■56.魔王Lv.99「人類のくせになまいきだ」!(前)
レッドドラゴンとそれを従える魔王を封じた3つの塔が損なわれた翌日、エクラマ共和国東部の地方都市エイデルハルンは、灰燼に帰していた。
突如、東方から押し寄せた夥しい数の異形がエイデルハルンを包囲し、破壊と虐殺の限りを尽くしたのである。おとぎ話の存在でしかないはずの目玉の怪物が浮遊し、炎を噴く魔犬の群れが、人々を食い散らかしていく。エイデルハルンを守る国防軍中部方面軍の諸部隊は、時間稼ぎさえ出来なかった。
生存者はいる。
わずか66名の市民。
しかも彼らは偶然によって生き延びたのではない。
「人間の王に伝えよ。“魔王軍が戻ってきた”、と。10日後の夜、忌々しい“封焔の塔”の跡地に使者を送る。そこで我々に抗うか、それとも無条件に従うかを聞こう。それまでは我らの側からこれ以上、手は出さぬ。せいぜい悩めばよい」
異形を指揮する魔人――黄金の鎧を纏い、動物の頭骨を被ったデーモン・ロードがメッセンジャーとして“選定”し、意図的に解放した者たちであった。残る者はどうなったかと言えば、すべて惨殺されて魔犬ヘルハウンドの餌となった。愚直に過ぎた国王エンデルバーサや、現実を見ようとしなかった議員連中も、同様である。
地方都市エイデルハルンは、無数の白骨死体とともに打ち棄てられた。
◇◆◇
「成程」
地方都市エイデルハルンの東方、雪の降り積もる山麓――その地下に広がる迷宮城塞の最深部では魔王ゼルブレスが、先の包囲殲滅戦に関する報告をデーモン・ロードから受けていた。
魔力で編んだ玉座に腰かける彼は無表情のまま、目の前に跪く高級魔族を見つめるばかりであり、時折「ほう」「成程」と興味なさげに相槌を打つ。
……正確にいえば、彼は表情筋も、眼球も、声帯も持っていない。
あるのは、肉の一片もついていないドラゴンめいた頭骨。星空を転写したような黒の長衣の下は骨格があるだけの伽藍洞であり、皮膚はもちろん内臓すらない。ただ肋骨に守られた心臓があるべき空間に、透き通った赤い魔核があるだけだ。
「以前と人間はさして進歩しておりません。彼らが使う武器は弓矢と刀槍ではなく、火薬を燃焼させて礫を発射する筒に代わっておりましたが、我が軍の損害はほとんどありません」
デーモン・ロードの報告は続いている。
その空気の震動さえ、鼓膜のない魔王ゼルブレスは魔術を使って認識していた。劣化と修復を繰り返さざるをえない肉体を捨ててから幾星霜、もはや彼はそうしていることに何の疑問も抱かない。生きとし生けるものが呼吸をするように、彼は魔術を行使する。
「先の時代に手こずった敵魔術士ですが、彼らの技量は往年よりも遥かに劣化しておりました。この現代で我らの脅威となるのは、人類勇者だけでしょう」
勇者、という単語に魔王ゼルブレスの頭骨が僅かに動いた。
「ああ」
不死となった彼の無聊を慰めることが出来るのは、人類最強の存在である勇者のみ。もはや地上侵略、人類殲滅などは容易だと彼は真に思っている。彼が創造したデーモン・ロードをはじめとする眷属たちも同様だ。故にかつて地上に覇を唱えようとしていた魔王ゼルブレスの目的は、いまや捻じ曲がっている。
人類の家畜化。
勇者を輩出する母体・母群として飼育し、管理する。
……いや、そんな戦略的な目標など、特にないのかもしれない。いまの彼は不死に倦み、勇者との闘争という退屈を吹き飛ばすゲームのためだけに、地上侵攻を命じていた。狂気といってもいいだろう。先程の降伏勧告も、彼の思いつき、気まぐれでしかない。
「解放した者たちを追跡してみると、どうやら西方――“封焔の塔”の周囲にも都市が広がっているようです。彼らが無条件降伏を認めないのであれば、次にここを攻略いたします」
デーモン・ロードの報告は、続いている。
「我が野戦軍は廃墟となった都市の西方にまで進出し、攻撃準備を整えているところです」
迷宮城塞を発した魔王野戦軍は約4万。
彼ら野戦軍の基本戦術は、密集陣形である。
その編成は攻撃魔術の平射を専らとする魔術兵連隊を主力として、魔術防壁の展開を担当する魔術防護中隊、攻撃魔術の曲射により前線を援護する魔術支援兵中隊などを抱き合わせにした諸兵科連合旅団の集まりだ。この戦術で多くの敵を野戦で葬ってきた。
彼らが密集陣形に固執する理由は、魔術防壁による防御を効率化するためである。魔術防壁は“狭い範囲を重ねがけ”することで強化されるため、可能な限り密集した方が有利なのだ。練度や士気の観点からいえば散兵戦術も採れるが、それでは魔術防壁からあぶれる部隊が出てしまう。弓矢や魔術の撃ち合いで敵の魔術防壁を破壊し、敵が崩れたところを叩く。それが彼らの知っている陸戦である。
ただ実際のところ、彼ら魔王野戦軍は陸戦の経験に乏しい。対戦の前に、魔王がけしかけるレッドドラゴンが敵地上軍を焼き尽くしてしまうケースが多かったからだ。そういう意味ではある意味、実戦部隊というよりは魔王の威光を見せつけるための組織に近かった。
さて、長きに亘る封印によって完全に“ボケ”ているこの集団の失策は、何をおいても10日という猶予を人類側に与えたことであろう。
「最初っから無条件降伏突きつけられて呑むやつがいるわけないじゃん」
とは、鳥獣保護管理室長である藍前の言である。
まったくもってその通りで、環境省環境保全隊は大規模動員をかけて魔王軍との交戦に備えた。
それだけに留まらず日本政府の意向もあって、異世界に進出しつつあった他の省庁や企業もまた、次々と自前の武装集団を送り込み始めた。異世界の害獣駆除は環境省に任せていた日本政府首脳陣がここにきて他省庁の本格介入を認めたのは、単純に突如として魔王軍の実力が未知であることと、無条件降伏の要求が不快に感じられたからであった。
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次回更新は12/17(木)となります。




