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■64. 激突!魔王ゼルブレスLv.99 vs 勇者でも魔法使いでもない普通の日本人!

 戦果確認が困難であることが環境省環境保全隊の中で問題となる一方、地中貫通爆弾による集中爆撃を受けた地下要塞は悲惨であった。

 ものの数分で地下要塞は、集団墓所と化した。魔王軍の兵員を収容するこの一大拠点は、そのまま万単位のひつぎへ相成ったのである。

 まず第一撃のGBU-28地中貫通爆弾8発は一瞬で表土を掻き分け、第1階層の上部外郭をぶち破った。

 このとき降り注ぐ大量の土砂と崩壊した天井部によって、即死した者は幸いかもしれない。

 GBU-28の弾頭は第1階層の床に接触するとともに、設定通りに炸裂した。爆風の逃げ場がない閉所における爆発物の威力は、地上の比ではない。第1階層を駆け抜ける爆風は居住区を蹂躙した。隔壁も、魔人も、衝撃波と爆炎と鋼鉄の破片と砂煙から成る暴力の塊によって吹き飛ばされ、あるいは呑み込まれた。


「魔術の暴発か!?」


 この時、無事だった者達はこれが環境保全隊の攻撃であるとは、誰も思わなかった。当たり前だ。この地下要塞自体にダメージを与えられる兵器など、地上に存在するはずがない。

 が、環境省環境保全隊の地中貫通爆弾による爆撃は、まだ続く。

 第一撃の時点で、一部のGBU-28は第1階層の床面・第2階層の天井を突き崩していた。GBU-28に充填されている約300kgの高性能爆薬トリトナルが至近距離でもたらす衝撃に、第2階層の天井が耐えられなかったのである。


 そこに第二撃、GBU-28地中貫通爆弾16発による攻撃が敢行された。

 内8発は第2階層以降により深刻なダメージを与えるべく、第一撃の着弾地点へ誘導され、残る8発は第一撃とは別のポイントへ投弾された。これによって第2階層天井の崩落は加速。一部の弾頭は第2階層にて炸裂し、第3階層にまで被害をもたらした。


 そして第三撃。

 国産大型貫通爆弾2発が、地下要塞に向けて投下された。

 約9トンを誇る巨体は一挙に地表から第5層までを食い破り、そこで劫火ごうかを解き放った。オリジナルのGBU-57は2トン強の炸薬を有しているが、この国産大型貫通爆弾も2トンに届こうかという炸薬量を誇る。

 そこから発生した爆風と火焔は地下要塞の中に充満し、数多くの魔人を荼毘だびに付した。

 前述の通り、閉所では爆発に伴う衝撃波や火焔は、逃げていく場所がない。しかも地中貫通爆弾の連続爆発と、この国産大型貫通爆弾が生み出した火災と煤煙ばいえんにより、低レベルの魔人や魔物らは苦しみながら、次々と窒息死していく。


(な、なぜ――)


 煙に巻かれながら己の運命を呪う魔人もいたが、自業自得である。復活後に地方都市エイデルハルンの市民を皆殺しにして、封印前には地上で虐殺の限りを尽くした悪鬼どもが惨たらしく死んでいくのは、正しき道理だ。

 地下要塞の一部では、溺死者まで現れた。

 大型貫通爆弾の片割れが地下外郭を破砕した折、水脈まで傷つけたのである。


 そして第四次攻撃。

 日本側が5分で決めた3発目、4発目の国産大型貫通爆弾は、逆ピラミッド型の地下要塞を完全に貫徹するに飽き足らず、その構造全体を崩壊せしめた。

 こうして完成したのは、土葬・火葬・水葬が高度にコラボレーションした前衛的異世界大集団墓地。

 僅かに生き残った者もいるだろうが、彼らは大量の土砂によって二度と地上に這い出すことは出来ないだろう。

 環境省は再びの封印に成功したというわけである。

 もっとも魔術的封印ではなく、物理的封印ではあるが。


◇◆◇


 こうして地下要塞が崩壊した瞬間、魔王ゼルブレスは太陽の下にいた。

 転移装置エレベーターを使って地上へ現れた彼は、特に何の感情も抱かないまま、滞空する観測ヘリを眺めた。遠方に待機する環境省環境保全隊の機械化部隊へ、眼球のない眼窩がんかを向ける。それから彼は、首を傾げた。

