偶然ながら視察に訪れていた鳥獣保護管理室長の藍前は、珍しいものを見た、と表情をほころばせた。
迎撃のために緊急発進したのは、扁平異形の戦闘機である。
四辺形の胴体に剣状の主翼。一見すると非武装に見えるが、実際には機体下部のウェポンベイに空対空誘導弾を隠している。
そしてこの純白の機体には、どこにも操縦席が存在しない。
この機体の名は、MQ-47C。
かつてのアメリカ合衆国にて“X-47”と呼称された無人戦闘攻撃機であり、いまは文部科学省の所管である無人航空機開発機構・無人飛行実験隊が開発・運用している次世代機だ。
異界の空に舞い上がるとともに、自律飛行で編隊を組んだ24機のMQ-47Cは、無人機を統括するためにセンサー類を強化したF-35A――RF-35A有人機6機のコントロール下に入り、北へ向かう。
対するイリーシャ戦闘機隊は、人民革命国連邦の領域から出ていない。
「敵・機・来・た・る」
最前線に設けられた人民革命国連邦軍の対空哨所は、発光信号ですぐさま後方へ急を報せたが、どうにもならない。
躊躇することなく敵地上空へ侵入したMQ-47Cは、ウェポンベイを開くと4発のアクティブ・ホーミング・ミサイルを空中へ解き放った。
性能は無人標的機ファイヤー・ビー未満であるイリーシャ“有人標的機”の運命は、悲惨の一言に尽きる。
まず最先頭を往く編隊長らが尽く、空中爆散の憂き目に遭った。
彼らにレーダー波を感知する警戒装置がない以上、迫る高速飛翔体に気づかない者もいるほどである。
よしんば気づけたとしても、肉眼で超音速の黒点を認めた次の瞬間には、もはや回避不可能の間合いだ。
「何が起きているッ!?」
空対空誘導弾96発による攻撃の標的とならなかった者は、文字通り運がいい。
だが核心者のみから成る戦闘機パイロットらは、なまじ思考力があるばかりに混乱の極致にあった。
爆装機は眼下が自国領であるにもかかわらず、下の状況を確認することもなく爆弾を投棄。
恐怖に駆られた護衛機隊は、雲間や青空の中に幻の黒点を見つけ出すと、バラバラに回避機動をとり、一方でミサイルによる攻撃の瞬間を目撃しなかった一部の操縦士らは、編隊の密集により事故が発生したと思い込み、状況がよく呑み込めていなかった。
(さて、ここからが面白いぞ――)
動物実験をモニターしているE-767早期警戒管制機のクルーや、RF-35Aのパイロットらからすると、ここまでは結果が分かりきっている退屈な序幕に過ぎない。
二次大戦の時代めいた戦闘機にミサイルを撃てば、だいたい当たるに決まっているからだ。
注目すべきは、この“後”――空対空誘導弾を撃ち尽くした24機の無人機と、優秀であろう有人機の格闘戦である。
本来ならば反転して帰投するべきMQ-47Cは、そのまま亜音速で混乱するイリーシャ戦闘機隊の真っ只中で突っ込んでいった。
機体上面の外装が展開し、格納されている20mmバルカン砲が露わになる。
対するイリーシャ戦闘機を駆る操縦士らはようやく敵影を認め、これに躍りかかった。
「迎撃機のお出ましだッ」
200機以上の航空機が入り乱れる狭い空域。
故にRF-35Aが攻撃命令を逐一出すのは現実的ではない。
いまMQ-47Cは敵味方識別装置の応答と無数のセンサー類、そして格闘戦を幾度もシミュレートしてきた人工知能によって、自律的に回避と攻撃を実施していた。
「速い――!」
イリーシャ戦闘機の御者らは、すぐに敗北を認めるに至った。
MQ-47Cの速度はイリーシャ戦闘機の倍に近い。
加えて“早く”もあった。攻撃するか、回避するか、いかなる機動を取るかの判断が早い。早い上に彼らの判断は、それまでのラーニングによって恐ろしいまでに最善である。
核心者達が勝つには複数機で連携し、予測は可能だが回避は不可能となるような射撃を浴びせるほかない。
だが、彼らが苦心してMQ-47Cを撃墜出来たとしても、その主である文部科学省・無人航空機開発機構は何の心痛も覚えないであろう。
人命が損なわれるわけでもないし、予算は無限につく。
奮闘するイリーシャ戦闘機のパイロットらの努力は、報われない。
傍目から見れば、実験動物の足掻きに過ぎなかった。
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今回のお話では環境省が活躍することなく、申し訳ないです。
次の更新は1月25日(月)を予定しております。




