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60/95

■60.かちまけは、れべるじゃないんだなあ。たたかいだもの。

(な、なにがどうなっている……)


 御寧の背後に控えていたフォークラントは、正直言って事の運びについていけていない。

 スカイクラッド・ウィッチLv.81がなにがしかの魔術を行使した直後、御寧が突如として彼女の顔面に拳をめり込ませた上、八極拳めいた体当たりでその小柄の体躯を宙へ吹き飛ばし、みるみるに両者は殺意をみなぎらせた。このかん、わずか30秒前後の出来事だ。

 一帯の魔力が古代から蘇った怪物へ集まっていくのを、フォークラントは肌で感じた。


「御寧、くるッ――」


 フォークラントは短く叫ぶとともに、御寧は地を蹴った。

 同時にヴォーリズも跳躍する。地を舐めるように疾駆する御寧に対して、ヴォーリズは魔力噴射で高く飛び上がった。錐揉きりもみ回転しながら、必殺の斬撃を練る。狙いは空中でスカイクラッド・ウィッチの頭を斬り落とす、あるいは後方に着地し、御寧と挟撃を仕掛けることにある。

 が、御寧が少女の姿をした怪物の懐に潜り込む前に、ヴォーリズの凶刃が少女の姿をした魔物の頭部に達する前に、スカイクラッド・ウィッチLv.81は暴風を巻き上げた。


「【暴風ブラスト】をノータイムでッ!?」


 驚きの声を上げるフォークラントに対して、スカイクラッド・ウィッチLv.81は血の混じった唾を吐きながら笑った。


「【暴風ブラスト】ォ!? 違うよざーこ! 【エア】なんですけどぉ゛!」


 このかんも御寧は転がって受け身を取って次の攻防に備え、ヴォーリズは魔力噴射によって虚空で体勢を立て直しながら、身体をひねり――自らを鎌風かまかぜ放つ旋風つむじかぜに変えた。

 そこから放たれるのは、くうを裂き、地をえぐる風の斬撃。

 しかしながら、百戦錬磨の勇士が放った気剣体一致の一撃も、スカイクラッド・ウィッチLv.81の左手の一振りで消し飛ばされる。


「化物が……!」

「ざんね゛―ん゛でしたァ、クソザコざこ雑魚ざこざこザコォ!」


 ぎゃははははは、と上体を反らして爆笑する彼女の両腕がスパークした。

 攻撃魔術が完成しつつあることは誰の目から見ても明白であったが、着地したばかりのふたりは動けない。

 と、ここでフォークラントが動いた。

 反射的に前方へ駆け出すと、着地したヴォーリズの肩越しに両腕を伸ばす。


「死んじゃえ♥」


 連続する魔力と電気がぜる音。

 そのまま彼女の帯電した両腕が振るわれる。

 雷速の電撃の鞭が耳をつんざく轟音と共に御寧とヴォーリズに迫る――が、その雷撃は虚空で僅かに軌道を変えた。

 フォークラントが素早く生み出した半透明の防御スクリーンが砕け散る代わりに、彼女が放った必殺の雷撃は、地を舐め、見当外れの方向を叩き、街路樹を引き裂いて炭に変えた。


「【魔力障壁】――?」


 邪魔が入ったことを理解した怪物が激昂する前に、御寧とヴォーリズが動いた。

 両者、左右からの挟撃きょうげきを試みようというのである。

 しかしながら、スカイクラッド・ウィッチLv.81は慌てなかった。後方へ跳び退すさりながら無数の魔弾を完成させる。


「無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ゛! ざーんねーん♥ よわよわおじさんたちは、あたしに指一本触れることはできませーん♥」


 虚空から掃射される魔弾、魔弾、魔弾――。

 ところがふたりは恐れない。加えて彼女が放つ魔弾の雨は、彼らにかすり傷ひとつつけることができなかった。

 そのまま弾雨を掻いくぐった御寧が、右側面からスカイクラッド・ウィッチLv.81に殴りかかる――それを再び彼女は風圧を吹き飛ばし、さらに続けて左側面から大上段から斬りかかってきたヴォーリズ、その刃を魔力防壁で弾いた。

 少女然とした怪物は、攻防ともに圧倒的だ。

 だがしかし、彼女は苛立いらだった。おかしい。


「どぼぢでさっさと死なないんだぁあ゛あ゛あ゛!」


 おかしい。おかしいだろう。

 なぜ先程からこちらの攻撃が当たらない?