 勇者がいない。

 地下城塞が攻撃を受けていることを察知した彼は、僅かな期待とともに地上に姿を現した。

 にもかかわらず、自身が知覚し得る範囲に勇者の気配はない。


「まさか」


 魔王ゼルブレスは、周囲の空気を震わせた。


「貴様らヒトは、ただのヒトでいながら、人類勇者の域に達しようというのか」


 はかなく溶ける粉雪が如き愉悦と、1秒後には残らない驚愕を覚える。

 が、彼はただ淡々と周囲の人間を皆殺しにするべく、魔術を完成させた。

 魔王を倒すことが出来るのは勇者のみ。どんなに地上の生命体が戦術を研鑽し、戦技を磨いたところで、魔のいただきを超えることは出来ない。


「【魔王領域テラー・フィールド】Lv.10」


 一瞬にして世界のことわりが、書き換えられる。

 人々が持つ魔王に対する恐怖、畏怖が掻き集められ、そしてその負の感情はそのまま魔王ゼルブレスに流れこむ。

 つまり魔王という概念に対する恐怖――より詳しく説明するなら人々が抱いている想念が、そのままゼルブレスの力を左右するのである。

 封印前はこの【魔王領域テラー・フィールド】のために、彼は事実上無敵であった。

 なにせ魔王の軍勢を率い、あらゆる魔術を修めた怪物を恐れない人間などいないのだから。

 そして【魔王領域テラー・フィールド】で集積した力を、【魔力分裂アトミック・ファイア】として解き放つのが彼が得手とする戦術である。


「……?」


 ところが、魔王ゼルブレスは即座に違和感を覚えた。

 おかしい。魔力がみなぎるどころか、“抜けていく”感覚。

 久しぶりに覚える、戸惑いという感情。


 この時、魔王ゼルブレスは自身に起きていることがよく分かっていなかった。


 ……。


 さて。日本人にとって“魔王”とはどんな存在だろうか。

 はっきり言えば、


「必ず打ち倒されるもの」

「表ボス(真に強い裏ボスや黒幕はほかにいる)」

「攫った姫が城で爆睡している」

「破壊神を呼び出したはいいが力を使い尽くして勇者に簀巻きにされている」

「地球でバイトして生計を立てている」

「めちゃくちゃ回りくどい作戦を立てる上にあまりうまくいっていない」

「勇者と一緒に新しい世界づくりに邁進する」

「くしゃみとともに召喚される」

「緑色の肌をしていて、後にメインキャラとして味方になる」

「メラゾーマではない……メラだ……」

「おっぱいが苦手」


 と、多種多様であり「メラゾーマではない……メラだ……」の例のように強キャラもいるものの、国民的RPGの影響によって「普通に倒される存在」「というか普通に(プレイヤーとして)倒したことがある存在」というイメージが強い。

 それ以外にも“親しみやすい”魔王像が増加しつつある。

 つまり恐怖を集積するはずの【魔王領域テラー・フィールド】は、こうした想定外の認識を掻き集めるに至り、真逆の効果をもたらした。


「……!?」


 日本人のいいかげんな魔王像、概念、感情を吸収した魔王ゼルブレスは瞬く間に弱体化した。


「なんなのだ、お前たちは」


 環境省職員らが抱く魔王に対する感情や想念、記憶の断片が入り込むに至り、魔王ゼルブレスLv.99は愕然とした。


 あらゆる時間、あらゆる場所、あらゆる戦場で、魔王は討たれて敗死していく。


 人はもはや魔王という概念を恐れていない。



















――魔王(笑)。


















 次の瞬間、魔王ゼルブレスは自壊した。


 2秒とかかわず灰となり、風とともに霧散する。


 あまりにも拍子抜け、呆気ない幕切れであった。






◇◆◇


次回の更新は1月9日(土)を予定しております。

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