■55.「かわいいは、つくれる」なら「ただしいも、つくれる」!
(衆愚の議員連中どもが考えられる逆転必勝の策など、たかが知れている)
一方、日本国環境省希少種保全推進室長の御寧は、エクラマ共和国東部に集った議員連中の次なる一手を見抜いていた。十中八九、エクラマ国防軍最先任幕僚長のユリーネ、あるいは環境省幹部を狙った斬首作戦に打って出るに違いない、と彼はみている。勿論、正規軍同士の戦闘では万にひとつも勝ち目がない以上、残された反撃手段はそれくらいしかないのだが。
(ユリーネ、あるいは俺が斃れれば、エクラマ国防軍首都防衛軍は霧散し、ユリーネを支持する国民たちの目も覚める、とでも思っているのだろう。が、所詮は猿知恵だ)
御寧の許には、それを裏づける情報が集まり始めていた。
議員連中はエクラマ国防軍中部方面軍に参加していた首都出身の士官を引き抜いたり、破壊工作に長けた冒険者を雇用したりしているらしい。つい2日前には、首都に忍びこんだひとりの密偵を捕らえている。
というわけで、御寧は密かに司令部を政治の中枢、“封焔の塔”から首都郊外に移していた。
白磁を思わせる純白の塔、“封焔の塔”はこのエクラマ共和国の象徴であるが、御寧にとってはどうでもいい。自作自演で爆破して、クーデターを企んだ議員どもを糾弾してもいいくらいであり、実際に彼は首都に入りこむ敵の工作員たちを半ば泳がせていた。
……そして工作員らにとっては千載一遇のタイミングで、好機を示す噂が流れた。
「人民革命国連邦軍と中部方面軍、二正面戦闘のせいで首都の守りは手薄だ」
「日本国環境省環境保全隊の高級指揮官、オニイが視察に訪れるらしい」
少し立ち止まって考えれば、あまりにも物事がうまく行き過ぎていることに気づきそうなものだが、現場から遠く離れたエクラマ共和国東部で頭を突き合わせている議員連中は、特に疑うことなくゴーサインを出した。
「“太陽は東の空に昇り、西の空に沈む”」
魔力波による暗号が発されるとともに、複数の航空魔術士が大空へ躍り出る。一挙、“封焔の塔”を討つためだ。と、同時に小銃をはじめ、思い思いの得物を携えた傭兵達が、“封焔の塔”へ通じる大通りや周辺の交差点をおさえた。
首都にはろくな守備部隊がいないはずだから、都心は容易に掌握できるはずだった。問題は郊外から駆けつけるであろう敵の救援部隊だが、これは小銃の操作に長けた傭兵の狙撃で釘づけにするとともに、伏兵で散々に叩いてやればいい。そうしてユリーネやオニイといった敵の首脳陣を排除し、首都を掌握すれば、国民は自然と議員側になびくはずであった。
が、事の運びは想定とはだいぶ違っていた。
空中強襲を仕掛ける航空魔術士らは火球を投射しながら、純白の塔に迫った。対空砲火はない。地下墓所に隠匿されていたゴーレム部隊、砲車部隊もまた、何の抵抗も受けることなく“封焔の塔”に至った。塔の内部へ一番乗りを果たした航空魔術士が見たのは、怯える使用人たちだけである。警備の者さえいない。
(さすがにうまく行き過ぎている……)
傭兵らの本能が警鐘を鳴らすとともに、“答え合わせ”は始まった。
……傍目から見れば、わかりきっていた解答である。全ては罠。バルディシエロと議員らが握る面倒な手札を切らせ、無力化させるための罠。哀れ、彼ら航空魔術士を初めとする傭兵らは、二重にはめられたと言ってもいいだろう。環境省環境保全隊の罠と、無能な首脳部の指揮によって、である。
彼らの挙兵から1時間もしないうちに、都心は容赦ない攻撃に晒された。
エクラマ国防軍中部方面軍の野戦部隊を追い散らすことに貢献した第11普通科連隊が、返す刀で東方から首都へ攻め上り、陣地転換を終えていた第11特科隊が都心めがけて砲撃を開始したのである。
155mm榴弾が降り注ぎ、仲間の立て篭もる建物が吹き飛ばされる様を見ながら、ひとりの傭兵が喚く。
「連中は躊躇しないのか!? ここはエクラマ共和国の首都だぞ!」
知ったことではなかった。
逃げ遅れた非戦闘員が多少は巻き込まれる可能性があることも、環境省の面々は理解していた。が、非戦闘員に犠牲者が出た場合、悪いのは誰か? それは首都に対して奇襲を仕掛け、戦禍を持ち込んだ議員連中の側にある。
また環境省環境保全隊は最大限、非戦闘員を攻撃に巻き込まないように努力したにもかかわらず、バルディシエロと議員らの無責任なクーデター軍は、積極的に市民を殺戮したという物的証拠(写真)や、証言が後で無数に出てくるので、特に問題はない。
彼ら傭兵は、挙兵からわずか1時間で万単位の市民を殺害し、略奪、強姦の限りを尽くしたという衝撃的なデータも報じられることになるだろう。
この悪辣なクーデター軍の無秩序な大量虐殺を止めるため、正義を重んじる環境省環境保全隊は総力を挙げ、首都での攻防戦に踏み切った。この歴史的事実は、後世まで語り継がれることになるだろう。
エクラマ共和国の政治の中枢、“封焔の塔”が炎上を始めたのはその日の正午のことであった。この歴史的建造物の火災は、環境省環境保全隊側の攻撃によるもの――ではなく、クーデター軍が自ら火を放ったため、ということになるので、問題はない。
……わけがなかった。
遥か北方の地、人民革命国連邦領にあった“革命勝利の塔”(改称前の名前は失伝している)は、重工業化の波によって10年前に取り壊されており、南東の方角にあった聖領の“友和の塔”(改称前:封竜の塔)はエルフ日章軍によって焼き討ちにされている。
そしていま、旧大陸の伝説における三塔、その最後の塔――“封焔の塔”が、焼け落ちようとしていた。
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■56.じんなま!(仮題)に続きます(次回更新は12/15予定)。
苦戦要素はありませんのでご安心ください。
フォークラントさんも重要そうなことは先に話せよ。