 どうして彼らは臆せずに向かってくるのだ?

 あたしはLv.81で、人間よりも遥かに優れた魔族で、強力な攻撃魔術を修めているのに!


「わかった」


 一方のヴォーリズは愛刀を手元に引き戻し、魔力を掻き集めて再度の剣戟けんげきを繰り出した。

 彼の今度の攻撃は、単一の刃によるものにあらず――敵の骨肉を引き裂く風の刃を纏った斬撃だ。物理刀身は再び華奢な怪物が生み出した魔力防壁に受け止められたが、刀身を巡る無数の風刃ふうじんは、その表面を一瞬で削り取った。


「な――」


 予想外の出来事に驚いたスカイクラッド・ウィッチLv.81は左手のみの防御から、ヴォーリズに顔を向け、続けて向き直ろうとした。

 この1、2秒の間、彼女の世界には、自分自身とヴォーリズしか存在しなかった。

 御寧の存在を、完全に失念していた。


「シィ――!」


 特殊な呼吸音を知覚した瞬間、スカイクラッド・ウィッチLv.81は再び強烈な衝撃とともに虚空を舞っていた。


「あ゛、が」


 御寧の回し蹴りが、彼女の側頭部を直撃したのである。

 地面に叩きつけられ、ゴロゴロと転がった惨めなLv.81の怪物は、かすかな悲鳴を洩らした。

 もはや思考さえおぼつかない。

 彼女は立ち上がろうと片膝立ちになったが、そのそばからコテンと横へ倒れてしまう。

 再度立ち上がろうと挑戦するも、今度は「オロロロロロ」と嘔吐した。

 なまじ魔王が戯れ半分に人間に似せて生み出した彼女の頭脳は、脳震盪のうしんとうに追い込まれていた。


「貴様、対人戦の経験がなかったのだな」


 ヴォーリズは納刀しながら後ずさりを始めていた。


「集団の敵に対して好き放題に攻撃魔術をぶつけることはあっても、ベテランの戦士と対等に戦うことはなかった。だから破壊力のある攻撃魔術は使えても、それを精緻にコントロールする技量はない。当然、動き回るに当てることは難しい。そして複数方向からの攻撃をさばくことも……」


「あ゛、ぎ」


 ヴォーリズの言葉を認識しているかも怪しい。

 スカイクラッド・ウィッチLv.81は辛うじて膝をつき、両腕を支えにして上半身を起こした。

 が、その視線は明後日の方向に向けられている。

 そして嘔吐と血にまみれた口はぼんやりと開いたままで、よだれが垂れていた。

 この有様では、もう防御魔術どころではあるまい。


「いいぞ」


 御寧がぽつりと言うとともに、スカイクラッド・ウィッチLv.81の頭部が弾けた。

 周辺にひそんでいた狙撃手の対物ライフルによる射撃だ。

 頭蓋骨が粉砕され、放射状に脳漿のうしょうと肉片がぶちまけられる。

 あまりの衝撃に頸椎も破壊され、首はぐにゃりと曲がった。

 と、同時に別方向から飛翔してきた2発目の12.7mm弾が彼女の胸郭に突入し、内部構造を滅茶苦茶に破壊して、背中側から貫徹する。

 大穴を空けたというよりも、切断した、という表現の方が正しかろう。

 胸から上を失った彼女の腹部と下半身は、ぐしゃりと音を立てて崩れ落ちた。


「この程度か」


 御寧はあとで彼女の死骸を燃やしておくように、と無線で指示すると、次の仕事にとりかかることにした。

 他の井の中の蛙どもにも、現実をわからせてやらなければなるまい。




◇◆◇


次回更新は12月29日(火)を予定しております。

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